第三章:中級冒険者編
第059話
「自分の両手をオヘソの辺りに置くと意識しやすいよ。焦ると見失っちゃうから落ち着いてね」
あれから四日経った。盗賊関係はほぼ片付いた感じだ。
センナ村は無人になった。生き残った十人足らず、しかも若い女性ばかりでは村を維持するのは不可能だった。
彼女たちは一時ドルトンへ移住することになった。しばらくはギルドが保護し、再建の目処が立ったら村へ戻れるそうだ。一日も早く帰村出来る事を祈る。
ギルドでは現在、センナ村への移住者を募集している。
センナ村は塩造りが主な産業だったのだけれど、その一番の取引先はドルトンだった。一番近い街だしな。ドルトンは塩の供給をセンナ村に頼っていた為、このまま村が無くなってしまっては困るのだそうだ。
なので、無人の村はしばらくそのままにしておくそうだ。盗賊やゴブリンが棲みつかないように建物を全て壊すという提案もあったようだけど、なるべく早く再建する予定なので残しておく事になったらしい。それまでの間は定期的な見回りを冒険者に依頼するそうだ。
盗賊共は皆奴隷として売られていった。もちろん犯罪に対する聴取は行ったけど、今まで分かっている以上の事は出てこなかった。役に立たねぇな。
まぁ、ジャーキンとしても、捨て駒に多くの情報を与える訳が無いか。
売られた先は王国軍だ。前線で塹壕掘りや突撃兵として使われるらしい。マジで捨て駒だな。元々傭兵だし、本来の仕事に戻ったとも言える。結局はそういう運命だったという事か。傭兵だけにはなるまい。
奴らから奪ったお宝は、全部で大金貨二十枚ほどになった。
クリステラの天秤魔法での査定額より若干少なかったけど、大きな差ではなかったのでそのままギルドに買い取って貰った。村娘たちの世話や村の再建で物入りだろうしな。少しはギルドに稼がせてやってもいいだろう。
キッカは、やはり俺の奴隷になった。ギルドの裏手にある、法と商売の神の神殿で契約を結んだ。その際、俺がキッカを大金貨五枚で買ったという形式にしたのだけれど、
「うちは強うなるまでビートはんから離れる気は無いねん。けど、いつでも自分を買い戻せるとか思てたら甘えが出るかもしれん。せやから、このお金はうちの手元にあったらあかんねん」
そう言って、それをそのまま神殿に寄付してしまった。なかなか男前だ。
新たにこの街で仲間になった五人の冒険者登録も済ませた。全員見習い期間無しでのスタートだ。俺が中級冒険者になったので、推薦して見習い期間無しにしてもらったのだ。ただし、アーニャだけは冒険者としての前歴があったので再登録という形になり、以前の星を引き継ぐ事ができた。調達にひとつだけだったけど。
ギルドで言う中級冒険者とは『三つある討伐、調達、護衛のカテゴリのうち、どれかひとつが四つ星以上』あるいは『三つのカテゴリの合計が五つ星以上』の者を指すそうだ。俺は討伐が四つ星になったので、推薦ができる中級冒険者というわけだ。
とは言え、つい先日まで一般人だった彼女たちがいきなり魔物と戦えるとは俺も思っていない。まだ魔境へ連れて行くには早すぎる。だから先ずは最優先で身体強化を覚えさせている。
今は午前中、朝食後だ。現代の感覚だと九時頃だろうか。
部屋に戻った皆に、俺とクリステラで魔力操作を教えている。昼頃までこうして訓練をした後、俺とウーちゃんは散歩を兼ねて大森林まで赴き、ウーちゃんの餌獲りと素材集めをする。
大森林の魔物素材は結構な高値で取引されている様で、冒険者ギルドでも商業ギルドでも喜んで引き取ってもらえる。
他の者はギルドの訓練場で体力作りも兼ねた戦闘訓練だ。冒険者は身体が資本だからな。思いの外、皆の筋は良いらしい。キッカには弓を与えてみたら、相性が良かったのかメキメキと腕を上げているそうだ。
この数日はそんな感じで過ごしていた。
「ビート様、家を借りませんか?」
瞑想中だったルカが、唐突にそんな事を言い出した。
「どうしたの、急に?」
「私たちは家事が出来るという条件で買って頂いたのに、宿屋暮らしでは部屋の掃除と洗濯くらいしかすることがありません。それも五人がかりですから、あっという間に終わってしまいます。腕を振るう場がないんです。それに、大部屋とはいえこの人数の宿泊費は馬鹿になりません。長い目で見れば、家を借りた方が安く上がります」
なるほど。家を買うまでは宿屋暮らしと思っていたけど、借りるという選択肢もアリだな。出費が抑えられれば家を買うのも早くなる。悪くない提案だ。
「でも、冒険者みたいな根無し草が家を借りれるの?」
「確かに一般の業者は難しいかもしれませんけど、確か冒険者ギルドで冒険者向けの賃貸や売買住居を扱っていたはずです。それなら大丈夫ではないかと」
なんと、そんな事までやってるのか。冒険者ギルドは手広いな。
そういえば公的機関だったっけ。この街では領主館も兼ねているらしいし、云わば公共住宅の斡旋というわけだな。
「ふむ、それじゃギルドに行って聞いてみるか。ルカ、悪いけど付いて来て。僕だけじゃ分からない事もあるかもしれないし。それとクリステラ、後はまかせたよ」
「はい、お供致します」
「お任せ下さいませ! このわたくしがしっかり面倒みますわ!」
後の事はクリステラに任せて、俺とルカはギルドへ向かう事にする。街の外へ出るわけじゃないので、普段着にそれぞれの得物を腰に差しただけの軽装だ。
当然のようにウーちゃんが俺に付いて来るけど、いつもの事なので問題ない。まだ散歩じゃないよと頭を撫でると、目を細めて気持ち良さそうにしていた。
視線を感じたのでそちらを見ると、クリステラとアーニャ、そしてなぜかデイジーまで羨ましそうに見ていた。君らもモフられたいのか?
◇
「あるわよぉ。庭付きで八人くらい住める家ぇ。三軒くらいぃ」
ギルドに着いて、いつものネコ耳お姉さん、名前はタマラさんと言うそうだ。そのお姉さんに家の事を聞くと、ものの三分くらいで候補が出て来た。相変わらず仕事が早い。
「街の南と南西と北東になるわねぇ。お家賃は同じくらいでぇ、屋敷と庭の広さがちょっとずつ違うわぁ。はいぃ、こんな感じよぉ」
そう言ってそれぞれの見取り図を見せてくれた。
南の物件は南門近くの二階建てで、一階が4LDK、二階が五部屋だ。それぞれの部屋も広そうだし、七人+一匹くらいは余裕だろう。庭は、フットサルコートくらいの広さのものが屋敷の表と裏にある。ちょっと狭いけど悪くない。
南西の物件は街の外れ、城壁と海岸が接する間際の二階建てだ。断崖になっている海岸までが敷地らしい。
普通ならスラムになってそうな場所だけど、この世界では貧困層は直ぐに奴隷になってしまうので、そういった悪所の類はほとんど存在しない。王都やボーダーセッツのような大都市だけだ。
屋敷は先程より少々小さくて、一階が3LDK、二階が四部屋だ。今の人数なら大丈夫だけど、今後人数が増えるような事があれば手狭になるかもしれない。庭は屋敷から海岸線までで、広さはサッカーコート一面分くらいか。ウーちゃんには嬉しいかもしれない。
北東の物件は東門と北門の中間くらいで、商業施設が集まっている区画にほど近い。生活には便利そうだ。
こちらは平屋だけど少し変わった構造をしている。敷地を囲うように建物がロの字に建っており、敷地中央と玄関前が庭になっている。秘密の多い俺にとっては、周囲の目が届かないこの構造はありがたいかもしれない。
間取りは7LDKプラスB。Bは地下室だ。それ程広くは無いから、食料等を保存しておくための部屋なのだろう。この辺は温暖な気候だから、比較的涼しい地下室は便利かもしれない。
中庭はバレーコートがギリギリ二面取れるかどうかというところ、前庭は馬車が一台停まればいっぱいになる位だ。
どれもそれなりの物件で、この場では決められない。やはり現物を確認してみない事にはな。見取り図をルカに渡し思案していると、そのルカから声を掛けられた。
「あの、ビート様? 少々広すぎではありませんか?」
「え? そうかな? 七人と一匹が住むんだから、これくらいの広さは必要じゃない?」
「お庭はそうかもしれませんが、お屋敷はもっと小さくてもいいと思います」
「でもそれじゃ、部屋数が足りなくて相部屋になっちゃうよ?」
俺がそう答えると、目を丸くして驚いていた。
「もしかして、私たちに個室を与えるつもりだったんですか!?」
「え? そりゃそうでしょ。年頃の娘さんなら自分の部屋が要るよね? 人に見られたくない物もあるだろうし」
乙女の秘密ってやつだな。オッサンの俺には想像も出来ないけど。乙女じゃなくても、プライベート空間が無いと心が休まらないって人もいるし。
「それはありがたいですけど、普通、奴隷は大部屋、良くてふたり部屋です。個室はビート様だけで十分です。そもそも奴隷になる前でさえ私は妹と相部屋でした。それが普通です」
ほう、そうだったのか。ダンテス村に居た時はボロだけど皆個室だったけどな。アレは部屋が余ってただけなのか? そういや思ったより人口が増えないって村長も言ってたな。
「それだけ余裕があると思えばいいんじゃない? 住む人が増えたら相部屋をお願いするかもしれないけど」
「……分かりました。でも、ビート様は奴隷に甘すぎます。もっと厳しくしてもいいんですよ?」
「んー、気持ちが分かっちゃうからなぁ。こればかりはしょうがないね」
俺も元奴隷だし。
それに俺のわがままで一緒に居て貰ってるんだから、なるべく嫌な気持ちにはさせたくない。環境を整えるのは雇用主の義務だからな。
ルカは納得したのか諦めたのか、ひとつため息を吐くと見取り図確認に戻っていった。俺、そんなに変か?
「タマラさん、これ、現物を見る事はできる?」
「もちろんよぉ。すぐに行くぅ?」
「うん、お願い。……ああ、やっぱりちょっと待って! 他の皆も連れて来る! 皆の意見も聞かないとね!」
俺ひとりで住むわけじゃないからな。
すると、またルカがため息をひとつ吐いた。
いいんだよ、これが俺のやり方なんだから。
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