第350話
兵舎に入ると、将校と
でも王様が直々に連れてきたものだから、文句も言えない。兵数が増える事自体はありがたいだろうしな。頑張ってとしか言えない。
というか、聞いていたよりも砦にいる兵の数が少ない気がするな? 確か千くらい居るって話だったと思うんだけど、兵舎と砦を合わせても四百くらいしかいない。残りは何処に行った?
「あー……近隣貴族の方々の兵は、峠の南側に布陣しております」
貴族、南側……ああ、そういうことね。
貴族軍は正式な国軍じゃない。国王の命令で参戦しているだけで、国軍に組み込まれているわけではない。義勇軍に近い扱いだ。
国連平和維持軍の主力である米軍が王国騎士団、その他の国の軍が貴族軍って考えると分かりやすいかな?
なので、建前的にはガッツ師団長の指揮下に入っているけど強い強制力はないので、各貴族は独自の判断で軍を動かせてしまう。
これが以前の王国軍であれば師団長は貴族出身だから、多少なりともその権威で他の貴族を従わせられたんだろうけど、ガッツさんは平民出身だ。
昇進したときに準男爵位くらいは貰っているかもしれないけど、兵を持っている貴族は最低でも子爵位。ガッツさんより上位の貴族だ。強くは出られない。
ということで、貴族の方々は後方の、いざというときに逃げやすい位置へ
「ふむ、それは些か問題であるな。後ほど検討せねばなるまい」
王様がしかめっ面で答えるけど、これは騎士団というか、国軍の改革途上で発生した歪みの問題だ。難しい舵取りが求められるだろう。一朝一夕には解決しないんじゃないかな?
でも、その貴族の気持ちも分からなくはないんだよなぁ。だって、その貴族が連れてきている兵というのは、自分の領地の領民なんだから。
領民に被害が出るということは、それは自領の生産力が落ちるということに他ならない。領主としては、それは避けたい。なんとしても避けたい。
特に子爵は統治する村や町が、多くても二、三という零細領主だ。ひとりの労働力の欠如がクリティカルな痛手になる。
だから、すぐに逃がせられる後方に置くというのは、心情的にはよく分かる。ひじょーーに、よく分かる。俺も領主だから。
軍としては、もちろん駄目なんだけど。後で王様から罰があるかもな。
ともかく、貴族軍はあてにしないほうがいいだろう。今ある兵力で最善を尽くすことを考えるべきだ。
慌ただしく兵が行き交う兵舎内を歩いて、二十畳ほどの広さに大きなテーブル一台だけという殺風景な部屋に到着した。椅子はない。作戦会議室ってところか。
一番奥に王様が立ち、入口に近い側にガッツさん、反対の奥側に俺が立つ。その俺の更に隣にはウーちゃんがおすわりしている。誰にも止められなかったから、そのまま付いてきちゃった。可愛いので良し!
俺の後ろにはうちの女性陣が、ガッツさんの後ろには部下と思われる将校たちが並ぶ。王様の後ろには誰も立たない。どういう謂れがあるのか知らないけど、こういうときに王様の後ろに立つのは不敬なんだそうだ。
一応、近衛の騎士たちもこの派兵に同行しているんだけど、王様の周りにはいない。さっき、この砦の将校の人と話しているところを見たから、受け入れの手続きを進めているんだろう。
『警護対象の近くにいなくていいの?』と思わないではないけど、実際、いても足手まといにしかならないからなぁ。
警護対象は当代の剣聖で、近衛騎士の誰よりも強い王様。その隣に居るのが強力な固有魔法使いである俺。この状況で王様に害を為すのは至難の業だ。
むしろ、近衛騎士を守るために王様が盾になる可能性まである。本末転倒だ。だったらいないほうがいい。そのほうが安全だ。
でも、議事内容を記録する係は必要だ。
うちの女性陣の誰かに頼もうかと思ったら、既に皆でテーブルと紙とインクをセッティングしているところだった。うちの嫁さんたち、マジで優秀。
記録係はそのままクリステラがするようだ。まぁ、妥当だな。
「では時間もないことであるし、早速作戦会議を始める」
「は? この三人で、ですか? 陛下、今回、他の武官の方々は同行しておられないので?」
「うむ、すぐに戦になることはわかっておったゆえな。戦力にならぬ足手まといは置いてきたのだ」
「さ、左様で」
ガッツさんが、あけすけに騎士団首脳部を役立たず呼ばわりする王様にちょっと驚いている。面と向かって王様と話をするのは初めてだろうからな。こういう人なんですよ、あなたの上司は。
実際、軍の上層部にはそれなりの軍歴のある方々が就いているわけで、つまりそれなりにお歳を召した方々なわけだ。戦闘になるかもしれない最前線には連れてこれない。
一応の作戦立案はしてくれたみたいだし、ここに来ている将校への指示も出してくれたから、全くの役立たずというわけではないんだけど。前線で戦えないだけ。
「さて、まずは現状の確認であるが、フェイス伯、地図は出せるか?」
「は。これでよろしゅうございますか?」
テーブルの上に【平面魔法】で、先ほど確認した周辺の情報を立体地図で表示する。地図というよりジオラマだな。多少省略してあるけど、会議に使うなら十分だろう。
もちろん自軍も敵軍も表示してある。自軍は鎧の騎士、敵軍はシロクマのディフォルメフィギュアだ。ちょっと可愛い。
「こ、これは!?」
「う、うむ、十分である」
王様の被ったネコにほころびが。ちょっと無茶振りしてみたら、予想の斜め上の回答が返ってきてヅラがズレた。そんな感じだろうか。あの長髪はヅラじゃないだろうけど。ないよね?
「ふむ、こうしてみると、当初の予定通り、防衛するだけならば難しくはなさそうではあるが……あの大砲とやらが問題か」
「っ! 既にご承知でしたか。さすがのご慧眼、感服いたしました」
「世辞はよい。そちらで把握している情報があれば提示せよ」
「はっ、捉えたノランの斥候から得た情報になりますが、あの大砲と呼ばれているものは銃を大きくしたもので、飛距離が約一リー(約三キロ)あるそうです。当たれば大木をなぎ倒すとか」
「むう、一リーか。山の上に向けてではそこまで飛ばんとは思うが、それでもこちらの銃が届かん距離から一方的に撃たれて砦を破壊されてしまう、か」
「おそらく」
出発前に騎士団上層部が立案した作戦では、とにかく砦を強化して銃を撃ちまくり籠城していれば、冬が来てノラン軍は撤退するだろうということだった。
まぁ、堅実で確実な作戦だ。
けど、大砲は考慮に入っていなかった。アレがあると、籠城しても破られる恐れがある。
まぁ、あるかどうか分からない、性能も分からない兵器への対案なんて考えられないよな。
実際には本当に存在してたわけで、これには現場で臨機応変に対処するしかない。
「むぅ……対策が必要だな。フェイス伯、何か案はあるか?」
「は、私が前線に出て蹴散らすのは……」
「却下だ」
ですよねー。それが一番手っ取り早くて確実で被害が少ないんですけどねー。王国の面子って面倒くさいですねー。
「であれば、こういう細工をしてはいかがでしょうか?」
少し前から考えていた案をふたりに披露する。ジオラマにその案を反映させて理解度を深める。
クリステラのペンの音がカリカリからカカカカッにスピードアップしたのが聞こえる。議事録だからね? 余計なことまで書かないでね?
「いや、これは……可能であればかなり有効でしょうが……」
「ふむ、良かろう。伯よ、やってみせよ」
「はっ、お任せください」
うむ、許可は取れた。あとは実行するだけだ。
では、ちょいとひと暴れしてやるとするか。大丈夫、これも後方支援だから。
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