第065話

「みゃあぁーっ! やったみゃーっ!!」


 デイジーが魔力操作を会得してから数日後、今度はアーニャが魔力操作を会得した。

 十日くらいかかったけど、これでも早い方だろう。村長と大差ない。獣人特有の勘の良さが生きたのかもしれない。


 ネコ系獣人というと気まぐれで移り気な印象があるけど、それはどうやら偏見だったようだ。アーニャは、魔力操作の訓練も戦闘訓練も、真面目に集中して行っている。

 ちょっと食欲と睡眠欲に忠実過ぎる気もするけど、やる事はきっちりやっているので問題ない。そういえばタマラさんも出来るひとだよな。そういう種族なのかもしれない。

 ウーちゃんとの相性が悪いという事も無く、よくふたり(一匹とひとり)で寄り添って昼寝している。見ているだけで癒される。こっそりテクスチャ化してライブラリにコレクションしてあるのは秘密だ。

 他のコレクションについては黙秘させて頂きます。隠しフォルダ化です。


「坊ちゃん、ギンアジ! 塩焼きみゃっ!!」

「うんうん、分かった、分かったから! 顔が近いよ!」


 一気に詰め寄られて押し倒されてしまった。鼻先が触れ合うかという位まで顔を寄せてくる。

 普通ならドキドキするところかもしれないけど、鼻息の粗さで台無しだ。ウーちゃんに顔を舐められている時と同じ感じがする。俺の中でアーニャは動物にカテゴライズされてるのかもしれない。年頃の女の子なのに申し訳ない。


 うちの仲間は皆美少女ばかりだ。アーニャも例外ではない。ちょっと丸顔なのと好奇心旺盛な大きな眼のせいで、年齢よりかなり幼く見えるけど。

 身長は十五歳にしては小柄で百五十センチくらい。体つきはしなやかで細いけど、付くところには付いている。

 ショートにしている黒髪と相まって、まさに黒猫と言った印象だ。魔法使いである俺の所へ来たのは必然かもしれない。今度ほうきに乗せて空を飛んでみよう。


「店には売ってないだろうな。あんまり獲れないみたいだし」

「そうですね。いままで市場で見かけたことはありません」

「そ、そんなぁ~」


 ルカの答えに、非常に情けない顔でアーニャが嘆く。可哀想なんだけど、なんか可愛い。ウーちゃんが餌を目の前に『待て』をされている時と同じ表情だ。やっぱり俺の中で動物カテゴリかもしれない。


「売ってないなら獲りに行けばいいだけだよ。昼からは釣りに行こう」

「みゃっ! 流石ボスだみゃっ! 愛してるみゃっ!!」


 時間的にはあまり釣りに向いていないけど、多分なんとかなる。

 感激したアーニャが抱き着いて頬ずりしてくるも、不思議とあまりドキドキしない。ネコが餌をねだるときにすり寄って来るのと同じ感じだ。やっぱり動物(以下略)。



「タマラさん、この辺の海で気を付けないといけない魔物って、ビッグジョー以外に何か居る?」


 俺たちはギルドに来ていた。理由はふたつ。

 ひとつは情報収集だ。

 また気付かずにジョーさんみたいな大物を仕留めてしまったら、俺のこの街での評価が大変な事になってしまう。尊敬されるならいいんだけど、これ以上怖がられるのは勘弁して欲しい。

 そうならない為に、大物がいるところへは近づかないようにしないといけない。一応、近隣に強い魔物が居ない事は気配察知で確認しているけど、念の為にギルドからも情報を仕入れておこうというわけだ。


 もうひとつは釣り具の調達だ。

 ジョーさんのせいで、この街の漁業は廃れに廃れている。専業漁師はひとりも居ない。

 そのため釣り具や漁具も出回っておらず、個人が趣味で所有しているのみらしい。

 しかし、たまに魚の調達依頼があるため、ギルド内にはある程度の釣り具が保管されている。今日はそれを借りるか、出来れば買い取る為にやってきたのだ。折角庭先に海があるんだから、好きな時に糸を垂れてみたいじゃないか。


「そうねぇ、近隣って訳じゃないけどぉ、あとひと月もしたら『ロングアイランド』が沖に来るかもしれないわねぇ」

「ロングアイランド?」

「そう、大きな魚の魔物よぉ」


 聞くと、そいつはとてつもなく巨大な魚の魔物で、年に一度、この街の沖に回遊してくるそうだ。時期は初冬で、季節の風物詩らしい。

 その巨体の背中を水面に出し、時折水を噴き上げる様子を見ると、ドルトンの街の人は冬が来たことを実感するのだそうだ。

 それってクジラの潮吹きなんじゃ? まあ、この世界では魚もクジラも区別出来てないだろうけど。

 大きさは推定半リー(約一・五キロ)だそうで……キロって生き物の大きさに使う単位じゃないよね!? デカすぎだろ!

 そのあまりの大きさに、海面に出した背中がまるで細長い島のようだということで、ロングアイランドという名前になったそうだ。なるほど、長島さんか。

 さすがにそこまでデカい魔物相手は荷が重い。

 けど、そもそも害のある魔物ではないらしい。むしろ益獣だそうだ。

 長島さんは小魚の群れを追い立ててくるので、それを狙った中型・大型の魚も多く集まって来る。云わば移動する漁場のようなもので、ジョーさんが棲みつくまでは大漁確定の縁起物として歓迎されたそうだ。ジョーさん、あんたってひとは……。

 『狩らないでねぇ』と念を押されたけど、狩らない為に話を聞きに来ているわけで、その心配は無い。というか、そんなデカブツでも俺なら狩れると思われてるのか?俺って一体何だと思われてるの?



 その後、釣り具を借りてギルドを後にした。買い取りは出来なかった。

 なんでも、ジョーさんが居なくなった事で比較的安全に魚が獲れるようになり、漁具の需要が上がってきているのだそうだ。販売してしまうと今後の貸し出しに支障が出てしまうから、と言われては仕方がない。ジョーさんの影響は凄いな。


 釣り具は思ったよりシンプルだった。糸巻きと糸、針だけで、竿は無い。手釣りとかミャク釣りとかいう仕掛けだな。餌を付けてポイントに落として釣るらしい。船が無いと沖の魚は釣れないな。


 釣りの基本は知識と推察だ。その魚がどんなものを食べ、何処を泳いでいるのかという情報が重要な鍵となる。

 よく『ジジイの道楽』のように言われるけど、実は論理と経験から来る推察を必要とされる、非常に高度な知的スポーツなのだ。しかも足場の悪い場所にも足を踏み入れるから、体力とバランス感覚も要求される。まさにスポーツだ。


 さて、今回のターゲットであるギンアジの生態はというと、


「今は丁度うちの庭先辺りを回遊中だね。ほら」


 そう言って平面に海中の画像を表示する。そこにはギンアジが数匹、俺が沈めた塩蔵を背景に悠々と泳ぐ姿が映し出されていた。

 情報収集は完璧だ。何しろ直接カメラで様子を確認できるのだから。気配察知で何処にいるかも完全に把握できるので、推察すら必要ない。

 実のところ釣り糸すらも必要なくて、平面で囲って持ち上げれば終わりだったりするのだけれど、そこは遊び心と言うものだ。ただ獲るだけでは面白くない。


「みゃっ! 早速釣りに行くみゃっ!!」

「待って待って、今エサを見せても釣れないよ。ほら、目の前を小魚が泳いでるのに見向きもしてないでしょ?」


 平面に映し出されたギンアジの前を、イワシのような小魚の群れが通り過ぎる。しかし、ギンアジたちは興味なさげにゆっくり泳いでいるだけだ。


「多分昼までにお腹いっぱい餌を食べたんだよ。今は腹ごなしの散歩中ってところかな?」

「みゃぁ~、それじゃ、どうやって釣るみゃぁ?」


 アーニャが悲しそうな顔で見つめて来る。耳も眉も垂れ下がって、まるでコミックのような表情だ。

 悪いけど、可哀想というより面白いと思ってしまった。動物が困ってる様子って、何故か可愛いく見えてしまうんだよな。


「まぁまぁ、方法はいくらでもあるから」


 主に平面魔法を使う方法だったりするんだけどね。この世界で出来るのは俺だけだろう。



「みゃあぁーっ!! 身体が持って行かれるみゃぁーっ!」

「ほ、ホントに喰いつきやがった!?」

「クリステラ、ルカ、アーニャを支えて! アーニャ、無理に頑張らないで! 糸を出しても構わないから、魚が疲れるまで泳がせて! 糸は弛ませないようにね!」

「はい、承知致しましたわ!」

「あらあら、あらあら、アーニャさん、頑張って!」

「頑張るみゃ! 塩焼きだみゃ!」


 なかなかに修羅場だ。俺の作戦が一発で的中し、凡そ二メートル超えのギンアジが針に喰いついたのだ。


 今回俺が用意したのは平面魔法製のルアー、疑似餌だ。

 針を包み込むようにイワシ大の魚っぽい形状を作成し、その中にラトル(音を出すための球)を仕込んだ。表面材質はキンキラキンのゴールドだ。


 いくらルアーと言えども、満腹の魚が喰いつく事はほとんどない。ルアーの多くは餌を模しているのだから当然だ。

 しかし、何事にも例外というものはある。ルアー釣りの場合、そのひとつに『アングリーバイト』と言うものがある。


 もし鬱陶しいものが目の前をチラチラしていたら、ほとんどの人は手で追い払おうとするだろう。ハエやアブなどが飛んでいるところを想像してもらうとわかりやすいかな?

 では魚の場合はどうかというと、魚には当然だが手が無い。その代わりに使うのは、多くの場合は口、つまり噛み付きだ。これをアングリーバイトという。

 今回の場合、派手な色とうるさい音でそのアングリーバイトを誘発させた。つまり、ビックリさせて怒らせたのだ。

 上手くハマって良かった。多分喰いつくだろうとは思ってたけど、確証はなかったからな。ダメでも別の手を考えてたから、問題なかったけど。


 このサイズになると、もはやマグロと変わらない。とにかく走るし、重い。釣りの獲物ではなく、漁、いや、猟のターゲットだ。


「アーニャ、急いで糸を巻き取って! ジャンプするよ! サマンサ、アーニャが巻き取った糸が絡まないように纏めて!」


 俺はカメラにギンアジを追わせ、状況の変化を見ながら指示を出している。


 釣りで魚を逃がすときの三大事例というのがある。

 海底の岩や障害物に針や糸が絡む『根掛かり』、水面でジャンプや立ち泳ぎをして糸を弛ませ針を外す『エラ洗い』、針が柔らかいところに刺さったり少ししか刺さらない『浅掛かり』だ。

 俺の平面魔法で確認しながら補助すれば、浅掛かり以外は未然に防げる。既に海底は平面で覆ってあるので根掛かりの心配は無いし、先程のように事前に指示すれば糸を弛ませることも無い。


「そろそろ疲れて来たみたいだ。アーニャ、全身に軽く魔力を回して強化して。一気に引き上げるよ。デイジー、キッカ、さっき僕が作ったギャフ(取り込み棒)を用意して。引っ掛けた時に暴れるから引き込まれないようにね。デイジーも身体強化しておいて」

「行くみゃーっ!!」

「……頑張る」

「任しときぃ!」


 あんまり泳がせてると身焼けするかもしれないからな。弱ってきたら一気に取り込まないと。

 身焼けというのは、その名の通り身が焼いたように変色する現象だ。マグロなどの運動量の多い魚によく見られ、身焼けした部分の味は落ちる。

 ギンアジも運動量がかなり多いみたいだから身焼けするかもしれない。あまり長時間の格闘はさせたくない。

 アーニャが全身に魔力を纏わせ、糸を巻き取り始める。今日覚えたばかりとは思えない、スムーズな身体強化だ。これがお魚パワーか。

 巻き取った糸は、サマンサが丁寧に糸巻きへと戻している。絡むと引っ掛けてケガする事もあるからな。地味だけど重要な作業だ。

 デイジーも、ゆっくりと確実に身体強化を行っている。まだぎこちないけど、着実にモノにしている感じだ。


 岸辺に寄って来たギンアジに向かって、キッカがギャフを延ばす。平面魔法製で重さは無いとはいえ、二十メートル以上あるから取り回しは大変だ。こっそり俺も平面を操作し、引っ掛けやすいように誘導する。

 俺が平面で引き上げてもいいんだけど、『皆で何かを成し遂げる体験』というのをさせたかったので、極力手は出さない。上司はチームワークに気を配っているのですよ。


「ひゃっ!?」

「……大丈夫!」

「お手伝いしますわ!」


 胸鰭の付け根辺りにギャフが刺さった瞬間、ギンアジが大きく暴れる。その勢いにキッカが引っ張られるも、デイジーが支えて抑え込む。上手く身体強化が出来ているようだ。クリステラもギャフの補助に回って、一気に引き上げる。

 そして……


「や、やったみゃーっ!」

「やりましたわね! 大物ですわ!」

「こりゃすげぇ、一体何人前の塩焼きが取れるんだ?」

「ふふ、みんながお腹いっぱいになるくらいは取れるでしょ? うふふ」

「塩焼きだけいうんは勿体無いわ。煮付けやらソテーやらも作ってみようや!」

「……美味しそう」


無事取り込み完了だ。皆それぞれに喜びを口にする。うむ、レクリエーションとしては大成功かな。


 まだビチビチと暴れているギンアジに、サクッとトドメを刺して身焼けを防ぐ。素早くエラとハラワタを抜き、井戸端まで持って行って水洗いする。

 魔石がないかなーと思って探してみたけど、何故か見つからなかった。魔物じゃないって事か? 魔石って何なんだろうな。



 塩焼き、ソテー、カルパッチョに塩ハーブスープ等々。その日の夕食はギンアジ尽くしだった。

 どれも美味しかったけど、量が多すぎた。七人で腹いっぱいになるまで食べたのに、まだ半分残っているとルカに言われた。

 再び冷凍庫が起動したのは言うまでもない。


 ギンアジはその二日後まで食卓に上り続けた。喜んでいたのはアーニャだけだった。

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