第146話

 快晴だった空にポツンと生まれた小さな黒い雲は徐々にその厚みと大きさを増し、やがて街の上空を覆いつくすほどに成長した。

 陽の光を遮り、ゆっくりと渦を巻き始めた怪しい雲を、城塞都市ビフロントの住民たちが不安げな顔で見上げる。


≪なんか、嫌な雲だな……≫

≪お、おい! 見ろっ、アレ!!≫

≪なんだアレはっ!?≫

≪こっちに来るぞ!? ヤバい、逃げろ!≫


 渦を巻く黒い雲の中心を打ち抜き、何かが街に向かって落ちてくる。空気を切り裂く甲高い落下音を纏ったそれが、ビフロントの中核である港へと轟音を上げて落下する。衝撃と大波が、錨や舫い綱など無意味と言わんばかりに、港に泊まっていた大小の船舶をことごとく押し流し、あるいは水底へと運んでいく。港で働いていた人々も何人かは大波に攫われ、引き波と共に河口へと流されていく。


≪なんだっ!? いったい何が起こったんだ!?≫

≪な、なんだアレ!? 港に何かいるぞ!!≫


 おそらくは水兵であろう。濡れネズミになりながらも辛うじて波に流されずに留まった男のひとりが、港の中央付近を指差す。

 着地の衝撃を逃がすように曲げていた膝をゆっくりと伸ばし、傾けていた体を徐々に起こしてソレ・・が立ち上がる。水に濡れた体表は、波の照り返しを反射して黒鉄色こくてつしょくに鈍く輝いている。


≪で、でけぇ!≫

≪ゴーレム!? いや、リビングアーマーか!≫

≪ま、魔物だぁっ! 早く領主様にお知らせしろっ!≫


 それは直線で構成された武骨な鎧を身に纏った、巨大な騎士だった。全長は二十メートルを超えるだろう。腰から下は水中に沈んでいるものの、水上に出ている上半身だけでも三階建ての建物くらいの高さがある。

 虫の羽ばたきのようなブーンという低い音を立て、暗く沈んでいたその巨大騎士の目が青い光を放つ。そして、


≪我は偉大なる月面ムーンゲート帝国エンパイア代紋エムブレム騎士団フラグメントが一片なり! 世に帝国は我らが至高の一国のみ! 愚かしくも帝国を僭称する恥知らず共よ、驕り高ぶったその傲慢に我が鉄の裁きを与えん! 太陽が地に接するまでの猶予を与える! 屈服か破滅か! 選ぶがよい!!≫


 大音量のしゃがれた声が街に響き渡る。

 水を打ったような(実際、港周辺は水浸しになっている)静寂の後、街の各所から一斉に混乱した悲鳴や怒声があふれ出した。


 ふふふ、決まった! モニター平面の向こうは、いい感じでパニックになっている。

 登場シーンを終えた俺はマイク平面を消し、座席へと深く体を沈める。次のシーンまで、しばしの休憩だ。


「いやぁ、毎度毎度、ようこんなん思いつくなぁ? リビングアーマーもゴーレムも見たことないんやろ?」

「ビート様ならこの程度は朝飯前ですわ! なにしろビート様ですもの!」

「ビートは昔からよく騎士やゴーレムの絵を描いてたわ! 時々人形も作ってたわよ!」


 座席の後ろがうるさい。

 ここは俺が作ったリビングアーマー、いや、巨大ロボの中だ。見る人が見れば『電脳戦機』という名前が思い浮かぶだろう。ぶっちゃけ、色は黒鉄色だけどデザインはテ〇ジンだ。好きなゲームだったから仕方がない。

 胸にあたる場所の内部に操縦席っぽい俺の座席があり、その後ろに三人掛けのベンチが三段、雛壇のように高さを変えてしつらえられている。

 そこではジャスミン姉ちゃんを含めた皆が腰掛けて、モニター平面を見ながらくつろいでいる。最前列がクリステラ、ジャスミン姉ちゃん、キッカ。中段列がデイジー、ルカ、サマンサで、アーニャはひとり最後列で寝ている。ウーちゃんは指定席(?)である俺の足元右側だ。

 着地の衝撃は重力フィールドで中和した。今回は完全に外界と切り離してあるため、フィールド内部では常に下向き一Gの重力が働いている。どんなに激しい運動をしても衝撃や振動が伝わってくることはない。たとえこの巨大ロボが逆立ちしても、紅茶の一滴すら零れない。英式戦車道を極めたぜ。


 確保したジャスミン姉ちゃんを王都の学園へ送り届けたら村長からの依頼は完了なんだけど、俺たちにはもうひとつジャーキンに来た目的がある。それは皇太子クロイツへの報復だ。クリステラとキッカが奴隷へと身を落とす原因になった皇太子に、一発ヤキを入れてやるのだ。

 『帝都に直行』からの『殴り飛ばし』で終わりでもいいんだけど、それだけではきっと皇太子は反省しない。ケガから回復したら再び侵略活動を再開するだろう。そしてまた、被害者が生まれることになる。

 赤の他人がどうなろうと知ったことではないけど、身内や知り合いに被害が出るのは看過できない。

 実際、既に知り合いである冒険者のアンナさん達や商人のビンセントさんが被害に遭っている。何度も繰り返されては堪らない。

 なので、もう戦争が出来ないくらい徹底的に報復することにした。具体的には、王国方面にあるジャーキンの軍事拠点を片っ端から、復旧不可能なくらいにまで破壊してしまうつもりだ。戦争したくても出来なくしてやる。

 そうすると、保護対象であるジャスミン姉ちゃんを危険な破壊工作に連れ回すことになるけど、当の本人は、


『いいわよ! っていうか、アタシもそのためにここまで来たんだし! 連れて行かなかったら、皇太子の代わりにアンタをぶっ飛ばすわよ!』


というわけで、一緒に行動することになった。目が届く分、一緒に居た方が心配事は少なくて済むし、ここら辺が落としどころだろう。ぶっ飛ばされたくないし。


 ジャスミン姉ちゃんは届け出なしで国外へ、それも交戦中の敵国へきてるから、国に知られたら重い処罰が待っている。おそらくは村長も連帯責任で処罰される。下手をしたら極刑もあり得る。貴族が国に無断で出国するというのは、王国ではそれくらいの大罪だ。

 一方の俺たちはというと、出国に関しては、依頼のためにその可能性があると届け出ているので問題ない。

 しかし、交戦中とはいえ、一国の皇太子に害を為そうとしている。というか、為す。これは処罰の対象になるだろう。国としての方針を確かめず、独断で行動したという罪で。


 お互い、国に知られてはマズイ。もっとも穏便な事の収め方は『何もなかった事にする』だ。辻褄を合わせて、ジャーキンに居なかったことにすればいい。

 今回、正体を隠して架空の帝国をでっち上げたのは、そういう意図があってのことだ。決して厨二的嗜好ではない。多少の趣味が入っていることは否定しないけど。


 パパパンッ! カキキンッ!


 雑談しつつまったりしていると、ビフロント側に動きがあった。

 連続した破裂音は、港の堤防に並んだ兵士たちの銃撃によるものだろう。金属音は、その銃弾が平面に当たって弾き返された音だ。まだ日の入りまでは二時間くらいありそうだけど、どうやらビフロントの領主は抗戦を選んだらしい。


 パパパパンッ! カキキキンッ!


 再びの銃撃。しかし、やはり銃弾は平面に跳ね返され、虚しく海中へと消えていく。その程度の攻撃では俺の平面は貫けない。


「思ったより早かったね。もっと時間が掛かるかと思ってた」

「返答も無しでいきなり攻撃とは、なんて無礼な連中ですの! こちらは礼を尽くして猶予まで与えているというのに!」

「多分だけど、合理主義ってやつじゃないかな。先手必勝とか先制攻撃とか、そういう感じの」


 真面目なクリステラが憤慨している。どうやら、戦国時代以前の日本みたいな戦場の作法が、この世界にもあるらしい。戦場のマナーだな。

 合理主義の思想は例の皇太子が広めたのかもしれないな。確かに、初手で相手の兵力を減らしておけば、その後の味方の被害を少なくできる。勢いにも乗れるだろう。

 けど、それはかつて俺が生きてた現代の地球であればの話だ。この世界にはこの世界のルールというか、マナーがある。

 マナーはルールと違って、守らなくても罰則があるわけじゃない。罰金も禁錮刑も免許点数の減点もない。

 けど、それを守らないのは、とてもカッコ悪い。心根こころねの貧しさを曝け出しているようなものだ。

 マナーを守ることは、自分の美意識を守ることでもある。美学とも言う。残念ながら、現代日本ではそれを堅苦しいといって忌避する風潮があったりもしたんだけど……それをこの世界に持ち込むのは勘弁してもらいたいなぁ。だって、カッコ悪いじゃん。


「ま、向こうのやり方に付き合う必要はないよ。こっちはこっちで、カッコ良く行こう!」

「そうですわね! さすがですわ、ビート様!」


 こんな会話をしている間にも、パンパンカンカンと銃弾が撃ち込まれている。

 そして、こんな状況でもアーニャは寝たまま。ウーちゃんも丸くなっていて、うるさそうに耳をパタパタさせている。

 大物なのか、危機感が無いのか。いや、俺を信頼しているのだと思いたい。だよね?


≪貴様等の返答、しかと受け取った! よろしい、ならば戦争だ! おのが愚かしさを思い知るがよい!!≫


 なんちゃってボイスチェンジャー付きのマイク平面で、ビフロントの街へ戦闘開始を宣言する。そして、巨大ロボの左手を天へ向かって突き上げる。


「坊ちゃん、あの左手の巻貝みたいなのはなんだい?」

「男の浪漫だ!」


 言い切った! 即答で!

 そう、この巨大ロボの左手首から先には、男の夢と希望の象徴である『ドリル』が装着されているのだ! 決して貝でもタケノコでもない!

 パイルバンカーとどっちにするか悩んだけど、やはり基本にして究極であるドリルは外せなかった。後悔はない! 俺のドリルは天を衝く!!


 巨大ロボが右足を踏み出し左腕を大きく引くと、その左手のドリルが高速回転を始める。出来ればここでギアが軋む『ギュイィーンッ!』という音が欲しかったけど、平面魔法製のドリルの回転はあまりに滑らか過ぎて『フィーン』という音しか出ない。ちょっと物足りないけど仕方がない。


≪征くぞ、ギガンティック・ドリル・ファントム!!≫


 十分に溜めた後に、勢いよく左腕を突き出す。左ストレートだ。突き出された左手首のドリルが、腕から外れ猛スピードで飛んで行く。


 すなわち、ドリルのロケットパンチである!

 これほどまでに男の浪漫を詰め込んだ技が他にあるだろうか!?

 いや、ない!!


 ちなみに、右手にもドリルは装着できるし、ロケットパンチにもできる。その場合は『ギガンティック・ドリル・マグナム』という技名に変わる。右はマグナム、左はファントム。日本伝統の車田式命名規則に則ってみた。


 通過時の爆風で兵士たちを、そしてその進路上の建物や兵士たちを吹き飛ばしながら、ドリルがビフロントの城へと迫る。

 放たれたドリルが一キロほど離れたその城まで到達するのに要した時間は、僅かに数秒。ギリギリ音速を越えない程度の速度で飛翔したドリルは城の外壁へと到達。その勢いを弱めることなく石造りの壁を貫通し、城の内部を破壊の嵐に巻き込みながら反対側へと抜けた。

 一拍の後、まるでボーリングのピンが弾けるかのようにビフロントの城が砕け散る。ナイスストライク!


「……デタラメやな」

「すっごーい! 見た? お城が破裂したわよ!」

「さすがですわ! ビート様の前では、鉄壁の城塞も藁の小屋同然ですわね!」

「アタイ、今ならドラゴンでも可愛いと思えるぜ」

「あらあら、ビート様も可愛いわよ?」

「……災害指定」


 むふぅ。皆もロケットパンチの威力には度肝を抜かれたようだ。そうだろうそうだろう、これぞ巨大ロボの真骨頂! こいつぁスゴイぜ!!


≪うわあぁあぁ……あぁ?≫

≪な、なんだこれは!? 宙に浮いている?≫

≪ぐっ、硬ぇっ! 見えない箱に閉じ込められちまった!?≫


 弾き飛ばされた兵士たち、そして城に居た大勢の人々が、不可視の箱に入れられ、瓦礫となった城跡に積み上げられていく。もちろん、俺の平面魔法によるものだ。あとで解放してあげるから、しばらくそこで待ってなさい。


 今回の目的は、戦争できないくらいに拠点を破壊する事であって、虐殺ではない。だから、可能な限り人的被害は押さえてある。

 とはいえ、それは全き人道的見地からの行為というわけでもない。むしろ、より悪辣な意図があってのことだ。


 虐殺すればジャーキンの戦力を減らすことが出来る。しかし、それは一時的なものでしかない。時間をかければ回復することの出来るリソースだ。徴兵でもすれば、それほど時間もかからず元に戻せるかもしれない。その程度のことでしかない。

 しかし、街を破壊しつくした上で住民を生かしておいた場合は違う。寝る場所も食べるものもなく、魔物から守ってくれる城壁も無いとなると、必然的に住民たちは他の場所へ移動せざるを得なくなる。

 ここから東はいつ戦端が開かれるか分からない前線だし、南は海で北は魔物の出る山林だ。残された移動先は西、つまり帝都方面しかない。

 しかし、俺たちは住民が移動するより速く西へ向かい、ジャーキンの主要な街を全て破壊していくつもりだ。逃げ込む場所はない。それどころか、更に多くの避難民が生まれることになる。

 量産された避難民の多くは帝都へと向かうだろう。そして避難民の流入した帝都の治安は悪化し、食料を始めとする様々な物資の価格が高騰、国力は低下する。

 戦争に必要なリソースを、避難民たちは長期にわたって食いつぶしてくれるというわけだ。

 また、元から帝都に住んでいた民衆は政府への不満を溜め、移動してきた避難民たちも無力な政府に失望することになるだろう。反政府思想への土壌が形成されることになる。内乱が起こっても不思議じゃない。そうなれば戦争なんてしてる場合じゃなくなる。当初の目的の達成だ。


 そこまで考えての住民救出だ。普段なら兵士には『戦って死ね』と言うところだけど、今回は彼らにも避難民になってもらわなければならないから、敢えて『生きろ』と言っておく。

 こっそり平面を使って、波に流された連中も既に岸へ押し上げてある。溺れなくて良かったね。それが幸せかどうかは知らないけど。けけけっ。


「この旅が始まってから、坊ちゃんは黒い笑顔を作る事が多くなったよな?」

「そう? 昔からこんな感じだったわよ?」

「白でも黒でも、ビート様が楽しいのであれば問題ありませんわ!」

「うふふ、そうですね。男の子はやんちゃなくらいが可愛いです」

「やんちゃってレベルとちゃうけどな」

「……破壊神を名乗っていいレベル」


 皆の評価はさておき、さっさと街を瓦礫の山に変えて西へ向かうぞ。

 ゴーゴーウエスト! ニンニキニン!

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