第217話

「なんで避けるんですか!」

「なんで投げるんですか!」


 落ちた手袋を拾い、再び俺に投げてくるクライン氏。それをまた避ける俺。


 基本的に、王国での決闘は決闘法で定められた手順を踏む必要がある。

 相手と国に決闘の申し込みを書面で通知し、それを内務が正当な理由だと承認し、日時と場所、ルールを決めて双方に告知する。そこで初めて決闘が成立する。

 ちょっと前に子爵そんちょうとロックマン子爵の間であったアレだ。

 ただ、一部例外として、古くからの伝統的な決闘申し込み方法も残っている。それがこの手袋だ。相手に手袋を投げつけて、それを相手が拾えば決闘が成立するというものだ。今の王国の法律では違法なんだけど、慣習として残っているのだ。

 実際、今の貴族の正装には手袋着用の義務はないわけで、決闘申し込みの非公式アイテムとしか存在していない。つまりクライン氏はわざわざ手袋を持ってきたわけで、最初から俺に決闘を申し込むつもりだったというわけだな。


 決闘法による決闘では当主自身が戦わなくても構わない。というか、戦ってはいけない。代理の兵を戦わせて、相手を降参あるいは全滅させるか、見届け人が勝敗判定を下せば終了だ。

 しかし、この手袋式決闘申し込みでは代理は認められない。申し込んだ側と申し込まれた側の当人同士が戦わなくてはならない。そういう因習なのだそうだ。

 もちろん、申し込まれた側が手袋を拾わなければ決闘は成立しない。しかし、申し込まれて受けないのは臆病者として評判を落とすから、実際には投げつけられた時点で決闘成立となる。

 だから俺は避けてる。面倒は御免だ。


 クライン氏が手袋を投げる。俺が避ける。クライン氏が手袋を拾う。

 投げる。避ける。拾う。

 投げる。避ける。拾う。

 投げると見せかけて途中で止める。

 右に避けると見せかけて左に避ける。

 拾ってすぐにノールックで投げる。

 バックステップで大きく距離を取る。

 まるでバスケットボールをしている気分だ。先生、バスケがしたいです。


「避けないでください!」

「投げないでください!」


 いかん、何処まで行っても平行線だ。

 当てられることは無いだろうけど、会場の視線はビシビシ刺さっている。イベントじゃないからな! 催し物は王家に頼んでくれ!

 それにしても、なんでこんなに必死なの、この青年。いい加減に諦めればいいのに。

 大体、空気抵抗の大きい手袋なんて、投げても当たるわけないんだから。ほら、当たる前に失速して落ちてるじゃん。

 それでもしつこく拾っては投げ、拾っては投げ……あ、涙目になってる。泣くなよ、俺が悪いみたいじゃないか!


 ペシッ。


「あ」

「あっ!?」

「……ふむ」


 当たっちゃった……子爵に。落ち着いた動きで落ちた手袋を拾い、クライン氏に差し出す。ありゃりゃ、決闘成立しちゃったよ?


「どのような理由があってのことかは知らんが、アンダーソン伯爵家は代替わりをしたばかりであったはず。であるのに決闘とは、貴族家当主として些か配慮が足りないのではないかと思うが、如何かな? 無論、挑まれたからには受けるにやぶさかではないが」

「ち、違うのですっ! ワイズマン閣下には恩こそあれ、決闘を挑むつもりなどは毛頭ございません! これは手違い、私の個人的な事情でして……」


 クライン氏がシドロモドロで子爵に弁明している。もちろん、子爵もこれがハプニングだと承知している。多分、事情を訊くためにわざと当てられたのだろう。いつもありがとうございます。


「あれっ? クラインじゃない、久しぶり! どうしたのこんなところで。元気にしてた? 剣は上達した?」

「じゃ、ジャスミン殿! これは、その!」


 まだデザートが山盛りのお皿を持って、ジャスミン姉ちゃんがこちらへ歩いてくる。それ、お代わりしてきたの? さっきはもっと少なかったよね?

 そのジャスミン姉ちゃんに声を掛けられたクライン氏は、目に見えて狼狽している。


「知り合い?」

「うん、学園の同期よ。卒業したら第一騎士団に入るんだって言ってたけど……あれ? その恰好は伯爵家当主のやつよね? アンタ、次男じゃなかったっけ?」

「それは……」

「それについてはオレが説明しよう」


 子爵の説明によると、アンダーソン伯爵家の所領はチトの町を含むリュート海南西部一帯だそうで、主な産業は漁業と塩の谷から採れる塩、そしてそこに住む魔物からの素材とその加工品だそうだ。

 領地の西側は山地を挟んでジャーキンと接しているそうで、今回の戦争では真っ先に襲われた地域のひとつだったらしい。

 国境を守る伯爵家だからそれなりの軍備はあったらしいんだけど、ジャーキンの新兵器『銃』の前には力及ばず、当主と跡取りは無念にも討ち取られてしまったのだそうだ。

 ああ、だから子爵があそこで指揮をしてたのか。敵の新兵器投入で崩壊しそうな戦線の維持のために、司令官自らが赴いたというわけだな。そこの領主は何してるのかなーと思ってたんだけど、そうか、既にお亡くなりだったか。

 で、救援に駆け付けた俺の活躍もあってジャーキン軍は撃退され、伯爵領は無事奪還された。空白の当主の座には、学園で勉強中だった次男が卒業と同時に就任したというわけか。なるほど。


「経緯は理解したけど、それがなんで僕と決闘って話になるの?」

「それは、その……」


 クライン氏が顔を赤くして言い淀んでいる。うむ、わからん。


「あっ、もしかしてアタシが原因? アンタ、卒業式のアレ、本気だったの?」


 ジャスミン姉ちゃんが言うと、頭から湯気が出そうなほど赤面してクライン氏が小さくなる。


「アレって?」

「ほら、アタシって魔法は使えないけど剣は強いじゃない? だからいつも剣術の講義ではアタシが一番でクラインは二番だったのよ。女のアタシに負けっぱなしなのが悔しかったんでしょうね。卒業式の日にクラインが最後の勝負を申し込んできたの。

 そのときにクラインが『私が勝ったら貴女を頂く』なんて言ってたけど、結果はアタシの圧勝だったわ。終わったときに『アタシ、自分より弱い旦那は要らないの』って言ったんだけど、もしかしてアンタ、まだアレ引き摺ってたの?」


 なんと、ジャスミン姉ちゃんが求婚されていた!? 初耳だよ! 世の中には物好きも居るものだ。子爵の方を見ると、首を横に振っている。子爵も初耳だったみたいだ。

 当のクライン氏は、ますます小さくなっている。耳が真っ赤を通り越して黒ずんで見える。なんて純情な青年だ。


「つまり、ジャスミン姉ちゃんの婚約者である僕はジャスミン姉ちゃんより強いってことで、その僕に勝てればジャスミン姉ちゃんより強いって事?」

「そうなんじゃない? 実際アンタ、アタシより強いじゃない」

「で、僕に勝てたらジャスミン姉ちゃんをお嫁さんにできるはず。ということか」

「そういうことだと思うわ」


 なんというラブコメ展開、アオハルかよ! 俺関係ないじゃん、トバッチリじゃん!

 全く悪びれもせずに答えるジャスミン姉ちゃん。いや、誰が悪いとも言えないけどさぁ。弾除けにと連れてきたはずのジャスミン姉ちゃんが、まさかの時限爆弾だったとは。

 ホント、頼むよ!

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