第263話

 まぁ、楽勝だったな。

 語学も算術も中学、いや小学校レベルだったし。けど図形や数列関係は教えてないんだな。問題が無かった。

 数列はともかく、図形関連は建築に必須だと思うんだけど、三平方の定理すら無かったんだよなぁ。この国の大工はどうやって家を建ててるんだろう?

 ああ、昔の地球と同じで、同門のみに引き継がれる秘伝なのかもな。技術とともに叩き込まれるとか。


「むう……語学、算術、歴史は完璧です。しかし、肝心の魔法学がよろしくない! 基本の五大魔法を答えられないようでは、とても魔法学の教師が務まるとは思えませんな!」


 ワイリー主任が勝ち誇った顔で俺を見下す。いや、実際俺の背が低いから、見下みくだすというより見下おろろすという表現のほうが正しいかも。

 実は、歴史だけはちょっとズルした。

 貴族になったときに『嗜み』だというからクリステラからこの国の歴史を叩きこまれたんだけど、そのときに参考にした年表や参考書を、平面魔法のライブラリにテクスチャとして保管しておいたんだよね。それを頭の中だけに表示して書き写させてもらった。つまり、悪く言えばカンニングだ。

 まぁ、魔法も自分の才能と考えれば、それを使っただけだから違反じゃない。頭の中にあるってことは、覚えた知識と同じだしな。

 それはさておき。


「お言葉ですがワイリー主任、五大魔法とは何でしょう?」

「ふん、そんなことも知らないのかね? 五大魔法とは、火、水、風、土の四大元素魔法に、その分類に収まらない固有魔法を加えたものだ。貴族なら子供でも知っていることだよ」


 『その程度のことも知らないのか、これだから成り上がりは』という言葉の代わりに、さらにふんぞり返って俺を見下すワイリー主任。腹芸はできないタイプだな。俺を教師にしたくないという意図が透けて見えてる。実に分かりやすい。


「どうやらワイリー主任がお持ちの知識は古いようですね。魔法研究は日進月歩、こうしている今も変化しているのですよ?」

「何?」

「火魔法、土魔法は、まぁいいでしょう。現在の魔法の分類でも、大きな変化はありませんから。しかし、水魔法と風魔法は本質的に同種の魔法であることが、最新の研究から明らかになっております」

「なっ!?」

「さらに、固有魔法ではない魔法として雷魔法と治癒魔法が発見されておりますし、魔物の種族固有魔法も確認されております。最新の魔法学では、もう五大魔法という分類はされておりません」


 これはまだ世間には知られてないから、知らなくてもしょうがない事だけどな。

 というか、俺と王様を含めた極一部の人しか知らない。しかも、雷魔法はサマンサ、治癒魔法はジャスミン姉ちゃんしかまだ使い手が居ないし。

 種族固有魔法っていうのは、ピーちゃんたちセイレーンの使う呪歌なんかがそうだ。

 呪歌は魔力を使った催眠術みたいなものだけど、アレは現在のどの魔法の分類にも当てはまらない。強いて言うなら、俺の魔力フラッシュバンが一番近いんだけど、あれよりずっと洗練されている。『アタシの歌を聞け!』を地でいく魔法だ。


「馬鹿な! 何を以ってそのような戯言を!」

「『王室魔導士』である僕が言っていることですよ? それ以上の理由が必要ですか?」

「ぐぅっ……」


 こういう時、肩書って役に立つよな。貴族には特に。


「し、しかし、我が学園では伝統的に五大魔法として教えてきている! それを蔑ろにはできん!」

「間違えていると分かっていることを教えるのは伝統とは言いません。固執です。伝統とは古いものにしがみつくことではなく、良いものを後世に伝えていく事です」

「ぐ、そ、それは……」


 正論でワイリー主任を追い詰める。

 けど本当は、正論での論破はしたくないんだよなぁ。

 正面から主張を否定されると、いくら相手が正しいと理性では理解していても、感情では納得できず心の奥底に恨みや怒りを抱えてしまうことになる。

 多くの人はその感情を抑え込もうとするけど、抑え込まれた感情は行き場を失くして濃く強く腐っていき、やがて激しく暗い憎悪となって心に消えない影を作ることがある。

 そしていずれ爆発する。周囲を巻き込んで。

 これを知らないと、人間関係で凄く面倒臭いことになる。

 多いんだよな、正論が絶対に正しいと思い込んでる人。確かに正論は正しいけど、正解ではないこともあるからな。


「ですので、魔法学の歴史として『過去の分類』と『現在の分類』を教え、『現在の分類』すらも否定されることがあると、僕が教師になったら教えるつもりです。学問とはそういうものですから」


 実際、前世の日本でもコロコロ授業内容が変わってたもんな。

 特に歴史。世界四大文明以外にも文明圏が存在したらしいとか、鎌倉幕府成立は千百九十二いいくに年じゃなかったとか。ほんと、混沌だよ。

 歴史って、過去の話じゃなくて現在も作られているんだろうな。


「な、なるほど、良い心掛けですね。分かりました、その謙虚さであれば伝統ある当学園でも教師が務まるでしょう。励んでください」

「はい、よろしくご指導ご鞭撻をお願い致します」


 俺が軽く一礼すると、フンッと鼻息を出してワイリー主任は部屋を出て行った。どうやら教師としては認められたみたいだ。否定する要素が無くなって渋々って感じだけどな。


 静かになった学園長室に、俺と学園長だけが残される。


「申し訳ありませんでした、フェイス先生。ワイリー主任は、その、貴族派でして」

「……ああ、そういう事でしたか。何故あそこまで拒絶されるのかと思いましたけど、なるほど、そういう理由だったのですね」


 王国の貴族は、大きく王家派、貴族派、中立派の三つに分類される。

 王家を担いで国の庇護を受けたいのが王家派、貴族の権利を拡大して独立性を高めたいのが貴族派、その時々でどっちにでもつくのが中立派。

 現在は王家派が力を強めているから、貴族派としてはなんとか巻き返しを図りたい、貴族派に連なる貴族を増やしたいと考えている。


 そこで学園だ。


 王立学園という肩書を持つこの学校には、多くの貴族の子女が集まって来る。それも伯爵家や侯爵家といった、比較的上級の貴族の子女だ。

 入学してくるときの年齢は、俺のような例外を除けば十二歳から。全寮生活を送りながら、十五歳まで学ぶことになる。人生で一番多感な時期だ。

 この時期に学んだ学問や思想は、それ以後の人生にも大きな影響を与えることがある。重要な三年間だ。

 だから貴族派は、この学園で貴族派シンパを作ろうとしている。今劣勢でも、三年後に貴族の跡取りが貴族派になってくれれば逆転可能だと考えているんだろう。

 もちろん、これは今に始まったことじゃないだろう。学園が出来た当時から、自分たちのシンパを増やそうという王家派と貴族派の暗闘があったはずだ。

 ただ、今回は貴族派がかなり劣勢に立たされているから、より必死になってるということだな。

 学園に政治を持ち込まれて不機嫌なのかと思ってたんだけど、全く真逆の理由で嫌われてただけだったか。既に政治は学園に持ち込まれてた。


「王家の懐刀とも言われるフェイス辺境伯殿の教師就任、それも魔法学ですから。貴族派のワイリー主任としては気が気ではないのでしょう。斯く言う私は中立派ですので、いつも胃の痛い思いをしています」


 学園長が苦笑いを浮かべる。ああ、本当に苦労してそうだ。


 子供の教育に与える教師の影響と言うのはとても大きい。普段の授業の中で、それとなく思想を擦り込んでいけるからな。

 しかし、ことこの世界における魔法学の教師の与える影響というのは、他の教科の教師とは比べ物にならない。なぜなら、貴族の貴族たる所以、魔法を教える先生だからだ。


 貴族家の子女と言っても、通常、次男以下や女性に生まれた者は、将来的に独立か他家への嫁入りという選択肢しかない。望むと望まざるとにかかわらず、家を出ることが確定している。

 勿論、上位の継承者が死亡したり男児が生まれなかったりという理由で、その将来が覆ることもある。

 そして、魔法使いになることもその理由になる。

 魔法が使えれば、継承権上位の者を押さえて爵位を継ぐことが出来る可能性がある。なにしろ、この国では魔法を使えることこそが貴族の証だからな。

 なので、もし自分を魔法使いにしてくれた先生がいれば、その先生への感謝は言葉では表せないレベルのものになる。一生の恩師だ。

 その恩師に報いるためならば、所属する派閥を変えることくらい簡単な事だろう。魔法学の教師には、それくらいの影響力がある。


 俺は王家派の有力貴族と世間からは見られている。不本意だけど。

 その俺が学園で魔法学の教師になり貴族の子女を魔法使いにすれば、将来的に貴族派は立ち直れないほどのダメージを負う。殲滅レベルのダメージだ。

 ああ、なるほど、王様が俺を教師にしたのはそういう理由もあったのか。もう同じ王国内で足の引っ張り合いはしたくないから、俺に貴族派の息の根を止めさせようって事だな?

 腹黒め、本当にあの王様は油断ならない。なんだかんだで思惑通りに仕事をさせられている。くそ、今にみてろよ!


「前任の魔法学の先生は中立派だったので、学園的には平和な時代だったのですが……今年からしばらくの間、学園が荒れそうですな。はぁ」


 今回の一番の被害者は、この学園長かもしれない。

 ごめんね、恨むなら王様を恨んでね。


 それから教師の面々と顔合わせをして、入学式の進行についての打ち合わせをした。ようやく本来の予定がこなせた。


 入学する前からこのゴタゴタ。大丈夫か、俺の学園生活?

 先が思いやられるなぁ。はぁ。

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