第074話

「パンパンという破裂音が聞こえたと思ったら腹に穴が開いていてな。ヤバいと思って咄嗟に腕で頭を庇ったら、これが右肩に喰い込んでいた」


 村長はベッドに横になったまま、上半身だけを起こして俺にそれを差し出した。


 宿屋の一番上等と思われる最上階のスイートだ。ベッドもクッションが効いていて柔らかそうに見える。流石司令官、待遇がいい。


 俺たちが昨日泊まった宿は、シーツこそ綺麗に洗ってあったものの、硬い板張りのベッドで、窓枠も少々歪んでいた。夜中に吹き込む隙間風も強く、その寒さに耐えきれなかったアーニャが俺のベッドに潜り込んでくる一幕もあった。俺も暖かかったからいいけど。


 そのスイートの中には、俺とアーニャ、村長の外には誰も居ない。護衛の兵士が三人詰めていたんだけど、村長が『オレの子飼いだ。危険は全くない』と言って追い出してしまった。そこまで信用してもらえているというのは、なにやら嬉しいような恥ずかしいような。

 追い出された兵士たちは、気配察知によると入り口付近でウロウロしているようだ。使命感と言うか責任感と言うか、とにかくやる気はある様でなによりだ。単に職務放棄による懲罰が怖いだけかもしれないけど。


 村長の差し出したそれは、やや変形してはいるものの、元は球形であった事が分かる。材質は重さと鈍色の見た目から、おそらく鉛だろう。

 つまり、銃弾だ。それも原始的な火縄銃っぽいの。

 こりゃあ、ちょっと嫌な感じだな。


「おそらく鉛だと思うんだけど、お前はどう思う?」

「……うん、僕もそう思う。破裂音ってことは、何かを破裂させた勢いでこれを飛ばしたんだろうね。多分、吹き矢みたいなものだと思う」


 村長の問いかけに、明確な答えは避けて意見を言う。多分銃で間違いないんだけど、その意味するところを考えると、あまりはっきりとは答えられない。


 これが鉛ではなく、鉄球や青銅球であったなら問題は無かった。あるいは、球ではなく針状であったなら。そうであれば、この世界でしかるべき技術の発展を経て誕生したのだろうと考える事ができた。

 針状と言うのは吹き矢の基本的な形であり、鉄や青銅というのはこの世界ではありふれた素材だ。そして鉛より硬い。

 正当な進化をしたのなら、柔らかい鉛よりも硬い鉄や青銅を素材にするはずなのだ。普通はその方が威力があると考える。

 それに、この世界では鉛は一般的ではない。存在は知られているけどその毒性も知られており、世間に出回る金属ではない。彫金などで偶に使われるくらいだ。


 その鉛を銃弾に使う理由、それは『変形する方が殺傷力が高い』という事を知っているか、あるいは『普通、銃弾と言ったら鉛玉でしょう』という思い込みを持っているという事だ。つまり、この世界に無いはずの銃の知識を持っているという事。


 それは俺以外の転生者、あるいは転移者の存在を示唆している。


 その事について話してしまうと、俺の事についても話さざるを得なくなる。村長なら平気だとは思うけど、何処から秘密が漏れるか分からない以上、秘密は秘密のままであった方がいい。

 もしバレてしまったら、高い確率で国や貴族に拘束される。そして、持っている知識全てを吐き出させられるだろう。拷問もされるかもしれない。封建社会なら十分あり得る話だ。大人しく捕まってやるつもりはないけど。


「ふむ、吹き矢か、なるほど。吹き筒は鉄か青銅なのだろうな。それで球を風か火の魔道具で飛ばしているわけか。鉛の球なのは……毒か。もし生き残ってもジワジワ苦しめられるというわけだな。ふん、小賢しい事だ」


 村長が吐き捨てるように言う。

 まぁ、鉛についてはそういう側面が無いわけでもない。実際、戦時中に食らった弾の鉛中毒で長い間苦しんだお年寄りの話も聞いた事がある。ただ、もしそれが目的なら毒の弾でいいとは思うけど。


「とは言え、正直これに対処する方法が思い浮かばん。こちらの矢が届くより遠くから飛んでくるしな。盾でもってごり押しをしようにも、木の盾では貫通してくるし鉄の盾は数が足りん。補給を頼んではいるけど、届くまで持ちこたえられるかどうか……正直八方塞がりだ。ビート、いい知恵はないか?」


 珍しく饒舌な村長だけど、それだけ追い詰められているのだろう。顔色の悪さも出血のせいだけではあるまい。俺で助けになるなら、無い知恵を絞ってみましょうかね。


「うーん、木の盾でも多少はなんとかできると思うよ。真っ直ぐ構えて受け止めるんじゃなくてさ、斜めにして弾くんだよ。身体も低く構えてね」


「っ! なるほど! 矢じりなら食い込むだろうが、丸い球なら弾けるか!」


 斜めにすることで疑似的に盾の厚みを増すって効果もある。傾斜装甲の理論だな。まぁ、これは別に言わなくてもいいだろう。


「あとは、真っ直ぐ飛ばすだけの魔道具みたいだから、左右に細かく動けば狙いが逸らせるんじゃないかな?」


「ふむ。とすると、騎兵よりも小回りの利く歩兵の方が良さそうだな。密集させずにある程度バラけさせるのも効果的かもしれん。……狙いを付けさせないという事なら、夜戦もアリだな。装備を黒く塗って夜闇に潜ませるか」


 流石村長、すぐにこちらの言いたい事を察してくれる。

 まぁ、人生経験は俺より長いし、戦場へ立つのもこれが初めてじゃないって話だしな。俺が居なくてもなんとかなったんじゃない?


「でも、一番確実なのはその魔道具を使えなくするか、分捕ってくることだよね。もし良かったら行ってくるけど?」

「むう……正直、子供に戦争の片棒を担がせるのは気が乗らんのだが……かと言って、無駄に血を流すのもな。すまんが、頼まれてくれるか?」

「うん、頼まれた!」


 そういう事になった。さっさと終わらせて王都に戻りたいしな。出がけのクリステラの表情も気になる。


「それにしても、良く今まで持ちこたえられたね。こんなに強力な魔道具があるなら、あっという間に蹴散らされちゃいそうだけど」

「それについてはオレも疑問なんだが……どうやらあちらは持久戦に持ち込む算段のようだ。積極的に攻めて来ん」


 はぁ? 侵略してきておいて持久戦? なんだそりゃ?

 普通は『侵略する事火の如し』ってなもんで、攻め手側は早期決着を図るもんじゃないの?

 聞くと、向こうは塹壕を掘って馬防柵を並べ、完全に待ちの姿勢だそうだ。確かに銃を用いるには有効な戦術だけど、それじゃ何のために攻めて来たのかって話だ。


「増援を待ってる? 今でも圧倒的なのに? 確実に勝てるタイミングを計っている? でも戦力は十分だし……もしかして、戦う気がないとか? いやいや、それこそ何のために攻めて来たのかって話だな」

「ふむ、お前でもわからんか。しかし、相手の意図が分からなくともここを守り通さねばならん事に変わりはない。数日中には王都から増援が来るはずだしな。そうなれば押し返す事もできよう」

「……そうだね。分からないなら知ってる人に教えて貰えばいいし」


 確かに、情報が足りないのに考えすぎても仕方がない。下手の考え休むに似たりだ。

 情報が足りないなら取ってくればいいだけの話。銃をかっぱらうついでに、将校のひとりふたり攫って来よう。それで解決だ。


「……派手にやりすぎんようにな」


 村長が何かを諦めたような顔で、ため息まじりにこぼした。心外だな、俺はいつも自重してるのに……してるつもりなのに……してたかな? ……うん、してないな。心当たりありまくりだった。


「とにかく行ってくるよ。期待して待ってて!」

「ビート、ちょっと待て!」


 俺が入り口のドアへ向かおうとすると、村長に呼び止められた。まだ何かあるのか?


「そいつをちゃんと連れて帰ってやれ」


 そう言って村長が指差した先には、ソファの上で気持ち良さそうに寝ているアーニャが居た。静かだと思ったら……まぁ、ネコだしな。



 最前線はチトの街から南南西に約十キロ先、塩の谷が終わった辺りだ。そこから更に一キロ程進んだ所にジャーキン軍が陣を張っている。総数は約六千人。意外に少ないな。

 何割かは輜重隊などの後方支援部隊だという事を考えると、実戦力はもっと少ないだろう。それでも攻撃力は王国軍を圧倒しているのだから、やはり銃の存在は大きい。

 一方、王国軍は約一万人。兵力は大きく上回っているけど、戦況はその銃のせいで芳しくない。攻めても一方的に兵力を削られるだけなので、防御に徹するしかない状況だ。

 つまり、戦局は膠着している。


 そんな奇妙な平穏の中にある最前線を眼下に見ながら、俺はスカイウォークでジャーキン軍の陣地へと向かう。

 空には塹壕も馬防柵も無く、遮るものは何もない。あるのは自由だけだ。うむ、良い事言った、俺。


 アーニャは宿に置いて来た。潜入ミッションならネコ系獣人のアーニャにはうってつけだけど、如何せん、まだ昼間だ。太陽は中天を過ぎたばかりで影は短く、姿を隠せる暗がりは少ない。いくら優秀な斥候と言えど、この時間帯の潜入は非常な困難を伴う。普通なら。

 空からの潜入という普通じゃない手段を持っている俺は、そんな困難など全無視だ。悠々と敵陣地の真上に辿り着き、カメラでもって内部を観察する。後で村長に詳細な陣容を報告しておこう。攻めるときに役立つだろうし。

 ちなみに、アーニャには女将さんから周辺の情報収集をしておくように言いつけておいた。これ以上ない程に情けない顔をしていたけど、昨日俺を置いて逃げた罰だ。同じ苦しみを味わうがよい。


 銃と弾薬は最後方の天幕で集中管理されているようだ。柵で囲まれ、入口には二名の兵士が見張りに立っている。

 天幕の中は綺麗に並べられた一・五メートル程の長さの銃と、積み上げられた木箱が詰め込まれている。そんな天幕が四張あり、各五百丁格納されているとして、全部で二千丁程ある事になる。結構な数だ。さらに銃弾もある。

 これを全部盗み出すのはなかなか骨だ。気分はさながら某怪盗だな。そう考えるとちょっと燃えるかもしれない。ガンマンと侍の仲間が居ないのが残念だ。


 巨乳のお姉ちゃん?

 結構です。俺、虚乳派なんで。

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