第096話

 襲撃者の人数は計十名。表と裏、それぞれの入り口や通用口から五名ずつが押し入って来ている。

 うち一名は通用口に残って退路を確保しているようだ。宿へ侵入した賊は九名という事になる。

 賊共は、それぞれの出入り口から真っ直ぐ俺たちの泊まっている二階端の大部屋へ向かって来ている。行動に迷いがない。どうやら俺たちが何処に泊まっているか、事前に調べてあるようだ。

 夜なので当然宿の出入り口は締まっていて鍵も掛かっているはずなんだけど、打ち破る音は聞こえなかった。裏の通用口はともかく、表口でも大きな音は出ていない事から、無理に扉を開けたわけではないようだ。

 つまり、最初から開いていたという事だな。従業員がグルか抱き込まれたかしているのだろう。この宿はダメだな。次からは別の宿を利用するとしよう。

 侵入が二か所からなのは退路を塞ぐ為か。ずいぶんと手慣れてる感じがする。真っ当な稼業の人間じゃないようだ。まぁ、真っ当な人は深夜の宿屋に押し入ったりはしないか。


 賊の気配が二階へと上がって来る。そして勢いよく俺たちの泊まる部屋のドアが蹴り開けられ、賊共が雪崩れ込んでくる。


「オラァッ! 大人しくしやが……れ?」

「おいおい、誰も居ねぇじゃねえか。部屋間違えたか?」

「いや、オーナーから聞いたんだ、間違いねぇ。この部屋だ」

「けど居ねぇじゃねぇか。逃げられたか?」

「そんなはずはねぇ! 表も裏も見張りが付いてたんだ、宿からは出てねぇ!」

「なら、どっかに隠れてるって事だな! 探して引きずり出せ!!」

「「「おおっ!」」」


 賊はもぬけの空になっている部屋を家探しし始める。ベッドの下やテーブルの下、トイレやクローゼットの中まで隈なく探すけど、俺たちはそんなところに居ない。隠れてるっていうのは正解だけど。

 無駄な努力をしている賊共を眺めつつ、奴らに気取られないように部屋全体を平面で覆い、窓付近のほんのわずかな一角だけ隙間を空ける。


「準備完了。それじゃキッカ、やってみて」

「よっしゃ、ほな行くでぇ」


 魔力を練り、風(流体操作)魔法を発動させるキッカ。特に変わった事をしているわけではない。空気の流れを操っているだけだ。窓から外に向かって。


「ん? 風?」

「……なんか耳が変だな? 水が入ったみたいな?」

「はぁっ、はぁっ、なんかちょっと息苦しくねぇか?」

「っ! なんかやべぇ! 皆、部屋から出ろ!」

「ダメだっ、ドアがびくともしねぇ! 閉じ込められた!?」


 異変に気付いた賊共だけど、もはや手遅れだ。


「ぐぅっ、頭が割れそうだ……」

「……ちくしょう……こいつは……罠か……よ……」


 顔を赤くして、バタバタと倒れていく賊共。喉を掻きむしりながら、あるいは頭を抱えてのたうち回るけど、やがて全員がその動きを止める。

 気を失っただけだ。死んではいない。まだ。


「クリステラ、今の部屋の気圧はいくつ?」

「はい、〇・四……今〇・三気圧になりましたわ」

「そっか。じゃあキッカ、もう魔法を止めていいよ」

「はいな。しっかし、えらい簡単に倒れよったな」


 やった事は簡単、部屋を密閉して空気を抜いただけだ。気圧を下げ、酸素量を低下させる事で、人工的に高山病を発症させたのだ。

 〇・三気圧というと、確かエベレスト山頂付近の気圧がそのくらいだったはず。プロの登山家でも死を覚悟するほどの空気の薄さだ。何の訓練もしてない人間が耐えられるわけがない。


 この世界での常識として、風魔法は船乗り以外は使い道がないと思われている。

 ゲームやファンタジー小説だと『空気の塊をぶつける』とか『真空の刃で切り裂く』なんかの攻撃方法が良くでてくるけど、この世界ではそれができないからだ。


 かなり地球に近い物理法則が存在するこの世界。空気を圧縮しても、ちょっと熱い空気になるだけだ。ぶつけても怯ませるくらいの効果しかない。とてもダメージを与えられるような代物ではない。他のファンタジーではどうやってダメージを与えているのだろうか?

 真空の刃も同じで、せいぜい深さ五ミリくらいの傷を負わせるのが関の山だ。それも『素肌のような柔らかい部分であれば』という話で、魔物のような強靭な外皮を持つ相手には掠り傷にもならない。刃物の代わりにはとてもなり得ない。

 つまり、風魔法はハズレ魔法と見られているのだ。船乗り以外からは。


 しかし、現代科学をわずかでも知っている俺が居れば話は別だ。凡庸な風魔法も強力な攻撃手段へと変わる。

 今回の『減圧』もそのひとつ。即効性は薄いし密閉状態でないと使用できないけど、掛かってしまえばレジストもできない強力な魔法だ。しかも痛くて苦しいという凶悪さ。

 今回は俺の平面魔法との併用だったけど、例えば、対象の頭部付近の空気を外向きに移動させるだけでも同様の効果が得られるだろうから、キッカ単独でも使う事ができる。対象が多いと厳しいだろうけど。

 生きる為に必須の空気を自由に操れる風魔法。役立たずだと思われているこの魔法だけど、使い方次第では恐ろしいほどの殺傷力を発揮する魔法だったというわけだ。


「はぁ~、目には見えないのに、空気ってすげぇんだなぁ」

「普段は気にも留めないけどね」

「本当に大事なものは身近過ぎて目に見えないって事ですわ!」


 感心したようなサマンサとルカの感想に、『良い事言った!』と言わんばかりのどや顔でクリステラが付け加える。うん、まぁ、それでいいよ。良い事言った。


 賊は絶賛気絶中なようなので、急な気圧の変化で部屋が荒れないように、慎重に平面を解除する。あまり長く放置すると、本当に死んじゃうからな。

 俺たちも壁を解除して・・・・・・姿を現す。部屋の奥の壁の手前に平面の偽壁を作り、できたその隙間に隠れていたのだ。触れば感触でバレたかもしれないけど、隠れるところも無いただの壁を調べようなどとは普通考えない。完璧な隠形だ。

 これぞ忍法壁隠れの術! ニンニン!


 気を失った賊を縛り上げている間に、通用口に残っていたひとりを捕まえに行ってもらう。これは暇そうに欠伸をしていたアーニャとデイジーに行ってもらった。不意を突けばそれ程難しくはないだろう。大森林の魔物より強くないしな。

 実際、全員を縛り上げる前にふたりは小太りの髭面男を抱えて戻って来た。予想通りというか、気配に覚えがあったから分かってはいたのだけど、そいつは三バカの弓使いだった。頭にでかいタンコブができている。


「鼻歌歌いながら酒瓶あおってたみゃ。仕事中(?)にバカだみゃ」

「……意外に上手」


 どうやら成功を確信して、ひとりで前祝いを始めていたらしい。隙だらけの後頭部を一撃されてKOだったようだ。流石は三バカ、ひとりでもバカだな。そして無駄に音感はあるのか。何も活かされてないけど。


 縛り上げた賊を、今度は宿の一階ロビーに連れて行く。抱えていくのは面倒だったので、平面に乗せて運ぶ。

 他の客に見られる心配はない。何故なら、二階には俺たち以外に泊り客が居ないからだ。おそらくオーナーとやらが手を回したのだろう。

 かなり早い段階で居場所を特定されてた事になるけど、まぁ、俺たちは目立つからな。美女と美少女ばかりだし、ウーちゃんも可愛いし。街中なら居場所を掴むのは難しくない。

 俺? 俺は普通の子供だ。……髪色以外は。居ないんだよな、灰色の髪の人。


 ロビーに降りると、深夜だけあって客の姿は無く、明かりも消されて真っ暗だった。

 盗賊共をその真っ暗な床に転がすと、受付の奥から蝋燭の灯りと共にひとりの男が出て来る。


「お、終わったのか?」


 受付の時に見た顔だ。こいつがオーナーだったのか。中年太りで口髭、濃い茶色の髪を撫でつけている。一見伊達者っぽいけど、よく見ると口元は弛んでいて目には周囲を窺う小狡そうな光がある。

 ……前世で上司だったあのプロデューサーと同じ雰囲気だ。こいつは好きにはなれない。そう確信した。


「終わったよ。ただし、オジサンにとっては最悪の終わりだと思うけど」

「っ! ……な、なんの事かな?」


 現れたのが賊ではなく、その賊の手に掛かってこの世に居ないはずの子供であったのだから、動揺が隠せないのも無理はない。慌てて取り繕うけど、まったく隠せていない。小者だな。


「ごまかしは効かないよ。こいつが『オーナーの手引きで入って来た』ってはっきり言ってたからね。ああ、別に何も話さなくていいよ。オジサンもこいつらの一味って事でギルドに引き渡すだけだから」

「は、ははは、何を言っているんだ坊や。そうか、きっと寝ぼけたんだね。まだ夜中だ、もう一度寝た方がいいよ。さあ、部屋まで連れて行ってあげよう」

「クリステラ、サマンサ、オジサンを縛り上げて。騒ぐようなら猿轡もね。他のお客さんに迷惑だから」

「はい、承知致しましたわ!」

「あいよ! やっと出番が来たぜ!」


 オーナーの言い訳を無視してクリステラとサマンサに拘束を命令する。俺たちは警察や裁判官じゃないから、犯罪者の自己弁護を聞く理由なんてない。


「く、くそっ! やめろぉ! 俺は違うんムガッ!?」


 ふたり掛かりで押し倒され、縛り上げられるオーナーだったけど、なおも騒ぎ立てるために猿轡が噛まされる。

 美少女ふたりに組み伏せられるなんて、ある意味ご褒美ですよ? もっと喜んで。


「ビートはん、荷車持ってきたでぇ!」


 タイミングよく、荷車を冒険者ギルドに借りに行っていたキッカとルカが帰って来た。冒険者ギルドは基本的に二十四時間開いてるからな。なんてコンビニエンス。開いてて良かった。


 賊と宿のオーナーを荷車に積み込んだらギルドに向かう。あとはギルドに任せるって手もあるけど、どうせなら最後まで見届けたいな。その方がスッキリする。



 次の日、ボーダーセッツの冒険者ギルドは極秘に指名依頼を発注した。

 内容は街を裏で牛耳る盗賊ギルドの壊滅。受けたのは俺たち。期限は即日開始で最長二ヶ月、壊滅が確認され次第終了。


 盗賊ギルドの頭目以下、主だった幹部は全員が捕縛され、その構成員も大半が捕らえられた。捕まえた。

 その中には例の三バカのひとり、ハゲ巨漢が含まれていたけど、リーダー格だった髭モジャは居なかった。どうやらうまく逃げおおせたらしい。

 意外に機転が利くのか? 今後もまたどこかで顔を合わせそうで嫌だな。そんな因縁は要らない。


 宿のオーナーは、裏賭場で作った借金のかたで宿を抑えられ、仕方なく協力していたそうだ。

 とはいえ、盗賊ギルドに協力していた事に変わりはないしその理由も自業自得ということで、宿は廃業、オーナー自身も盗賊と一緒に処罰される事になった。バカがここにも居たか。


 この依頼の達成で俺の討伐ランクが五つ星になり、クリステラも三つ星、他のメンバーもふたつ星になった。キッカとルカ、アーニャは三つ星目前だ。思ったより早く爵位に手が届きそうだな。

 報酬も結構な額になったし、終わってみれば悪くない結果だったな。やっぱ盗賊は儲かる獲物かもしれない。今後も積極的に狙わせてもらおう。


 ただ、今回の騒ぎでは、ルカだけは全然活躍させてやれなかった。まだ魔力操作と身体強化を覚えてないので仕方ないとは思うのだけど、本人も気にしているし……こればっかりは気長にやるしかない。

 もし『周囲に魔力が多い事が魔力覚醒の引き金』という仮説が正しいなら、俺たちと一緒に居る事が一番の近道になるはずだ。何しろ皆魔法使いだからな。焦らずやっていこう。


 ウーちゃん?

 話には出て来なくても、いつも大活躍ですよ。主に俺の癒しとして。モフモフ無双です。

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