第104話

 それは人類にとっては小さな火に過ぎないかもしれないけど、俺たちにとっては未来を照らす灯火だった—―なんつって!


「ルカ、おめでとう! これで魔法使いの仲間入りだね!」

「目出度いですわ! お参りした甲斐がありましたわね!」

「ありがとうございます、ビート様! クリステラさんもありがとう! うふふ」


 旅はパーカーからオーツへ向かう旅の途中、少し開けた岩場近くの平地で野営の最中だ。既に日は沈み、西の空に僅かな残照が見えるのみ。

 その薄暗闇の中、ルカの右手の指先には、蝋燭を灯したような小さな火が揺らめいている。野営の焚き火に比べれば弱々しいけど、オレンジ色の暖かい炎だ。とうとうルカが魔法を使えるようになったのだ。

 クリステラがリーブラ大神殿への参拝のおかげと言ったけど、あながち的外れでもないかもしれない。大神殿の敷地内はかなり濃密な魔力に満ちていたからな。ちょっとでも魔法の素養があったなら、寝坊助な才能も飛び起きざるを得まい。

 ルカは、魔力操作ができるようになったと思ったら、すぐに指先に炎を灯す事ができた。普通は自分の属性を知るために色々試すらしいのだけど、彼女は火属性だと見当が付いていたため、あっさりと魔法を発現させる事ができたのだ。

 何故彼女の属性が予測できていたのか。それは俺の魔力感知によるものだ。

 以前、火属性の魔法使いであるジャーキンのロレンス子爵と戦った際、彼の魔力は赤く光って見えた。つまり、俺は赤が火魔法の魔力の色だという事を知っていた。

 ルカの魔力もロレンスほど強くはないけど、赤い色を帯びていた。だから、彼女も火属性であろう事が予測できていたというわけだ。


 この世界では、火属性の魔法は非常にポピュラーな部類に入る。使える人数が多いわけではないけど、誰が見ても明確に魔法と分かるからだ。

 ただし、俺に言わせれば、属性魔法の中で最も謎な魔法だと思う。

 何故かというと、それは発現の際に『火』という形をとるからだ。


 そもそも火というのは『発熱と発光を伴う激しい化学反応』の事だ。中学校の理科だな。

 多くの人は火=熱のようにとらえているけど、熱は火の一要素でしかなく、その本質は『化学反応』だ。つまり、火という形をとるという事は化学反応を起こしている、何かが燃えているということだ。

 しかし、火魔法では何が燃えているのかが分からない。

 魔素自体が燃えているなら次第に魔力は減少するはずで、実際、点いた火からは徐々に魔力が減少しているようだけど、風魔法や水魔法に比べてその度合いが激しいという事は無い。

 何より、ロレンスはアレを火の玉にして飛ばしてきた。つまり、何か燃える核になる物ごと飛ばしてきたという事だ。

 しかし、一体何が核になっている? 魔素が関係しているのは間違いないんだろうけど……。

 まぁ、魔法自体が謎と言われるとそれまでだけど。あんまり悩んでも仕方ない。深く悩むのはやめておこう。ハゲそうだ。


 ともあれ、ルカが魔法使いに成れてなによりだ。これで初期の仲間六人全員が魔力操作を覚えた事になる。サマンサとウーちゃん以外は発現もできるようになった。

 ウーちゃんは仕方ないとしても、サマンサには発現できるようになってもらいたいんだけどな、如何せん、属性が分からないのでどうにもならない。

 魔力感知によると、サマンサの魔力は薄い紫色だ。この色の魔力を持つ人は百人にひとりくらいの割合で見かける事がある。珍しいけど、無属性よりは多い。無属性の魔力は、今のところ俺とクリステラ、デイジーしか見た事が無い。

 レア度で言うと無属性はUR、紫はSRという所か。レア度がすなわち強さという訳ではないけど、そもそも使い方が分からないのではどうしようもない。今後の課題だな。


「それで、ルカは魔法が使えるようになったご褒美は何がいいの? クリステラとキッカも同じなんだっけ?」


 たしか、キッカが魔法を覚えた時にそんな事を言ってたような気がする。


「それは……」

「この旅が終わって、またドルトンかボーダーセッツへ戻った時にお話ししますわ」

「せやな。そないに急ぐ事でもないし、多分他にも欲しがる娘はるやろうからな」

「そうね。幸せはみんなで分け合いましょう。うふふ」

「ふぅん。まぁ、それならそれでいいけどさ」


 ふむ、皆で分け合えるものか。何か新作のスイーツでも強請ねだられるんだろうか? そんなにレパートリーは無いんだけどな。他ならぬ仲間の頼みだ、少ない前世の知識から何とか絞り出してみるか。上手くいったら『湊の仔狗亭』の新メニューにすればいいしな。ルカが火魔法を覚えたから、焼いたり炙ったりもやりやすいだろう。


「火魔法は便利ですね。お料理がし易くなります」

「野営も楽だよな。火種に気を付けなくていいし」

「……明るい」


 考える事はそんなに違わなかったようだ。攻撃魔法の代名詞みたいな火魔法だけど、うちの連中にとっては生活に役立つ便利魔法でしかないっぽい。

 まぁ、どんな力も使い方次第だからな。平和利用なら何も言う事は無い。平和が一番だ。



 しかし、翌日到着したオーツの街は戦場だった。平和じゃねぇ。

 木造漆喰塗りの白い外壁の街並みはあちこちで崩れ落ち、未だ黒い煙をたなびかせている所も一か所や二か所ではない。漂う空気も焦げ臭く、街並みも煙で霞んでいるように見える。

 路上に力なく座り込んだ人々の衣服は煤と垢、所々血で汚れており、身体の何処かに包帯を巻いた人も少なくない。俺たちが通りかかると俯いた顔を僅かに上げるけど、その眼には光が無く、表情からは絶望か諦念しか読み取れない。

 まるで報道番組で観た内戦の中東みたいだ。モニターの向こう側の出来事でしかなかったものを、よもや自分の眼で見る事になろうとは。

 聞けば、つい半日前、夜明け直後に海賊の襲撃があったばかりだそうだ。戦争が本格化してからは三日と置かず襲撃があるそうで、もうそれが何度目か、数える事さえ馬鹿馬鹿しいくらいだという。

 数か月前までは王国におけるリュート海沿岸随一の街であったオーツだけど、いまや街としての機能は無いに等しく、住人も大半が逃げるか殺されるか、あるいは攫われるかしたそうだ。

 今この街に残っているのは、他所の街までの移動に耐えられない老人や病人か、貯えの無い貧乏人だけらしい。そう語ってくれたのも、頭に包帯を巻いた老人だった。

 領主軍も頑張ってはいるそうだけど、如何せん、初期の襲撃で船のほとんどを沈められてからは、されるが儘だそうだ。

 思っていた以上に状況は悪かった。


「ここ……です」


 ルカに案内されて港にほど近い一角に来たのだけど、そこには焼け残った黒い柱数本と瓦礫があるだけだった。いや、ここだけじゃない。この辺り一帯が同様の有り様だった。

 ここがルカとサマンサが生まれ育った家……その跡地か。


「……ちくしょう。分かっちゃいたけど……ちくしょう」

「サミー……」


 サマンサは肩を震わせて俯き、ルカが後ろから抱きしめる。

 きっと沢山の家族の思い出がその家には詰まっていたのだろう。それが理不尽に奪われ、生活も一変してしまった。その心中しんちゅうは、俺には察する事さえできない。

 ただ、復讐を願うサマンサの怒りが正当なものであるという事は理解できた。

 三月の海風はまだ冷たい。



 俺たちの目的地はオーツよりもまだ先だ。

 その日のうちにオーツの街を発った俺たちは、その更に北、最前線であるミノス子爵領へと向かった。バカ王子を唆していたビッチの親の領地だ。

 もっとも、既にミノス子爵は王国への反逆罪で捕らえられ、一族郎党全員が王都へと移送されている。

 現在、その領地は没収されて王家直轄地になっており、第三騎士団を中心にした王国軍が駐留・管理している。

 したがって、正しくは旧ミノス子爵領ということになる。まぁ、どっちでもいいんだけど。

 ジャーキンと内通していたおかげで、旧ミノス子爵領はノランからの略奪に遭っていなかった。現在は散発的に襲撃があるようだけど、王国の北東方面の主力が駐留しているおかげで大きな被害は出ていないようだ。後方より最前線の方が被害が少ないって、それはどんな皮肉?



 以前から気になっていた事のひとつに『なぜ陸路でノランに進軍しないのか』という疑問があったのだけど、実際に国境ここへ来てみてその理由が分かった。確かに、これでは陸路を使うのは無理……とは言わないけど、かなり難しいだろう。

 断崖絶壁だ。

 まるで『ここからは立ち入り禁止』と言わんばかりに、高さ五百メートルはあろうかという絶壁が旧ミノス子爵領北方国境を塞いでいる。ベルリンの壁や万里の長城どころじゃない。

 その壁は海岸から延々と東に伸びており、遠く隣国エンデとの国境をも越えて続いているのだという。

 地殻変動で隆起したんだろうか? ずいぶん規模がデカいけど、ファンタジー世界ならこういうモノがあっても不思議じゃない。

 断崖の手前にはソコソコ大き目の川が流れており、それがまた進軍のしがたさを上げている。

 河口近くだというのに流れも急で、深さもそれなりにある。船をつける事は難しいだろう。とても兵を送り込めるとは思えない。

 幸いにも、と言っていいかどうかは微妙だけど、ノランからも兵を送り込んでくる事もできなさそうだ。だからここが国境なんだろう。


「この『ドラの衝立』はノラン側も断崖絶壁になっているそうですわ。幅は約一リー(三キロ)程で東西に細長い台地なんだとか」

「へぇ~。良く知ってるね、クリステラ」

「おほほほっ、このくらい当然ですわ! これでもわたくし、学園での成績は良かったんですのよ!」


 手の甲で口元を隠して笑うクリステラは、まるでテンプレ悪役令嬢のようだ。やっぱ髪は縦ロールにさせるべきか? けどセットに時間が掛かりそうだな。ドライヤーもカーラーも無いし……ルカの火魔法でなんとかできるか?

 まぁ、冒険者向きの髪型じゃないのは間違いない。要検討という事にしておこう。

 『ドラ』というのは、豊穣と大地の女神の名前だ。主に農民が信仰している。大神殿はエンデのさらに東の国にあるらしい。隣国のエンデすらまだ行ったことないのに、そのさらに向こうなんていつになったら行けるのやら。


「そんで、これからどないすんのん? これ越えて行くん? それとも海から?」

「ん~、取り敢えず、街で一休みしよう。ここまで強行軍だったしね。ここからは調査しながらになるから、じっくり腰を据えて行こうよ」

「そうと決まれば、まずは腹ごしらえだみゃ! 料理のおいしい宿を探すみゃ!」


 クリステラのお兄さんの安否調査をしなきゃならないからな。しばらくはこの旧ミノス子爵領に滞在する事になるだろう。拠点は駐留軍が居る領都ギザンだ。

 さて、それじゃ初の調査依頼、張り切ってやりますか!

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