第254話

「まず、結婚の延期はできません。予定通り年明けに挙行致します」

「それは、しかし!」

「既に関係各所はそのように準備を進めております。止めることはできません」

「それはそうかもしれないが!」

「話をお聞きください。何も、王家の決定に逆らおうというわけではありません」

「う、むう」


 子爵そんちょうが殿下をじっと見つめたまま、姿勢を崩さずに要求を伝えている。

 怒りは収まったようだけど、立ち昇る魔力は相変わらず濃い。眼力めぢからも半端ない。殿下はかなりのプレッシャーを感じているだろう。

 これ、交渉術に使えそうだな。俺も覚えよう。強く魔力を出し過ぎると相手が気絶しちゃうかもしれないから、微妙な調整が必要かもしれない。要練習だ。


 式の予定をキャンセルできないというのは、主に貴族のメンツの問題かな。

 やります、やっぱりやめますというのは、いかにも優柔不断で信用問題になる。信用できない相手とは付き合えないって事になるから、貴族としてはお終いだ。やっぱり延期はできない。


「殿下の話では、今後すぐにフェイス子爵とシャルロット姫が婚約、三年後に陞爵して伯爵となり結婚という話でしたが、これでは姫の婚約者が子爵ということになります。それは王城の伝統から外れるのではありませんか? 王家の姫は、伯爵位以上の家に嫡子の正室として嫁ぐのが慣例だったはず」

「む、そう、だね」

「であるならば、即時フェイス子爵を陞爵させるべきです。辺境伯・・・に」

「それは!? いや、しかしそれではワイズマン子爵、貴方の立場が!」

「代わりに私が伯爵位をいただきます。寄り子と寄り親の関係が逆転しますが、この際仕方がないでしょう。そもそも、私が辺境伯というのがおかしいのです。確かに、私には昨今の王国に多大なる貢献をしたという自負がありますし、それは客観的に見ても間違ってはいないと思います。ですが、私の所領は面積こそ広大であるものの、総人口は千人に満たない小領です。それが半独立国というのは、いかにも不自然です」

「う、まぁ、確かに」

「その点フェイス子爵領は、ドルトンをはじめ周辺の村や新たな開拓村など、既に二十万近い人口を抱えております。しかも、それは今もなお増加中です。そう遠くない時期に五十万にも達しましょう。国内の侯爵家並みです。であるならば、どちらが『辺境の盟主』としてふさわしいかは自明の理」

「うーむ」

「我が娘との挙式は質素で良いですし、正室でなくとも構いません。王家の姫の輿入れは大々的になるでしょうから、人々はおのずと王家の威を感じることになりましょう」

「えっ!? そん、じゃない、ワイズマン子爵、それは本気で?」


 思わず口を挟んでしまった! いや、だって、ジャスミン姉ちゃんが側室でいいの? ワイズマン子爵家のひとり娘じゃん。大事な娘を側室って。


「いいんだ。ジャスミンは滅多な相手には嫁がせられんからな。俺の知る限りではお前にしか頼めん。お前なら側室でも大事に扱ってくれるだろう?」

「それはもちろんだけど……」

「ジャスミンも気にしないだろう。そういう事に全く興味が無いからな」

「ああ、それはその通りかも」


 ジャスミン姉ちゃんの頭の中には、年頃の女の子にありがちな恋愛脳が一切入っていない。いつも冒険や鍛錬のことばかり考えている。俺より男の子らしいんじゃないかな? ジャスミン姉ちゃんが本当に男なら、こんな揉め事にはなってなかったかも?

 いや、別の揉め事になってた可能性は否定できないな。歩くトラブルメーカーだし。大人しくしてるのは何か食べてる時だけだもんな。

 今も広間に放置しているからちょっと心配だけど、まだ食べ物があるはずだから大丈夫、多分。


「後継ぎについては、それほど心配する必要はないでしょう。子爵自身がまだ十歳にもなっておりませんから、子供が出来るにはまだ猶予があります」

「ふむ」

「それに、子爵と娘の間に生まれた男の子のひとりを、我がワイズマン家の跡取りとする約定を、既に子爵と交わしております。であれば、跡取り問題で揉めることは少ないかと」

「ほう、それは本当かい?」

「ああ、確かにそういう約束してたね。でも子爵そんちょう、なんでわざわざ孫を跡取りに? 子爵そんちょうジンジャーさんもまだ若いんだから、子供を作ることは難しくないでしょ?」


 以前から不思議だったんだよな。

 辺境じゃ子沢山で普通なのに、村長のところは女の子ひとりだけなんだもん。貴族なんだし、跡取りが生まれるまで頑張るのが普通じゃないのかなって。


「……そうか、お前は知らなかったか。実はな、ジンジャーはもう子供が産めないんだ」

「え……」

「ジャスミンが生まれた後、ふたり目を妊娠したんだがな。あとふた月で生まれるって頃に流産してしまったんだ。それ以来、妊娠できなくなってしまってな……もし生まれていたら、お前と同い年だったはずだ」

「そんな……ごめん」

「気にするな、よくある話だ。それに、お前が生まれてくれたおかげで、ジンジャーもジャスミンも落ち込まなくて済んだ。お前に救われたんだ」


 くそ、ちょっと考えれば分かることだった! あんな仲のいい夫婦に子供ができない理由なんて、それくらいしかないじゃないか! 俺のノータリン!

 そうか、俺が可愛がられていたのは、只の農奴の子が可愛がられていた理由はソレか。納得だ。


「オレはジンジャー以外の妻を娶るつもりはない。だから、ワイズマン家を継げるのはジャスミンの産んだ子だけだ。頼むぞ、ビート」


 子爵そんちょうが笑いながら俺の背中を叩く。本人は軽くのつもりだろうけど、体がデカいから結構痛い。


「ふーむ、そういう事であれば……分かったよ、王城に持ち帰って検討してみよう。道理も筋も通っているし、辺境伯とのつながりを深めるためであれば、王家の輿入れの理由付けの補足にもなる。反対は少ないと思うよ」


 殿下も納得したみたいだ。あとは細部を詰めていくだけだな。

 こちらには大きな変更はない。爵位が変わるのと、寄り子寄り親の関係が逆転するだけだ。

 普通なら大きな違いなんだろうけど、俺と子爵そんちょうの間では、以前から上下関係は強くない。逆転しても大差ない。


 この提案を飲むと、王家の方はちょっと損が出るかもしれない。発展中のドルトンとその周辺からの税収がなくなってしまうからな。結構な減収になるだろう。

 けど、何も損をせずに自分たちの都合を押し付けようというのが、そもそも間違っている。世の中そんなに甘くない。

 官僚や貴族の中には自分の都合が通って当たり前って考える奴も多いけど、いつもそれが通じるとは限らないって事だ。今回の件は良い教訓になるだろう。

 なんでも上級国民の思い通りになると思うなよ!


 いやはや、今回の俺は子爵そんちょうにおんぶにだっこだったな。

 けど、こういうのもたまにはいいよな? 俺はまだ子供だし。おんぶにだっこって歳じゃないけど。

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