第349話
東西に伸びる山の稜線が、抉られたかのように凹んだ場所にツリーバッツ砦は建てられていた。丸太を組み上げ、土と岩を盛っただけの簡素な砦だ。急ごしらえならこんなもんか。土魔法使いがいなかったんだろう。
それはそれとして。
「盆地っていうか、台地っていうか、意外と拓けてるんだね」
「おう。話には聞いてたが、こいつは峠って感じじゃねぇな」
砦にある唯一の兵舎っぽい建物に向かって歩きながら、王様と話をする。女性陣はいつも通り、俺たちの後ろについてきている。ウーちゃんは俺の左隣だ。王様とは反対側。
ツリーバッツ砦の周囲は、山の山頂付近とは思えないほど拓けていた。ここだけ山の頂上が削られたみたいに平地が広がっている。その平地の北の端近くに砦は建てられている。
平地の面積は結構広い。ちょっとした町のひとつくらいなら作れそうだ。
これ、自然にできたものじゃないんじゃないかな? 昔の人が魔法で削ったんじゃない?
まぁ、おかげで長い列車を停めることができてありがたいんだけどさ。とはいえ、さすがに真っ直ぐに停めることはできなかったから、蛇行させて長さを稼がせてもらったけど。
乗客全員が降車し、積荷も全て降ろしたら、車両は即消した。邪魔すぎる。
あと、結構寒い。もう秋も終わりだから寒いのは当然だけど、山の上だからか、ここは更に寒い。もう冬の初めの寒さだ。もう少ししたら雪が降りそう。
「この峠を北に降りたところにまた平地がちょっとあってよ、シロクマ共は早ければ明日くらいにそこへ到着する見込みだ。戦闘があるとしたら明後日以降だな」
「ふーん」
「そこからここまでの道は狭い上に、こっちが上を取ってってから、数が少なくてもそうそう不利にはならねぇはずだ。妙な策を使われねぇ限りはな」
「妙な策って、例えば?」
「そうだな……例えば、ジャーキンで開発中だった大砲ってやつだな。銃よりも遠くに飛んで、威力もデカいらしい。アレが持ち出されて完成してっとやべぇな」
「大きい銃だね。対策は?」
「ねぇ。連発はできねぇらしいから、初弾が来たら、次が来るまでに突っ込んで破壊か鹵獲するしかねぇな」
「それ、対策じゃなくて対処だね」
「だから対策はねぇって言っただろうが」
ちょっとキレ気味に王様が言う。
まぁ、現代でも砲弾は、防壁や装甲を厚くして耐えるか、躱すか、外れるのを祈るか、くらいしか無いっていう話だったしな。ミサイルは撃ち落とせても、砲弾は撃ち落とせない。重くて硬くて速いから。
そして、大砲を使う側もそれは分かっているはず。だから、その
今回はおそらく、弾幕を張って近づけさせないっていう戦法だろう。大量に銃を持ってきているらしいから。
もしそれをやられると、道が狭いことは、逆にこちらの不利となる。密集して接近してくるなんて、銃撃のいい的だからな。撃てば当たるんだから。
そのことを王様に指摘すると、
「一応、鉄鋲を打った盾は用意させてる。ダンがチトで使った手だな」
という答えが返ってきた。最低限の対策は考えていたようだ。俺が村長に教えたやつだな。
「でも、それにも対策されてたらどうするの? もう既に知られている方法だから、対策されててもおかしくないよ? 例えば、油を撒かれて近づけなくするとか」
「む……そりゃぁ、お前ぇ……水を被って突っ込むとか、なんとかするしかねぇだろう」
さらなる対策への対策は無いらしい。杜撰だなぁ。
俺が
ふむ。
「ちょっと待ってて」
「お、おい?」
その場から平面に乗って空へと昇る。王様が何か言ってるのを無視して。
おおう、上は更に寒いな。風も強い。周りを平面で囲っておこう。
改めて上空から周囲の地形を確認する。今日は晴れているから、遠くまでよく見える。
ふーん、なるほど。ああ、あそこが王様の言っていた平地か。三キロくらい先だな。
そこへ続く道を辿っていくと、山を降りきったあたり、麓の森との境界あたりに人の群れが見える。あれが
ギリギリまでカメラを飛ばして、撮影した画像を高解像度でレンダリングする。まだまだ小さくて、シロクマ軍の陣容が分からない。
画像を拡大して平面に貼り付けると、ギリギリ様子がわかるようになった。粗いけど。
その平面を持って地上に降りる。
「大砲、あるね。しかも四つ。多分これでしょ? ほら」
拡大されてピクセルの目立つ画像を王様に見せる。
そこにはアームストロング砲のような無骨なフォルムの物体が四つ、台車に載せられて運ばれているのが写っている。粗くて詳細な構造まではわからないけど。
粗い画像を補完して精細化するアップスケールコンバートの機能が欲しいけど、それは3DCGツールじゃなくてグラフィックやムービーを編集するツールの分野だ。
現状でも【平面魔法】は規格外に高性能なんだし、これ以上の贅沢は望むまい。欲しいけど。
本来、大砲は一門二門って数えるんだろうけど、まだこの世界では産まれたばかりだからな。勝手に単位を作るのは良くない。そういうのは学者に任せる。
「四つ!? そりゃやべぇな。ズラして撃てば間断なく弾が飛んでくるってことじゃねぇか!」
「そうかもね。一斉に撃って、一気に砦を破壊するって方法も有りうるよね」
「むぅ、こりゃマジィな……」
王様が足を止めて腕を組み、考え込んでしまった。いや、考えるより、早く兵舎に行こう?
急かすのもどうかと思って待っていると、兵舎の方からひとりの騎士っぽい鎧を着た人が走ってくる。
あれ? あの人、どこかで見たような?
「陛下! ようこそお越しくださいました! 長旅でお疲れでしょうが、事態は急を要します。既に軍議の席を用意しておりますので、こちらへどうぞ!」
そのガタイの良い男が言うと、王様も思考を止めてそちらへ顔を向ける。
「うむ、ご苦労。そうだな、早急に対策を打たねばならん。フェイス伯、同行せよ」
「はっ」
王様が兵舎に向かって再び歩き出す。その後ろを俺、騎士っぽいひと、うちの女性陣の順でついていく。
ウーちゃんは変わらず、俺の左側。周囲を伺いながらも、時々俺の顔を見てくるのが可愛い。
「フェイス伯、ギザンではお世話になりました。今また協力していただけること、感謝しております」
「え? あ、はい」
騎士のひとが小声で話しかけてきた。やっぱ面識があったみたいだ。
ギザン? というと、ノラン復讐旅行の時か?
……あっ! あの時の! デブカッパの時の、第二だか第三だかの騎士団の大隊長さんか!
「えっと、ガッツ大隊長でしたよね? お久しぶりです!」
「覚えていてくださいましたか。光栄です。今はこの通り、この砦の責任者を務めさせてもらっています」
見れば、騎士鎧の胸に描かれた階級章は星が三つに横線が三本、師団長だ。つまり、方面軍のトップ!
すごい! この封建社会で、平民出身のガッツさんが師団長にまで出世している! この上には騎士団長と王様しかいない! 部下であれば貴族の子女にも命令できる立場だ、これはすごい!
これは王様が行った騎士団の改革の成果だな。実力があれば、平民でも騎士団のトップになれるっていう良い前例だ。
「おお、ご出世、おめでとうございます!」
「ありがとうございます。辺境伯にまでなられた閣下には及びませんが。はははっ」
まぁ、俺はね。魔法使いで転生者だしね。
でも、ガッツ師団長は魔法使いでもなければ(多分)転生者でもない平民だ。それでここまで出世したんだから、その実力と運は称賛に値する。
まぁ、それを妬んだ貴族子女からの反発なんかは強そうだ。きっと苦労することも多いだろう。
ああ、それでこのノラン方面の最前線なのか。今、王国と明確に敵対しているのはノランだけだもんな。面倒な戦線を押し付けられたわけだ。
ガッツ師団長が男気溢れる好人物であることは知っている。ギザンでは良くしてもらったからな。
その恩に報いる意味でも、できるだけ協力してあげたいところだけど、今回、俺の活動は後方支援に限定されている。できることはそれほど多くない。
……ふむ。後方支援ってことは、直接戦わなければいいんだよな? 現場環境を整えるのは後方支援に含まれる、よね?
「あ、ビートはんがなんや悪い笑みを浮かべとるで?」
「いつも通りだみゃ」
「ええ、問題ありませんわ」
「そ、そうか? いいのか?」
「うふふ。今回は何をするのかしら?」
「……破壊活動?」
やれることは全部やっておこう! 少年はいつも全力だ!
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