第040話

 意気揚々と村を出たのに、半月程で帰ってきてしまった。少々バツが悪かったけど、父ちゃん母ちゃんを始め、村の皆は歓迎してくれた。やっぱり生まれ育った故郷はいい。


 実は、街で魔石が予想外の高値で売れたため、父ちゃんと母ちゃんも奴隷から解放するよう村長へ嘆願したんだけど、ふたつの理由で断られていた。

 ひとつには、俺が解放のための金を出したとしても所有者が変わるだけで、奴隷からの解放にならないという理由だ。

 奴隷契約は契約紋によって法と商売の神に管理されている。そのため、解放条件である自己の買い取り以外での解放は難しいのだそうだ。そしてそれは主従が親子であっても変わる事はないという。神様は融通が利かない。

 もうひとつは税の問題だ。

 今は皆村長の奴隷なので、その税は村長が払っている。奴隷の税金は領主の裁量によるけど、凡そひとり当たり年額大銀貨五枚が相場だ。これが一般人になると、年額大金貨一枚になる。結構な大金だ。

 開拓村では現金の収入がほとんどないため、税を払う事自体が難しい。そして、税の滞納が続くと借金奴隷に落ちてしまう。元の木阿弥だ。

 だから、もう少し村が大きくなって正式に村長の領地として認められたら、その時に畑を分譲して皆を奴隷から解放するのだそうだ。そうすれば領主である村長の裁量で税額を決められるので、税の滞納が起こり辛いというわけだ。

 そういう事なら仕方がない。

 そんなわけで、今は奴隷から解放出来ない。許せ父ちゃん母ちゃん。


 俺とクリステラはしばらく村に滞在することにした。村長から『出来る限りの村人に身体強化を教えて欲しい』とわれたからだ。期間は、王都から勅使が来て村長が出征するまで。

 村長も身体強化が使えるのだから自分で教えればいいんじゃないかと思ったけど、『出征の準備でしばらくは多忙になりそうだから』という理由で俺が教える事になった。

 父ちゃんと母ちゃんも身体強化が使えるけど、このふたりは感覚派なので人に教える事に向いてないとの理由で、教官候補から外されている。なんだかなぁ。


 あくまで冒険者への依頼ではなく、村長から村人へのお願いだ。だから『ギルドを介さない依頼を受けてはいけない』という冒険者ギルドの規約には違反しない。金銭の授受もないしな。

 その代わりと言ってはなんだけど、滞在中の衣食住は村長持ちだ。寝泊りする実家への配給をふたり分以上増やしてもらう事になっている。

 元々飢餓とは無縁の村だけど、余剰の食料は外貨獲得の為に取り置かれており、飽食は出来ない。今回は魔石で大量の外貨が獲得出来たので、取り置き分を多少放出しても問題無いという事なんだろう。


「旦那様、奥様、お初にお目にかかります。わたくし、ビート様に召し上げて頂きましたクリステラと申します。今後ともよろしくお願い致します」

「ああ、おらぁグレンって言うだ……こりゃどえらい別嬪さんでねぇか! でかしただ、ビート!」

「奥様だなんてやめてけれ! おらぁただの農奴ん女房だで、サフランって呼んでくんろ!」


 クリステラと両親の初顔合わせだ。もっとも、父ちゃんとは飛行機から降りて来たときに顔を合わせているんだけど。

 これからしばらく厄介になる予定だから、きちんと挨拶しておかなければならない。もう独り立ちした社会人だし、挨拶は大事。


「まあ、いろいろあってさ。有能なのに奴隷として売られてたから、買い上げて一緒に冒険してもらう事にしたんだ。しばらくお世話になるけど、よろしくね」

「奴隷!? どっかのお嬢様じゃねぇのけ!? おらぁ、てっきり街で嫁っこさ見っけてきたのかと思っただ!」

「いやですわ義父様おとうさま、それはわたくしが奴隷から解放された後の話ですわ! 今はゆっくり愛を育んでいるところですの!」

「ええっ!? いつの間に僕とクリステラがそんな仲になってんの!? 初耳なんだけど!?」


 知らないうちに将来が決められようとしてた! まだそんなこと考えてないから! 早過ぎるから! そんな確定事項みたいに話さないで!?


「あらビート様、貴族の間では年齢一桁での婚姻など珍しくありませんわ。もちろん十歳二十歳の年の差もですわ。それに比べれば、わたくしたちの間には奴隷と平民という、些細な身分の壁しかありませんでしてよ」


 なんという事実! この国はロリショタ天国だったのか!


 とか、大げさに驚いてはみたけど、よくよく考えると当然かもしれない。なにしろ、この国は封建制社会なのだ。

 貴族がその権力強化のために、当たり前のように政略結婚を図る世界だ。生まれてすぐに婚約者が決められるなんてこともザラだろう。下手をすれば生まれる前から決められているなんてこともあるかもしれない。

 別に珍しい話でもないしな。戦国時代ごろまでは、日本でも普通に行われていた事だ。

 それどころか、明治ごろまでは平民でも十歳になるかならないかで嫁に行ったりもらったりトツギーノしたりしてたって話も聞いたことがある。

 法治国家日本ですら、未成年者の保護という考え方は近代まで無かったのだ。ならば、およそ中世というこの世界のこの国に、そんな考え方が無くても不思議ではない。YESロリータ、GOタッチか。なんてこった。


「でも僕、平民だから! 貴族じゃないからね!?」

「それも時間の問題ですわ。ビート様なら直ぐに冒険者ランクを上げて叙爵されますもの」


 ぐ、確かにそれは目標ではあるけども。しかし直ぐにというわけにはいかないはずだ。そんなに簡単に貴族になれるのなら、もっと叙爵される人は多いはずだ。


「そんなのずっと未来さきの事だよ! その時までこの話はナシ、いいね!?」

「むう、仕方ありませんわね。まあいいですわ。時間があるのは悪い事ばかりじゃありませんもの。焦らずじっくり行きますわ」


 とりあえず先送りには出来た。時間が経てばクリステラの気も変わってるかもしれないしな。

 この子供の身体のせいか、今の俺は恋愛や肉欲といった欲求が強くない。精神的にはオッサンなのに、やりたいと思うのは『食う・寝る・遊ぶ』だけだ。まるっきり子供だ……まさか、もう枯れてるって事は無いよな?

 クリステラは元侯爵家令嬢だけあって、婚姻に関してはかなり貴族的な考え方らしい。上級貴族としてそういう教育を受けてきたのだろう。

 いや、一度婚約を破棄されているから、二度と機会を逃すまいとしているのかもしれない。現に、クリステラの目がまるで狩人のそれのようになっている。ちょっと、いやかなり怖い。


「したら、村に居る間はウチで好きにすりゃええだよ。ビート、ちゃんと面倒みるんだど」

「うん、ありがと!」


 ではしばらく村でのんびりしますか。



 それからしばらくは、本当にのんびりと過ごさせてもらった。


 午前中は皆農作業があるため、訓練は出来ない。なので、俺は大森林で一日に二匹だけ魔物を狩ってくる事にした。村で消費する肉の分だけだ。魔石と素材は貰っておくけど。

 あんまりのんびりして無さそうだけど、しばらく前までは一日に何十匹も狩っていたのだ。この程度は運動にもならない。一緒に連れていくにはまだ不安があるので、クリステラには留守番をしてもらってた。


 午後には皆の訓練をする。家事をしている女性陣以外の、ほぼ全ての村人が対象だ。その中には村に来たばかりの子供たちも含まれている。

 まず、ひとりひとり丹田の辺りに掌を当て、少しだけ魔力を流す。魔力の感覚を覚えてもらう為だ。女性のおへそ辺りに手を当てるのは少々恥ずかしかったけど、訓練なのでしょうがない。しょうがないのだ。

 その後は各自で魔力を感じてもらう訓練だ。

 この時間は、俺はほとんどすることが無い。なので、平面魔法で色々と作り出してライブラリを拡充している。実用品からお遊び品まで色々だ。かなり悪乗りして作ったモノもあるけど、いつか使う機会もあるだろう。多分。

 クリステラは既に魔力を感じ取れるので、練り上げて身体に行き渡らせる訓練をしてもらっている。目に魔力を集中させるのは慣れているみたいだけど、他の部分へ移動させるのには苦労しているようだ。

 これが出来るようになったら、次は身体を動かしながら同じことが出来るようになってもらわないといけない。先は長いかもしれない。


 五日ほどの訓練で、デントさんとセージさんを含む数名が自分の魔力を感じ取れるようになった。その数名には練り上げと移動の訓練に移ってもらった。

 魔力を操れる人材が増えれば、俺が居なくなっても訓練が継続出来る。つまり、この時点で俺の仕事はほぼ終わりだ。肩の荷が下りた。

 もしかしたら魔法が使える人が出て来るかもと思ったけど、今のところ魔法を発現させられた人は居ない。魔力を操れる以外に何か条件があるのかもしれないけど、それが何かが分からない。謎だ。

 クリステラはまだ全身への魔力移動で梃子摺っている。父ちゃんや村長はいきなり出来てたんだけどなぁ。

 まぁ、あの人たちはリアルチートだから、比較するのが間違ってるかもしれない。続けていれば、そのうち出来るようになるだろう。


 そして村へ帰ってきてから十二日目、とうとう王都から勅使がやって来た。

 戦争が、始まる。

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