第094話
その日はロングアイランドで一泊し、翌朝早く、ボーダーセッツに向けて潜水艦もどきを出発させた。勿論トーマさんとケント君も一緒だ。
もっと人魚たちと親交を深めたかったけど、運が無かったと思ってあきらめよう。
まったく、この海エルフルズめ。『君に会えて良くなかった!』と歌ってやろうか。
今回は仕方がない。また来年、今度は手土産を持って来ればいいさ。年に一度、会う機会はあるんだから。
ロングアイランドは、既にボーダーセッツ河河口付近まで南下していた。昨日一日の旅程が無駄になった事になるけど、ボーダーセッツに向かうなら丁度いい。
順調に河を遡り、午後になる前に街の手前の森近くへ到着する。ここで潜水艦もどきを一旦止め、周囲に人の気配がないのを確認してから浮上し、森に入る。潜水艦もどきで
ここまで来たら街はもう目の前だ。歩いても半日掛からない。
「はぁ~。けったいな魔法やと思たけど、えらい便利やな。風が無いと動かん船より、よっぽど使い勝手ええんちゃうか?」
「まぁね。でも、くれぐれもこの事は秘密にね。キッカの親戚だから明かしたんだからね?」
「分かっとる分かっとる。商売人は信用第一や。安心しぃ」
俺の念押しにトーマさんが答えるけど、どうにも返答が軽すぎて安心できない。酒の席のネタでポロッと出てしまいそうだ。本当に大丈夫かな? まぁ、信用するしかないんだけど。
道中、牙ネズミ六匹が襲ってきたけど、キッカの弓とウーちゃんの牙の前に敢え無く沈黙した。普段はもっと強い魔物が
もっとも、キッカが魔法を併用して、木の裏の獲物を射抜いたのには驚いたけど。
「すごいじゃない、キッカ! いつの間にそんな事ができるようになってたの?」
「ちょっと前や。大森林は獲物はデカかったし木の間隔も広かったから、使う機会はあんまり無かったけどな」
そういえば、前衛を避けて弓を射るのはよくやっていた。あれも魔法で調整していたしな。そこから自分なりに工夫して努力してたようだ。えらい!
「キッカ……お前、風の魔法が使えるんか!? 凄いやないか! ワイら海エルフにはめっちゃ使える魔法や! 流石ワイの姪!」
「凄いよ、キッカちゃん! 将来安心だね!」
「おおきに! けど、それだけやないで? 水も出せるねん。ほら」
魔法使いになっていたキッカを誉めそやす伯父と従兄だけど、続けてキッカが水の球を右掌の上に出したのを見ると、口を半開きにしたまま固まってしまった。
「お、お前……魔法ふたつ使えるんか? ……凄いやん、天才やん! 歴史に名前残るやん!!」
「凄いよ、キッカちゃん! 将来超安心だね!」
「いやん、もっと褒めて? 周りがごっつい人ばっかりやから、あんまり褒められる事無いねん。嬉しいわぁ」
伯父と従兄がさらに誉めそやす。キッカもまんざらではないようだ。両頬を押さえてクネクネしてる。
従兄のボキャブラリーの少なさについては、この際気にしない事にする。男の子はそんなもんだよね、うんうん。
……ふむ。そう言われると、キッカを褒める機会はあまり無かったかもしれない。普通に普通の属性魔法使いだから、特殊な魔法使いが多いウチのメンバーの中では目立たないんだよな。
けど、世間ではそれはものすごい事で、更に複数属性持ちとなると、帝国のチート皇太子に次いで史上ふたり目だろう。国が目の色変えて欲しがるレベルかもしれない。もっと褒められていい。
今後はキッカだけじゃなく、他の皆も積極的に褒めてあげる事にしよう。五十六さんも褒めてあげなさいって言ってるしな。『褒めて伸ばす』が当校の教育方針です、今日から。
「それもこれも、みんなビートはんのおかげやねんで? うち、空気も水も同じモンやなんて知らんかったし。頭が良うて腕っ節も強うて魔法も使えて甲斐性もある。ホンマ、頼れる旦那様でうち幸せやわぁ」
「ほう、水と空気が同じなんや? ワイには別モンに見えるけど、ビート君は博識やねんなぁ。学者さんみたいや」
「ぐぬぬぬぅ……」
クネクネしながら惚気るキッカと、俺に殺気を向けるケント君。聞こえてないフリで受け流す俺。
ちょっと、こっちにパス出すのやめてくれる? 俺、その試合には出場してないからね? リーグが違うからね?
そんな会話をしている間に、他の皆が牙ネズミの解体を終える。皆優秀だなぁ。俺なんかウーちゃんの頭を撫でてるだけだったよ。
◇
「ビート君、君がキッカちゃんに相応しいかどうか、僕が見極めてやる! 勝負だ!」
ボーダーセッツの街に到着し、トーマさんは商業ギルドへ、俺たちは冒険者ギルドへと向かった。依頼を受ける為ではなく、情報収集の為だ。
しかし、冒険者ギルドに到着して早々、ケント君に『男と男の話がある』と言われ、奥にある訓練場に連れて行かれた。懐かしいな、ここ。他の皆は情報収集の為にカウンターへ向かってもらった。
何組かのグループが訓練中だったけど、運よく空いていた一角に到着した途端、ケント君の口から出たのがその言葉だった。あー、やっぱりか。
ちなみにケント君、言葉自体は標準語っぽいけど、イントネーションは関西弁だ。余所行き関西人だな。
「うん、普通に断る。理由がないし」
「なっ!? なんで!?」
驚いた顔で固まるケント君。いや、普通断るだろう。何の勝負なんだと、こっちが訊きたいくらいだ。
相応しいも何も、俺はキッカを拘束するつもりは無いし、恋愛を制限するつもりもない。好きなら好きで、好きにしたらいい。
今はありがたいことに(?)俺に好意を持ってくれているようだけど、誰か他の人を好きになって出て行っても構わない。その時はちょっと寂しいかもしれないけど、幸せになりたいのは誰でも同じだ。男なら笑って送り出すのが愛情だろう。
ケント君は方向性を間違えている。
本当にキッカが好きなら、俺をどうこうするのではなく、キッカにアピールするべきなのだ。愛情を全部伝えるつもりでアタックすべきなのだ。
……まぁ、若い男の子だからなぁ。その辺はまだわからないか。オジサンは君の若さが眩しいよ。
「せめてキッカは連れて来るべきだったね。そうじゃないとアピールできないよ?」
「け、けど、負けるとこ見られたらカッコ悪いし……」
「最初から負ける気かよ!?」
「だって、僕魔法使えないし、剣は持ってるけど実戦で使った事ないし……」
俯いて段々と声が小さくなるケント君。なんというか、思った以上にヘタレ君だった。
……いや、思った以上に根性はあるのか。負けると分かっていても、戦わずにいられなかったと。若い、若いなぁ。
でも、いいじゃない。その青臭さは嫌いじゃない。
「……わかったよ、あくまで訓練ね。訓練の範囲で勝負しよう。魔法も使わないから」
「ほんと!? ありがとう!!」
下を向いてウジウジしていたケント君が見てられなくて、思わず受けてしまった。なんか放って置けない感じなんだよな。弟みたいというか。いや、俺の方が年下なんだけど。
嬉しそうな顔をするケント君を見ると、ちょっと和む感じがする。海エルフだけあってなかなかの美少年だし、そっち系のお姉様方なら大喜びで総受けの薄い本を作りそうだ。
……相手は俺以外でお願いします。
それから一時間程、みっちりとケント君をしごいてあげた。大の字に転がって荒い息をするだけのケント君は、天井を見上げながら何かを決意した目をしていた。その決意が実を結ぶことをオジサンは祈ります。
◇
ケント君を置いてカウンターに戻ると、そこには人だかりができていた。その中心はどうやらクリステラたちのようだ。何ごと?
人の脚を掻き分けて(背が低いので)その中心へと割り込むと、クリステラたちが転がった三人の男たちを踏みつけていた。あれ? この男たちって……。
「あ、ビート様! たった今、不埒な下種共を叩き伏せたところですわ!!」
自慢げに言うクリステラと愉快な仲間たちに踏まれていたのは、俺が冒険者登録をしたときに絡んできた三バカトリオだった。懲りないな、こいつらも。
……熨されて気を失っていても、彼女たちに踏まれたその顔は、何故か満足げな笑顔だった。
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