第264話
入学式は、概ね問題なく執り行われている。
それなりに広い講堂に集まったのは、新入生四十人ほどと、教師と学園長を合わせた学園側の十三名。来賓や保護者の参加はない。思ったより小規模だ。
在校生も不参加だ。今日までが年末年始休暇らしく、まだ故郷に帰省したまま戻っていない生徒もいるそうだ。交通網が未発達のこの国では、旅程が数日前後することも珍しくないからな。
もしかしたら事故や事件に巻き込まれている人もいるかもしれない。土砂崩れに巻き込まれたり、盗賊や魔物に襲われたりとかな。まだまだこの国には危険がいっぱいだ。
入学式では、俺は学園側に並んで出席することになった。
生徒側、教師側どちらに並んでも浮くだろうから、それなら立場を考えて教師側の方がいいだろうという判断らしい。
なにしろ王室魔導士にして辺境伯家当主だからな。来賓代表で祝辞を読み上げていてもおかしくない肩書だ。来賓居ないけど。
「――最後は本年より魔法学を担当されますビート=フェイス先生です。先生は皆さんより年下ですが、既に王室魔導士の職に就いておられる優秀なお方です。それがこの度、国王陛下直々の推薦で本学園の魔法学教師へと就任なされました。また、特例として本年より皆さんと肩を並べて学ぶ学友にもなります。お互いの立場を弁えた節度ある交流をお願いします」
学園長の紹介に合わせて一歩前に出、軽く会釈をして戻る。教師紹介は俺で最後だ。
「王室魔導士だって? オレたちより年下じゃないか」
「肩を並べて学ぶって、生徒なの? 先生なの?」
新入生の間にちょっとどよめきが起こる。さもありなん。自分たちより小さな子供が先生だもんな。しかも学友でもあるという、ちょっと意味が分からない紹介だ。戸惑ってもしょうがない。
「ビート=フェイス……って、武術大会の準優勝者!? 『
「知っているのか、バイデン?」
「去年の王太子殿下生誕記念武術大会の準優勝者だよ! 『旋風ダンテス』様の愛弟子! 歴代最速で星十個に到達した凄腕冒険者さ!」
「バリバリの武闘派じゃないか。それがなんで王室魔導士で魔法学の先生なんだ?」
「さぁ?」
生徒の中でざわめきが大きくなる。俺の事を知ってる生徒が居たみたいだ。去年の武術大会を観てたらしい。王都詰めの貴族の子女ならあり得るか。大盛況だったもんなぁ。
というか、
「皆さんお静かに! この後は各組毎に今後の予定について連絡があります。速やかに待機室へ移動するように。では、これにて本年度の入学式を終了致します! 皆さんの学園生活に幸多からんことを!」
学園長の閉会の言葉で入学式が終了した。
これから俺の学園生活が始まるのか。
◇
俺のクラスは一組。全二十一名のクラスだ。
今年の新入生は四十一名で、クラスはふたつ。二組は二十名。
本当は二十名のクラスがふたつで全四十名の予定だったんだけど、急遽俺の入学が決まったから、一組が一名多くなってしまったのだそうだ。
その一組は、比較的高位の貴族やその分家の子女、大きな商会の子女などが振り分けられている。所謂選抜クラスだ。
二組はそれ以外で、子爵家でもあまり裕福でない領地の子供や男爵家の子供、貴族との付き合いがあまり深くない商家の子供たちなどが集められている。
このクラス分け、実は授業ではあまり意味がない。授業は選択制で、一組も二組も同じ授業を受けられるからだ。
例えば、俺が担当する魔法学は貴族しか受けられない授業だから、貴族の子女が魔法学を学んでいるその間、商家の子女は算術や語学の授業を受けたりする。
また、男子が武術を学んでいる間、女子は刺繍を学んだりもする。もちろん、女子でも武術を学ぶことはできるんだけど、あまりその数は多くないらしい。ジャスミン姉ちゃんやクリステラは例外だ。
ではなぜクラス分けをするのかと言うと、貴族と商家、あるいは貴族同士や商家同志の繋がりを深めるためだ。勉強の為じゃなくて、将来の領地運営のためというわけだな。
そもそも、学園の存在意義自体がそこにある。貴族間や商人間のつながりが円滑であれば、国家の運営も円滑に進められるだろうとの思惑なのだ。勉強は二の次。日本とは全く違う。
で、その選抜クラスである一組の待機室へ行くと、既に派閥ができていた。
待機室と言うのは、いわゆるクラスの教室だ。ただし、授業自体は各講義専門の教室へ移動して行われるから、そこはあくまで待機して準備するためだけの部屋だ。
俺が待機室棟の一階端にある一組の部屋の扉を開けると、それまで聞こえていたざわめきが収まり、生徒たちの視線が俺に集中した。
見たところ、このクラスは大きく三つのグループに分かれているみたいだ。
後方窓際には、ちょっとガラの悪そうな茶髪長髪男子を中心にした男子のグループ。
前方窓際には、ちょっと派手めの金髪ロング釣り目少女を中心にした女子のグループ。
そして通路側にはそれ以外の地味目男女数名が集まっている。あ、さっきのバイデン君もこっちに居るな。会話してたそのお友達(?)も。
そのほとんどが俺に視線を向けている。
品定めするようにジロジロと不躾な視線を送って来る者、珍しい動物を見るような好奇の視線を送って来る者、興味無さそうに視線を外す者、そして敵意を持って睨みつけて来る者。
いや、なんで睨まれてるんだ俺? 何かしたかな?
まぁ、知らないところで恨みを買ってるってこともあるか。向こうが貴族派の貴族の子供だったりとかな。
よし、気にするのはやめよう! 同じクラスなんだし、そのうち知る機会もあるだろう。実害がないなら問題ない。
「よーし、全員揃ってるな? それじゃ空いている椅子に座れ。今後についての説明をするぞ。一回しかしないから聞き漏らすなよ?」
俺のすぐ後ろから、このクラスの担任のマーク=ホットスプリング先生が声を掛ける。小柄だけどがっしりした体格の角刈り中年だ。
「先生、ふたり足りないみたいですけど? 十九人しかいません」
「ああ、到着が遅れとるんだ。街道に盗賊が出たらしくてな。もう盗賊は討伐されたそうだから、数日中に着くだろう」
バイデン君がホットスプリング先生に質問する。結構積極的な性格なのかな? 見た目は中肉中背で地味な顔立ちの『ザ・モブ』って感じなんだけどな。
到着が遅れているのは、王国西部に領地がある子爵家の長男とその縁者だ。
王国西部は以前のジャーキンとの戦争で荒れたからな。まだ治安が回復していないんだろう。
今年の入学者には、王家や侯爵家の子女はいない。なので、伯爵家以下の貴族の子女ばかりだ。
こういう年は、学園的にはハズレ年というらしい。何故かと言うと、生徒同士での勢力争いが活発化してアクシデントが起きやすいからだそうだ。
高位の貴族の子供がいないと学園内での序列が曖昧になるんだとか。だからマウントの取り合いが激化して、必然的に揉め事が増えて余計な仕事も増えるからハズレ年。なるほどねぇ。
今年の新入生の中では、家格では俺が一番上になる。辺境伯は伯爵以上侯爵未満って爵位だからな、新設されたばかりだけど。
ということは、俺が学年をまとめていかなくちゃいけないのか? そんな面倒なことはしたくないなぁ。先生役だけで手いっぱいだよ。まとめ役はやりたい奴がやってくれ。
俺の懊悩を余所に、ホットスプリング先生がこれからの学園生活についての説明を進めていく。
基本的に全寮制で共同生活になること、従者は付けられないこと、学園内では(建前上)親の爵位は考慮されないこと、授業は選択制だけど必修科目もあること。
そして、俺は例外として外部からの通いになること、既に卒業資格を取っているから必修科目でも授業を受けないことがあるということが説明された。授業を受けなくても卒業できるってことだな。それ、もう生徒じゃなくていいと思う。
何もかもが異例で特例。
俺に普通の学園生活は無理だな、これは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます