第218話
「ふむ、なかなか興味深い話ではあるが、余の眼前で法を蔑ろにする行為は感心せんな」
「へ、陛下!?」
いつの間にか王様が入場してたらしい。手袋ドッジボールに夢中で気付かなかったよ。
今日はいつものべらんめぇ調じゃなくて、余所行きモードみたいだ。一人称が『余』になってる。なんか笑っちゃいそうだけど、笑うときっと不敬罪で連行されるよな。我慢だ、我慢。ぷぷっ。
王様の後ろには、妙齢の黒髪女性と同じ髪色の青年、その隣に青年と同年代の金髪女性に、いつぞやのわんぱく姫がいる。
妙齢の女性が王妃様かな? で、青年が王太子殿下で、金髪女性が王太子妃様だろう。
わんぱく姫は今日もわんぱく姫だ。薄いピンクのドレスに身を包んでいても、目は好奇心でランランと輝いている。悪いけど、今日は楽しいことは起こらないよ?
「これは陛下並びに王室の皆様方。この晴れの日に初春のお喜びを言上出来ます事、偏に陛下の御代の太平たる証にございますれば、この卑小なる身には過ぎたる栄誉にて、感激の極みに打ち震えるばかりにございます。願わくば永く陛下の御代の続かんことを」
バニィちゃんがその場の代表として祝辞を述べる。流石は上級貴族、淀みない。
バニィちゃんの祝辞に合わせて俺たちは礼をする。男は胸元に右手を当ててお辞儀、女性は片足を後ろに引きながら軽くお辞儀をするカーテシーだ。
バニィちゃんがカーテシーなのは……まぁいいか。クライン氏はワンテンポ遅れたな。ちょっと焦ってるっぽい。
「うむ、卿らも息災なようで何よりだ。今後も王国のために励むがよい。で、先ほどの騒動であるが……ふむ、よかろう。余がそなたらに舞台を用意してやろう」
「ち、父上!?」
あら、いいの? 個人間の決闘は駄目だって、さっき自分で言ったばっかりじゃん? 王太子殿下も焦ってる。殿下は常識人っぽいな。好感が持てる。
「よ、よろしいので?」
「無論、決闘を認めるわけにはいかん。よって正式に武術を競う場を設けることとしよう。要は武術大会であるな。であれば、勝敗を付けるに問題はなかろう。当然、魔法は抜きでな」
なるほど。ルールありの大会であれば、決闘よりは確かに安全だ。
一応、配下の事も考えてるんだな。ただの我儘王かと思ってた。だって、いつも断れない命令ばっか出してくるんだもんよ。王様だから当たり前なんだろうけどさ。
「全国より腕自慢を王都に呼んで、王国一の武芸者を決めるのだ。無論、余も参加するぞ。ワイズマン、其方も出るがよい」
「ち、父上!?」
「……御意に」
違った。自分が暴れたいだけだった。やっぱり我儘王だ。
王様を止めようとするのは王太子殿下だけだ。王妃様はニコニコしてるだけだし、王太子妃様はオロオロするばかり。わんぱく姫は……ワクワクしてるな。如実に血の繋がりを感じる。殿下だけがこの王国の良心か。ホント、頼みます!
まぁ、王様の気持ちも分からないではない。元冒険者で剣聖だもんな。事務仕事メインの国王業は、さぞかしストレスが溜まることだろう。発散の場が欲しくて今回の騒動に乗っかってきたとしても不思議ではない。
「そうであるな、ふた月後、三月一日に開催するとしよう。丁度ディクソンの誕生日ゆえ、その催し物として丁度良い。案ずるな、アンダーソンとフェイスは初戦で当たるよう組んでおく。心置きなく戦うがよいぞ」
「はっ、お心遣い、感謝いたします!」
「父上、それはありがたいですが、出場はご再考をお願い致します!」
おうふ、やっぱり俺の参加は確定なのね。できれば面倒事は回避したかったんだけどなぁ。
ディクソンというのは王太子殿下の名前か。そういやそんな名前だったな。誕生日は初めて知った。
●●ソンというのは●●の息子って意味だったと思うんだけど……ああ、ベネ
クライン氏が復活して、綺麗なお辞儀をしている。
真っ直ぐな青年は嫌いじゃないけど、自分の関係者だと面倒くさい。暴走する若さは、いつも周りを巻き込んで被害を拡大させる。今回の様に。
これ以上被害を拡大させないためにも、ちょっと王様に釘を刺しておこう。あ、被害を拡大させてるのはこの王様もか。若さは関係ないのかもしれない。迷惑な奴は年齢に関係なく迷惑らしい。
「陛下、それに関しまして、わたくしからひとつご提案がございます」
「ほう、よい、許す。申してみよ」
「はっ。その大会、素手による組打術のみにて行うというのは如何でしょう?」
「む? それは如何なる理由であるか?」
「はっ。武器を使用するとなりますと、例え刃を潰した
「ふむ、そうであるな。其方が良いのであれば吝かではないが……」
ちょっと考えた末に王様が素手での大会開催に賛同した。よし、これで勝つる。
王様が躊躇したのは、素手だと俺が圧倒的に不利だと考えたからだろう。なにしろ俺は、まだ身体の小さい子供だからな。
戦いにおいて、体格差と言うのは絶対的なアドバンテージだ。
通常、ヘビー級ボクサーにモスキート級ボクサーは勝てないし、幼稚園児は大人に勝てない。そこにはテクニックやスピードを圧倒する、絶対的なパワーの差が存在するからだ。
その差を覆せる可能性を持つのが武器だ。たとえ小さな銃でも、引き金さえ引ければ幼稚園児でも大人に勝てる可能性がある。無論、相手も銃を持っているなら条件は同じだけど、圧倒的不利から互角にまで条件を引き上げられるのだ。破格と言ってもいい。
銃じゃなくて、槍でも剣でも同じことだ。上手く急所に当てられれば、子供でも大人に勝つチャンスがある。
俺の提案は、そのチャンスを自ら捨て去るに等しい。普通に考えれば正気の沙汰ではないだろう。
だがしかし、それは違う。逆だ。全員が素手であるならば、俺が圧倒的優位に立てるのだ。
この世界の人々は、常に何かと争い、命の奪い合いをしている。その相手は同じ人間であったり、魔物であったりと様々だ。
自らが生き残るために、双方は死力を尽くして戦う。剣を振り、槍で突き、魔法で吹き飛ばす。噛みつき、毒を放ち、爪を振るう。常に全力だ。
こと、ヒトに於いては、武器を持って戦うことを余儀なくされている。なにしろ魔物の様な爪も牙も持っていないのだから、それに代わる武器を持つことは必然であり絶対だ。この武器には魔法も含まれる。
そう、絶対なのだ。武器が無いという事はあり得ないのだ。生き汚い冒険者ですら、予備の武器まで無くなったら諦めるしかないと考える者がほとんどだ。
故に、この世界では武器を使わない格闘技が発達しなかった。素手による戦いは想定外なのだ。
ただし、俺とその仲間を除く。
俺は格闘技を知っている。素手での戦い方を知っている。正式に習ったわけではないけど、空手や柔道、プロレス技の数々を知っている。そしてそれを日々の訓練で練習している。
つまり、全員が素手という条件下で、俺だけが格闘技という武器を持っているのだ。これは大きい。絶対的なアドバンテージと言えるだろう。
この世界でも、単純な殴る蹴るだけの戦いはある。しかし、高度に洗練された投げや関節技は無い。
それを知っているのは俺だけだ。俺だけが戦いの場に格闘技という凶器を持ち込める。これを有利と言わずして何と言うのか。
「明日の式典で布告を行う。ふむ、景品も用意せねばならんな。これは面白くなってきた。其方らも楽しみに待つがよいぞ。はははははっ!」
「父上、出場はご再考を!」
言うだけ言って、王様一家は去って行った。殿下は気苦労が絶えなさそうだ。ご愁傷様。
結局、王妃様や王太子殿下とは一言も話せなかったな。でも、なんとなく人柄が分かったからいいか。
王妃様は鷹揚で殿下は苦労性だ。わんぱく姫は妙に大人しかった。何か企んでそうだ。王太子妃様は……あれ? 全然印象に残ってないな。まぁいいか、今後接点があるとは思えないし。あるとしたら殿下が陛下になったときかな。
クライン氏も、こちらをチラリと一瞥して立ち去って行った。手袋は回収していった。
「ちょっとビート、その武術大会って、もしかしてアタシの結婚がかかってたりする?」
「あー、あの成り行きだと、そういうことになるのかな?」
「大丈夫だとは思うけど、負けるんじゃないわよ?」
「分かってるよ」
思いがけず、武術大会への参加が決まってしまった。
転生モノでは定番だから、いつかはそういう機会があるだろうとは思ってたんだけど、まさかまだ子供のうちに参加することになろうとは。
どうも、俺に対する定番イベントは前倒しで起こすのがこの世界の方針らしい。もっとスローライフでもいいんだけどな。
このままだと、成人する前に世界の命運をかけた戦いに巻き込まれそうだ。
異世界の天下一武〇会、野菜星人ならワクワクするところだろうけど、俺は程々にやらせてもらおう。
最悪、クライン氏にだけ勝てればいいんだしな。他はどうでもいい。でも景品が魅力的だったら、ちょっとだけ頑張ってみようかな?
さて、それじゃ今日のメインイベントは終わったし、帰るとしますか。いろいろあって今日は疲れたよ。
明日は何事もなく済むといいなぁ。
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