第056話

「クリステラ、後ろから誰か付いてくる。多分ギルド関係者だ」

「どうなさいますの? 捕縛します?」


 現在、夜の北門から東海道ひがしかいどうを走って北上中なんだけど、ギルドを出てからずっと二十メートルくらい後ろを付いてくる気配がある。知らない気配だ。

 おそらく監視、あるいは調査の為に派遣されたのだろう。バレても言い訳出来るように、面識のない者を使う念の入りようだ。ご苦労なこって。

 付いて来られてこちらの秘密(魔法)を知られるのは嬉しくない。かと言って、下手に手を出して睨まれるのも得策じゃない。


「ギルドを敵に回したくない。ちょっと本気で走って振り切るよ。その後は馬車でさらに引き離そう」

「承知致しましたわ!」


 俺とクリステラはスピードを上げる。身体強化を使ってるから、時速五十キロくらい出てるはずだ。普通の人間ではついて来れまい。

 十分くらいすると俺たちを見失ったのか、方向転換して帰って行った。目的地は分かっているから、一旦街に戻って馬で追いかけて来るかもしれない。

 魔法を使っているところを見られるのはまずい。こちらも急いだほうが良さそうだ。まったく、いらぬ手間をかけさせてくれる。



 ドルトンからセンナ村までは約六十キロ。現代人の感覚だと大した距離じゃないけど、交通網が発達していないこの世界では、徒歩の大人がなんとか一日で移動できる距離だ。それを一時間程で踏破した俺たち。なかなかの常識外れっぷりだな。

 つや消しブラックの平面に乗って、上空二十メートル程から村の様子を伺う。もし盗賊共が空を見上げても、闇に紛れて見つける事はできまい。

 クリステラは一緒に飛ぶ事を頑なに拒否したので、村から少し離れた所で荷物の番をしている。

 ウーちゃん含め、他の仲間は宿で待機だ。というか、寝て休んどくように言い聞かせておいた。良い子は寝る時間だからな。


 時刻は既に深夜近い。中天にある歪な月の光は頼りなく、村を包む深い闇はとても肉眼では見通せないけど、気配察知を使えば大体の状況は分かる。

 村の入口にふたり、村の中心近くの比較的大きな建物、おそらく村長宅内部に十二人、その隣の小さな建物、おそらく納屋の入り口にふたりと中に十一人。全部で二十七人がこの村にいるようだ。


 この村はそこそこ昔からある村で、主な産業は漁業と製塩業、人口は百人くらいだと聞いていたけど、明らかに人数が足りない。若い娘以外は殺されてしまったのだろう。南無。

 村にいる盗賊の人数は十四人という事が、クリステラの天秤魔法で分かっている。問題は何処にいるのかという事だ。

 納屋の入り口と村の入り口にいる四人は間違いない。あとは建物の中に居る連中を確認しなければな。

 カメラと集音平面を飛ばして、先ずは納屋から確認する。


 ……真っ暗で何も見えなかった。音は聞こえる。女の人のすすり泣く声がいくつかと、寝息もいくつか。

 画像のコントラストや明度を調整して、内部の様子を平面に映し出す。どうやら村娘たちが閉じ込められているようだ。土がむき出しの地面の上に、何人かで寄り添うように座っている。着衣が乱れていて目つきの虚ろな人も何人かいる。既に乱暴された後なんだろう。痛ましい。

 その女性たちの中に、明らかに村娘ではない格好の人が何人か居た。革のジャケットや鎧を着た冒険者風の人たちだ。全部で三人。偶然居合わせたのか依頼でこの村に来ていたのかは知らないけど、運悪く捕まってしまったのだろう。

 ……あれ? この人どっかで見た顔のような……。


「ウルスラさん!?」


 おっと、いけない、思わず声が出てしまった。気付かれたりしてないよな? 下の様子を確認すると、特に動きは無いようだった。危ない危ない。

 改めて画像を確認すると、リサさんとミサさんも居る。三人とも膝を抱えて悔しそうな顔をしている……アンナさんが居ない!? まさか!?

 俺は納屋の前に居る盗賊ふたりを真空隔壁の立方体キューブに閉じ込め、納屋の前に着地する。盗賊共が俺に気付いて何か言ってるけど、真空で遮断されているので何も聞こえない。

 無視して納屋の扉へ向かうと、盗賊共はそれぞれに武器(片手剣だ)を抜いて俺に向かってくるけど、途中で平面に頭をぶつけて尻餅を突いていた。

 ようやく自分が見えない壁に閉じ込められている事に気付いたようだ。平面に向かって剣や拳を叩きつけ始めるも、そんなもので俺の平面が壊れるわけがない。

 しばらくすれば酸欠で動けなくなるだろうから、それまでこいつらは放置だ。

 ついでに村の入り口のふたりも同じように閉じ込め、クリステラに気絶したら知らせるように伝えておく。


 納屋の扉に付けられた簡単な錠前を剣鉈で斬り飛ばし、横開きのそれを開いた。漏れ出した女性の汗と体の匂いでちょっとクラクラ来たけど、今はそれどころじゃない。


「ウルスラさん、リサさん、ミサさん! 助けに来たよ!」

「その声は……ビート君!? なんでここに!? いえ、それよりもアンナが、アンナがさっき村娘と一緒にっ!」


 ウルスラさんは俺の事を覚えていたようだ。良かった。忘れられていたら軽く落ち込むところだった。そしてアンナさんは生きているようだ。良かった、最悪の予想は回避された。


「わかった、助けに行ってくる。皆は此処にいて」

「お願いします! 私たちじゃ敵わなくて……連れて行かれたのも私の身代わりで……ビート君、どうかアンナを!」


 ウルスラさんがポロポロと涙を流しながら懇願してくる。よく見れば目元が腫れぼったい。リサさんとミサさんも同じだ。ずっと泣いてたんだろう。


 盗賊共め、俺の知り合いに手を出した事、一生後悔させてやる。



「クククッ、どうした、もう逃げねぇのか? 部屋の隅で震えてるだけじゃ捕まえちまうぜ?」

「来るんじゃないよっ、それ以上近づいたら舌噛んで死んでやるからね!」

「へへっ、いいぜ、好きにしろよ。そんときゃ代わりの女を連れて来るだけだ」

「っ!……この畜生めっ!」

「おいおい、後がつかえてんだ。いつまでも遊んでねぇでさっさと済ませろよ」

「おお、悪りぃ悪りぃ。んじゃ暴れねぇように手を抑えといてくれや」

「いやぁっ! やめてえぇっ!!」

「その女も往生際が悪いな。二~三発殴って大人しくさせろよ」

「やめなっ! その子に手をあげるんじゃないよっ!」

「そうだな、オラッ! 大人しくし「お前がなっ!!」ろブゥッ!?」


 ドゴオォォンンッ!!


 盛大に土壁をぶち抜いて現れた、俺の右ストレートが盗賊の頬に突き刺さる。部屋の反対側の壁まで吹き飛んだ盗賊は、そのまま壁に叩きつけられて床に落ち動かなくなった。


「アンナさん、無事っ!?」

「ビート!? なんでここに!?」


 アンナさんが驚いた顔で尋ねて来た。アンナさんも村娘も、着衣はあちこち破れているけど、まだ乱暴はされていないように見える。どうやらしばらく追いかけっこのような事をして弄ばれていたようだ。趣味の悪い事この上ないけど、そのおかげで間に合った。

 中の状況はカメラで大体分かっていたけど、この部屋までのルートを探して居たため、少々遅くなってしまった。

 この部屋は村長宅《たぶん》の南西端にあり、そこに至るには盗賊共がたむろしている広間を通らねばならなかったため、見つからずになんとか潜入出来ないかルートを探していたのだ。

 結局ルートは無いという事が分かり、更には状況が切迫してきた為、やむなく壁をぶち抜いて救助に入ったというわけだ。

 残念ながら子供の身体では壁を壊すほどの身体強化は出来なかったので、平面魔法で作った三角錐で穴を空けさせてもらった。


「話は後で! 今はその子を連れて納屋へ向かって! 入口の盗賊共はもう無力化してるから!」

「ビート、あんたはどうすんのさ!?」

「僕はほら、この外道共に説教・・しなきゃいけないから……」


 自分の身体から、抑えきれない殺意と魔力が漏れ出しているのが分かる。

 知り合いが理不尽な目に遭わされただけで、ここまで自制が利かなくなるとは思わなかった。自分ではもっとクールだと思ってたんだけどな。

 部屋の隅に固まった残り三人の盗賊共は、俺の殺気に当てられて声も出ないようだ。

 この部屋に居た盗賊は全部で四人。女性ふたりに対して四人だ。どんな行為をするつもりだったのか、想像するにも腹立たしい。きついお仕置きが必要だ。


「っ!……わかった、気を付けるんだよ」


 アンナさんは何か言いたげだったけど、それを無理やり飲み込んで俺の開けた壁の穴から村娘と共に出て行った。


「どうした!? 今の音は何だ!?」


 ドヤドヤと隣の部屋から盗賊共が応援に駆け付ける。武器を持った男たちが六人。部屋の中にいる奴らと合わせて十人。外に隔離してある四人と合わせれば、これでこの村にいる盗賊全員のはず。


 さあ、それじゃ、お仕置きタイムだ。

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