第161話

 リビングに皆を集めて高らかに宣言する。


「これより、第二回中長期成長計画会議を開催しますっ!」


 パチパチパチ


 拍手はまばらだ。というか、クリステラしかしてない。子供たちなんて、口を開けてポカンとしてる。皆ノリが悪いな。クリステラは初回から拍手してくれてたぞ?

 うちのリビングは割と広めだけど、屋敷に住む全員が集まるとなると少々手狭だ。なので、ソファやテーブルは片付け、十畳ほどのカーペットの上に皆で思い思いに座ってもらっている。

 このカーペットはジャーキンで買って来たもので、極太の麻のような素材で出来ている。少し硬いけど肌触りと通気性がいいから、夏用カーペットに丁度いい。

 汚れても水洗い可能だけど、洗うと縮みそうなので、汚さないように土足厳禁にしている。ウーちゃんとピーちゃんは除く。しょうがないよねー。


「えー、この会議の趣旨だけど、三~五年で達成できそうな目標を立てて、それに向かってどう行動して成長していくか、具体的な方針を決めるのが目的だよ。目標があれば前向きに頑張れるからね。前回はドルトンに来てすぐに『家を買う』と『爵位をとる』っていう目標を立ててたんだけど、もう前倒しで達成できちゃったから次の目標を決めようと思って」

「……今、サラッと『できちゃった』って言うたけど、普通の人には一生掛かっても届かん目標が混じってたような気がするんは気のせいか? 爵位やで?」

「坊ちゃんがドルトンに来たのって、アタイらが買われる直前だったよな? まだ一年経ってねぇじゃん!」

「あらあら、五年以内の目標にするのもすごいけど、それを一年以内で達成しちゃったのね。すごいわ。ウフフッ」

「……若は全てが規格外」

「ビート様ですもの、このくらいどうってことはありませんわ!」


 クリステラが誇らしげに胸を張る。うむ、またちょっと成長してるな。ルカたちの作る料理は美味しいから。お腹まで成長しないように気を付けてくれたまえ。


 俺だってここまで早く目標を達成できるとは思わなかった。だって、冒険者の皆が一年で貴族になれるなら、世の中には貴族が溢れかえってしまう。そうじゃないんだから、難しい目標だったはずだ。魔法っていうアドバンテージがあっても五年くらいは掛かるだろうと思ってたんだけど、大きく前倒しで達成できてしまった。物事っていうのは、常に予想の斜め上を行くものだ。この場合は真上か。


「僕自身、あんまり早く達成できちゃったもんだから、次の目標っていうのを思いつかないんだよね。それで皆に相談しようかと思って」

「っていうか、もっと爵位を上げて領地持ちの子爵やら伯爵やらは目指さんのん?」

「えー? 領地経営とか、面倒臭そうじゃない? 気楽に冒険にも行けなさそうだし、領地は要らないよ」

「なんちゅう贅沢な! 普通の平民やったら夢見るだけで終わるっちゅうのに! まぁ、ビートはんらしいっちゃ、らしいけどな」

「それでしたら、目標は男爵までですわね。男爵であれば領地はありませんし、子孫に家名を継がせられますわ」


 まぁ、妥当なところかな。もっとも、俺自身がまだ子供だから、子孫って言われてもピンとこないけど。前世でも独身だったし。


「家を継がせるっていうなら、資産も残しておかねぇとな。貴族家でも金が無くて没落っていうのはよく聞く話だしよ」

「あらあら。でも、ビート様は今でも相当な資産をお持ちよ? 三代くらいは慎ましく暮らしていけるんじゃないかしら?」

「そうかな? どう、キッカ、クリステラ?」


 最近は家計をキッカとクリステラに任せている。一応ふたりともまだ俺の奴隷だから横領するちょろまかす心配はない。契約魔法で縛られてるからな。まぁ、それが無くても任せてるとは思うけど。

 お小遣いが欲しいときは、冒険者ギルドで適当な魔石や魔物素材を売って換金している。ウーちゃんの散歩のついでに狩るから、そこそこ溜まっているのだ。個人的に『散歩貯金』と呼んでいる。


「せやな。まず冒険者ギルドに預けてる現金が大金貨二千三百枚っちゅうところや。ボーダーセッツで色々してた時に大金貨二百枚くらいまで減ってたんやけど、ノランの総督からかっぱらってきたんとかセイレーンの島の難破船から回収してきたんとか、その他諸々でここまで増えてたわ。確かに三代くらいやったら食っていけるな。それも、それなりに余裕を持って」


 大金貨一枚がだいたい百万円くらいの価値だから、二千枚ってことは……二十億円か!? 超大金持ちじゃん、俺すげぇな!!

 お金はないよりあったほうがいい。多すぎて困る事は、それほどないはずだ。遺産相続とか後継者争いで揉める心配くらいか? 子供が生まれたらきちんと教育しておかないとな。

 いや、まだ全然影も形もないのに、ちょっと気が早過ぎるか。


「現金以外の資産ですけれど、同じくノランで奪ってきた美術品や魔道具、海賊や盗賊からの戦利品等のまだ売却できていない動産が大金貨千七百枚ほど、このお屋敷やボーダーセッツの宿、牧場などの不動産が大金貨千枚ほどになりますわ。これなら子供が沢山生まれても、五代くらいはフェイス家を存続させられますわね!」

「あれ? 不動産は目減りしてないね。っていうか、ちょっと増えてる?」

「はい、ボーダーセッツの宿は新業態がうけて繁盛してますし、このお屋敷は温泉が湧きましたので価値が上がってます。これも全てビート様の手腕の賜物、素晴らしいですわ!」


 うむ、特に何も考えてなかったけどな。基本的に、思い付きと行き当たりばったりの賜物だ。意識高い系じゃあるまいし、そんなに先まで考えてない。そもそも、関西人はノリと勢いで行動するものだ。

 クリステラの天秤魔法は、流動的になりがちな美術品の価値もかなり正確に導き出してくれる。動産、不動産の価値はほぼ間違いないだろう。

 美術品や魔道具なんかは、商業ギルドに預けて売却先を探してもらってる。販売額に応じて手数料を支払うことになってるから、商業ギルドとしてはより高値で売ろうとしてくれるだろう。額が大きく上振れする可能性もあるから、動産の価値はもっと高くなるかもしれない。


「凄いです! お金の話で普通に大金貨がでてくるですよ! しかも千枚単位ですよ!?」

「大金貨、見たことない、です」

「(こくこく)」

「埒外」

「ピーッ? パパすごい? パパすごい?」


 子供たちはただただ驚いている。そりゃ、子供が百万円を手にする機会なんてそうそうないだろう。俺だって村を出るまで見たことがなかったし。

 そもそも、村でお金を見る機会がほとんどなかった。開拓村で奴隷だったからというのもあるだろうけど、この子たちがいた田舎の農村でも大した違いはなかったはずだ。とても大金貨に接する機会があったとは思えない。別世界の話だろう。田舎になるほど、お金がなくても生きていけるからな。


「これとは別に、年に一回、宿の利益と商業ギルドからの石鹸の権利料、国からの年金が振り込まれますわ。去年は数か月しかありませんでしたから、全部で大金貨二十枚ほどでした。今年は少し控えめに大金貨八十枚を予想してますわ」


 いや、大金貨八十枚って結構な額だからね? 不労収入で八千万円って、ちょっとした大企業の大株主並だよ?


「まぁ、商売は水物やから、何もせんかったら右肩下がりやろ。せやからちょいちょいテコ入れしたとして、それでも生活に困らんくらいの収入は残ると思うで」

「困らねぇどころか、かなりの贅沢が出来るんじゃね? これなら焦って他の金儲けに手を出す必要はねぇな」

「フェイス家は安泰ね。うふふ」


 どうも、喫緊で何かをする必要はなさそうだ。

 俺自身にすることが無いなら、皆のやりたい事を優先してもいいだろう。サマンサたちの復讐だって、結果的にはプラスに働いたしな。いつも最良の結果にはならないだろうけど、やりたい事があるなら挑戦してみる価値はある。


「それじゃ、皆は何かやりたいことはない? ちょっと難しい事でもいいよ」


 皆がお互いに顔を見合わせる。すぐに反応したのはピーちゃんだ。翼をバサバサさせてアピールしてる。


「ピーッ! ピーちゃんはパパといっしょにおそとであそびたい! ピーちゃんもおでかけする!」


 ふむ。確かに、ピーちゃんと庭で遊ぶことはあっても、まだ屋敷の外へ連れ出したことはない。他のヒトに対する接し方にまだ不安があるからだけど、ピーちゃんは頭も良いし、思い切って街を見せて回った方が早いかもしれないな。子供たちがいつも一緒に居るとはいえ、お留守番ばかりではストレスが溜まるだろうし。俺が気を付けていれば、そうそう被害が出るようなこともないだろう。


「そっか、分かった。それじゃあ、今度からお出かけするときはピーちゃんも一緒に行こう」

「ピーッ! わーい、パパとお出かけ~♪」


 ピーちゃんが歌いながらピョンピョンと跳ね回る。まぁ、成長計画という趣旨であれば、教育はまさにストライクの議題だ。

 ついでなので、子供たちの教育についても考えてみよう。文科省や教育委員会からの押し付けではない、将来を見据えた現実的な教育だ。ファンタジー世界なのに。


「バジルたちは何かやりたい事は無い? 五年後とかじゃなくても、将来やりたい仕事とかさ」

「僕は、将来は、よく分からない、ですけど、強くなりたい、です。妹を守れる、くらい」

「はいっ、採用!」

「えっ? あ、はい。ありがとう、ございます?」


 ズバァッ! とバジルを指差して即、承認する!

 なんていい子なんだ! 純粋で一途で家族思いでイヌ耳だ! オロオロしてるところもイヌっぽくていい! モフモフしてコロコロしてワフワフしてあげたくなる! そのうちね!


「じゃ、具体的に五年後どうなっていたいか、理想を言ってみて。明確な目標があったほうが目指しやすいからね」


 有言実行ってやつだ。皆の前で公言してしまえば、おいそれと取り消すこともできないしな。


「僕、は、旦那様、みたいに、なりたい、です」


 ……は?


「僕? 僕なんかでいいの?」

「旦那様が、いいです! 強くて、賢くて、優しくて、お金持ち、です。貴族、なのに、偉そうに、してない、です!」

「いや、十分偉そうというか、自分では生意気だと思ってるけど?」


 多分、他の人も、何考えてるか分からないちょっと不気味な子供だと思ってるんじゃないかな? 中身オッサンだからなぁ。

 なんてことを考えてたら、クリステラが小さく手を上げる。はい、クリステラくん!


「ビート様、ギザンで出会った第三騎士団の売国奴を覚えておられます?」

「ああ、デブカッ……じゃない、なんとかいう、貴族の三男だっけ?」

「もう忘却の彼方、というか、最初から覚えておられないんですのね……ベネディクト元伯爵家の三男、シーザーですわ。もうベネディクト家は処罰を受けて領地召し上げ、男爵に格下げされたそうですけれど」


 へぇ、あのデブカッパの実家、降格されたんだ。子供が国家反逆罪を犯したのに家が残ったんだから、かなりの温情措置だな。でもそれが何か?


「いけ好かない男でしたけれど、貴族としては珍しくないタイプでしたのよ? アレと比べれば、ビート様は紳士の鏡ですわ!」

「そうなんだ? でも、村長もブルヘッド伯爵も、アリストさんもヒューゴー侯爵も、皆礼儀正しい人ばかりだったよ?」

「皆さま人格者ですもの。ビート様は奇跡的にそういう方とばかり縁がおありになっただけですわ。きっと類が友を呼んだのですわね! さすがはビート様ですわ!」


 さすがかどうかはともかく、確かに良縁には恵まれてるかも。ドルトン伯爵も、変り者だけど悪い人じゃなさそうだったし。

 王様は……もっと子供に優しくしてください。


「まぁ、それはおいといて。じゃ、バジルも高位冒険者になって爵位を取りたいってことでいいのかな?」

「いいえ! 爵位、は、恐れ多い、です! 妹を守れて、旦那様の、お役に、立てれば……」


 謙虚だなぁ。俺なんかに義理立てしなくてもいいのに。

 バジルが強くなりたいというのなら、手助けするのに否はない。

 けど、俺に仕えながら冒険者の修行もとなると、かなりのハードスケジュールになるだろう。俺としては将来的には執事になってもらいたいから、その勉強もして欲しい。子供には辛いかもしれない。

 しかし、もしそれが叶えば、武術の腕が立ってお茶を淹れるのが上手くて礼儀をわきまえたパーフェクト執事である『ザ・執事』が誕生するということでもある。『見た目は紳士なお爺ちゃんだけど、実は最強キャラだった』ってパターンだな。バジルはまだ少年だから『あくまで執事ですから』のほうかな?

 ラノベや漫画だと、高位冒険者や暗殺者が引退して執事になるってパターンが多かった気がする。ということは、まずは冒険者としての修行から始めるのが順当かな?


「よし、それじゃまずは高位冒険者を目指して頑張ろう! 目標は五年で星十個だ!」

「っ! はい、頑張ります!」


 これからしばらくは訓練期間だ。ジャンルは育成シミュレーションだな。育てるのが男の子だと、大きなお姉さんたち向けになってしまいそうだけど。


「はいです! わたしも強くなりたいですよ! 魔法使いになりたいです!」

「同意!」

「(コクコク)」


 少女組も同じように訓練を希望しているようだ。仲がいいな……もしかして? いやいや、余計な詮索は野暮ってもんだ。

 この調子なら、ザ・執事だけでなく『戦闘侍女バトルメイド』も誕生しそうだ。なかなか面白くなってきた!


「よし、それじゃ今後五年の目標はバジルたちを一流冒険者に育てること、僕たちもランクを上げて男爵になること、ピーちゃんに外の世界のことを教えることの三つだ。具体的な計画は僕が二、三日中に作成するよ。以上!」

「「「はいっ!」」」

「ピーッ!」



「うみゃぁ……あれぇ? みんなはどこに行ったみゃ? うみゃっ!? これはなんだみゃ!? 耳が動かないみゃ!!」


 結局、アーニャは最初から最後まで寝てた。なので『頭にネット被せ』の刑に処しておいた。悪いネコちゃんめ。

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