第124話

 探索開始から既に三日、鴎の巣周辺の海底の探索は捗々しくない。

 数隻の沈没船を発見し、十数名の遺体やそれ以上の遺品を見つける事は出来た。しかし、肝心のアリストさんに関する物をまだ見つけられていない。


「これは、ひょっとしたら潮に流されちゃったかな」

「だとしたら、少々面倒ですわね。ここから海流は二手に分かれてますもの。どちらに流されたか分かりませんわ」


 そうなのだ。この群島を抜けると、海流は北西と北北東に分かれてしまう。ギザンの漁師に聞いたところ、北北東の方は大陸沿岸に沿ってリュート海を巡り、北西の方はリュート海中心方向へと向かうらしい。そこから先はどうなっているのか知らないと言われた。まぁ、地元の漁師だからな。遠洋までは行かないだろうから、知らなくても無理はない。

 しかし、たとえ知っていたとしても俺たちの置かれた状況は好転しない。どっちへ行けば正解か分からないんだから。

 唯一の救いなのが、ほんの僅かながら、アリストさんが生存している可能性が残ったという点だ。流されたということは、船が沈まなかった可能性があるということだからな。本当に、ほんの僅かな可能性だけど。


 今居るのは宿のリビングスペースだ。時刻は夕食後の宵の口。俺のカメラでマッピングした地図をテーブルの上の平面に展開し、皆で囲んで会議している。

 参加しているのは俺とクリステラ、キッカとアーニャ、デイジーの五人。あとウーちゃん。ウーちゃんは相変わらず、俺の足元で寝てるだけだけど。

 ルカとサマンサは別室で子供たちの世話をしている。暗くなると地下室を思い出すのか情緒不安定になるので、寝るまでの間傍に居てあげているのだ。あの子たちの心の傷は深い。


 沈没船や海流を、地図に重ねた別平面に現在進行形で書き込んでいく。これは、ちょっと高機能な3DCGツールなら大抵備わっている『ペイント』機能だ。3Dモデルに直接テクスチャを書き込める。でもあまり高性能じゃなかったりするから、後で別のペイントツールに書き出して修正することが多い。今回はそこまで精密なテクスチャが必要なわけじゃないから、そのまま使用しているけど。そもそもペイントツールがないしな。


「依頼の期限まではあと十日ちょっと。報告にサンパレスまで行く事を考えたら、片方を調べるのにかけれる時間は四日くらいかな」

「せやな。ビートはんの魔法使つこたらかなりはよう動けるし、そんだけの時間があったら結構な範囲を調べられるやろ」

「そうですわね。あとはどちらを先に調べるかですけれど……」

「うーん、こっち……かなぁ?」


 俺は北西方向、リュート海中心方面を指さす。


「なんでそっちみゃ?」

「根拠は薄いんだけどね。もし北北東方面だったら、陸地に漂着するなり目撃されるなり、何らかの手がかりが残ってるんじゃないかなって。でもそれっぽい話は聞こえて来ないから、だったら海の真ん中に流されたのかもって思っただけ。もちろん、途中で沈んじゃったとか、情報が入ってこないだけとかの可能性もあるんだけど」

「うーん、せやなぁ。仕方しゃあないか。今はなんも手がかりないし」

「とにかく動いてみるしかありませんわね」

「……若とならどこまでも」

「沖には大きい魚がいるみゃ!」


 そんなわけで、まずは北西方面に向かう事になった。リュート海中心方面だ。決して遠洋漁業に行くわけじゃないからな、アーニャ。



 カメラビューが使えるようになってから、新たに判明……というか、再認識した俺の平面魔法の特性がある。それは直行するXYZの三軸から成る、空間指標である『座標系』だ。3DCGツールでは、あって当然の機能だったりする。

 俺の平面魔法にも当然これがあって、頭の中でモデリングするときは常にこれが見えている。大きさや配置はこの数値で判断している。

 数値で判断しているということは、当然それが零になる点、原点が存在する。頭の中ではモデリングしている空間の中心がその原点なんだけど、現実空間での原点は俺の目の前、約五十センチのあたりに設定されている。これは俺が決めたわけじゃなく、勝手に設定されていた。動かす事もできない。

 なんでこの位置なのか。理由として考えられるのは、前世でモニターのあった位置がこのあたりだったからだ。つまり、俺の経験から設定されたんじゃないかというわけだな。実際、これまでは全然違和感なくこれを受け入れていた。疑問にも思わなかった。

 しかし、カメラビューの発現でこの特性を新たに発見というか、再認識することになった。なぜなら『現実空間にもXYZの三軸が設定されていた』からだ。

 俺の頭の中ではカメラの位置が『X:〇〇〇 Y:□□□ Z:△△△』という数字で表示というか、認識されている。単位はメートル。俺が動くと原点位置も動くから、この〇〇〇や□□□の数値も変わる。

 しかし、どうも三軸の設定自体は変化していないようなのだ。ぶっちゃけ、東西がX軸、上下がY軸、南北がZ軸に固定されている。

 これに気付いた時は『ふーん、そうなのか』くらいの認識だったんだけど、海に出る様になってからは『マジで神機能』と慄いている。なぜなら、カメラを出して、原点から少し動かせば方角が正確にわかるからだ。

 潜水してると太陽や星、地形が見えないから、この機能は非常にありがたい。羅針盤要らずだ。クルクル回さなくても目的地までたどり着く。


「大体、ここでギザンから西北西に百五十リー(四百五十キロ)ってところかな。たぶん、リュート海の真ん中あたりだよ」

「海しかねぇな」

「目印が何もないですわね」

「うみゃぁ~、魚もほとんどいないみゃあ」

「……船もない」


 探索四日目。海底に目を凝らしながら大分移動してきた。しかし、未だにそれらしい船の残骸は見つけられていない。


 今日の留守番はルカとキッカだ。しかし今回はくじ引きではなく、志願して残っている。何故かというと、子供たちの体力が大分回復して暇を持て余し気味なので、それなら読み書きを教えておこうということらしい。子供たちは皆田舎の山村出身でほとんど読み書きができず、自分の名前くらいしか書けないそうだ。

 覚えておけば将来役に立つだろうし、俺に異論はない。っていうか、よく気が回るな。なにかご褒美を考えておこう。


 リュート海中央へ向かうに連れて海流は徐々に向きを変え、今はほぼ真西へ流れている。多分、ここから緩やかに南へ向きを変えていくんだろう。そしてリュート海南側のチト、オーツ近海を通り、また北へと向かうのだと思われる。

 リュート海中央付近の海底は起伏が少なく、島も全く見当たらない。

 水深はそれほど深くなく、平均して三百メートルくらいだろうか。結構浅い。

 遮る物がないからか、このあたりまで来ると海流は穏やかだ。三十分くらい前にイルカらしき生物の群れとすれ違ってからは、生き物の姿もほとんど見ていない。上の方に弱い気配が時折あるけど、あれは多分クラゲだ。流されてるなぁ。


「はぁ、もう少し探したら戻ろうか。ここまで流されても沈んでないってことは、沈まずにどこかへ流されて行ってる可能性が高いと思うし」

「その場合はもう三か月以上前ですから、とっくにリュート海を半周してますわね」

「だとしたら西側の海岸に打ち上げられてるはずだよな。けどあっちで見つかったって話は聞かなかったから、船は北に流れていったってことか」

「そういうことになるかな。今日はもう戻っ……っ!?」

「みゃっ!? 今ちょっと揺れたみゃ。何かあったかみゃ?」


 なんだ? 今何があった?

 俺は皆と話しながらも、海流に乗せて潜水艦もどきを真っすぐ西へ走らせていた。上空にカメラを上げて、周囲をマッピングしながらだ。

 そのカメラが突然北へ移動した・・・・・・・・

 いや、実際には俺たちが南へ移動したのだろう。カメラは物理的に不干渉だから、何かに移動させられたとは考えられない。だとすると、俺たちが移動したと考える方が論理的だ。


 しかし、なぜ?

 海流が変わった? こんな何も無いところで?

 見えない何かに押された? 衝撃もなく?


「……わからない。わからないけど、今何か変だった。急に南へ押し流された。この辺に何かあるかもしれない。皆、気を付けて。とりあえず、海上へでるよ」

「っ、わかりましたわ! 皆さん、気を引き締めて参りましょう!」

「おうっ!」

「……はい」

「わかったみゃっ!」


 ……皆、見事にバラバラだな。


 潜水艦もどきを海上へ出し、ついでに中型の帆船も作り出して、皆でそちらへ乗り移る。早速ウーちゃんが嬉しそうに甲板を走り回っている。和むなぁ……いやいや、和んでる場合じゃなかった。周囲を確認せねば。


 太陽は少々西へ傾いている。時刻的にはそろそろ十五時くらいか。何もなければ、そろそろ戻らないといけない。まぁ、帰りは空を飛んで行くからすぐなんだけど。


「何もありませんわね」

「気のせいっつうか、タマタマじゃねぇの?」


 船の周囲は、相変わらずどっちを向いても海、海、海だ。島影すら見当たらない。上空からカメラで確認しても、海面以外に見えるものはない。

 生物の気配も希薄で、海中の僅かな魚とクラゲ、あとは南のほうに海鳥らしき気配が一羽あるだけだ。

 やっぱ気のせいか? 何か地形か気候的な影響で、海流が蛇行してるだけ……って、海鳥!? こんな海のど真ん中に、一羽だけ!?


「あの海鳥、なんかおかしくない?」

「は? ……そう言われると、一羽だけこんな何もない所を飛んでるというのは不自然ですわね」

「あれはオオウミスズメだみゃ。海に潜って魚やカニを捕まえる鳥だみゃ。でもそんなに深くは潜れないから、こんな沖に居るのはおかしいみゃ。群れを作る鳥だから、一羽だけなのもおかしいみゃ」

「詳しいね、アーニャ」

「海鳥が居るところ、お魚アリだみゃ! 海鳥の種類と季節が分かれば、どんなお魚が居るか大体分かるみゃ!」


 なるほど、お魚繋がりか。それならアーニャが詳しいのも納得だ。その熱意を普段の勉強にも向けてくれると嬉しいんだけど。

 オオウミスズメは頭頂から背中にかけてが黒くて、お腹が白い。まるでペンギンみたいな配色だけど、ちゃんと飛べる鳥みたいだ。

 頬のあたりに丸く赤い部分があるのは、なんとなくインコっぽくもある。大きさはスズメよりちょっと大きいかもしれない。羽を広げた大きさは三十センチちょっとだ。


 そのオオウミスズメは南からやってきて俺たちの頭上を通り過ぎ、そのまま北に向かって飛んで……消えた。消えた!?


「消えましたわ!?」

「消えやがった!?」

「消えたみゃ!?」

「……消された?」


 おおう、まさかのバニッシュメント! バミューダトライアングル・イン・異世界か!? ファンタジーらしくないファンタジー来ちゃった!? やっぱりここ、何かある!

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