第102話
パーカーの街は門前町だ。王国中央部を北東から南西に貫く中央運河のほぼ中間地点南側にあるこの街は、法と商売の神の総本山『リーブラ大神殿』へ向かう参拝客の為の宿場町として栄えてきた歴史がある。この国で最古の都市だ。王都より古くからあるというからすごい。日本で言うと京都や奈良みたいなもんだな。
しかし俺たちの眼に映るその街は、そんな俺の古都のイメージとはかけ離れていた。
「っらっしゃい、っらっしゃい! 安いよ安いよ! ウチの魚は運河の獲れたて、鮮度が違うよ!」
「お、そこのお嬢さん、別嬪さんだね! どうだい、この
「ちょっと、これ傷が付いてるじゃない! アタシが買ってあげるから安くしなさいよ!」
カオスだ。そこには、年末上野のアメ横かデパートの北海道展最終日、いや、大阪のスーパーのタイムセールみたいな光景が展開されていた。門前町の
表通りというか、参道の両脇には露店が立ち並び、はるか先の大神殿入り口まで続いている。そこをまるで縁日のように大勢の人が行き交い、盛んに商品を物色している。さらにその参道を一本奥に入った通りにも同じように露店が立ち並び、やはり大勢の人が買い物をしている。まさに法と商売の神様の街だ。
「この街は相変わらず活気に溢れてますわね。少々猥雑に過ぎますけど」
「なんやうち、初めて来た気がせんわぁ。メッチャ馴染むっちゅうか、居心地がエエっちゅうか」
クリステラは過去にこの街を訪れた事があるらしい。昔からこうなのか。
確かに人も物も大量に溢れていて、ひっくり返したレゴボックスのように纏まりがない。
キッカは周りを見渡して目を輝かせている。商人気質の海エルフにとっては、この活気あふれる雰囲気は心地いいだろう。ここに住み着いてる海エルフも少なからず居るんじゃなかろうか?
ただ、海エルフ以外にとっては、少々嫌な事も有る。実のところ、臭いがキツイ。
店先から流れ出て来る食べ物や果物のいい匂いばかりではなく、裏路地からどぶのような悪臭も漂っているのだ。まるで週末の大阪新世界だ。ウーちゃんなど、鼻をヒクヒクさせてはくしゃみを繰り返している。よく利く犬の鼻にはキツイだろう。
そんな感じで、どこか大阪を思い出させるこの街だけど、実は特に理由があって立ち寄ったわけではない。単純に旅の中継地として、休息と消耗品の補充に寄っただけだ。身軽な方が速く動けるから、俺たちは旅の荷物を最小限しか持ち歩いてない。なので、こまめな補給が必要なのだ。
また、そのほうが色んな街や村に立ち寄れて『旅』って感じがするからという理由もある。
「まずは宿を探そうか。荷物を置いたら買い出しをして、明日の早朝に出るよ」
今回の旅は俺の平面魔法を使用して、通常では考えられない速度で移動している。現に、ボーダーセッツからパーカーの街まで二日しか経過していない。普通ならどんなに急いでも5日は掛かる旅程だ。少しでも頭が回るなら、これが尋常ではない移動手段、つまり魔法によるものだと勘付くだろう。まだ爵位を得ていない今の段階でそれは避けたい。
ドルトンからボーダーセッツへの移動は、少々早目だったけど異常という程ではなかった。途中でロングアイランドに寄ったからな。結果的には丁度良かった。
この街を出た後は運河沿いにオーツの街を目指す予定だ。ルカとサマンサの故郷だな。
運河沿いには街道が整備されているのだけど、この街道は結構往来が激しい。つまり人目に付きやすい。
ただでさえ俺の平面馬車は目立つから、できるだけ人目につかない時間帯に出発したいところだ。そうすると夜中か早朝という事になるのだけど、夜中の出発では『何かうしろめたい事が有る』と喧伝しているようなものなので、必然的に早朝の出発という選択肢しか残らないわけだ。
「あれ、リーブラ様に御参りしていかねぇのか? 坊ちゃん」
「あらあら、宿屋のオーナーになられた事ですし、ご挨拶くらいはしておいたほうが良くないですか?」
サマンサとルカが尋ねてくる。ふむ、それもそうか。マジで神様が居る世界だもんな。そのお膝元まで来ておいて挨拶も無しでは、神様と言えどヘソを曲げるかもしれない。散々お世話になってるわけだし。
「そうだね、それじゃお参りしてから宿を探そうか」
そんなわけで、脇道から参道に戻って神殿へと向かう。
途中二回、クリステラが男とぶつかりそうになったけど、あれはおそらくスリだ。人が多いところなら何処にでも居るからな。クリステラは見るからにお嬢様だから、お金を持ってそうに見えたのだろう。
オヤクソクではあるけど、お忍び旅で無駄な騒動を起こしたくはない。二回ともぶつかる直前で斥力(物体同士が離れていく力)フィールドを展開し、無理矢理スリの進行方向を変えてやった。少々よろめいて通り過ぎた男は、舌打ちして去って行った。無駄なイベント回避成功だ。
参道の終わり、つまり神殿入り口には高さ十メートルはあろうかという巨大な門柱が二本立っていた。太さは直径一メートル以上ある。材質は花崗岩だろうか? 白いキラキラした岩石質だけど、継ぎ目は無い。一本丸ごと削り出しか? 魔法で作ったんだろうか。横棒は無いけど、なんとなく鳥居のような雰囲気だ。
その左右には数メートルおきに高さ約一メートル、太さ約三十センチの同じ石材で作られた柱が続いている。柱と柱の間に塀などは無い。どこからでも入れるようだ。
折角なので正面の門柱から入るとしよう。参道から続く石畳から境内へと足を踏み入れる。
「っ!?」
瞬間、背筋をものすごく冷たいものが貫く! 全身の皮膚が粟立ち、冷や汗が噴き出す! 一瞬呼吸が止まり、目の前が真っ白になる! 今の俺は全身サブイボだらけの丸ごとチキン状態だ!
何だこれ!? 魔力!?
以前、俺の魔力量をドラム缶とすると長島さんは輸送コンテナと例えたけれど、これはそんなレベルじゃない。まるでドーム球場、いや巨大な湖だ。どれくらいの量があるのか、推し量る事さえ馬鹿らしい。
境内に満ちる濃密な魔力は無色。俺やクリステラ、デイジーの無色とはまた違う、本当に混じりけの無い透明の魔力だ。
それでいて、触れれば型が付きそうなくらい密度が高い。
これが神、これがこの世界を形作る絶対者の力か。なるほど、今の俺じゃ足元にも及ばない。
「ビート様、どうなさいましたの!? ものすごい汗ですわ!」
クリステラが突然動きを止めた俺を
入り口とその周囲にある柱は、おそらくこの魔力を封じ込める為の物だ。こんな濃密な魔力が撒き散らされたら、ここいら一帯があっという間に魔境化しそうだ。
いや、実は既に魔境化しているのかもしれない。これだけの魔力だ、この神殿周辺がダンジョンになっていたとしてもおかしくない。実際、魔力の一番濃い部分は本殿正面よりやや下、地下から感じられる。リーブラ様は地下におわすようだ。
「いや、大丈夫。ちょっと緊張しただけだから」
俺は問題ない事を返し、気合いを入れて本殿へと向かう。
……やっぱり旅に出て良かった。今まで順調に行き過ぎてて、かなり天狗になってた。冷や水を浴びせられて、その鼻をポッキリ折られた感じだ。
今の俺では逆立ちしても太刀打ちできない相手がいる。油断もナメプも命取りになる相手がいる。それに気づかせてくれるとは、流石神様、お優しい。前世じゃ無信仰だったけど、今生では敬虔なリーブラ信者になりそうだ。
とりあえず、お賽銭は奮発しておこうかね。
熊手とか売ってるかな? エベッさんじゃない? これは失礼。
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