第039話

 村へ向かって出発する日の朝、待ち合わせ場所である西門外へ向かうと、既に村長と子供たちが待っていた。流石に子供たちも裸足と貫頭衣ではなく、普通の丈夫な布の服に編み上げサンダルだ。どこにでもいる村の子供っぽい。

 荷物は荷車三台に満載だ。麻っぽい袋に詰まってるのは豆か麦だろう。大きな樽に詰まってるのは水、少し小ぶりの樽は油かお酒かもしれない。他にも布や剣、盾なんかも見える。そして荷車一台を占拠している大量の樽は塩らしい。予想以上の収入があったからまとめて購入したのだろう。腐る物じゃないし。

 そして、その荷車を曳くのは馬ではなく牛だ。大森林のジャイアントホーンよりかなり小さめで、角は横に伸びている。前世で見た事のある水牛っぽい。雄が一頭にメスが二頭だから、村で繁殖させるつもりかもしれない。農耕にも使うのだろう。


「村長、お待たせ」

「来たな。では行こうか」


 俺とクリステラの荷物は、それぞれが背負った冒険者御用達のリュックひとつずつだけだ。かなりの大きさで重さもそれなりにあるけど、実は底の方に平面を仕込んであり、その平面で重さを支えているので負担はほとんど無い。


「うん、ちょっと目立つと思うし、街から少し離れよう」

「そうか。では南に向かうとしよう」


 いよいよ村へ出発、いや帰還だ。まだ出てきてから二週間も経ってないんだけどな。



 一時間程南に向かったところで、いよいよ移動手段を変える事にした。気配察知で周囲を探ると、周囲には俺たち以外に魔物も人も居ない。


「じゃあ、ちょっとそこで待ってて。牛がびっくりしないように反対に向けとくといいかも」

「わかった。皆、牛を反対に向けろ! 暴れるかもしれんから、向こうへ向けたら引き縄を外して離れておけ!」


 流石村長、抜かりない。少し離れてから村長たちの様子を確認する。問題ないようだ。ではいよいよ移動手段を出現させるとしますか。


「テッテレレ~ン! 『ギガント』~!」


 効果音も宣言も必要ないのだが、なんとなくノリで言ってみた。

 出現したのは、ずんぐりとした箱型の胴体の上に羽が付いたグライダー、第二次大戦時のドイツ製輸送機であるMe321『ギガント』である。未来少年コナ○のほうではない。


 高速輸送と聞いて真っ先に空輸を思いついたんだけど、何を作るかで少し悩んだ。そして、どうせ作るなら遊びが欲しいと思ってしまうのはクリエーターの性だ。

 最初の候補は某国際救助隊のライチョウ二号だった。しかし、ここで平面魔法の性質が問題になった。

 平面魔法で作った物には重さが無い。しかし外部からの力は普通に作用する。例えば、空中にオブジェクトを作り出すとその場に浮いた状態で出現するんだけど、風が吹くと流されていくのだ。

 これがどういう事かと言うと、空気抵抗が普通にあるという事であり、その空気抵抗に逆らって移動させると余計な魔力が必要になるという事だ。


 空という、本来人の領域ではない場所を移動するのだから、危険はなるべく排除したい。

 そのために多めの魔力をつぎ込んでできるだけ強化したいんだけど、安全の確保の為に余裕を残しておきたいという気持ちもある。

 ということで、出来るだけ航空力学に沿った移動手段を使用したかったのだ。

 ライチョウ二号は架空の航空機なので、実際の航空力学には則していない。残念ながら見送らざるを得ない。

 そして、遊び心と航空力学の妥協点として候補に挙がったのが、このギガントだった。

 当然、細部まで再現したわけではない。そこまでミリタリーに詳しくはないので、ぶっちゃけ、外観が似ているだけだ。サイズも分からなかったので、大きさも適当。おそらく実物の五割増しくらいあると思う。

 しかし、それでも空気抵抗のために消費される魔力はかなり軽減されるはずだ。翼があるから浮力も発生するだろうし、その分、魔力が節約できる。

 まぁ、本当に魔力がヤバくなったら地上に降ろして休憩すればいいんだけど。


 村長たちを見ると、突然出現した奇怪な巨大物体に驚いたのか、硬直して動きが止まっていた。その中で真っ先に回復したのは、流石に耐性が出来ていたのであろう村長だった。


「これは……いや、今更だな。では荷を積み込むか。どうすればいい?」

「ちょっと待ってね、格納庫を開けるから」


 胴体前面のハッチが左右にゆっくり開いていく。実物より大きく作ってある上、構造は大幅に簡略化してあるので内部の余裕は大きい。荷車三台くらいなら余裕で載るだろう。

 内部は三層構造になっており、下の一〜二層が貨物、最上層が人用だ。とは言っても、特に何か設備があるわけではない。どの層も明り取りの小窓がある他はツルンとした床と壁があるだけだ。

 機体の内部両側に梯子が設けてあるので、人はそこを昇ってもらう。荷車は最下層から入ってもらい、そこから最奥に作ったリフトで二層目へ上げる。牛は最下層だ。

 最初は怖がっていた子供たちも、最上部の窓から外を見下ろすと興奮して歓声を上げていた。


「もうすぐ出発するよ。揺れないように注意するけど、なるべく歩き回らないでね」

「聞いたな、座って待っているように!」

「「「はーい!」」」

「わかりましたわ!」


 皆、大人しく床に座る。中には野営用の毛布を丸めてクッション代わりにしているちゃっかり者もいる。

 俺はひとつだけ作られた計器も操縦桿もない操縦席に座る。実際、操縦は魔法で動かすわけで、周囲を見渡せる視界が確保できていればいいのだ。


「じゃあ、しゅっぱーつ!」


 音も無くゆっくりとギガントが浮き上がる。本来ならグライダーに出来るはずがない垂直離着陸だ。


「おおっ!」

「うわわっ!?」


 機内のあちこちから歓声とも悲鳴ともつかない声が上がるのを尻目に、機体をどんどん上昇させていく。大体千メートルくらいまで上がるつもりだ。天気がいいから、雲の上まで出る必要は無いだろう。あんまり上に行くと寒いしな。

 密閉すると酸欠になるから、機体後部の数か所に外気を取り入れる小さい穴が開いているんだけど。上に行き過ぎるとそこから冷気が入ってきてしまう。寒いのは苦手だ。


 十分上昇したところで水平飛行に移る。最初はゆっくり、そして徐々に速度を上げていく。凡そ時速二百キロを超えたくらいになったところで速度を固定する。


「もう歩き回っていいよ。ただし、僕の邪魔だけはしないでね。落ちて死んじゃうから」

「「「は、はい!」」」


 軽く脅しておく。でも冗談じゃないからな。俺に何かあったら間違いなく全員墜落死だ。コクピットと客室を分ける壁とドアがあった方が良かったかな?まぁ、またの機会があれば作っておこう。


「おおっ!これは絶景だな!」

「すごーい、たかーい!!」


 子供たちと村長は窓際まで行って外を眺め、歓声を上げている。日常じゃそうそうお目にかかれない風景だ。存分に堪能して欲しい。


 そしてクリステラはと言うと……。


「……(プルプル)」


 操縦席の後ろに座り込んで隠れるように毛布を羽織り、青い顔で震えていた。どうやら高所恐怖症だったようだ。


「大丈夫?」

「……(プルプル)」


 返事が無い。ただのしかばね……ではなく、かなりの重症なようだ。しかし、どうやら外を見なければ平気らしいので、このまま放置してもいいだろう。


 しばらくして、ひとしきり景色を堪能した村長が話しかけてきた。どこまでも続く同じような景色に飽きたのかもしれない。


「ビート、これはどのくらいの速さが出ているんだ?」

「ん~、正確には分かんない。馬の全力疾走よりも倍以上速いのは確かだよ。夕方には村に着くんじゃないかな?」


「ほう、それ程か! こうして見下ろしている分には、それ程の速さが出ているようには思えないのだがな」


 眼下には荒野、そして所々に広がる森が流れていく。エンジンが付いていない為に静かなのも相まって、非常にゆっくりと流れているように見える。しかし実際には新幹線並みの速度が出ているわけで、その速度は馬の倍どころではない。途中で停車する事もないから三時間もかからず村に到着するだろう。


「でもほら、来るときに渡った河がもうあそこに見えてるよ」

「お、本当だな。なるほど、大したものだ」


 遠く前方にキラキラときらめく水面みなもが見える。あの河で大体残り三分の二くらいのはずだ。思ったより早く着くかもしれない。何もアクシデントがなければ。

 大抵、こういうときは何らかのオヤクソク・・・・・が発生するものだ。さて、何が起きるのかな?



 何も起きなかったさ!! 何事も無く村まで、快適なフライトを楽しみましたよ!?

 いや、何か起きて欲しかったとは言わないけど、何が起こってもいいだけの心構えをしてたのに何もないと拍子抜けというか。

 ラノベとかじゃ、ドラゴンの襲撃やら謎の魔法攻撃とか、あるいは突然の天候悪化とか魔力切れとかあったりするのがオヤクソクだ。そういうアクシデントがあると思ってたのに、すんなり村まで帰り着いてしまった。

 敢えて挙げるなら、見張りをしていた父ちゃんとピースさんが腰抜かした事と、一番年下の女の子が到着まで我慢できなくて粗相・・してしまったくらいだ。

 

 しかし、よくよく考えると、そうそうアクシデントなんて起きるはずがない。

 例えばドラゴンだけど、主な生息地は竜哭山脈以南だ。北側に出てくる事はほとんどない。偶に出てきても、若い竜が大森林で餌を獲って帰っていくくらいだ。

 魔法攻撃だって、どんな熟練の魔法使いでも千メートル上空を時速二百キロ超で移動する物体に当てられるとは思えない。そもそもあんな何もない荒野に人なんか居ない。居ても盗賊くらいだ。

 天候も、今は季節の変わり目とはいえ、地形的に変化のほとんどない森林と荒野では急激な悪化が起こるわけがない。むしろ北から吹き始めてる季節風が追い風になって、予想より早く着いてしまったくらいだ。

 魔力に関しては、事前に施した対策が奏功したため、まだ二往復出来そうなくらい余裕があった。これでは魔力切れなんて起きるはずがない。

 『事実は小説よりも奇をてらわない』ということか。まあ、何事もなく村に着いたのだ、これはこれで良しとしよう。


「ああ、地面があるって素晴らしいですわ!!」


 クリステラも元気になったようだし、これでいいのだ。

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