第157話

 そんなこんなで早めの夏休みを満喫している俺たちだけど、俺たちが休んでいる間も、当然ながら世間は動いている。


 ドルトンを治める伯爵のバニーちゃんこと、バーナードさんがまた戦場へと向かったのは以前に聞いた通り。

 当然ひとりでじゃなくて、冒険者たちを連れてだ。それによって、ドルトンの街の冒険者はまた女と若造と老人ばかりになってしまった。

 戦争だから仕方がないとはいえ、それで困るのは当の冒険者ギルドだ。


「お願いぃ、どれでもいいから引き受けてぇ」


 『いつものように情報収集を』と思って冒険者ギルドに顔を出したら、タマラさんにそう泣きつかれた。


「中級以上の冒険者がほとんど居なくなっちゃったからぁ、依頼が処理しきれなくて溜まっちゃってるのぉ。いつも受けてもらってた冒険者もぉ、あっちの方が実入りがいいからって伯爵様について行っちゃってぇ」


 ドルトンは周囲を魔境に囲まれた辺境の街だ。当然、魔物の出現も多い。城壁の外にある畑が猪やシカの魔物に荒らされ、街と村々を行き来する隊商が猪人オークやゴブリンに襲われるなんていうのは茶飯事だ。特に今は魔物の動きが活発な夏場だし、被害の件数も多いだろう。

 そういった魔物の駆除や隊商の護衛は冒険者の仕事だ。当然、依頼も冒険者ギルドへと持ち込まれる。

 しかし、今はそれをこなす冒険者が居ない。質も数も足りていないから、処理しきれない依頼が溜まる一方だとタマラさんは言うのだ。

 いつもはピンと立っているネコ耳も今日は力なく垂れている。本当に困ってるっぽいな。


 タマラさんには、この街に来てから色々と世話になっている。冒険者と冒険者ギルドの職員だからというのもあるだろうけど、世話になってることに変わりはない。

 困ってるなら助けるのが人の道というものだ。ここは一丁、ヒトハダ脱ぎますか。


「うん、いいよ。それじゃ、まずは討伐依頼から片付けるよ。適当に見繕って」

「ありがとう~、助かるわぁ。それじゃぁ、まずはコレをお願いするわねぇ」


 タマラさんの耳がいつものようにピンと立つ。折れ耳もいいけど、やっぱり三角耳がネコ耳の基本だ。夏休みは半月で終わっちゃったけど、この素晴らしいネコ耳のためと思えば惜しくはない! 



 魔物狩りは俺の得意分野のひとつだ。冒険者としてはまだまだ新人だけど、これまでに狩った数に関してはベテランの域に達していると自負している。

 これは能力が狩りに向いているおかげだと思う。


 普通、狩りで最も時間が掛かるのが獲物の捜索だ。足跡や食事の痕跡を探し、行動を分析、予測する。熟練の技と経験が求められる職人の世界だ。

 そして罠を仕掛けて追い込んだり、対峙してとどめを刺すわけだけど、この瞬間が狩りで最も危険な時だと言われている。追い詰められた獲物は思いもよらない反撃をしてくることがあるからだ。小さなウサギでも人の腕の骨くらいなら蹴り砕く力があるのだから、気を緩めてはいけない。


 しかし俺の平面魔法と気配察知は、その職人の技と経験、仕留める際の危険をアッサリ乗り越える。

 気配察知を使えば範囲内の獲物の位置は丸わかりだし、範囲内に獲物がいない場合でも、平面に乗って上空を移動すれば広範囲を素早く捜索できる。

 獲物を見つけたら、気取られない位置からカメラで確認しつつ、遠隔操作で平面の槍を突き刺す。その場に居ないのだから、返り討ちにあう危険もない。

 まるで魔物を狩るために組まれたような能力構成だ。チートと言っても過言ではない。父ちゃんを非難できないな。


 けど、あまりにも簡単すぎて感性が麻痺しそうなので、遠隔操作での殺しは普段は制限している。多少の危険がないと、命のありがた味を忘れてしまいそうだからだ。

 ただし、これは絶対というわけでもなくて、特に仲間が危険なときなんかは即、棚上げになる。自分の感情と仲間の命、どちらが重いかなんて天秤に掛けるまでもない。



 というわけで、早速ドルトンの東にある魔境『暗闇の森』で狩りをしている。お伴はウーちゃんのみ。依頼を受けてすぐ出て来たけど、屋敷の皆には平面のマイクで伝えてある。


『あら、暗闇の森に行かれますの? 承知致しましたわ』

『ああ、うん。いつもの散歩やな。気ぃ付けて』


 暗闇の森は毎日のウーちゃんの散歩コースだから、それほどいつもと違ったことをしているわけではない。魔物を狩ってくるのもいつも通り。今日はいつもよりちょっと多く狩るだけだ。


 今回の獲物は『槍角鹿スピアームース』という全長五メートル以上にもなる大型の鹿の魔物だ。ユニコーンのように額から角が一本生えているのが特徴だけど、馬じゃなくて鹿、偶蹄目だ。鹿だからオスにもメスにも角は生えてるけど、オスのほうが角が太くて長い。そこら辺は地球の生き物と変わらないんだな。

 比較的おとなしい魔物だけど、よく森から出てきて畑を荒らすから、農家からは蛇蝎の如く嫌われている。

 日本の鹿もそうだったな。ありがたがられていたのは観光地だけだ。そんなところも同じなのか。

 毎年繁殖期である春に間引きのための駆除依頼が出されているそうだけど、今年は戦争で人手が足りず、ずっと放置されてたらしい。

 間引きされなかったせいでいつもより被害規模が大きくなっているのに、誰も狩らないから被害が増える一方なのだとか。そりゃ困るよな。

 槍角鹿は今までにも何度か狩ったことがある。ちょっと肉質の硬い、脂肪の少ない牛肉といった感じの肉質だ。臭みはそれほどない。

 個人的には猪人や猪の魔物のほうが好みだったから、いままで積極的に狩ったりはしていない。他に獲物が居なかったら狩るって程度だ。ヒトを襲うこともないしな。


「よし、ウーちゃん! そこで『でんこうせっか』だ!」


 平面の壁に追い詰められた槍角鹿に向かって、左右のフェイントを素早く入れながらウーちゃんが走り寄る。普段ならその鋭い角で迎撃するであろう槍角鹿は、その動きに幻惑されて何もできない。

 ちなみに『でんこうせっか』はアドリブだ。何も言わなくても、ウーちゃんは自分で考えて行動できる。賢いなぁ。

 オロオロするだけの槍角鹿の首に、ウーちゃんの牙が食い込む。そのまま引き倒された槍角鹿は、しばらくの間ブモーブモーと牛のような鳴き声をあげながら暴れていたけど、『ゴキリ』という音がすると感電したかのようにビクリと痙攣し、その後ぐったりと動かなくなった。ウーちゃんが首の骨を噛み砕いたらしい。

 そして、ウーちゃんがその槍角鹿をズルズルと引き摺って持ってくる。俺の前にそれを置くと、お座りして俺を見つめ、パタパタと尻尾を振って何かを待っている。『捕まえたよ、褒めて褒めて!』ということだろう。

 もちろん褒めますよ、撫でますよ! 凄いねぇ、偉いねぇ!


 ウーちゃんに獲物を仕留めさせたのは、ウーちゃんのストレス発散のためだ。

 どんなにヒトに慣れていても、動物の中には野生というものが残っている。それは本能だから、どれほど長い年月を経たとしても消えることはない。

 人間ですら、それは消えることなく残っている。普段は理性で押さえたり代償行為で発散させているだけだ。

 まして、普段は大人しいから気にならないけど、ウーちゃんは草原狼という歴とした魔物だ。どんなに可愛く見えても、その内部には狂暴な野生が渦巻いている。

 本来なら草原を駆けまわって獲物を狩っているはずの草原狼が、本能を押さえながらヒトと一緒に街で暮らしているのだ。ストレスが溜まらないはずがない。そのまま放置していれば、いつか暴発して取り返しがつかないことになるだろう。

 だから、こうして時折、狩りをさせてあげるのだ。代償行為ではなく、そのものの行為でストレスを発散させてあげるわけだ。野生は野生のままが一番。


 しばらく撫でていたら気持ちよくなったのか、ウーちゃんが仰向けにひっくり返ってお腹を見せた。こっちも撫でろということか。もう野生は満足したのね。はいはい。



 それからサクッと四頭ほど退治して、合計五頭を街まで持って帰った。思う存分狩りを満喫したのか、ウーちゃんの足取りも軽い。いや、散歩のときはいつもこんな感じだったな。いつも通りだ。

 討伐証明は魔石と角だけど、皮と肉もそれなりの需要があるそうだから、今回は自分たち用の一頭を除いて丸ごと冒険者ギルドに提出する。討伐だけじゃなく、調達のポイントももらえてお得だ。


「ありがとう~! 一番厄介な討伐をこんなに早く片付けてくれてぇ、本当に助かったわぁ!」


 タマラさんの好感度も上がって更にお得だ。着実にポイントを稼いで、いつかあの耳をモフらせてもらおう。

 ただ、獲物は全部血抜きのために首を切り落としておいたから、


「また首が落とされてるぜ……」

「叙爵されても『首狩りネズミ』は『首狩りネズミ』か。くわばらくわばら」


なんて声が聞こえたけど、気にしない。いつもの事だ。

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