第003話

 ちょっとだけね、出たの。ちっちゃい方がちょっとだけ。母親がササっと、泣きもしなかったのに、すぐ気づいて替えてくれた。母の愛だな!


 で、父親はというと、俺がおむつを替えられてる間にバタバタと出て行った。おむつ替えてる間、母親は無言だった。心中、お察しします。

 母親は汚れたおむつを持ってドアの向こうへ消えたけど、何やらガタガタと物音がするから、家の中には居るみたいだ。おむつを洗ってくれているのか、それとも魔物を警戒して何か対策をしているのか。どっちにしろ、大変な世界みたいだ。



 それからしばらくして、父親は怪我もなく笑顔で帰ってきた。ズボンの裾に付いてた黒い染みは返り血のようだ。こわっ!

 母親は父親の首に抱き着いて泣いてた。愛されてるね。イケメンはやっぱり得だな!



 そんなわけで、夜になった。父親と母親は隣の部屋で寝ている。俺の位置からは見えないけど、丁度頭の向こうにドアがあって、その向こうが両親の寝室みたいだ。やはり電灯は無いらしく、日が暮れたらすぐ寝室に向かっていた。


 俺はひとりでボーっと起きてる。父親が帰って来るまで寝ていたから、眠くならないのだ。


 しかし、魔物か……。まさか、自分がラノベの主人公の様な状況に置かれるとはね。異世界転生なんてホントにあるんだな。

 いや、まだ異世界と決まったわけではないか。『突然変異で凶暴化した野生動物を魔物と呼んでいる』可能性もある。天変地異のときに世界中の原子炉が爆発してその放射能の影響で……なんて、B級映画なら有り得そうだ。

 ん? 別にどっちでも変わらないのか? どうやら文明は中世レベルっぽいし、凶暴な野生動物でも本物の魔物でも大差無い。

 いや、やはり違いは大きい! 魔法だ! これが在ると無いでは雲泥の差だ。もちろん自分が使える事が大前提だけどな。使えない魔法なんて無いも同じ。絵に描いた餅。


 ラノベでは、魔法を使うのに大きく分けて三つのパターンがあったな。周囲の魔力を感じて操作するタイプと、自身の体内にある魔力を練り上げて放出するタイプ、魔力を感じるとか関係なく呪文で発動するタイプ。

 よし、早速試してみよう。もし魔法が使えるなら異世界、使えないなら……どっちでもいい世界。魔法が使えなくて自分の腕っ節一つで生きるってことなら、未来だろうが異世界だろうが関係ないもんな。


 よし、先ずは周囲の魔力を操作する方から。呪文の奴は、そもそも呪文を知らないから出来ない。まだ喋れないし。

 周囲にある、目に見えない力を探す。目を閉じ、静かに周囲を探る。集中、集中……。

……。

……。

……はっ!、ちゃうねん、夢工房に素材取りに行ってただけやねん!

……。

 窓から入ってくる土の匂いは感じられた。あと、草の匂い。

 うん、何も感じられなかったな。

 え? 寝てないよ? ちゃんと集中してたよ? ホンマホンマ、マジでマジで。

 ……眠くないのに寝れるって、赤ちゃんすげぇな。



 では、次は自分の体内魔力の方だ。また目を閉じて、とりあえず下腹辺りを意識する。丹田と言われているところだな。中国拳法とかでおなじみの臍下三寸。根拠はないけど、魔力だったらここかなって。

……。

……。

 お? なんか感じる……ような気がする? 炬燵のヒーターみたいな、ほんわかあったかいような、何か。

 おいおい、マジか! これ、いけるんちゃう!? 魔力ちゃう!? 俺、魔法使いになれるんちゃう!?

 あっ、興奮してたら見失ってしまった。一眼レフのピントがボケた、そんな感じ。集中力が切れたからか?


 よし、もう一回やってみよう。

 今度はゆっくり、落ち着いて……丹田の辺りに集中して……やっぱり感じる。今度はさっきより、はっきり分かる。

 あったかい塊はゆっくり渦を巻く様に蠢いている。イメージとしては球体、某忍者漫画の螺旋○みたいな感じかな?

 ふむ、ならばこれを両手で包んで、その掌から何かを放出し、渦巻きを加速させるようなイメージを……。

 おおう、凄いスピードで何かを放出しはじめた!? これが魔力ってやつか? すげぇ!

 おっと、ここで興奮するとさっきの二の舞だ。落ち着け、俺。

 放出されたナニカを、イメージの両手で紐の様に纏める。これを……どうしよう?

 とりあえず、右手の人差し指まで繋げるか。それで、えーっと、ああ、ここから先のこと考えてなかった!

 どうしよう、テンプレ通り火の魔法? いやいや、それは危ない。火事になったら洒落にならん。水? 土? 風? 何がいいかわからん! とにかく何かを出す!


 出ろ!!


 あ、ナニカが指先から放出される感じがする?



 ……特に何も、音は聞こえなかったな。発動失敗か? 確かに、何かを出すって、そりゃ無茶振りだ。

 閉じていた目をゆっくり開けて周囲を窺うと……板? 正方形で厚みの無い、一辺五センチくらいのグレーの板が目の前に浮いている。


 なにこれ? ○キュラ?


 とりあえず触ってみると、ゆっくり回転を始めた。やっぱりバキュ○か? 二百五十六回突くと消える?

 ツンツンといじっていると、触る度に回転が変わる。回転を止めようと思って両手で掴むと、粉々になって消えてしまった。欠片は蒸発するように空気に溶けてしまい、後には何も残っていない。

 今の、俺が出した魔法か?

 よし、もう一回やってみよう。今度は目を開けたままで。さっきの感覚はまだ覚えてるから、それをもう一回繰り返すだけだ。

 包んで、回して、纏めて、繋げて、今度はさっきの板をイメージしつつ放出する。

 と、まるでモニターにウィンドウが開くように、何の予兆もエフェクトなく、目の前にさっきの板が現れた。


 うおおおぉぉぉっ!?

 これ魔法やん? 魔法ktkr!! 俺、魔法使いになりました!

 ひゃっほーっ! 俺、大興奮! 思わず脱糞!


 あ……やっちゃった。おかあちゃ~ん!



 母親は目をシパシパさせながらキレイキレイしてくれた。ごめん。ついでって訳じゃないけど授乳もしてもらって、母親は再び寝室へと戻っていった。


 さて、腹も膨れたし、もう一度検証だ。おむつ替えてもらってる間に、頭も冷えたしな。

 さっきのバ○ュラは母親を呼ぶ前に消した(消えろって念じたらあっさり消えた)から、もう一回作り出す。問題なく作り出せたけど、この板……どこかで見た気が? いや、バキュ○じゃなくて○Tフィールドとかでもなくて、もっと別の何か……。

 ああ、あれだ、『プレーン』だ! 3DCGツールのプリミティブ(基本図形)のひとつで、四角い平面。分割、変形して地形を作ったりするやつ。

 とか考えてたら、○キュラを等分するように線が十字に走った。あれ、マジで?

 板の端や分割線の交点、3DCGでは頂点とかポイントとか言われる部分を移動させるよう念じてみると、その点が動いて変形する。これは本格的にプレーンっぽいな。

 強度は大したことないみたいで、両手で掴んでちょっと力を入れると砕けて消えてしまった。

 もしかしたら他のプリミティブも出来るかも? ということで、色々作ってみる。

 立方体のキューブ、球のスフィア、円柱のシリンダー、ドーナツ状のトーラスやパイプ状のチューブも作れるみたいだ。で、正多面体を作ろうと思って正十二面体を作ってると、急に睡魔が襲ってきた。ホントに、何の脈絡もなく。


 ああ、もしかして、これが魔力切れってやつか?

 俺は気を失うように眠りに落ちていった。

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