第057話

 無双した。


 自分でやっておいてなんだけど、少々やり過ぎたかもしれない。

 魔法がバレないように極力身体強化のみで戦ったのに、もっと抑えなければいけなかったようだ。自分で思っていた以上に怒りが強かったという事だろうか。

 おそらく村長宅だったと思われる建物は、もはや数本の柱の上にかろうじて屋根が載っているような状態だ。壁や窓などは見る影もない。日本家屋のような瓦葺かわらぶきであったら、その重みでとっくに潰れていただろう。いっそ全壊させた方が、後の処理が楽だったかもしれない。


 そして盗賊共は武装解除して縛り上げ、全員に猿轡さるぐつわを噛ませてある。

 後ろ手に縛った上でその両手首と両足首を結んだので、海老反りのむさい男たちが何人も転がっているという一種異様な光景になってしまった。

 昔ドキュメンタリーで観たアザラシのハーレムのようだ。場所は海岸ではなく村の広場の片隅で、しかもオスばかりの嫌なハーレムだけど。誰得?

 一応全員生かしてあるけど、何人かは骨が折れているかもしれない。まぁ、死にはしないだろう。生きてるだけありがたいと思いなさい。

 ついでと言ってはなんだけど、ひとり残らず息子さんを昇天ライジングサンさせてある。今後は獣欲に悩まされる事も無く、清く生きていく事が出来るだろう。


 あとは待っていれば朝には迎えが来るはずだけど、残念ながらまだやらねばならない事がある。


 転がってる盗賊の中から五人ばかり選んで広場の真ん中に引き出し、猿轡を外す。


「さて、それじゃネグラの場所と残りの仲間の人数を教えてくれるかな?」


 盗賊の残党とそのネグラを潰さなければならないのだ。受けた依頼は『殲滅』だからな。仕方ない。


「へっ、誰が言うかよ! おれたちゃならず者だがよ、だからこそ仲間は売らねぇんだ!」

「そうだそうだ!」


 猿轡を外された盗賊共が賛同する。

 まぁ、所詮は外道なので、実際にはそれほどの連帯感は無いだろう。

 最初から素直に話してくれるとは思っていない。と言う訳で、彼女たちに御出おいでいただこう。


 クリステラに頼んで、納屋から囚われていた女性たちを連れてきてもらう。何故自分たちが呼ばれたのか分からないのか、彼女たちの多くは不安そうにしている。

 俺は盗賊共と彼女たちの間に、盗賊共から分捕った短剣や片手剣などを置く。


「お姉さんたち、この盗賊共を好きにしていいよ」

「……え?」


 何を言われたのか理解できなかったのだろう、彼女たちは顔に疑問符を浮かべている。

 対称的に、盗賊共は目に見えて顔色が悪くなった。弱い月明りの下でも、はっきりと白く見える程だ。


「こいつらに酷い事沢山されたんでしょ? 恨みを晴らす絶好の機会だよ」


 息を飲む音が聞こえた。彼女たちにもようやく俺の言葉の意味が理解できたようだったけど、ほとんどの人は目の前に置かれた武器と盗賊共を見比べて躊躇している。

 昨日まで極普通の村娘だった人たちだから、意味がわかったところで最後の一歩が踏み出せないのだろう。

 しかし、全員がそうだとは限らない。

 彼女たちの中から、ふらりとひとりの女性が歩み出て来た。

 引き裂かれた衣服、唇が切れて片側が腫れた頬、光の無い虚ろな目。胸元がはだけて零れ落ちそうな大きな胸にも、青く痣が浮いている。

 おそらく盗賊共に乱暴されたのであろうその女性は、武器の中から無表情に短剣を拾い上げた。そしてひとりの盗賊の前まで行くと、手にした短剣を逆手で両手に握り、大きく頭上に振りかぶった。


「や、やめろっ! おれが悪かった! おれが悪かったから!!」


 器用に海老反りのまま後ずさりながら盗賊が命乞いをするけど、彼女は止まらない。

 無表情だったその顔に、俄かに感情が浮かぶ。

 それは憤怒だった。凡そ人のモノとは思えない、激しい怒りと憎しみに満ちた表情。まさに般若のそれだった。


「あたしがっ! あたしもっ! 父さんも母さんもっ! 弟もぉっ!」

「や、やめっ、ぎゃあぁあぁっ!?」


 絶叫と共に、彼女はその短剣を勢いよく盗賊の胸元へ振り下ろした。


「ぎひぃいっ!? いでぇ、やめっ、いでぇえよぉっ!?」

「何度もっ! 何度も何度もやめてって言ったのにぃっ! 何度も何度もぉっ!」


 彼女は盗賊に馬乗りになり、何度も短剣を振りかざし、振り下ろす。辺りに血臭が立ち込め、盗賊の絶叫が満ちる。

 それが切っ掛けになったのか、更に数人の女性が武器を取り、盗賊共に向かっていく。


「ひぃいぃっ!? た、助けてくれっ! なんでも喋る、喋るからっ!!」

「し、死にたくねぇっ! 頼む、助けてくれぇっ!」


 転がされた盗賊共が必死に後ずさりながら懇願する。けど、ちょっと遅すぎたな。


「やだよ。素直に話してくれてたら、こんな事をしなくても良かったのに。自分で機会を捨てた奴に何度も情けを掛ける程、僕はお人好しじゃないんだ。恨むなら自分たちの馬鹿さ加減を恨んでよね」

「そんなっ!?」

「畜生、こんな仕事受けるんじゃ……ギャアァアッ!?」


 女性たちが手に持った武器を振り下ろす。

 盗賊共が断末魔で合唱を奏でる。聞いていて楽しいものではないな。敢えてタイトルを付けるなら『自業自得の詩』ってところか?


 しばらくすると、その合唱も聞こえなくなった。最初に刺された盗賊は、もうピクリとも動いていない。他の四人も程なく同じ状態になるだろう。もういいかな。


 既に物言わぬ骸になった盗賊に、その女性はまだ短剣を振り下ろしていた。

 俺は彼女の血まみれの腕を背後から掴む。一瞬彼女の身体がビクンッと震えて、そのまま動かなくなる。

 強く握りしめられた短剣から、剥がすように一本ずつ指を解き短剣を取り上げる。刃は歪み先端は欠けているその短剣を、俺は遠くへと投げ捨てる。

 まだ固まっている彼女の正面に回ると、また元の感情の無い顔に戻ってしまっていた。視線は自分の目の前にある肉塊から動かない。

 俺は軽く膝を曲げて彼女と目線を合わせ、囁くように話しかける。


「終わったよ」


 小さくピクンと身震いした後、ノロノロと彼女が俺を見つめて来る。


「……おわっ……た?」

「うん、もうこれで辛い事も悲しい事も終わり。仇も討ったし、きっとご家族も浮かばれるよ。よく頑張ったね」


 俺は彼女の頭に片手を乗せ、優しく撫でる。彼女の目にゆっくりと泪が溜り、零れ落ちる。


「ほんとに……ほんとにおわり?」

「うん、ほんとにおわり」

「……う……うぅ……うえぇ……ふえぇえぇ~……」


 声を上げて泣く彼女の頭を、俺は撫で続ける。

 実際のところ、本当に辛いのはこれからだろう。身内を全て殺された上に、村は壊滅して再建の目処は立たない。彼女の先行きに明るい話なんて何ひとつ無い。

 それでもこれがひとつの区切りになったはずだ。人は何かを終わらせる事で、初めてその先に目を向ける事が出来る。復讐は必ずしも無意味ではないのだ。

 その泣き声で我に返ったのか、盗賊共を切り刻んでいた他の女性たちも動きを止めた。武器がその手からポロリと落ちる。

 茫然と虫の息の盗賊を見下ろす彼女たちの元へ向かい、先の女性と同じように労いの言葉を掛ける。


 今の彼女たちに必要なのは肯定の言葉だ。

 盗賊とは言え人を殺してしまったのだから、只の村娘である彼女たちの心には堪えがたい負荷が掛かっているはずだ。何のケアも無しでは彼女たちが壊れてしまう。

 人を殺した事実は決してなくならないけど、それを正当なものとして受け入れられれば負荷を軽くする事ができる。誰かにその行為を肯定してもらえるだけで、随分と心が楽になるはずだ。

 そして、それは俺の仕事だ。彼女たちをけしかけ、間接的に盗賊を殺した俺にはその責任がある。彼女たちの背負った重荷の半分は俺が負担するべきなのだ。

 精神的にはもうオッサンだし、女の子が壊れる事に比べれば、その位はどうってことない。

 さらに言うと、俺はこの場で唯一の『盗賊ではない男性』だ。

 おそらく彼女たちは男性に対する恐怖心を抱いている。酷い乱暴を受けたのだから当然だ。しかしこれから先の人生、男性に恐怖を感じたままでは生活に支障が出るであろう事は想像に難くない。

 だから俺が『怖くない男性も居る』事をアピールしておかなければならないのだ。まだ子供だけど。

 もしかしたら子供しか愛せないとか、変な嗜好になってしまうかもしれないけど、そこまではケアしきれないので勘弁して欲しい。


 多少落ち着いた彼女たちをアンナさんやクリステラに任せ、俺は広場の隅で震えている盗賊共の所へ歩いて行く。


「自分たちの立場は分かってくれたかな? まだ分からないようなら分かってくれるまで説得・・しなきゃならないんだけど……まぁ、僕としてはひとり残ってればいいんだけどね!」


 つとめてにこやかに話しかけたのに、盗賊共は白を通り越して青くなった顔でガタガタ震えている。営業スマイルには自信があったんだけどな、解せぬ。


「じゃあ、ネグラと残りの仲間の事を教えてくれる人は頷いてね?」


 海老反りで転がされたまま、全員が勢いよくブンブンと頷いてくれた。悪党の結束なんてこんなもんだ。



 盗賊のネグラは暗闇の森の中にあった。元々はゴブリンの集落だった所のようだ。

 森の中にぽっかりと開いた直径百メートル程の広場は木の柵で囲まれ、その中央付近には粗末な小屋が三棟立っていた。過去形。

 もうかなり面倒になっていた俺は、速攻で盗賊の残り五人を無力化し、お宝を回収してネグラを全壊させた。残しておくと他の盗賊やゴブリンに利用されるかもしれないからな。

 お宝を村から持ってきた台車に乗せ、それを捕まえた盗賊に曳かせて村に戻ると、もう東の空は陽が昇る直前だった。


 長い一日だったなぁ。

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