第252話
※前回のラストから少し時間が巻き戻ってます。
まだマッスルブラザーズは誕生していません。
――――
「皆様、本日はお忙しい中、わたくしの子爵就任披露宴へようこそお越しくださいました。ささやかながら感謝の意を込めました歓待の席を用意致しましたので、心ゆくまでご堪能くださいませ」
遂に子爵就任披露パーティ当日になってしまった。なんとなくソレっぽい開始の挨拶をしたけど、どうにも板に付いていない。まぁ、まだ九歳児だからお目こぼしして欲しい。
挨拶の後は来客対応だ。つまり、会場の一角で来賓の祝辞を受け取る仕事だな。面倒くさい。
人が多い。そこそこの準備期間をかけた甲斐あって、今回のパーティは近年では稀に見る規模になった、らしい。
いや、実は、俺自身はほとんど準備に関与してなかったりする。全部クリステラたちにお任せだった。ホント、デキる娘さんたちばかりで有難い。
俺がやった事と言えば、招待状を書いた事と饗応の料理のための飛竜を一匹獲ってきたくらい。
最近数が減ってきたように思えるから、もうラプター島の飛竜を狩るのは控えた方がいいかもしれないな。絶滅したら美味い肉が食えなくなってしまう。
繁殖できたらいいんだけど、俺や父ちゃんたち以外にとっては超猛獣だからなぁ。育てている間に喰われてしまう危険大だ。そんなエサで育った肉は食いたくない。
せめて空を飛ばなければ、クマ牧場のクマみたいに熊クマベアベアできるのになぁ。
会場は旧領主館の大広間で、形式は立食パーティだ。
料理の目玉は飛竜のステーキと新ワイズマン領産の焼酎。両方が味わえる機会はなかなか無いという事で人が群がっている。
俺への挨拶は? 俺が主役じゃないの?
パーティは夕方開始で、前半は食事中心、後半は飲酒中心のダンスパーティになる予定だ。結構遅くまで開催の予定だけど、この子供の体で起きていられるかが心配だな。
主な招待客は旧領主館に泊ってもらうことになっている。というか、何人かは既に数日前からこの旧領主館に宿泊している。
現代と違って、この世界ではちょっとした旅行でも数日かかってしまうから、遅れないように余裕をもって行動すると予定より早く到着してしまう、というのはよくある話だ。そんな人たちに泊ってもらっているというわけだ。
まぁ、そもそも今のドルトンは宿が不足しているから、ホストである俺が用意するしかなかったんだけど。
「ビート、改めて子爵就任おめでとう。アッという間に爵位で追い付かれてしまったな。追い抜かれるのも早そうだ」
「ありがとう
最初の挨拶は、最早身内と言っても過言ではない『村長』ことダンテス=ワイズマン子爵だった。実際、俺は娘婿になる予定だから身内そのものだ。
ということで、義理の父になる子爵は当然、
こういう挨拶は爵位が上の人からか、あるいは逆に下の人から始めるものかと思ってたんだけど、どうやらそういうシキタリは無いらしい。
「随分人が多いな。好景気に沸いているというのがよく分かる。あそこにいるのは商業ギルドの関係者か。なるほど、商談の場を作って恩を売るのも兼ねているんだな? よく考えたものだ」
「発案は僕じゃないんだけどね。これを機会にドルトンの商業がもっと発展したらいいなとは思ってるよ」
キッカの提案で、今回のパーティには近隣各地の有力商会関係者も招待している。
ちょっと遠方の商会にも送ったんだけど、実際に来てくれるかは微妙と思っていた。魔物や盗賊がはびこる世界だからな。長旅は危険だ。
魔物の活性が落ちる雨期でもないし、二割も来てくれたら御の字くらいに思ってたんだけど、蓋を開けてみれば半数以上が参加してくれた。大盛況だ。
「おかげさまで、うちの湊にも最近は王都便と同じくらいのドルトン便が出入りしていましてね。有難くおこぼれに与っていますよ。フェイス殿、陞爵おめでとうございます」
「これはブルヘッド伯爵、ありがとうございます」
俺と子爵の会話に割り込んできたのは、ボーダーセッツ近辺を治めるイケメン眼鏡ことブルヘッド伯爵だった。略式の貴族服が決まってる。
相変わらずのイケメンっぷりに、軽い殺意を覚えそうになるな。どうして俺の周りの男はイケメンばかりなんだ。
伯爵も昨日からドルトン入りしているけど、宿は自前で用意するとのことだったので、旧領主館には泊っていない。自身も商業都市の領主だから、その伝手を使ったんだろう。
「あの時の少年が、まさか一代で子爵にまでなるとは想像もできませんでした。しかも、今や押しも押されぬ王家派の重鎮ですからね。これから先の栄達も約束されたようなものでしょう。実に羨ましい」
「いえいえ、それもこれも伯爵のお引き立てあっての事ですよ。近隣にボーダーセッツという大都市があったればこそのドルトンです。ドルトンとボーダーセッツ、これからも共に大きく発展して参りましょう」
「……旋風殿、本当にフェイス子爵は九歳児なのですか? 受け答えが子供のそれとは思えないのですが」
「ふむ、それについては私も常々疑問に思っているところでしてな」
なんか失礼な会話をされている。こんなにプリチーな九歳児はなかなか居ないと思うんだけどな。中身がアラフォーなのは秘密だ。
日本人的な謙遜交じりの会話だったけど、共に発展していきたいという内容については本心だ。
実際、今進められている新ワイズマン子爵領とドルトンを結ぶ街道工事が終わったら、次はドルトンとボーダーセッツを結ぶ街道も再整備する予定になっている。
ボーダーセッツとドルトンの間は海路で行き来する事が多いんだけど、陸路を使うルートも普通に存在している。
街道沿いにはいくつかの村が点在していて、そこも俺やブルヘッド伯爵家の領地ということになっている。
街道が整備されてそれらの街が宿場として発展すれば、俺や伯爵の懐も潤う。お互いに利益のある話というわけだ。工事の利権を巡って駆け引きはあるだろうけど、仲良くするに越したことは無い。
僕たち、ずっ友だよね! イケメンを友達にしてはいけないという説もあるけど。
「ふむ、やはりロックマン子爵はおいでにはなられていないようですね。名代も無しですか?」
「わたしとの間にあのような件があったばかりですからな。それにラプター島の飛竜に領地の村を襲われていると聞きました。遠出をする余裕はないでしょう」
ロックマン子爵が来ないのは織り込み済みだ。
あー、飛竜たちのエサ場はロックマン領なのか。村人がエサになってなければいいなぁ。飛竜の肉を美味しく食えなくなりそうだ。少なくとも、サマンサは食べられなくなるだろう。あの娘、言動は蓮っ葉なのに心は繊細だから。
ふむ、そのうち俺に駆除の依頼が来るかも? 今、現役で一番討伐の星が多いのは子爵で、次が俺だからな。
でもなぁ……数減らしたくないんだよな。やっぱ繁殖を検討すべきか? どうにかできないか考えておこう。
「これはこれは、皆様お揃いで。フェイス子爵様、この度は陞爵おめでとうございます。今後も良いお付き合いをよろしくお願いしますよ」
「子爵様、おめでとうございます。ご配慮のおかげで我が商会も潤っております。今後も互いに益のある関係をお願い致します」
「ビンセントさんもトネリコさんも堅いなぁ。でも、ありがとう。これからもよろしくね」
次に来たのは、満面の笑顔を浮かべた商人の二人組だった。俺と懇意にしている王都に本部を持つ中堅商会の商会長トネリコさんと、ここドルトンを拠点に新ワイズマン領からボーダーセッツまでを商圏にしているビンセントさんだ。
そして、最近の王国経済界では注目のふたりでもある。ここ数年での急成長ぶりがその理由だ。
トネリコさんは護衛依頼で縁ができて以来、アレやコレやと取引させてもらっている。俺が冒険で手に入れたお宝を売ったり、俺が欲しい品を探し出してもらったり。味噌とそのおまけの麹はとても助かってる。
ビンセントさんは子爵の御用商人なんだけど、ドルトンで顔が利くから俺も懇意にさせてもらっている。大森林の拠点に必要な物資はビンセントさんに調達してもらったものがほとんどだ。
そしてふたりには、今進んでいる街道整備と街の拡張工事にも絡んでもらっている。工事に必要な物資の手配や人足の管理なんかだな。冒険者ギルドだけで抱えるには大きすぎる案件だから、まるっと下請けに出してるというわけだ。
この事業を始めるにあたって、ふたりには共同出資の会社を立ち上げてもらった。この世界ではおそらく初となる株式会社だ。事業の利益を持ち株数に応じて配分するというアレ。
現代なら大手ゼネコン数社が共同で抱えるような案件だから、その利益は莫大だ。ふたりが恵比須顔なのも当然だろう。俺も大株主のひとりだから、期末の配当が楽しみだ。
「その会社についてなんですが、先ほど商業ギルド本部の方から子爵様へのお目通りをお願いされまして。なんでも、株式会社という仕組みを全国に広げたいとか」
「へぇ、好きにしてもらっていいのに。わざわざ筋を通しに来るなんて、商業ギルドの人は律儀だね」
「それはもう。この世界は信用第一ですから。お久しぶりです、そしておめでとうございます、フェイス閣下」
「ハッサンさん! お久しぶりです。本部からの使者ってハッサンさんだったんですか」
ハッサンさんは、ボーダーセッツ商業ギルドの総支配人だった人だ。
俺が提案した定額信用商業ギルド券、通称商券を普及させた功績で、商業ギルド本部の理事に昇進したと聞いている。
なるほど、顔見知りだから俺への使者としては適任だろう。
そして、商業ギルドの本気も窺える。わざわざ理事のひとりが直接挨拶に来るんだからな。
「この株式会社という仕組みは素晴らしい! 誰でも、少額からでも店の持ち主になれるのですから! しかも、店の価値が上がれば持っている株の価値も上がる! 購入時以上の価格で株を売ることも出来る! 逆に、店の価値が下がれば損をするから経営に真剣になる! 経営方針を株主の合議で決めるというのも新しい! 複数の意見が出れば、大きく外れた方向へ向かう事も少ないでしょうからな! 商業の形が変わりますよ!」
「ああ、うん。でも、実態から外れて株の価値だけが乱高下することもあるから、取り扱いには注意してね」
「なるほど、架空の取引が横行することも考えられますな。規則や罰則を細かく決める必要があると……これも契約書形式にした方が良さそうですな。いやはや、まったく、子爵様は貴族にしておくのが惜しい。商業ギルドに来ていただければ、すぐにでも本部理事になれますのに」
ハッサンさんの発言に、トネリコさんとビンセントさんもうんうんと頷いている。
いや、株式会社も金券も俺のオリジナルじゃないからなぁ。前世から持ち越した知識だ。自分の発案として喧伝できるほど、俺の面の皮は厚くない。
っていうか、俺的には商人や貴族じゃなくて、いち冒険者でありたい。一生現役。
そんなこんなで、懐かしい面々とも顔を会わせつつ、披露宴は進んでいった。会場に溢れかえる参加者との挨拶は、まだまだ終わりを見せない。
俺の隣にはずっとジャスミン姉ちゃんがいるんだけど、料理を食べてるだけで全然何の発言もしていない。ハッキリ言ってただのお飾りだ。
大胆に肩と背中の開いた臙脂色のイブニングドレスに、金のブレスレットが映えている。背も高いからかなり目立っているんだけど……くそう、俺はジュースしか飲めてないのに! 成長期の俺にも何か食わせろ!
とか、ちょっと凶暴性を増した思考を巡らせていたら、会場を警備するスタッフのひとりが慌てて駆け寄ってきた。土下座ブラザーズの長兄マシューだ。貴族出身だけあって最低限の礼儀をわきまえてるから、玄関先から会場までの来客対応を頼んでいた。冒険者としてはイマイチだけど、こういった雑事には役に立つ。
そのマシューが慌てている。何かあったらしい。俺の耳元に口を寄せて、小声で内容を報告する。
「超アニ、いえ子爵様、実は予定外の訪問者が……」
「えっ、本当に!? 分かった、すぐに応接室へお通しして! あっ、お忍びかもしれないから、できるだけ静かにね。喧伝しないように」
「はっ、畏まりました!」
ビシっと気を付けの姿勢を取ってから回れ右をし、マシューは小走りで駆け戻って行った。少々優雅さに欠けるけど、仕方がない。訪問者はそれくらいのVIPだ。
「失礼、急用ができましたので、しばし中座させていただきます。皆さまは引き続きご歓談ください」
本来なら主役が離席すべきじゃないんだろうけど、それだけの重要人物の来訪だからな。俺もすぐに対応しないと。
はてさて、『王太子殿下』自らが訪ねて来るなんて、一体どんな用件だろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます