第095話
「くそっ、覚えてやがれ!」
見事だ。見事過ぎるヤラレ役の捨て台詞を残し、意識を取り戻した三バカトリオはギルドから出て行った。なんという雑魚感。きっと死に際の台詞は『ひでぶっ』に違いない。
腕を組んだ仁王立ちでそれを見送るクリステラに事情を訊く。あ、ちょっと胸が大きくなってる。Cカップかな。
「まぁ、おおよその想像はつくけど、何があったの?」
「聞いてくださいまし、ビート様! あの下種共、事も有ろうに『オレのオンナになれ』等と身の程知らずな事をこのわたくしとルカさんに向かって口にした上、汚い手でわたくしの腰に手を回してきたのですわ! 汚らわしい!! わたくしは髪のひとすじ、
いや、涎は要らない。髪も自分で管理してください。
顛末は
うちの女性陣は素手でも結構強い。
最初はドルトンの冒険者ギルドで訓練してもらったんだけど、打撃系の技ばかりで投げや締め、関節技なんかは教えてもらえなかった。教官も知らないようだったから、この世界では素手の対人戦闘、つまり格闘技はあまり発展していないんだろう。
盗賊が跋扈する世界なのに不思議ではあるけど、きっと武器で戦う方が手っ取り早かったからかもしれない。
仕方ないのでうろ覚えではあるけど、俺がいくつかの柔道や拳法、プロレスの技を教えた。実戦で有効な技も結構あるし。石畳でのDDTなんて、それだけで必殺技だ。必ず殺す技。死にます。
高校の授業やネットで調べただけの知識だったけど、身体強化が使えるとそれでも十分役に立つ。スピードやパワーで技術をカバーできるからな。やはり基本スペックは重要だ。
「お久しぶり、ミーシャさん。僕の事覚えてる?」
「ええ、もちろん。久しぶりね、ビート君。活躍の噂は聞いてるわよ。もう中級冒険者になったんですって? まだ登録して半年も経ってないのにすごいじゃない。流石はダンテス様の秘蔵っ子ね。
騒ぎで人だかりができていた受付カウンター前だったけど、三バカが出ていくと同時に、潮が引くように人が居なくなった。
空いたカウンターを見ると、俺の冒険者登録をしてくれたミーシャさんがいたので声を掛けてみた。このギルドにはわずかな期間しか居なかったので覚えていてくれているか心配だったのだけど、どうやら杞憂だったようだ。ちょっと嬉しい。
それにしても噂ってなんだ? 妙な人物像が独り歩きしてないだろうな?
「……噂って、どんなの?」
「そうねぇ。曰く『モンスターも盗賊も、気に入らない奴の首は斬り落とす、気まぐれな鉈を持った死神』、曰く『伝説の魔獣を連れて街を混乱に陥れた、狂気を振り撒く小さな悪魔』、曰く『海賊船を夕日と血で紅く染める殺戮人形』と言ったところかしらね?」
「碌なのがない!?」
「ほぼ合ってますわね」
「そのまんまやな」
「まだまだ可愛いレベルだみゃ」
ひでぇ! いや、身に覚えはあるけども、ありすぎるくらいだけども!
話だけ聞くとまるで殺人鬼だ。どう受け取っても真っ当な人間じゃない。人間であるかすらも疑わしいレベルだ。
後ろを見ると、クリステラたちが納得した顔で頷いている。くっ、お前たちもか! 心当たりがあるだけに怒れない!
「……いい噂はないの?」
「うーん、そうねぇ……あとは『子供なのに美女を何人も侍らせてるハーレム野郎、氏ね!』とか『メスなら魔獣でもいいのかよ、このケダモノが!』とかかしら?」
「間違っちゃいねぇかな?」
「……美女……嬉しい」
「あらあら、うふふ」
更に酷かった!? そしてやはり否定できない!
いや、ウーちゃんはたとえオスでも同じように可愛がった! そこだけはモフリストとして譲れない!
……そこだけしか否定できない自分が哀れだ。誰か助けて!
「ごめんなさい、もういいです。それより、戦争がどうなってるかわからない?」
助けはないことが分かったので、無理矢理話題を変える。これ以上は俺の心がヤバい。
「あら残念、もう少し
ふむ、ドルトンで聞いたのと変わらないな。膠着状態か。あんまり長引くと休戦協定とかいう話になりそうだ。
協定が結ばれた後で復讐に乗り込んだら問題になるかもしれない。急いだほうがいいかもな。
あとミーシャさん、弄るのやめて。実はどSなの?
「北東部は……相変わらずいいようにやられてるわね。リュート海沿岸の街や村は荒らされて大変みたい。避難民で中央運河沿岸は溢れかえってるそうよ。占領するでもなく、荒らすだけ荒らして帰っていくから、領土としては今まで通りなんだけど」
北東部も変化なしか。しかし早く拠点を潰さないと、いつまでも被害が出続ける事になるだろう。ルカやサマンサのような人がどんどん増えてしまう。対応するならこっちが先だな。
『困ってる人たちを救う』なんて高尚な志は無いけど、ルカとサマンサに敵討ちはさせてあげたい。適当な海賊船一隻とノランの首魁を潰せばいいかな?
あれ? そういえば俺、ノランの事何も知らないかも?
「ところで、ノランってどんな国? 何処に王都があるの?」
「ノランは王国じゃないの。ノラン民主共和国ね。『国民の代表が協議で国の方針を決める民主的な開かれた国』って言ってるけど、実際には三宗家っていう貴族が牛耳ってるわ。国の中枢、首都はカガーンよ。リュート海を超えてさらに北、北氷海に面したカガーン湾沿岸にあるわ」
うわ、寒そう。だめだめ、俺寒いのはダメなんだよ。行きたくないなぁ。
でも行かなきゃならないし、せいぜい防寒具には念を入れとこうか。やっぱ毛皮かな。でもこの辺は暖かいから、毛皮なんて売ってないだろう。王都に寄って買うしかないか。
そんな感じで情報を集めてたら、訓練場からケント君が戻って来た。何か吹っ切れたような、心に決めたような顔をしている。目に宿る力が違う。男前になったな。
真っ直ぐ俺の前まで来ると、俺の目を真っ直ぐに見据えて来る。色々と真っ直ぐな奴だ。時々折れないと、人生辛いぞ?
身長は向こうの方が三十センチ以上高いから、俺はかなり見下ろされる格好になる。ちっ。
「ビート君、僕は父さんと一緒に行くよ。次に会うのは多分戦争が終わった後だ。それまでキッカちゃんの事、よろしく頼むよ」
「うん、分かった。気をつけてね」
そう言うとケント君は
それを見た何人かの女性冒険者と一部男性冒険者が、うっとりとため息を吐いてる。美少年は何をやっても似合っていいなぁ。ああ、男にうっとりされるのは遠慮します。
「僕たちもそろそろ行こうか。宿取らないとね。ミーシャさんありがとう、また来るね。それじゃ!」
「ああ、ちょっと待って、ビート君!」
俺たちもギルドを去ろうとしたら、ミーシャさんに呼び止められた。はて、まだ何かあったっけ?
「あの三人には気をつけてね。良くない噂が多いの。まぁ、噂だけじゃないんだけど。前回はダンテス様が一緒だったから手控えたようだけど、今回は何かしてくるかもしれないわ。夜や裏通りは気をつけて」
ふむ、なるほど。あり得そうな話だ。注意しておこう。
本気で心配そうなミーシャさんに礼を言ってギルドを出ると、既に太陽は地平線に差し掛かっていた。早く宿を探さないとな。
◇
その日の深夜、従魔も泊まれるちょっと高級な宿を取った俺たちは、何者かの襲撃を受けた。
うむ、予想通り。テンプレ過ぎて怖い。
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