第060話
「無いな、これは」
「無いですわね」
一軒目。北東の商業区にある物件を見に来たんだけど、中庭へ出たと同時に出た感想がそれだった。
確かに商業区へは通りを一本挟んだだけなので、生活には便利そうだ。中庭も思ったより広いし、建物もそれほど古くない。
「暗いですね」
「……ジメジメ」
『商業区』『平屋』という時点で気付くべきだった。この物件、日当たりがすこぶる悪い。
ここは街の一等地とまでは言わないけど、そこそこ便利な区画だ。商業区にほど近く、南北に走る大通りまでもそれほど遠くない。かなり人気のエリアだ。当然人口密集地になり、より多くの人を収容する為、住居は二階・三階建てになる。
この館は、そのエリアに唯一と言ってもいい平屋建てだ。ある意味贅沢とも言えるだろうけど、そのせいでとにかく日当たりが悪い。玄関のある西側以外、周囲は全て高い建物で囲まれてしまっているのだ。
まだ午前中だと言うのにかなり薄暗い。風も全く通らないし、これでは洗濯物も乾かないだろう。
さらに言うと、折角建物で囲んだ中庭も、周りの建物の窓から丸見えだ。秘密を守るどころかダダ漏れだ。
東京二十三区内だったらこれでも優良物件だったかもしれないけど、この街でこれは無い。
満場一致で不採用になった。
◇
次は南門近くの物件だ。少々商業区からは離れているけど、その分閑静で落ち着いた区画だ。冒険で疲れた身体を休めるにはいいかもしれない。
けどこれは……
「ボロいみゃ」
「なんか祟られそうやわ」
庭の広さと建物の大きさは文句無かったんだけど、問題はその荒れようだった。
建物は周囲と同じログハウス風なんだけど、表面は緑色の苔とツタが二階まで絡んでいる。所々見える丸太も焦げた跡や傷が見える。かなり傷んでそうだ。
庭草も伸び放題で、玄関まで続く石畳がかろうじて見分けられる程度だ。
「なんでこんなに荒れてるの?」
「これはねぇ、いろいろあったのよぉ」
タマラさんが言うにはこういう話だった。
昔、ここには偏屈な金持ちが娘とふたりで住んでいたそうだ。娘は生まれつき足が弱く、あまり歩く事が得意じゃなかったらしい。そのせいでほとんど表に出る事は無かったそうだ。
主人も偏屈な人嫌いで、妻と死別してからはこの屋敷で娘とふたり、貯えた財産でひっそりと暮らしていたらしい。周囲とほとんど接触せず、外部との交流は御用の商人が月に一度、食料を運んでくるくらいだったという。
そんな生活をしばらく続けていたある日、今から十五年前、ドルトンの街が魔物に襲われた事があったそうだ。村長が活躍したっていう『第三次ドルトン防衛戦』ってやつだとか。
ちなみに、俺が暴れたあのゴブリンの襲撃は『第四次ドルトン防衛戦』という名前が付けられている。村長に並んじゃった。
その時はかなり激しい襲撃で街の中まで魔物に入り込まれ、市民にも多くの犠牲が出たそうだ。
その時の魔物はなんとか全部退治されたと思われていたんだけど、実はこの屋敷にゴブリンが数匹隠れていたのだそうだ。
屋敷の主人は殺され、足の不自由な娘はあわれゴブリンの苗床にされてしまったらしい。
折悪しく商人が食料を運び込んだ直後であり、ゴブリンたちは屋敷から出る事無く繁殖し……そしてついに食料が尽きて屋敷の外に溢れ出したのだそうだ。御用商人が先の襲撃で死亡していたのも繁殖を許した遠因だったという。
再びの魔物襲撃に街はパニックになったけど、そこは冒険者の街。ゴブリンたちは速やかに駆除されたそうだ。
その後発見された娘は既に死亡していたそうで、ゴブリンに喰われて頭しか残っていなかったそうだ。父親は痕跡すら残っていなかったとか。なんとも不幸な人たちだ。
屋敷も街も隈なく捜索され、ゴブリンが残っていない事を確認して、ようやくこの騒ぎは収束したそうだ。
引き取り手のいない財産はギルドで管理することになったんだけど、屋敷の方は維持が大変なので売りに出される事になったそうだ。
しかし、未だ中世的な迷信やゲン担ぎが残るこの世界なので、そんな不吉な物件を購入しようというモノ好きは居なかったのだとか。管理費も最初の数年で打ち切られ、今はご覧のあり様というわけだ。
ギルドでも問題になっていて、もし今年中に売れなかったら解体して更地にしようという話になっているそうだ。
要は、まごうことなき『事故物件』って訳だな。
という事は、解体手数料の分の値引き交渉が有効って事か? いっそ俺が深夜に建物を取り払って……等と考えていたら、誰かに袖口をギュッと掴まれた。
「……(フルフル)」
サマンサだった。目に涙を溜めて首を振っている。珍しくしおらしい感じだ。普段の蓮っ葉な感じとの違いがちょっと萌える。これがギャップ萌えか!
どうやらサマンサはこういう陰惨な話が苦手なようだ。おそらくホラー系も苦手だろう。冒険者としてはどうかと思うけど、誰でも苦手なもののひとつやふたつはあるものだ。仕方ない。
「この物件も無しかな」
「……(コクコク)!」
「あらぁ、残念ねぇ」
サマンサが安心した感じの笑顔で頷いている。タマラさんも言葉とは裏腹に、それほど残念そうでもない。ある程度予想していたのだろう。年明けには更地になる事確定だな、ここ。
◇
最後の物件、街の南西の外れの物件にやって来た。
実のところ、この物件の事は知っていた。毎日のウーちゃんとの散歩コースなのだ。
南門から西に向かい、この家の前を北に曲がって港へ向かう、海風を遮る松っぽい木の防風林が植えられている海沿いの道は、なかなかに趣があってお気に入りだ。誰か住んでるものと思ってたんだけど、空家だったんだな。
館の外観は他と大きく変わらない。丸太を組んだログハウス風の二階建てだ。周囲と比べてそれほど古くも無い。
中を見せてもらうと、家財道具は何もないけど荒れた様子も無い。
売りに出たのはつい最近だそうだ。なんでも王都に本拠を持つちょっとした商家の別宅だったんだけど、北部の戦争で支店が大損害を受け、その赤字補てんの為にこの家を売りに出したのだそうだ。
元々ドルトンで大商いをしていたわけでもなかったので、これを機にボーダーセッツへと軸足を移したらしい。戦争はいろんなところで影響してくるな。
庭を含む敷地は玄関の前以外、ぐるりと塀で囲まれている。高さは約三メートルと言ったところか。元商人の家というから、防犯を考えての事だろう。開いている一角も門扉で閉じられるようになっているから、防犯はしっかりしているようだ。
城壁からも十メートル程離れているようだし、あちらから飛び移って来るのも難しそうだ。
海側も壁に遮られていて、小さな出入り口があるだけだ。海風が遮られているのはいいけど、風景を楽しむのは無理そうだ。ちょっと残念。
その小さな出入り口を開けて潜り抜けると、二メートル程先は断崖絶壁だった。下を覗き込むと、二十メートル程先で波が砕けている。あまり激しくはない。
この出入り口は、おそらくゴミ捨てのためのものだろう。この世界じゃ石油合成品なんかないから、ゴミは全て自然に還る。海なら魚等が食べてくれるから、ゴミも無駄にならないって感じか。前世だと環境保護団体に怒られただろうけど、この世界にはそんなもの無いしな。……無いよな?
ふと隣を見ると、クリステラが青い顔で固まっていた。怖いなら見なきゃいいのに。
「ここは問題ない感じかな」
「そうですね。日当たりも悪くないですし、建物も傷んでないみたいです」
「店まではちょっと遠いけどな。けど井戸があるから、水汲みしなくていい分楽かもしれねぇ」
「わたくしはゴミ捨て以外は問題有りませんわ」
皆、概ね問題ないようだ。クリステラは奴隷頭権限でゴミ捨て当番を拒否しそうだな。その辺はおいおい話し合ってもらうことにしよう。
「タマラさん、ここの家賃はおいくら?」
他に良い物件も無いし、予算の範囲内に収まるなら決めてしまっていいだろう。ずるずると先延ばしにして、他の誰かに先を越されたら後悔する事になる。こういうものは即断即決だ。
「そうねぇ、御家賃は月に金貨一枚ぃ、保証金で金貨五枚になるわぁ。お買い上げなら土地込みで大金貨二十枚よぉ」
あれ、そんなもの? 前世の感覚だと家賃十万、保証金五十万、そして購入だと二千万といった感じだ。このレベルの物件なら桁がひとつ違っててもおかしくないのにな。
「それって相場通りなの?」
「そうよぉ。中古だからこんなものよぉ。もっともぉ、今のドルトンに新しい家を建てる土地なんてほとんどないんだけどねぇ」
思ってたより不動産相場は安かったみたいだ。いや、日本の土地事情を参考に考えてた俺のミスか。日本の不動産は高すぎるんだな。
「買います! 現金一括で!」
こういうものは即断即決だ。
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