第352話
「なんだこれは!? これでは先に進めぬではないか! パック、どうにかせよ!」
ガキだからしょうがねぇんだが、勇者様の甲高い声はキンキンと耳に障る。
あと少しでツリーバッツの砦を大砲の射程に捉えようという所まできて、突如として現れた石柱群に進軍を遮られちまった。
こんな石柱群、昨日まで無かったはずだ。少なくとも斥候からの報告にはなかったし、事前の調査でも挙がってなかった。
おそらく王国の魔法使いの仕業だな。面倒なことをしてくれるぜ。
侵略軍、いや、討伐軍の大将の勇者様がオレに面倒事を丸投げしてくるのにはもう慣れたけどよ、これは難題だな。
いや、慣れてはいないか。仕方なくこなしているだけだな。
「閣下、この石柱は、おそらく大砲を警戒した王国の魔法使いによる仕業と思われます。見たところ、かなりの広範囲に及んでいるようです。まずは調査致しますので、今しばらく時間をいただきたいと思います」
「うぬぅ〜、小癪な狐どもめ、姑息な手を使いおって! やむを得ん、全軍停止だ! ここに陣を張るぞ!」
王国人には金髪や茶髪が多い。これを揶揄して、ノランでは王国の連中を狐と呼んでいる。エンデの連中は見たままのイヌやネコだ。
まぁ、王国ではノランの連中をシロクマと呼んでるからお互い様だな。
とはいえ、元王国人のオレとしては、ちょいと微妙だ。
あの日、あのガキに嵌められて王国を追われたオレは、名を変え人目を避け、伝手を頼ってジャーキンへと逃げのびた。
仲間だったふたりは捕まって鉱山送りにされたらしい。運が無かったな。
なんとか逃げ切って安堵したのも束の間、その後間もなくジャーキンが戦争に負けて、王国の実質的属国になっちまった。
冒険者ギルドがジャーキン国内に作られて、オレの指名手配の網はジャーキンの国内にまで広がっちまった。オレはまた逃げ出す羽目になっちまった。
次に選んだ逃亡先がここ、ノランだった。こんな寒いところに来たくはなかったが、もう他に逃げ場はなかった。
直ぐ傍に控えていた従者に小声で話しかける。
「(旦那、なんとかなりそうかい?)」
「(できなくはないが、少々時間がかかりそうだ。できるだけ引き延ばせ)」
「(だよな。分かった、なんとかしよう)」
しばらくはジャーキンの闇ギルドで後ろ暗い仕事をして食いつないでいたオレに、唐突に転機がやってきた。
それがこいつ、ジャーキンの元左大臣だ。こいつもジャーキンを追われてノランへ逃げてきたらしい。
ジャーキンは以前からノランの貴族共に手を伸ばしていたらしく、その差配をしていたのがこの元左大臣だった。
俺が世話になっていた闇ギルドにも伝手があったらしく、その関係で俺とも繋がりができた。
そこからはあっという間だった。
幹部のひとりと手を組んで闇ギルドを乗っ取り、当主が行方不明になっていたノラン三宗家のうちふたつを完全に潰し、残ったひとつの家の幼い当主を新たな国家元首に祭り上げ、内乱を闇ギルドの力で押さえつけて、新生ノラン共和国を立ち上げた。
俺は内乱で潰れた弱小貴族の次男坊っていう偽の身分をでっち上げて、新たな国家元首様の側近に潜り込んだ。今やノランの首席将官、パック=ゴードン様だ。
一方で、元左大臣の旦那はオレの側仕えっていう地味な役どころを選んだ。何でも、裏で自由に動ける目立たない立場のほうが都合がいいんだそうだ。
ようやく運気が上がってきた。その時は思ったもんだ。
けど、ようやく手に入れたノランの国庫はスッカラカンだった。バカ貴族共が全部持ち出してやがった。これじゃオレが贅沢ができねぇじゃねぇか!
ようやく落ち着いたとはいえ、荒れた国内から税は取れねぇ。取れば反乱が起きる。
となれば、外から取るしかねぇ。戦争だ。
つっても、ジャーキンとエンデは戦争で荒れてて取れるもんがねぇ。対象は王国しかなかった。
戦争には大義名分が要る。ただの侵略戦争だと、他の国にもノランを攻める口実を与えることになっちまうからな。
幸いと言っていいかどうか、ノランは昔から王国に対して『魔王討伐』という大義名分を使ってきた歴史があった。今回もそいつを使わせてもらうことにした。
これも幸いと言っていいかどうか、今王国には本当に化け物並の魔法使いが、あのクソガキがいるからな。魔王はアイツってことにすれば一応の体裁は整う。
こいつはその時に知ったんだが、オレだけじゃなく、元左大臣の旦那も闇ギルドの幹部、今は頭目になってる旦那も、あの灰色頭のクソガキとは因縁があったらしい。
オレは運命なんて信じちゃいないが、この時ばかりはソレを感じたね。神様ってやつが、あのガキを殺せって命じてるってな。
ともあれ、奴を魔王に仕立て上げ、国家元首様をおだてて勇者に祭り上げて、王国侵攻の大義名分は整えた。
金は無かったが、元左大臣の旦那の差配で武器はなんとか集まった。ジャーキンで開発中だったっていう大砲もある。
兵は徴用すればいい。兵糧だけが少し心配だったが、道々、王国の村や街から奪えばいい。
戦争の準備は整った。
いくら強い魔法使いといっても、一万の軍勢には敵わねぇだろう。あのクソガキをぶっ殺して、王国から金と女を掻っ攫う。最高じゃねぇか!
てな感じで意気揚々とカガーンから出向いてきたっていうのによ。こんなところで足止めとはついてねぇな。
まぁ、岩のほうは旦那がなんとかしてくれるだろう。オレはせいぜい勇者様のご機嫌とりしながら時間を稼ぐとするか。
◇
「敵襲! 敵襲ーっ!」
陣を張って初日の明け方、突然の叫び声で起こされた。
敵襲? 何処からだ? クソ、寝起きでまだ頭が回らねぇ!
手早く武装を整えて天幕から出、陣の様子を確認する。
北側の空が赤い!? 火を点けられたのか!
不味い、北側には武器弾薬と兵糧がまとめてある! アレを焼かれたら進軍に差し支える!
「被害は!? 敵の規模は!?」
走り回っている兵のひとりを捕まえて情報を聞く!
「はっ、敵の数は不明! 夜番と応援に駆けつけた十数名が負傷または死亡! 敵は武器の天幕に火を放って逃走した模様! ただいま総員で消火にあたっております!」
ちっ、やっぱりか! ここから水場までは少し距離がある。火を消すには時間が……
ドォーンッ!!
うおっ!? 何かが爆発しやがった!
いててっ! 飛び散った小石や何かの瓦礫が降ってくる! って、こりゃ銃の弾か!
っ! 爆発したのは虎の子の大砲用爆裂弾か! アレは城壁破壊の切り札だったのによ! クソッ!
「パック」
「うおっ!? なんだ、旦那か。無事だったみてぇだな」
突然背後から声を掛けられて驚いちまったぜ。旦那は気配を隠すのが巧すぎて怖ぇ。
「王国兵は山肌に隧道を掘って回り込んだらしい。追ったが、途中で崩されて逃げ切られた」
「ちっ、あの石柱で足止めして、夜襲で武器を焼く。全部計算済みだったってわけか。くそっ、やられた!」
地面に転がった弾のひとつを蹴り飛ばす。銃が焼かれちまったら、もうこんなもの、何の役にも立ちやしねぇ!
「火勢が強い。お前は
「わかった。旦那は?」
「手のものを使って周辺を警戒する。他にも隧道が掘られているかもしれんからな」
「了解した。落ち着いたら合流してくれ」
短いやりとりをして旦那と別れ、オレは勇者様のお守りへと向かった。
はぁ。きっとまた、あのキンキン声で喚いてるんだろうな。憂鬱だぜ。
ふと足元を見ると、銃の弾がふたつ転がっていた。
これ、耳栓代わりにならねぇかな?
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