第216話
船を王城へと続く出島の桟橋へ泊め、積み荷の酒樽を警備の騎士へ預ける。
今回持ち込んだ酒樽は全部で二十個。王家への献上品が十樽、今日明日のイベント用が八樽だ。残りのふた樽は、イベント中の警護を頑張ってくれている近衛騎士団への差し入れ。
たったふた樽では全員には行き渡らないだろうけど、これは年明け早々に警護任務を割り振られたツイてない面々への慰労だと思って欲しい。
そう言って担当の騎士に渡したら、最敬礼でお礼を言われた。
実は、これも焼酎の宣伝活動の一環だ。
貴族にはこれからのイベントで俺たちが、商人や富裕層へはトネリコさんとビンセントさんが宣伝してくれるんだけど、出来れば一般層にも焼酎を普及させたい。
けど、現在の生産量はそれほど多くないから、しばらくは限られた層しか手に入れられないプレミア品になると予想される。一般でも裕福な層でなければ手が出ないだろう。
一般で裕福な層というと、やはり国に仕える国家公務員だ。つまり官僚や騎士たち、所謂セレブと呼ばれる連中だな。
官僚は商人や富裕層との繋がりがあるから、特に宣伝しなくても大丈夫のはず。経済界と官僚は、いつの時代も何処の国でも癒着しているものだからな。例外なんて聞いたことがない。
一方で、例のクーデター騒ぎで大改編があったこともあり、騎士団はほぼ真っ新の状態だ。富裕層との癒着は少ないと考えていい。
でも、酒類の販売先としては有力だ。肉体労働者と酒は切り離せないからな。上手くやれば大口顧客になってくれるはず。宣伝しない理由がない。
「まったく、よく考えるものだ。お前、商人になった方がいいんじゃないか? うちとしては販路が広がってありがたいが」
「えーっ? 僕は気楽な冒険者でいいよ」
「普通の冒険者はな、いつも危険と隣り合わせで気楽とは程遠いんだぞ?」
「じゃ、普通じゃない冒険者で」
「……そうか。それなら今と変わらないな」
何か、
そんな事を話しながら、出島に待機していた使用人さんの案内で王城のイベント会場へと向かう。
えーっと、『饗応の間』だったっけ? 今まで行ったことのないエリアだ。謁見の間や青薔薇の間からはかなり離れている。あっちは政務関連、こっちはイベント関連で使うエリアなんだろう。セキュリティの面からも合理的だ。
何度かカクカクと角を曲がり、華美な装飾が施された長い廊下の途中にあったのは、ソコソコ大きくてかなり重厚な観音開きの扉だった。
中からはガヤガヤという人混みの気配と、楽隊が奏でているのであろう
ここまで案内してくれた使用人さんが、扉の両脇に控える騎士のひとりに何やら耳打ちをし、俺たちに一礼すると来た道を引き返していった。次のお客の案内かな。
「ワイズマン子爵ご夫妻様ならびに、フェイス男爵とそのお連れ様、ご来場です!」
耳打ちされていた騎士が大きな声で俺たちの来場を告げながら、もうひとりの騎士と一緒に扉を開く。なるほど、さっきの耳打ちは引き継ぎか。
扉が開くと、微かだった音楽が思ったよりも大きな音圧で溢れ出してきた。扉と壁が、かなりの音を吸収していたんだな。なるほど、そこそこの厚みがある。
石造りの部屋はかなり広い。ちょっと大きめの高校の体育館くらいあるんじゃなかろうか? 天井も高く、緩やかなアーチ状になっている。
吊り下げられたいくつものシャンデリアは、別の意味で高そうだ。あれ、ガラスじゃなくて水晶だろ? 微妙にそれぞれ色が違う。
その広間には、煌びやかな衣装に身を包んだ貴人たちが何人かのグループに分かれて談笑して……いたんだろうな。今は多くが俺たちの方を見て、ヒソヒソと小声で話している。なんか値踏みされてるみたいで居心地が悪い。
丁度音楽が一区切りついて一瞬会場に静寂が降りてきたけど、すぐに次の曲が始まった。それが合図であったかのように俺たちへの注目も切れ、雑談が再開された。
「気にするな、いつものことだ。王都の貴族には排他的な者も多いからな」
「そうなの? 社交界っていうくらいだから、皆社交的なのかと思ってたよ」
「確かに。皮肉なものだな」
子爵が苦笑を浮かべる。
なんでも、年始の賀詞交歓会に集まるのは比較的王都近郊に住んでいる貴族が多いらしい。
そりゃそうか、遠方からだと魔物や盗賊に襲われる危険があるもんな。大規模な私兵を揃えている大貴族じゃないと、とても王都まで来られない。
そして、そんな大貴族はほとんどが貴族派なので、王家主催のイベントに顔を出すことは少なく、お祝い文を送ってお終いだそうだ。
王都近郊に住む貴族はほとんどが宮廷貴族、つまり領地を持たず王城で働く貴族らしい。代々役職を受け継いで、その禄で暮らしているのだそうだ。
別途貴族としての年金も出るので、宮廷貴族には比較的裕福な者も多いらしい。焼酎の売り込み先としては有望だな。にやり。
だからこそ、その立場に固執する者も多いらしい。自分たちの立場を脅かすかもしれない新興貴族に対しては、警戒心が強く排他的なのだそうだ。なるほど。
まぁ、無用な心配だけどな。俺は王城務めに全く興味がない。むしろ避けたいと思っているくらいだ。
だって、王都にはウーちゃんたちが思う存分散歩や狩りをできる場所がない。そんな場所で暮らせるわけがない。犬好きは、何を考えるにしても犬中心なのだ。
一方で、数少ない領地持ちの貴族の参加者たちは超社交的なのだそうだ。特に魔法使いに対しては強引なくらいだそうで、だから俺のパートナーであるジャスミン姉ちゃんに出番が回ってきたわけだけどな。ちゃんと弾除けになってね。
会場を巡回する給仕に飲み物を貰い、そそくさと会場の隅へ移動する。
他の貴族たちへ挨拶しなくていいのかと聞いたら、今日は王族に挨拶するだけでいいと子爵に言われた。下手に話しかけると、いつの間にか王城内の派閥争いに巻き込まれてしまうのだそうだ。
派閥争いと言っても、表面化している王家派と貴族派の話ではなく、もっと細かい王城内の権力闘争だそうだ。前世で言うところの、与党野党の闘争じゃなく、党内での派閥争いということね。
いやはや、世界が違っても人間のやることは同じか。それが人間という種の
ジャスミン姉ちゃんとジンジャーさんがやけに静かだなと思ったら、ふたりして大皿に盛られた料理を黙々と食べていた。いつの間に?
この広間の壁近くの数か所には料理人がいて、その場でいろいろと調理をしてくれている。そこでいろいろと貰って来たみたいだ。肉が山盛りだな。本当に、いつの間に?
「だって、ふたりとも面倒臭そうな話ばっかりしてるんだもん。お腹空いちゃって」
「王城のご飯を食べられる機会なんて、そうないじゃない? 食べられるときに食べておかないとね」
にこやかに笑いながらもフォークの動きを止めない母娘。似た者親子か。うん、似た者親子だ。
ジャスミン姉ちゃんとジンジャーさんは、容姿も性格もとても似ている。ジンジャーさんの髪を赤くして背を高くしたらジャスミン姉ちゃんになる。ここに、赤髪でさらに背の高い子爵が入ると、親子関係が一目瞭然だ。
俺だけ血の繋がりがなくて、なんか疎外感。……王都での用事が済んだら、実家で父ちゃんと遊んであげよう。
「あらぁん、ダンちゃんビートちゃん、お久しぶりぃ!」
「これはドルトン伯爵、お越しになられておられたのですか。ご無沙汰しております」
「やだぁん、”バニィちゃん”って呼んでって言ってるでしょ、ダンちゃん♥」
長い銀髪を盛りまくった派手な朱色のドレスのちょっとケバい
ドレスの腰には、ドレスと同じ朱色のリボンが巻かれた短槍が吊られている。伯爵は短槍を帯びるのが正装だからな。一応ドレスコードは守っているのね。
「ビートちゃんもお久しぶり♥ ちょっと見ない間に大きくなったわねぇん。お姉さん、貴方のオムツを替えてあげたことがあるのよぉん。覚えてるぅ?」
「その節はお世話になりました。伯爵も、やはり明日の式典へのご出席で?」
「んもう! ダンちゃんもビートちゃんもノリが悪いわねぇん! そうよ、最近のリュート海方面はアタシが率いてるから、出ないわけにはいかないのよぉ。まだ領地の把握も済んでないのにぃ!」
ボケをナチュラルにスルーすると、頬を膨らませて不貞腐れるバニィちゃん。中身は三十路越えのオッサンだと思うと、ちょっとげんなりする。
バニィちゃんが現在の領地に移封されてから、まだそれほど時間は経っていない。以前より広大な領地で、町や村の数も多い。領地の把握に時間が掛かっているというのは本当だろう。しかも、海賊に襲われて荒れている町や村も多い。広い領地に移封と言っても、手放しでは喜べない状況かも。
更には、現在のノラン政府は内紛で機能しておらず、その混乱に乗じてリュート海全域を王国が抑えているのが現状だ。必然、その管理も沿岸の大領主であるバニィちゃんに圧し掛かってくる。その苦労たるや、一介の男爵風情には想像もできない。ご愁傷さまです。
そんな理由だから、今回バニィちゃんは最低限の護衛だけを連れての登城らしい。家臣や妻子(!)は領地でお仕事だそうだ。居たのね、奥さんと子供! 近年一番の
パートナーの参加は必須じゃないのかと聞いたら、『アタシひとりで二役だからいいのよぉん』と、分かったような分からないような答えが返ってきた。なるほど?
なにはともあれ数少ない顔見知り、たったひとりでもアウェイでは心強い味方だ。もしかしたら、バニィちゃんも同じ気持ちだったのかもしれないな。
初顔合わせになるジンジャーさんやジャスミン姉ちゃんを紹介しつつ、雑談しながら時間を潰す。
この賀詞交歓会、例年の流れでは夕方前に王様一家が会場に姿を現し、参加者の前で新年の挨拶と抱負を述べて解散となるらしい。
つまり、それまでは帰れない。まだ時間はお昼過ぎだから、あと少なくとも一時間以上を会場で待機しなければならない。話す相手が居て本当に良かった。
ああ、バニィちゃんは俺たちに気を使ってくれたのかもしれないな。
もし俺と子爵だけだったら、他の領地持ち貴族が俺を勧誘に来ていたかもしれない。
領地持ちということは子爵以上の爵位ということで、
しかし、同格の伯爵であるバニィちゃんが居れば、そこまで強い態度には出られない。
例年、各侯爵家からこの会へ参加する者はいないそうだから、バニィちゃん以上の爵位を持つ者はいないはず。つまり、この場では最強の盾だ。
そこまでの気配りが出来るから伯爵なのかもな。あるいは、伯爵ともなると、そこまで考えて行動できないとだめなのか。貴族って大変だな。他人事じゃないけど。
そんな感じで、子爵やバニィちゃんと領地経営や『辺境あるある』なんかの話をしつつまったりしていると、俺たちに近付いてくる何者かの気配を感じた。今まで会ったことのない人の気配だ。近くに他の貴族はいないから、俺たちが目的なのは間違いない。
その気配の方を見ると、割といい体格を灰白色の貴族服に包んだ若い男だった。十六、七ってところか。濃い茶髪を短く刈り込んでいて、見るからに『体育会系』という感じだ。やっぱり見覚えは無いな。
着ている貴族服の装飾品からすると……短槍か。ということは伯爵だな。この場に居るということは、若いけど当主なんだろう。パートナーが居ないみたいだけど、許嫁もいないのかな?
いや、この会に出席している領地持ちの伯爵ってことは、明日の式典にも参加するんだろう。とすれば、領地が増えたり移封されたりで、本当はとても忙しいのかもしれない。あるいは、領地を継いだばかりだとか。
それで、バニィちゃんみたいに仕事を任せてきたのかもな。
男は、ジンジャーさんと一緒にデザートの生菓子をパクついているジャスミン姉ちゃんをチラリと見た後、俺に向かって歩いてきた。
ほう、俺に用事ということは、勧誘かな? すぐ傍にバニィちゃんがいるというのに、大胆なことだ。
「ご歓談中、失礼します。私はクライン=アンダーソン。王国西部国境近くで伯爵家を構えております。貴殿はビート=フェイス男爵で間違いありませんか?」
「はい、お初にお目にかかります。確かに私がビート=フェイスですが、何か御用ですか?」
意外にも、少々硬いくらいの丁寧な口調でアンダーソン伯爵とやらは挨拶してきた。もっと高圧的に勧誘してくるかと思った。表情もちょっと硬いけど、結構礼儀正しい青年のようだ。
そのアンダーソン伯爵は、ジッと俺を見つめた後、思いつめた顔でおもむろに懐に手を入れた。その行動に、俺も子爵も思わず身構える。
そして――
「唐突で申し訳ありませんが、私はあなたに決闘を申し込みます!」
そう言って、俺に向かって手袋を投げつけてきた。
……避けちゃった。
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