第049話

 大通りは人で溢れており、昨日のゴーストタウンと同じ街とは思えない活気に溢れている。店は窓を開けて看板を出し、軒先にも処狭しと商品が並べられている。ボーダーセッツ程の品ぞろえは無いようだけど、それでも食料品や生活雑貨等、様々な品が通りに溢れている。

 そこを歩く人は、流石冒険者の街というか、革鎧を着こみ武器を帯びた冒険者風の人が多い。

 金属鎧の人は居ない。部分的に金属を使用した革鎧の人は居るけど、金属を主体にした鎧を着ている人は見える範囲ではひとりも居ない。

 考えてみれば当然で、あんな重くてガチャガチャとうるさい装備を冒険者が身に着ける理由が無い。金属鎧は騎馬に乗る事を前提とした装備だ。時には息を潜めて物陰に隠れたり、全力で走って逃げる事もある冒険者用ではない。

 ファンタジー成分が少なくて残念だけど仕方がない。現実は小説よりも現実的なのだ。



 倉庫街の一角、港へと続く大通りを一本北側に入った、倉庫で日差しが遮られて少し薄暗い通りに奴隷商館はあった。周囲の倉庫と同じ煉瓦造りで、立て看板は出ていない。外壁に掛けられた表札が無ければ奴隷商だとは気付かないだろう。如何にもな感じだ。


「申し訳ありませんが、ご希望の戦闘向き奴隷は品切れでございます」


 受付の中年女性に用件を告げると、すぐにこの答えが返ってきた。そういや戦争に奴隷が駆り出されてるんだった。


「ご存じかもしれませんが北部で戦争が始まるとの事で、戦闘可能な奴隷は全て買い手がつきまして、只今当商会に残っているのは、戦闘に向いてない女子供ばかりでございます。ご希望に沿えず申し訳ありません」


 やっぱりか。ボーダーセッツでもそう言ってたな。それがクリステラと出会う切っ掛けになったんだった。


「更に申しますと、今の季節は奴隷が一番少ない時期でございますので」

「えっ、奴隷に季節が関係あるの?」


 初耳だ。春や夏なんかは活きが良さそうな気もしないではないけど、そういう事じゃないだろう。秋は旬じゃないのか。


「はい、奴隷で最も多いのは借金奴隷ですが、税や借金を支払えなくて身売りや口減らしをする年末年始、つまり冬に最も数が増えます。今は秋の収穫直後ですので、余程の凶作でなければ身売りや口減らしはありません。ですので、今が一番奴隷が少ない時期なのです」


 なるほど。言われてみれば納得だ。年末は税や借金の返済で食い詰めて犯罪に走る奴も増えそうだから、犯罪奴隷なんかもやはり冬に増えそうだしな。


 しかし、これは参ったな。

 折角目標を立てたのに、いきなり最初から躓いてしまった。あと二〜三か月程待てば増えるって事だから、それまで待つか?


「ビート様、別に戦闘向きでなくてもよろしいのではありません?」

「ん? なんで?」

「必要なのは夜番の交代要員とパーティ人数のかさ増しですわ。戦闘自体はわたくしたちで十分こと足りますもの。最低限の護身と荷物持ちさえ出来れば、戦闘が出来る必要はありませんわ」


 確かに。

 そもそも、クリステラだって最初から戦えたわけじゃない。俺が身体強化を教えたから戦えるようになったのだ。新しく仲間になる人も、俺が身体強化を教えれば戦えるようになる可能性は高い。


「そっか、そうだね。流石クリステラ。よくそこに気が付いたね」

「おほほほっ! ビート様の奴隷頭として当然ですわ!」


 すでに奴隷頭になる気満々か。

 まぁ、確かに一番最初の奴隷だし、頭も悪くない。元侯爵令嬢だから人を使う事にも慣れてるし、態度も堂々としたものだ。まとめ役をするにはうってつけかもしれない。これで残念な言動がもう少し少なければなぁ……。


「それじゃ、大人の女性で健康な人、出来れば料理や洗濯なんかの家事が得意な人は居る?」


 俺もクリステラも、生活系の能力は、低くは無いけど高いとも言えない。俺は子供、クリステラは元お嬢様だからな。

 俺の中身はいい年したオッサンなのに家事が出来ないのは少々情けないけど、この世界には洗濯機も掃除機も電子レンジも無いのだ。文明の利器の恩恵が無ければ、現代人なんて無力なものだ。家事が得意な人にそこを補って貰えるならありがたい。


「はい、それでしたらご用意できるかと思います。では候補を絞って参りますので、応接室でお待ち下さい。只今係の者に案内させます」


 そう言って受付さんは何やらサラサラとメモ書きをすると、後ろに控えていた黒服の男性に手渡した。その男性は奥の扉の向こうに消え、入れ替わりに入ってきた別の男性が『こちらへ』と言って俺たちを応接室へと案内してくれた。

 こんな子供相手なのに随分と丁寧な対応をしてくれるのは、俺の服装がブルヘッド伯爵と会った時の貴族風なよそおいだからだろう。貴族の子女と思われているに違いない。


 通された応接室はボーダーセッツの奴隷商館と同じような内装だったけど、窓は高い位置に小さなものがあるだけで全体に薄暗かった。

 それをおぎなうように、壁の数ヵ所に明かりが灯っている。獣脂や蝋が燃える匂いがしないところを見ると、ひょっとしたらあれは魔道具なんじゃないだろうか? クリステラに確認してみると、どうやら魔道具で間違いないらしい。

 なんでもこの国ではかなりポピュラーな魔道具のひとつで、貴族の屋敷などで広く使われているという。

 スイッチのオンオフや光量の調整は出来ないけど、そこそこの大きさの魔石を使うと五年くらい光りっぱなしになるそうだ。暗くしたいときは布を被せるとか。効果が切れたら魔道具屋に持って行って魔石を交換してもらうらしい。腕時計みたいだな。


 ちなみに、他のメジャーな魔道具のひとつにトイレがある。これには乾燥と分解の機能があり、十年程稼働し続けるそうだ。効果が切れたら魔道具屋が出張修理してくれるらしい。

 ドルトンやダンテス村などの辺境ではスライム式トイレが主流だけど、大都市ではこの魔道具式が主流だそうだ。そういえばボーダーセッツも魔道具式だったな。

 理由は簡単で、マッディスライムは辺境じゃないと生きていけないからだ。都市に連れて行くとしばらくは生きているのだけれど、いつの間にか居なくなってしまうのだとか。

 『おそらく周囲の魔素の濃さが関係しているのではないか』と考えられている。見るからに魔法生物だしな。


 もうひとつメジャーな魔道具がある。それは魔道コンロだ。オンオフと火力の調整が可能で、大きさも三十センチ四方という手ごろサイズなのだけれど、高価で耐用年数も一年程しかない。コストパフォーマンスが悪いので、こちらはあまり普及していないようだ。

 しかし、ボーダーセッツでの魔石買い取りが高値だったのは、おそらくこれを作る為ではないかと俺は考えている。

 戦争ともなれば大量の人が動く。その胃袋を満たすために、やはり大量の食料が消費される。常に携帯食では士気に影響が出るだろうから、平時は普通に調理された食事が必要だ。

 しかし、それには大量の燃料となる薪が必要で、それを運ぶための労力も必要になってしまう。現地で調達するという手もあるけど、伐採されたばかりの薪は燃えにくく煙も多く出るので調理には向かない。

 そこで魔道コンロだ。これなら大量の薪は必要ないし煙も出ない。

 今回の戦争はかなり大規模なようだから、それだけ大量の魔道コンロが必要になり、そのせいで魔石の価格が高騰したのだろう。


 そんな話をクリステラとしているうちに、メモを持って出て行った黒服がゾロゾロと貫頭衣の女性たちを連れて応接室へ入ってきた。ボーダーセッツとは違って、応接室で品定めをするようだ。


「ご希望の家事全般を熟せる奴隷たちでございます。どうぞお確かめください」


 男性がそう告げて壁際へ下がる。『品定めの邪魔はしないけど、見張ってるから変な事しないように』って事か。しないけど。


 並んでるのは十代前半から三十代後半に見える八人の女性たち。

 この国では十五歳で成人だ。大人と注文したのに、明らかにそれ以下の人が混じってるのには理由がある。この国では十歳になると人頭税が掛かるようになるため、十歳になると同時に働きに出る事が多い。二~三年も働けば仕事もひと通り熟せるようになり、一人前、つまり大人として扱われる事があるのだ。

 けど、今回は見た目もちゃんと大人な方がいい。小さな子供が多いパーティだと、依頼主に侮られる事があるかもしれないからな。


「この中で十五歳未満の人、残念だけど縁が無かったという事で後ろに下がって下さい」


 悲しそうな、あるいは悔しそうな顔で、金髪ゆる三つ編みとこげ茶ポニーテールのふたりが後ろに下がる。ごめんね。


「残った人に質問します。命にかかわる事だから、正直に答えてね」


 数名がゴクリと唾を飲む。


「僕たちは冒険者で、一緒に旅をしてくれる仲間を探してます。と言っても、戦闘要員じゃなくて、荷物持ちや夜番の交代要員なので、腕っ節は求めてません。そうは言っても、やはり危険な魔境へは一緒に入ってもらう事になります。危ない事は自分には無理だと思ったら下がって下さい」


 何人かが逡巡していたけど、ひとりが下がったのを切っ掛けに四人が下がってしまった。そりゃ、命の危険があるとなれば、普通は怖気づくわな。

 残ったのは十代後半らしいふたり、両方ともなかなかの美人さんだ。

 ひとりはニコニコと微笑んでいる、栗色ロングでダイナマイトな我が儘ボディのお姉さん。推定E。優しい感じのゆるふわ年上お姉さんタイプだな。そのままか。

 もうひとりはちょっと小柄で黒髪ショート、好奇心いっぱいの目で俺を見ているお姉さん。こっちは活発そうな感じだ。そして、なんとこの黒髪ショートのお姉さんの頭にはふたつの三角形、念願のネコ耳が!! これはもうゲットするっきゃないでしょう!

 丁度必要だと思ってた人数だし、ふたりとも買いで問題ない。でも、一応話はしておくか。


「じゃ、そっちの栗色の髪のお姉さんから自己紹介してもらえる?」

「はい、わたしはルカと申します。十六歳です。オーツの街で両親と宿屋を営んでおりましたが、ノランの襲撃で街が焼かれてしまい、難民として王都まで避難する途中で両親が病死。貯えも尽きてこのまま飢え死にするよりはと、自ら奴隷商へ売り込みました。しかし今は貴族の方が戦争で出征しておられる為、非戦闘奴隷はなかなか買い手が付かないそうです。そこで人手が足りなくなってそうなドルトンならと言う事で、こちらへ送られて参りました」

「な、なるほど、なかなか壮絶な経歴で……」


 いきなり重いな! しかも今回の戦争の当事者、被害者かよ!

 でも、なかなか話の内容は整理されてて分かりやすかった。頭は良さそうだ。宿屋の娘なら簡単な計算くらいは出来るだろうし、文句なしに良い物件だ。


「じゃ、そっちのネコm……黒髪のお姉さん、どうぞ」


 いかん、つい心の声が漏れてしまった。いや、俺が悪いんじゃない、あの魅惑の三角が悪いんだ!


「アタシはアーニャだみゃ。十五歳だみゃ。十歳でエンデから出てきて冒険者してたんだけど、芽が出なくて街でウェイトレスや家政婦ばかりしてたんだみゃ。住み込みだったり賄いが出たりするから、とってもお得だったんだみゃ。でも税金を払えるほどは稼げなくて、結局奴隷落ちしちゃったんだみゃ」

「ふむふむ、なるほど。わかりました」


 やっべぇ、『みゃ』だよ !ネコ耳で『みゃ』! これは買うしかない、買う以外の選択肢が見つからない! いつ買うの? 今でしょ!!

 おっと、暴走してしまった。見た目は冷静でも心は大暴れだ。暴れん坊少年。サンバ踊っちゃうよ?

 それはそれとして、元冒険者なら魔境への抵抗は少ないだろう。給与と税金の計算が出来ないあたり、ちょっと頭は弱そうだけど、社会経験が豊富で外国出身というのは大きい。いろんな事を知ってそうだ。ネコ耳抜きでも買いだろう。いや、抜かないけど。抜いちゃ駄目だ!

 

「じゃあ、このふたりでいい「すいません、少々よろしいでしょうか?」……かな?」


 クリステラに確認を取ろうとしたらルカさんが声を掛けて来た。


「あの、厚かましいお願いなんですが、もし私をお買い上げ頂けるなら妹も一緒にお買い上げ頂けないでしょうか?」

「おい、やめろ!」


 黒服が止めに入るが、俺は片手を上げて制した。黒服も本気で止める気はないだろう。売り上げが上がるかもしれないからな。止めるフリは単なるパフォーマンスだ。


「妹さん?」

「はい、最初に下げられたふたりの内のひとりです。まだ十四歳ですが、裁縫の腕は私より上です。ふたりっきりの肉親なんです。精一杯お仕えしますので、どうかご再考をお願いします」

「お、おねえと一緒に買って下さい、お願いします!」


 最初に下げた未成年の内、濃い茶髪でポニーテールにした方が、前に出てルカさんと一緒に頭を下げて来た。

 むう、どうしたものか。妹さんも一緒に買うのは問題ない。予算は大金貨三十枚程で二〜三人と奴隷商には伝えてあるけど、手持ちは大金貨百枚以上ある。ひとりやふたり増えてもどうということはない。けど、それだと……


「最初に下がった、もう一人の君、そう君。君はどうしたい? 僕たちと一緒に冒険者になるか、それとも次の機会を待つか」


 最初に年齢制限で下げたもうひとりが不憫だ。もう俺の中でルカさんの妹さんを買う事は決定している。ならば、もうひとりの未成年にも機会チャンスは与えられるべきだ。


「……わたしは……魔境は怖い」

「そうか。なら……」

「……でも、今行かないと後で悔しい思いをしそうな気がする。……怖いのはガマンできる。……一緒に連れて行って欲しい」


 どうやら今日、仲間が四人増える事になりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る