第253話
応接室へ向かっていたらマシューが戻って来て『ワイズマン子爵様も共に来られるようにと、王太子殿下が仰せです』と言うので、一度
応接室へ入ると、殿下はソファに腰かけて飛竜肉のサイコロステーキBBQソース風を上品に食べていた。飲み物は完熟黒柑の果実水だ。焼酎じゃないのは下戸だからか? それとも、まだお仕事だから?
お仕事かな。殿下は真面目だから。
「やあ、失礼して頂いているよ。飛竜肉は以前に食べたことがあったんだけど、これはそれを遥かに上回る美味しさだね。鮮度が違うのかな?」
「ありがとうございます。そうですね、それは今日、ほんの少し前に絞めたばかりのものですので、鮮度に関してはこれ以上のものはないと思います。ようこそお越しくださいました、王太子殿下」
「ご無沙汰しております、王太子殿下。武術大会以来にございます」
「ああ、ふたりとも堅苦しい挨拶はいいよ。先ずは座って」
「では、失礼して」
「失礼します」
子爵と俺が殿下の向かいのひとり掛けソファにそれぞれ座る。
殿下はステーキの皿を脇に
部屋の中には俺たち以外に、近衛の騎士がひとり、部屋の入口脇に立っている。王城によく呼ばれる俺が見たことない顔だから、殿下専属なのかもしれない。
そう、実は俺、殿下と話すのは初めてだったりする。戦勝記念パーティとか武術大会とか、顔を会わせる機会は何度もあったんだけど。
ディクソン殿下の声は、高くもなく低くもなく普通だ。けど滑舌がいいのか、耳によく通る。人に指示を出す事の多い王族としては得難い資質かもしれない。
口調が気安いのは、つい二年前までは王太子じゃなかったからかな? 普通に王城で文官として働いていたらしいし。降って湧いた王太子位だったからな。
いや、気安さを演出することで、今後の会話を円滑に進めようという魂胆かも。出来る人って噂だしな。それくらいは考えていそうだ。
「いやあ、驚いたよ。ドルトンには数年前に仕事で来たことがあったんだけど、その時とは活気が全然違うね。馬車が人混みで進めないなんて、王都でもなかなか無いよ」
「それは失礼しました。街路を整備し、交通の便を改善したいと思います」
「いやいや、そういう意図で言ったわけじゃないんだ。それぐらい活気があってなによりだと言いたかったんだよ。先の戦争以来、国内の景気は低迷傾向にあるからね。数少ない好景気のドルトンを見習いたいと思っているくらいさ」
「ありがとうございます。現場で働く者たちに、殿下が感心なされていたと伝え置きましょう」
そんな感じでしばらく世間話をする。こういった社交辞令的な会話というのは、貴族社会では慣例になっているらしい。余程親しい間柄でない限り、十分くらいは話すものなのだそうだ。クリステラが言ってた。
それなのに俺が王城に行くと、いつも王様は単刀直入に用件を伝えて来る。そんなに親しい間柄か、俺たち? 子供だから適当に扱われてるのかも。
その点、殿下はちゃんと手順を踏んでくれている。こちらをひとりの貴族として扱ってくれているということだ。手順自体は面倒だと思うけど、気遣いされていると思うと有難い。
「……では、そろそろ本題に入らせてもらうよ。今日私が来た理由なんだけど……まずは謝罪させてほしい、申し訳ない、フェイス子爵、ワイズマン子爵」
そう言って、殿下はローテーブルに額が付くくらい、深々と頭を下げた。
いやいや、王族がそんな軽々しく頭を下げちゃいかんでしょ!
「どうなされたんですか殿下、頭をお上げください! 殿下に頭を下げさせるなんて、畏れ多い!」
「いや、この件は王家の都合のみで貴公らに迷惑をかけるものだ。本来なら陛下が頭を下げるべきなのだけれども、王たる陛下が頭を下げるわけにはいかないだろう? だから代わりに私が頭を下げさせてもらうんだ」
殿下が頭を下げたまま、話を続ける。そんなに深刻な問題なのか。ちょっと怖いな。
「まずは、その迷惑とやらの内容を教えて下さい。でなければ、謝罪を受け取ることもできません」
「それはそうだな。けど、その、なんだ。あー……」
ちょっと、いや、かなり言いづらそうにしている。十秒ほどの沈黙の後、ようやく殿下が口を開いた。
「来年の年明けに予定されているフェイス子爵とワイズマン子爵令嬢の結婚を延期して欲しい」
一瞬、何の事だか分からなかった。少し考えてから、ああ、そういえば俺、来年結婚するんだったと思い出した。いや、現実感無かったもので。
だって、準備は例によってクリステラたちが進めてくれているから、俺ノータッチなんだもん。
「……それはどういう事ですかな、殿下」
俺がそれを思い出すのと、隣に座った
以前より魔力が濃くなってる。ずっと鍛え続けていたんだろう。流石は現役最高位冒険者、生涯現役を標榜するだけはある。
「っ!?」
怒気に
部屋の隅に居た近衛騎士は、顔を
「
「ああ、済まない。殿下、お話しください」
「あ、ああ」
まだ恐怖が抜けきらない顔で、殿下が返事をする。果実水を一口飲むと、少し落ち着いたみたいだ。
近衛騎士はまだ剣の柄に手を掛けたままだ。大丈夫だよ、何かあれば俺が止めるから。
って、俺も警戒の対象なのか。それなら仕方がない。
「実は王城の中で、フェイス子爵に我が妹を嫁がせようという話が上がっているんだよ。王国史上最強とも言われる大魔法使いのフェイス子爵を、王家で囲おうというわけだね」
殿下の妹っていうと、あのわんぱく姫か? 王様には三人子供がいて、結婚していないのは末娘のシャルロット姫だけのはずだもんな。
っていうか、俺が王族と結婚!? マジで!? 俺、奴隷出身だよ!? どんなシンデレラストーリーだよ!
「いやいや、なんで僕!? 王族の結婚なら、もっと格式高い貴族家がいくらでもあるでしょう。ちょっと強い魔法が使える程度の僕じゃなくても」
「フェイス子爵、君は自己評価が低すぎるね。それとも謙遜かい? それもあまり度を過ぎると嫌味だよ?
隣国との戦争を終結に導き、同盟国の災害を治め、国内の反乱を未然に防ぐ。並の魔法使いなら生涯に一度、しかも個人では不可能に近い偉業を、君はたて続けに成しているんだよ? それも十歳にも満たない子供が、大きな怪我もなく、ね。これを優秀と言わずして、誰を優秀と言えばいいんだい?」
あー、そう言われるとそうかもって気がしてくるな。成り行き任せに流されてただけなんだけど。やりたくてやったことはあんまりないんだよなぁ。
「そんな優秀な魔法使いをそこらの貴族家に囲われたら、その貴族家の力が大きくなりすぎてしまう。それが王家に忠実な家であれば問題ないけど、もし貴族派に属する家だったら王国の勢力図が大きく塗り替えられてしまう。君はそれほどの鬼札なんだよ。だったら、そんな強力な札なら王家で取り込んでしまえばいい。そういう話が出るのは至極当然だと思わないかい?」
「なるほど?」
「幸い、王家には君と歳の近い未婚女性がいる。シャルロットだね。まだ婚約者も決まっていなかったから、条件はぴったりだ。けど、妹はまだ七歳だ。嫁に出すにはまだ早すぎる。そもそも父さ、陛下が手元から離したがらない。それで、せめて十歳になるまでは婚約という形にしてもらいたいんだ」
七歳か。もっと幼く見えたけど、甘やかされて育ったならそういう事もあるだろう。でも、我儘姫じゃなくてわんぱく姫なんだよなぁ。どういう育て方されたんだろう?
「そして、王家の娘を降嫁させるなら正室でなければならない。もしワイズマン子爵令嬢が先に結婚し後継ぎが産まれてしまえば、そちらが正室になってしまう。それでは王家の威信が失われてしまう。だからこうして頭を下げにきたんだ」
うーん、なるほどねぇ。
「でも、先代陛下のご側室にエンデの王家から姫が嫁いでらしたと記憶していますが、その時はどうなされたんですか?」
「御部屋様が嫁がれてこられたときには、既に王太子殿下が生まれていたからね。流石に長幼の序を乱すわけにはいかないよ。エンデもそれは納得済みだったようだよ」
この国では側室の事を御部屋様と称することがある。ちょっと古風な言い回しらしい。由来は知らない。
うーん、難しい問題だ。
王家からの頼み事を断るわけにもいかないし、既に進んでいる結婚の準備を止めることも難しい。いや、止めないといけないんだけど。
その場合、問題になるのは俺じゃなくて
王国に多大な貢献をしてきたのに、横車を押されて顔を潰されたことになる。体面を重視する貴族としては、到底受け入れられる話じゃない。反乱を起こされてもおかしくないレベルだ。
「もちろん、この埋め合わせは考えてあるよ。シャルロットとの結婚に合わせてフェイス子爵は伯爵に、ワイズマン子爵は辺境伯に叙することを約束する」
「辺境伯?」
「ああ、新設の爵位だよ。位階的には伯爵と同等だけど、税を王国に治めなくて良いという特権を与えられる予定だ」
「それは事実上の独立国ということですか?」
「そうだね。名目上は王国貴族だけど、内実は同盟国ってことになるかな」
うーん、一見良い条件に思えるけど、実際は全部王家の都合だけだな。
俺を伯爵にするのは、王家の姫の降嫁先が子爵家じゃ恰好が付かないからだろう。子爵って、位階で言えば下級貴族だからな。せめて上級貴族の伯爵にしておかないと恰好がつかない。
既に領地は元伯爵領だし、実利面では事実の追認でしかない。何も変わってない。
新ワイズマン領にしてもそうだ。まだ住民の少ない辺境の町を事実上の独立国にしてしまっても、王国としては特に困ることはない。誤差程度の減収があるだけだ。
むしろ、税を納めなくていい代わりに支援もしない、なんてことにすれば、余計な支出が減って国庫の援けになる。万々歳だ。
せこい。一見詫びを入れたように見えて、得してるのは国だけじゃん。これだからお
「その条件では、お受けできませんな」
それまで黙り込んでいた
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