第123話

「めぼしいものはないなぁ」

「ここまで潮が速くて複雑だとは思いませんでしたわ。これはきっと、かなり流されてますわね」

「あらあら、困りましたねぇ。どこを探せばいいんでしょう?」


 アリストさんの消息調査初日、早速、王国軍と海賊の海戦が開かれた『カモメの巣』周辺の海底を調査中だ。しかし、予想以上に海流が速く複雑であったため、少々難航している。船だけに?


 この鴎の巣は大小とお程の島々によって構成されている群島だ。ひとつひとつの島はそれほど大きくなく、大きいものでも周囲十キロほどしかない。

 島に植物はほとんど生えておらず、むき出しの白い岩肌が波に洗われているばかりの寂し気な島々だ。ここに漂着しても生き延びるのは難しいだろう。水も食料もないからな。

 実際、人間らしい気配は感じられない。鳥と魚、海生の魔物の気配だけだ。海賊の気配もないから、ここに拠点があるって情報はやっぱりガセネタだな。


 この群島はリュート海を流れる大きな海流の通り道にあるらしく、周囲は潮の流れがかなり速い。その海流は島に遮られて流れを変え、不規則なうねりは巨大な渦潮や海流の分岐を生じさせている。

 大きな流れが渦を巻きながら新たな流れへと変化していく様は、さながら高速道路のジャンクションの様だ。


 そんな海底を、いつもの平面魔法製の潜水艦もどきで捜索している。海では大活躍だな、俺のミッドナイト・サブ〇リン。ときめく心はくさない。

 潮が速いだけあって、海底にもあまり海藻は生えていない。砂地も少なく、むき出しのゴツゴツした岩が切り立っている。その岩に挟まるように、船の残骸と思しき木片や金属塊が転がっている。

 しかし、見つかるのは錨や弩砲の部品ばかりで、アリストさんに繋がるようなものは見当たらない。まぁ、個人の荷物なんて人ひとりで運べる重さでしかないから、多分クリステラの言う通り、潮に流されてしまったんだろう。


「じゃあ、ちょっと潮の流れを探ってみるよ。流れが弱まるところに残骸が集まってるだろうからね」

「おっ、坊ちゃんの魔法か。何するか分かんねぇけど、坊ちゃんはなんでも出来ちまうからな」

「いや、なんでもは出来ないよ。出来ることだけ」


 サマンサの発言へ、某物語の委員長のように返してみる。あいにくと欲求不満な白猫はいないけど、食欲旺盛な黒猫だったらうちにもいるしな。

 ただし、残念ながら(?)今日は連れてきていない。アーニャにはギザンに残って子供たちの世話をしてもらっている。デイジーもだ。要は留守番だな。厳正なくじ引きでそう決まった。


 結局、子供たちの処遇については保留したままだ。出来るだけ本人の意向を汲んであげたいんだけど、俺たちにも都合がある。悪いけど、今は仕事を優先させてもらった。

 世間的にはそれを先送りというんだろうけど、日本人の得意技なんだから仕方がない。明日があるさ。そのうちなんとかなるだろう。


 物理的な影響を受ける様に設定したパーティクルを、周囲の海中に向かって一万個ほど放出する。パーティクルは海流に乗り、あるいははじき出されて拡散していく。

 これを気配察知で追いかけ、流れの弱い所や淀んでいるところを見つけ出そうというわけだ。そこに船の残骸が集まっている可能性が高い。

 海流は全体的には南から北へと向かいつつも、島々に分断されて複雑に流れを変えながら、最終的に北西行きと北北東行きの二本の流れに収束しているようだ。その途中、数か所で流れが弱くなっている場所がある。おそらくその周辺に船の残骸があるはずだ。


「お、当たりっぽいな。船がひっくり返ってるわ」

「あらあら、魚がいっぱいね。アーニャが見たら喜びそう」


 最初の淀みへ向かうと、早速沈没船を見つけた。横倒しになった船は中央付近で大きく割れており、竜骨の一部がかろうじて繋がってる状態だ。

 船の周囲は流れが弱くなっているためか、比較的小さな魚が集まっている。身を隠すにも都合が良さそうだし、いい漁礁になっているようだ。確かに、アーニャがいたら飛び出していきそう。お土産に何匹か持って帰るか。


 沈没船の直上の海上に潜水艦もどきを停め、船体の割れ目からカメラを潜り込ませる。海上に出たのは窒息を回避するためだ。

 まずは船尾方向から探索を開始する。位の高い船員の船室は、大抵船の後部にあるからな。

 内部の様子を百インチほどのモニター平面に映し出し、ベンチ状の平面に座って皆で見る。見やすい様に周囲の平面を不透明にして光量を落とす。まるで映画館かホームシアターだ。でっかいゼロカロリーコーラとキャラメルポップコーンが欲しいな。


「……真っ暗ですわね」

「だね。明かり点けるよ」


 この世界の船は、気密性を保つために窓のたぐいがほとんどない。普段でも船内は薄暗いのに、海底に沈んでいてはなおさらだ。真っ暗でほとんど視認できない。

 カメラの少し後ろに点光源を作って周囲を照らすと、うっすらと砂の積もった船内がスクリーンに映し出される。砂の粒子は非常に細かいように見える。人間が入って行ったら、この砂が舞い上がって視界が塞がれそうだ。

 しかしカメラも点光源も実体はないから、砂はピクリとも動かない。探索は問題なく進められそうだ。


 船が横倒しになっているため、映し出される映像は全て横向きになっている。壁が床で天井が壁だ。ちょっと酔いそう。

 カメラをどんどん進めると、船長室らしき部屋に辿り着いた。扉は閉まっている。

 鋭角の平面を送って天井(本来は壁)付近でドアを止めている蝶番を斬ると、木製のドアはゆっくりと奥に倒れ込んでいく。倒れ込んだドアが上げる砂埃を見ながら『そういやドアくらいならすり抜けられたんだっけ』と、カメラと光源の性質を思い出していたのは秘密だ。普段は飛ばすくらいしかしてないから忘れてた。

 モウモウと立ち込める砂埃が収まると、船室内の様子が明らかになってくる。奥の壁に王国の国旗が飾られてるから、やっぱり船長室で間違いないみたいだ。


「ひっ、ひいぃ!?」

「……なんで幽霊船に乗っとんのがスケルトンばっかりなんか、理由がわかった気がするわ」

「奇遇だね、キッカ。僕もいま同じ事考えてたよ」


 室内には、おそらく船長と指揮官であろう、立派な衣装を纏ったふたつの遺体が折り重なるように転がっていた。逃げる暇もなく船が沈んでしまったんだろう。

 そして、その遺体には肉が無かった。骨と衣服だけだ。なぜなのか? それは……


「ものすごい数のエビとカニですわね。どこから入ったのかしら?」

「天井……壁に小さな窓があるから、あそこだろうね。大きい魚は入れないだろうけど、小さなエビやカニなら入れる大きさだし」


 明かりとドアに驚いたのだろう、遺体に群がっていたエビやカニが、蜘蛛の子を散らすように物陰へと逃げていく。骸骨の口や目玉から大量のエビやカニが出てくるのを見たら、気の弱い人ならトラウマになってもおかしくない。

 サマンサが引き攣った悲鳴を上げたのも納得だ。SAN値ダダ下がり。

 遺体はエビやカニに美味しく頂かれていた。元々生きてる獲物を狩るのは得意じゃない、死肉喰らいの生物だもんな。

 こいつらに喰われて骨だけになっちゃうから、幽霊船にはスケルトンしか乗ってないんだな。なんでゾンビじゃなくてスケルトンなんだろうとずっと思ってたんだけど、こういう理由だったのか。

 元の世界でも、沈没船には骨しか残ってなかったから、幽霊船に乗ってるのがスケルトンになったんだろう。また世界の不思議がひとつ解明されてしまった。


「どう、クリステラ?」

「……違いますわ。どちらも髪が黒いですもの。お兄さ……アリスト様は金髪でした」


 アリストさんはクリステラと同じ金髪か。クリステラの声に若干の安堵が含まれている様に感じるのは、俺の気のせいだろうか? いや、たしか唯一の同腹の兄だったはず。それなりに仲が良かったのかもしれない。出来れば遺体との再会はしたくないだろう。

 でも、海戦が行われたのはもう四か月以上前の話だ。生きているなら何らかの連絡があってもおかしくない。それがないという事は、おそらくはもう……。クリステラには酷かもしれないけど、ここは覚悟を決めておいてもらわないと。

 このスケルトンふたりには感謝だな。クリステラが心構えをする練習台になってくれた。身元が分かりそうな物を持ち帰って、遺族に返還してあげよう。南無南無。


 それから船首の方も探索して何体か遺体(一部だけのものもあったけど)を発見したけど、どれもアリストさんではなかった。陽も傾いてきたので、その日の探索はそこで終わりにした。


 帰る前に鴎の巣の島に上陸して、ウーちゃんと一緒にカモメらしき鳥を追いかけまわした。追いかけまわしただけで、捕まえてはいない。ウーちゃんのストレス発散に付き合ってもらっただけだ。ずっと潜水艦もどきの中で退屈してたからな。

 鳥にしてみればいい迷惑だっただろうけど、海で獲った小魚をばらまいてあげたんだから勘弁して欲しい。


 ギザンの宿に帰り、アーニャたちとその日の報告を交わす。宿のほうは平和そのものだったようだ。俺たちの方も特に発見はなかったしな。

 その日の宿で出された夕食は、俺たちが獲ってきた魚の塩焼きと、エビとカニ・・・・・がたっぷり入ったブイヤベースだった。最近なぜか大漁らしい……なぜだろうね?

 サマンサは必死に選り分けていた。涙目で。やれやれ。

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