第212話

 蜥蜴人リザードマン種・臨水族|(オス)

 熱帯から亜熱帯の水辺に生息する。主に魚食だが、水草や果実などを食べることもある。

 身体能力が高く、特に尾の力が強い。臨水族は泳ぎが得意。

 社会性があり、十数体から数十体の群れで原始的な集落を形成する。

 稀に魔法を使う個体が存在する。


 以上、マクガフィン先生の解説でした。

 河童じゃなかったから、どうやらまだ暫定的にここは『池』ということになりそうだ。まだ河童がいないと決まったわけじゃないから、あくまでも暫定で。


 まぁ、一目見て蜥蜴人だと分かってはいたんだけど。

 だって、頭に皿は無いし甲羅も背負ってない。キュウリを齧ってもいないし、相撲を挑んでもこない。

 どう見ても河童じゃない。いつぞやの騎士もどきのデブカッパの方が、余程河童らしかった。


「どうやら蜥蜴人みたいだね。初めて見たよ」

「アタシも初めてだわ! 本当にトカゲみたいね!」


 艶やかな青緑の鱗に全身を覆われていて、頭はまるっきりトカゲのそれだ。色は違うけど、手足が長めのコモドドラゴンが直立したらこんな感じだろう。

 太くて長い尻尾は三本目の足としても機能しているらしい。確か、カンガルーもそんな感じだったはず。


「ふふん、どう? アタシの方が大物を釣ったわよ!」

「いや、別に勝負してないし。目的は養殖用の魚の確保だからね? これは大きすぎて、養殖どころか飼育も難しいよ。残念だけど対象外だね」

「むぅ、そ、そんなことないわよ! ほら、あの太い尻尾とか、丸焼きにしたら美味しそうじゃない?」


 どや顔のジャスミン姉ちゃんに突っ込むと、苦しい言い訳を返してきた。確かに、尻尾や手足は引き締まっていて食べ応えがありそうだ。炙り焼きにしてバター醤油でいただくと美味しそう。


 シャーッ!


 身の危険を感じたのか、蜥蜴人が大きく口を開けて威嚇音を出す。

 口の中は普通に赤いな。以前見たことのあるオオトカゲの魔物は、口の中が真っ青だった。やっぱり別種なんだな。

 逃げ出したり襲い掛かってきたりしないのは、警戒しているからとかではなく、俺が平面を全身に貼りつけて拘束しているからだ。何といっても、初めての蜥蜴人だからな。じっくり観察しておきたい。


 先ずは釣り針を外しておこう。折れても替えはあるけど、無駄に消費する必要はない。威嚇して指に噛みつこうとする蜥蜴人の顎を躱して針を掴み、軽く捻じって針を抜く。

 ふむ、よく折れなかったな、この針。伸びてもいない。見た目は普通の鱒針で、太さは一ミリくらいしかない。こんな大物の重量に耐えられるようには見えないんだけど、もしかしたらジョン謹製の特殊な合金なのかもしれない。後で確かめておこう。


 さて、蜥蜴人のほうは……ほうほう、歯並びはイルカっぽいな。針状の細い歯が綺麗に並んでいる。こういう歯の生き物は魚食性であることが多い。マクガフィン先生もそう言ってるしな。魚食性ということは、陸上の動物を襲うことはあまりなく、見た目ほど凶暴ではないということかもしれない。イルカも結構人懐っこいし。


 シャーッ!


 蜥蜴人の威嚇を無視して接近し、観察を続ける。

 鱗は、魚よりも蛇やトカゲに近い。一枚ずつ分離してはおらず、全体がひとつながりになっている。脱皮するときはズルリと剥がれるんだろう。お財布に入れておいたら金運が上がるかも?


 シャシャーッ!


 はいはい、威嚇威嚇。

 ふむふむ、触った感じはスベスベで、僅かに温かみを感じる。見た目はトカゲだけど、変温動物じゃなくて恒温動物なのかもしれない。

 恐竜が恒温動物だったって説もあるし、多くの魔物が活動を休止する冬場に活動してるという点からも、蜥蜴人は恒温動物なのかもしれない。


 シャーッ、シャシャーッ!


 うんうん、そうだね。怖い怖い。でも、もうちょっと観察させてね。

 目にはまぶたがあって瞳孔は縦長で……あれ、泣いてる?


「ちょっとビート、その子、涙目になってるじゃない。あんまりいじめちゃダメよ? なんか可哀そうになってきたわ」

「いや、蜥蜴人を見るのが初めてだから調べてるだけで、いじめてるつもりはなかったんだけどね」

「いじめの加害者はいつもそう言うのよ。『仲良くしているつもりでした』『友達だと思ってました』ってね」

「むぅ。でも、自分だって『美味しそう』とか言ってたじゃん」

「それはそれ、これはこれよ!」


 なんという棚への置きっぷり!

 これ程までに胸を張って悪びれることなく自信満々に言われると、なんだか正当性を感じてしまいそうになるから不思議だ。もちろん気のせいなんだけど。学園では人気者だったって聞いたけど、こういうところが受けてたのかもな。

 しかし、確かに今、俺は彼を拘束して好きにしている。いじめだと言われたら反論できない。しかも、かなりたちの悪いいじめだ。焼きそばパンを買いに行かせるより酷い。紅しょうがは要らない。


「わかったよ、それじゃ逃がしてやるか」

「もう人間に捕まるんじゃないわよ」


 捕まえた(釣り上げた)のはジャスミン姉ちゃんだけどな。随分と大きな棚をお持ちのようで。

 貼り付けた平面を操作して、蜥蜴人をふわりと浮かせる。驚いてキョロキョロと目を動かす蜥蜴人を無視し、そのまま池の中央付近まで運ぶ。平面を解除すると、トプンという案外軽い音を立てて、蜥蜴人が水中へと放流された。大きくなって帰ってくるんだよ。

 見れば、水面から頭が半分だけ飛び出している。その場から動かずにこちらを伺っているようだ。なんか河童っぽい。やっぱ沼かな。

 こちらを警戒しているみたいだけど、近寄って来ようという気配はない。学習したのかもな。意外と知能は高いのかもしれない。


「さて、それじゃ釣りの続きをしようか」

「そうね。あれより大きな奴が釣れたらいいんだけど」

「いや、そんなに大きくなくていいんだよ? 話聞いてた?」


 ジャスミン姉ちゃんの暴走ぶりは昔から変わらない。変わったのは外見だけだな。学園の教師でもこの性格は直せなかったらしい。


 それからしばらく釣りをして、ジャスミン姉ちゃんも青縞ブルーストライプスナッパーを数匹釣り上げた。

 俺も青縞鮒を数匹と、ナマズっぽい魚のニードルキャットフィッシュを一匹釣り上げた。

 これはハリセンボンとナマズを足して二で割ったような魚だ。釣り上げた途端に全身の棘が逆立って、ナマズの形をしたハリセンボンになってしまった。マクガフィン先生によると、この棘一本一本に毒があるらしい。残念ながら養殖には向いてなさそうだ。

 釣果としては青縞鮒に偏ってしまったけど、それだけ繁殖力が強いってことだろう。養殖するには適している。おそらくコイツを養殖することになりそうだ。


 俺たちが釣りを終えるのとほぼ同時に、ウーちゃんたちが狩った獲物を引きずって帰ってきた。四メートルくらいある大きな大角牛ジャイアントホーンだ。


「今日一番の大物を獲ったのはウーちゃんたちだったみたいだね」

「むう」


 いつの間にかあの蜥蜴人も消えてたし、釣った青縞鮒と大角牛を持って帰るとしますか。

 年の最後に有意義な息抜きが出来て満足だ。

 あっ、いやいや、これも仕事ですよ。統治者は辛いなー。

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