第103話
予想はしていた。予感もしていた。それでも、その予想と予感には外れて欲しかった。だって、そんなのあんまりじゃないか!
ああ、そうさ! 何も起こらなかったよ!
神様の降臨も聖女との出会いもありがたいお告げも、何もなかった。普通に御寄進をして本殿でお祈りして終わりだった。熊手すら売ってなかったよ。
もう、いったいどういう事? 俺、転生者だよね? ラノベや物語だと神様に使命を授かったり、あるいは逆に敵対したりするもんじゃないの? ちょっと神様たち、俺に無関心過ぎない? 俺、この世界の異分子だよ?
……いや、実は薄々気付いてはいた。だって俺的な三大チートである『鑑定』『アイテムボックス』『強奪』のどれも俺は持って産まれなかったし、準チートの『魔法全適性』も『転移魔法』も『魔法創造』も持ってなかった。持ってたのは前世の記憶だけだ。
まぁ、それだけでもチートって言えばチートなんだけど……平面魔法も自力で習得したしな。
生まれも貴族や王族じゃなく、社会の最下層である奴隷だったし……あれ? 改めて振り返ると、俺の扱いってかなり酷くね? むしろ神様に嫌われてる? よく今まで生き残って来れたな、俺。
まぁ、今は仇討ちの旅の途中だし、北と西じゃ戦争も起こってる。ここで変な使命や任務を背負わされて行動を縛られても困る。これはこれで良かったと思う事にしよう。
『良かった探し』をするようでは人生どん底だけどな。俺は名作アニメの主人公じゃない。
静謐な境内を出て参道に戻った途端、周囲が活気ある商売の喧騒に包まれる。どうやら、あの結界には音の出入りを制限する機能もあったようだ。俗物な俺としては騒がしいこっちの方が落ち着く。やっぱり名作アニメの主人公には向いてないな。ウーちゃんと大聖堂で寝てても天使は降りてきそうにないし。
とりあえず神様の重圧からも解放された事だし、露店を冷やかしながら宿を探すとしますか。
◇
翌朝、しっかり身体を休ませた俺たちは、運河を潜る
神殿の門前町として活気のあった南側に比べると、こちらは同じ街かと思うくらい寂れている。隧道の周囲はまだちゃんとした街になっているのだけれど、そこから外れた場所にはバラックやらテントやらが身を寄せ合うように連なっている。
パッと見、なんかスラムっぽいけど、そこに居る人たちを見るとそうでは無い事が分かる。皆一様に生気の無い顔をしており、怪我をして頭や腕に包帯を巻いている人も少なくない。
これはおそらく難民だ。ルカやサマンサがオーツから逃げてきたように、戦禍に見舞われたリュート海沿岸の街から逃げてきた人々が作った仮初の街、それがこのバラックの群れなのだろう。つまり難民キャンプだな。
実際に神様が居る世界だから、余程のバカでない限りは神殿と敵対したりはしない。確実に神罰が下るからな。だから、この世界には神殿以上に安全な場所は存在しない。戦争という非常事態に、救いと安全を求めて神殿に集まるのは必然と言えるだろう。
とはいえ、信仰する神は人それぞれだ。農家なら大地と豊穣の神だろうし、漁師なら海と生命の神を信仰する者が多いだろう。
このバラックに居るのがリュート海沿岸に住んでいた人たちなら、海と生命の神を信仰している人が多いはずだ。
『信仰している神様とは違う神様の神殿に逃げ込むわけにはいかないけど、どうしようもなくなった時に避難できる場所の近くに居たい』。そんな心理が働いてこの状況になったのだろう。
この様子から察するに、北部はかなり酷い事になっているようだ。皆の主人としてその命を預かる立場なわけだし、気を引き締めて行かないとな。先行き不安だ。
◇
「おいおい、こいつぁ何の冗談でぇ?」
おっと、つい口から出ちまった。まぁ、しょうがねぇ。全部この報告書が悪い。
「陛下、またそのような物言いを……王室の威厳が損なわれます。ご自重くださいませ」
「ハンッ! 心配すんねぇ、ちゃんと場所柄は弁えてるさ! 今は俺とオメェしか居ねぇんだ。堅っ苦しいのはナシでいいじゃねぇか。オメェもそんな余所行きじゃなくて昔みたいに話したらどうでぇ?」
「はぁ……。分かりましたよ、お師さん。それで、何が書かれてたんです? その報告書、冒険者ギルドからですよね?」
「おう、オメェも読んでみな。笑っちまうような内容だからよ」
オレは黒い細紐で束ねられた報告書をルースに放り投げる。
謁見の間へと続く国王専用の控室でやる行為としては少々無作法だが、そこの主である俺に意見できる奴なんて居やしねぇ。脚組んでだらしなくソファに座ろうが、ゴテゴテと飾りだらけの服を胸元まで開けてようがな。
ルースはいつもの甲冑姿で俺の斜め前に突っ立ったまんまだ。向かいのソファに座れっつったんだけど、『護衛の任務中ですので』だとよ。
笑わせるじゃねぇか、守られる俺の方が強ぇえっての。そういう事はもっと腕を磨いてから言えってんだ。
まったく、ルースは頭が堅くていけねぇ。そんなんだからあの
まぁ、そういう性格だから修行も手を抜かなかったし、そのおかげで俺の次くらいには剣の腕も上がったんだけどよ。
「これは……例のフカヒレを調達したという冒険者に関する報告書ですか? ふむ……お師さん、これ本当に正式な報告書なんですか?」
っと、今はその話じゃねぇな。冒険者ギルドから上がって来た報告書だ。
感想については、まったく俺も同感だ。一体何処のおとぎ話でぇ?
最初はドデケェフカヒレがドルトンから献上されたっつうから、それに褒美を出そうっていう、それだけだったんだがな。それがビッグジョーのヒレだって言うから驚ぇたのなんの。
俺も倒そうとした事があったが、相手が海の中じゃ手も足も出ねぇ……悔しい思いをしたもんだ。できるなら俺が狩りたかったんだがな。
誰が討伐したのか、冒険者ギルドにそいつの経歴とこれまでの功績をまとめて提出させたのがこの報告書ってわけだ。とりあえず去年一年分だけだがな。
それによると、七歳でギルド登録したと思ったらひと月後にはドルトンを襲ったゴブリン千匹を一蹴、十日も経たねぇうちにセンナ村を襲った盗賊団を殲滅、更にはドルトンを長年苦しめていたビッグジョー、護衛任務で遭遇した海賊も討伐しただと? 作り話にしても盛り過ぎだぜ。
それだけじゃねぇ、上質で大量の塩も一級の魔石も、依頼から数日で調達してきやがる。でっけぇ商会に伝手でも持ってんのか? 七歳のガキが? ああ、もう八歳になってんのか。ガキには違ぇねぇがな。
「ちゃんとギルドの印が押してあるだろうがよ。正式な報告書で間違ぇねぇよ」
「……これが本当だとすると、只の子供ではありませんね。魔法使いかもしれません」
「オメェもそう思うかい? けどよ、報告書には魔法を使った様子はねぇとも書いてある。上手く隠してるんだとすりゃ、頭もなかなか切れるってこったぜ」
腕もあれば頭も切れる。只のガキじゃねぇのは間違いねぇ。
「出頭命令を出して
保護……体の良い監禁か、趣味じゃねぇな。それに……
「そいつがギルドに登録した時の保証人を見てみな」
「……ダンテス・ワイズマン……旋風殿!? いや、そうか、なるほど。旋風殿の秘蔵っ子ならあるいは……」
おいおい、こいつも大分世間の噂に毒されてんな。ダンの野郎は確かに強ぇえけど、こんなバケモノ染みた弟子を育てられるほどじゃねぇ。
世間じゃ英雄だの武神だの言われてるが、あいつは普通の人間の範疇から外れちゃいねぇんだ。手合わせした事がある俺が言うんだから間違いねぇ。
けど、このガキは明らかに異常だ。俺でも難しいような依頼を次々こなしてやがる。まだ毛も生えてねぇようなガキがだ。明らかに普通じゃねぇ。将来どこまで行くのか、想像もつかねぇよ。
だけど、ダンのひも付きだってんならまだマシだ。野放しじゃねぇ、
「おや? お師さん、この冒険者、魔法使いの奴隷を買ってますね。ほら、ブランドンの元婚約者だったヒューゴー侯爵家の次女ですよ」
「ああ、たしか天秤魔法だったか?
「仕方ないですよ、
学院じゃ使えねぇ魔法っつう評価だったみてぇだけど、それもバカ甥に取り入った阿婆擦れが婚約破棄の為に根回ししたかららしいしな。
全く、使えるコマを無駄にするたぁ、碌なもんじゃねぇ。……
「ともかく、一度そいつの
「ハッ! 速やかに冒険者ギルドへ召喚命令を通達致します! 陛下、失礼いたします!」
直立姿勢をとったルースは一礼してから一歩下がって回れ右し、そのまま控室から出ていった。作法は完璧だな。俺より上手ぇんじゃねぇか?
……ダンの秘蔵っ子か。くくっ、面白れぇもん見つけたぜ。クソ詰まらねぇ国王の仕事でも、少しは楽しめることがあるってことか。俺を落胆させんじゃねぇぞ?
あ、ルースの野郎、報告書まで持って行っちめぇやがったな!? ったく、しょうがねぇ野郎だ!
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