第255話

 王太子殿下はその後、サプライズゲストとして披露宴に参加し、翌日の朝に御用船で帰って行った。

 御用船は例の魔道具付きだった。ジャーキンから接収したものを王家の御用船に取り付けたらしい。それも四つも。船が大きいから、それくらい付けないと動かなかったのかもしれない。四本マストのガレオン船だもんな。

 いずれ改良した魔道具で大型の戦艦を作るのもいいかもな。戦艦なら強大な海の魔物にも対抗できるだろう。そして、それに乗って大海原へ漕ぎだすのだ! 漕ぐ必要はないけど。

 海にも冒険は溢れている!


 というわけで、披露宴は恙なく(?)終わった。

 俺が居ない間に行われたクリステラたちの余興は、魔法と音楽を融合させた歌劇だったらしい。

 題材はなんと俺。

 俺が子爵になるまでの足跡を、物語に仕立てて上演したそうだ。

 なんという羞恥プレイ! いや、俺の子爵就任披露だから、題材としては適切なんだろう。けど、かなり恥ずかしい!

 自分主催のパーティーで自分が題材の歌劇を上演するとか、どれだけ自己顕示欲が強いんだよって話だ。

 まぁ、好評だったみたいだし、表に出せない内容は伏せてたみたいだから、怒ったりはしない。怒ってないよ。恥ずかしいだけ。

 主演はなんとサラサ。まぁ、背格好が一番近いからな。

 単語しか話せないと思ってたのに、普通にセリフは喋れてたらしい。歌も上手だったとか。それは是非聞いてみたかったな。


「次回」


 次回上演があったら聞かせてくれるらしい。

 というか、次回があるの!? また俺の恥ずかしい過去が衆目に曝されるの!?


「もちろんですわ! あんな限られた時間では、ビート様の偉業の寸毫も演じられませんでしたもの! 大丈夫、脚本は既に第六幕まで仕上がっておりますわ! 壮大なる英雄譚の幕開けなのですわ!!」


 とりあえず、その書き上がっているという脚本は封印させた。


「好評でしたのに……」


 クリステラ、お前は俺を悶死させる気か。



 そんなこんなで、なんとか披露宴も終わり、当面の俺の仕事は一段落だ。

 街周辺の開拓も街道整備も、当面俺がやることは無い。

 やらなきゃいけないことは色々あるけど、今はまだ手を付けられないことばかりだ。他の部署の作業が進まないと進めようがない。

 というわけで、久しぶりに時間ができた。

 ならば休暇だ! 休んで遊ぶぞ!

 いやぁ、管理職に労働基準法は適用されないらしいけど、この世界でもそうだとは思わなかった。俺、子爵になってから、まともに休んでなかったもんな。

 幸い、この子供の身体はエネルギーが有り余っているみたいだから、疲れが溜まるってことはなかった。ストレスは溜まったけど。

 さて、それじゃあ軽く冒険の予定を立てようかなと思ってたら、ジャスミン姉ちゃんから待ったがかかった。


「ビート、アタシも魔法を使いたいわ!」


 朝食後のリビングは、食事の後片付けやその他の家事で人が居ない。残っているのは俺とジャスミン姉ちゃん、ウーちゃんとタロジロだけだ。

 そのジャスミン姉ちゃんが唐突にそう言い放った。急に大きな声をだすから、タロジロが吃驚してるじゃないか。


「どうしたの、突然?」

「あの歌劇は凄かったわ! 風に火花に霧に風! アタシも魔法を使いたくなったのよ!」


 あー、そういうことね。キッカやルカの魔法に触発されたんだな。

 風が二回出てきたような気がするけど、それだけ風が気に入ったってことだろう。4DXな映画館っぽい感じだったのかもな。


 まぁ、魔法を教えるのはやぶさかではない。

 ジャスミン姉ちゃんは貴族令嬢だし、俺と結婚することはほぼ確定だから、将来的にも貴族だ。平民じゃないから王様と約束した条件からは外れている。なので魔法を教えても問題はない。けどなぁ。


「うーん、難しいなぁ」

「なんでよ!? アタシには魔法は使えないって言うの!?」

「いや、そういう訳じゃないんだけどね」


 ジャスミン姉ちゃんは身体強化を使えている。それに、まだ若い。魔法を使えるようになる可能性は低くない。

 魔法は、ある程度若くないと使えるようにならない可能性がある。その根拠として、父ちゃんや母ちゃん、子爵そんちょうたちは、身体強化は使えるけど魔法は使えるようになっていない。

 多分、ある程度若くないと魔法を発現させるための回路が形成されないんじゃないかと、俺は考えている。

 けど、ジャスミン姉ちゃんはまだ若いから、その点に関しては問題ないと思う。


「ジャスミン姉ちゃんの適性は風や火じゃなさそうなんだよね」

「そうなの? じゃ、土? 地味ね!」


 なんて失礼な! 全国百万人の地味な人、じゃない、土魔法使いに謝れ! 百万も居ないと思うけど。


「土魔法は凄く役に立つ魔法だよ? でも、ジャスミン姉ちゃんの適性は土でもなさそうなんだよね」

「そうなの? じゃ、アタシはいったい何の魔法が使えるのよ!?」

「わかんない」

「何よそれ!!」


 ジャスミン姉ちゃんがローテーブルを両手で叩いて俺に詰め寄る。いや、からかっているわけじゃなくて、本当に分かんないんだよね。

 俺の気配察知で見える魔力の色は、固有魔法が無色、火(化学反応)魔法が赤、水と風(速度加速度制御)魔法が青、土(抽出成形)魔法が黄色、雷(素粒子制御)魔法が紫だ。

 一般に知られている魔法は、全てこのいずれかに含まれている。もっとも、雷魔法は偶然俺たちが発見した魔法で、使えるのは今のところサマンサだけ。世界唯一の雷魔法の使い手だ。


 そして、ジャスミン姉ちゃんの魔力の色は緑。今までに分かっているどの魔法でもない。

 実は、この色の魔力を持つ人は結構多い。街の中を見渡せば、五十人にひとりくらいの割合で見つけることができる。雷魔法より遥かに多い。

 けど、魔法使いでこの色の魔力を持った人には出会ったことがない。つまり、まだ世間に知られていない魔法の適性だということだ。


「ということは、アタシが魔法を使えるようになったら、世界で最初の魔法使いって事ね! すごいじゃない!」

「問題は、どんな魔法か分からないってことなんだけどね」

「ビート、何とかしなさい! お姉ちゃん命令よ!」


 おうふ、お姉ちゃん命令かよ。全国の弟が逆らう事のできない絶対命令、理不尽の極み。

 仕方がない、何とかするか。冒険は後回しだ。

 ああ、俺の貴重なお休みがぁ~っ!

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