第150話
さすがに港から二キロ以上離れた帝城までは、魔力フラッシュバンの効果は届かなかったらしい。見た感じ、騒ぎになっている様子はない。日暮れ過ぎだったし、皆寝てたんだろう。それに、どうもヒト種は鈍いみたいだし。
けど、全員が全員、鈍いわけでもなかったようだ。皇太子と左将軍、大将軍の三人の気配が一か所に集まっており、その周囲でいくつもの気配が慌ただしく動いている。何があったか確認させているのかもしれない。
「ビート様、どうなさいますの?」
帝城の中庭まで忍び込んだ俺たちは、植え込みに隠れながら襲撃のタイミングを窺っていた。気配察知と平面魔法のテクスチャがあるからまず見つからないだろうけど、いつまでも隠れてるわけにはいかない。
指示を求めてクリステラが尋ねてくるけど、特に不安そうな様子はない。この娘も胆力上がったよな。
「うーん……よし、このまま行っちゃおうか!」
「そうね! 考えてもしょうがないわよね!」
ジャスミン姉ちゃんは相変わらず能天気で脳筋な言葉を返してくる。
いや、こっちで派手に暴れた方が港のキッカたちが逃げやすいっていう、戦略上の理由だからね? 考えるのを放棄したわけじゃないよ?
「何故港との連絡がつかん、夜番は起きているはずだろう!」
「ただいま手のものを走らせております。今しばらくお時間をいただきたく」
「近衛は準戦闘待機! 兵装は『特』とする! 速やかに配置へ付け! なお、これは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない!」
おーっ、混乱してる混乱してる。クロイス君は喚くだけで指示が出せていない。突発的な事態に慣れてないんだろう。
それに比べて左将軍は冷静だし、大将軍は慣れたものだ。やっぱ人生経験がものを言うのかね?
でも、落ち着かれたらこっちが困る。皆さんにはまだ混乱の渦中にいてもらいましょう。
轟音。
城の壁が内側に吹き飛び、濛々と土煙が立ち込める。壁の傍に居た近衛兵らしき連中が数人一緒に吹き飛んだけど、死んだ者はいないっぽい。運のいい奴らだ。不可視だったけど、ドリルで死ぬなんて男冥利に尽きるじゃないか。誇っていいよ!
「な、何が……敵襲!? いや、しかしここは三階だぞ!?」
「魔法のようです。殿下、お下がりください」
「ぬう、近衛は戦闘配置に移行! 殿下をお守りせよ!!」
やはり気を付けるべきは左将軍と大将軍だな。判断と指示が的確だ。思ったほど混乱してくれなかった。
けど、それはこのふたりが居てこそだということも分かる。排除すれば、残った連中は容易く混乱してくれるだろう。俺たちは逃げやすくなるし、キッカたちも同様だ。
土煙をヴォーテクス(渦巻き)フィールドで吹き散らすと、その中心から風を纏って現れたのは俺……ではなく、クリステラとジャスミン姉ちゃんだ。
その顔には目元を隠すマスクが着けられている。貴族が仮面舞踏会で使うようなやつ。クリステラが白、ジャスミン姉ちゃんが黒の色違いになっている。平面魔法製で、紐もゴムも無いのに落ちたりズレたりしない、本当に本当の魔法のマスクだ。ちょっと豪勢に、金で縁取りと精緻な草模様の装飾が描かれている。
「ジャーキン神聖帝国皇太子クロイスとその一党! 傲慢にも帝国を僭称し、あまつさえ地上に覇を唱えようなどというその愚行、許しがたい!」
「アタシたち『月面帝国』がお仕置きしてあげるから覚悟なさい!」
クリステラが右手のレイピアの先をビシッとクロイス君に向け、そのクリステラと背中合わせに、腕組みをしたジャスミン姉ちゃんが立つ。天井の高い広間に、クリステラの澄んだ声が響き渡る。
うむ、いいね! やっぱり見得は美少女に切ってもらうに限る!
今、俺の脳内では、月に代わってお仕置きな魔法少女のバトルテーマが絶賛再生中だ。いや、ふたりだからプリティでキュアキュアのほうか? ハートがマックス?
「貴様らが月面帝国だと!? まだ小娘ではないか!」
「そう? 十四歳にしては大きいってみんなは言うんだけど、まだ小さいかしら?」
「そういう意味ではないわ! デカい図体で何をほざくか!」
「ちょっと、小さいか大きいか、どっちなのよ! 適当なことばかり言ってる男はモテないわよ!」
なんでジャスミン姉ちゃんとクロイス君は漫才を始めてるんだ?
どうもジャスミン姉ちゃんはシリアスに向かないな。これから敵の只中で大立ち回りだっていうのに、ぶっちゃけあり得ない。
「ええい、わけの分からんことを! かまわん、近衛、奴らを囲め! 逃がすな!」
逆上したクロイス君が、近衛兵共に俺たちを包囲するよう命令する。
ふむ、混乱させるという意味では、ジャスミン姉ちゃんのボケは有効だったか。あっけに取られていた近衛兵共が、慌てて武器を構える。
「……」
「……」
一方で、左将軍と大将軍はクリステラたちではなく、その後ろに控えて空気になっていた俺とウーちゃんを凝視している。
何? ウーちゃんを撫でたいの? ダメだよ、今俺が撫でてるから。
「左将軍殿……」
「殿下、お気をつけください。あの子供、只者ではありません」
俺だった。
まぁ、只者ではないというのは間違いない。帝城に押し入って来た曲者だ。
ちなみに、俺はクリステラたちとは色違いの灰色マスクを着けたうえ、全身をフード付きのマントで隠している。怪しい事この上ない。俺の場合は、髪の毛が特徴的だからマスクだけじゃ正体を隠せないんだよな。
ウーちゃんはいつも通り、フサフサモフモフだ。一応、俺たちと同じように鼻面を覆うマスクを着けてるけど、この可愛さもマスク程度じゃ隠しきれない。
「フンッ! 大方、奴が魔法使いなんだろう。おそらく強力な風の魔法使いだ。だが風魔法なら大した危険は無い。お前たちに任せる。殺してかまわん、処分せよ!」
「「はっ!」」
クロイス君は美少女にご執心で、俺のことは眼中に無いらしい。お年頃なのね。
俺を風の魔法使いと判断したのは、先ほどの土煙を吹き散らした現象からだろう。別に訂正する必要もないから否定はしない。
実は風魔法でも、結構凶悪な攻撃が出来るんだけどな。クロイス君はあまり魔法の研究をしていないらしい。
「くくくっ。余の計画を邪魔してくれた恨み、ここで晴らしてくれる。貴様らは手を出すな! 逃がさぬよう囲んでおればよい! 余、自らの手であの世へ送ってくれる!」
「おほほほっ! 我ら
クロイス君に向かってクリステラが突撃する。遅れてジャスミン姉ちゃんも。
あっ、不味い。
「お嬢様方、魔力に注意を! ソヤツ、左手からは火魔法、右手からは水魔法を出しまする! 右足からは土魔法、左足からは風魔法にございます!」
「っ!? 何故それを!?」
何故もなにも、気配察知で見ると左右の手足で思いっきり色が違うからな。遠くからだと色が被って見えてたけど、近くで見たら一目瞭然だ。
全属性っていうのが、身体の各部で属性がバラバラだとは思わなかった。魔力を集中させる場所を変えることで、属性を使い分けてるんだろう。風魔法と水魔法は同じ属性だけど、微妙な魔力の流れの違いで判別できる。風の方が勢いよく巻いてる感じだ。
お嬢様っていうのは、今回の設定だ。本来奴隷であるクリステラをお嬢様、主人である俺が従僕を演じることでミスディレクションを誘い、身バレの危険を減らそうという意図だ。決して厨二的意図からではない。
「承知しましたわ! ブラック、わたくしの指示を良く聞いて!」
「よく分かんないけど分かったわ、ホワイト!」
ブラックとホワイトも符丁。ちなみに俺はグレイ。決して厨二的意図からではない。ないったら、ない!
それにしても、相変わらずジャスミン姉ちゃんは不安になる受け答えしかしてくれない。勢いだけで行動してるよなぁ。
でも、それで不思議と上手く回ってしまうから困る。クリステラもそれは分かってるんだろう、苦笑しただけで流してしまった。
「他人の心配をする余裕があるとは、吾輩も舐められたものだ!」
「いえ、別に舐めてはおりませんが? ちゃんと見えておりますよ」
大将軍ベオウルフが背後から振り下ろしてきた大剣を、ノールックのまま半歩横移動して躱す。床に叩きつけられた大剣が石畳を砕き、礫が辺りにはじけ飛ぶ。それを煙幕にして、左将軍が棒手裏剣のようなナイフを投げてくる。全体を黒く塗られた、まさに不意打ち用といった感じのナイフだ。俺はそれを右手の鉈のひと振りで叩き落す。
「わたくしひとりに不意打ちのふたり掛かりとは、国を代表する武人の戦い方とは思えませんな」
「ぬかしおる! 吾輩も遺憾ではあるが、殿下の
ベオウルフが、ともすればスローに見える速さで大剣を斬り上げてくる。しかしそれはそう見えるだけで、実際にはあの炎陣ロレンスよりも速い。巨体と巨剣ゆえに錯覚が起きているだけだ。
とはいえ、剣聖と呼ばれるうちの王様ほどではない。攻撃範囲が広いから大きく避ける必要があるけど、それだけだ。バックステップで大きく下がると、そこを狙って左将軍がまたナイフを投げてくる。今度は左手で剣鉈を抜いて弾き落とす。
「くっ、何故あれを防げる!? 私の隠形が通じてないのか!?」
うん、通じてません。広間の柱や崩れた壁の瓦礫を上手く利用して隠れてるけど、気配察知で丸わかりだ。頭も尻も隠せてない。
それじゃ、そろそろこっちから手を出させてもらいますかね。
「パピー、ゴーッ!」
俺から離れてベオウルフを威嚇していたウーちゃんに、左手の指先で指示を出す。ターゲットはクリステラたちを囲む近衛兵共だ。いつもと違う呼び方だけど、ウーちゃんなら理解できるはず。うちの子は天才だから。
一瞬だけ俺を気遣う様子を見せたウーちゃんだけど、俺の心配は要らないと判断したらしい。残像を残すほどの速さで近衛兵に向かっていった。向こうはこれで大丈夫だろう。
さて、それじゃこっちもお仕事しますか。長引かせて意味のあるものじゃないしな。
納期より早めに仕上げて、余った時間でチェック、修正してクオリティを上げるのはデザイン仕事の基本だ。
駆け寄って来るベオウルフに向かって走り出す、と見せかけて横に飛び、広間の柱の陰に隠れていた左将軍へと肉薄する。
「なっ!?」
驚いた左将軍が慌ててそこから飛び出すけど、驚いたのはベオウルフも同じだ。柱ごと俺を叩き斬ろうとした大剣は止められない。僅かに躊躇した結果、勢いの落ちた大剣は柱の中ほどまで食い込み、そこで止まってしまった。慌てて大剣を手放しその場から離れようとするベオウルフだったけど、その僅かな隙が致命的だ。
飛び下がる相手が離れようとする以上の速さで、俺は彼我の距離を詰める。鉈と剣鉈を腰に戻しながらベオウルフの懐に潜り込み、その腰へと両手を回す……全然届かねぇ! でも大丈夫、俺には平面魔法がある!
「ぬうっ!?」
自分とベオウルフを平面で固定し、そのまま垂直にジャンプする。実際は平面魔法で持ち上げてたりするんだけど。
十メートルもありそうな広間の天井付近まで上昇し、そこで上下の向きを反転させ、きりもみ回転しながら床へと急降下する!
「な、なんっ!? 腕が動かっ、ぐはぁっ!」
ベオウルフが頭から石畳の床に突き刺さり、巨大な蜘蛛の巣状のヒビを作る。落下の衝撃で建物が揺れ、天井からパラパラと粉が落ちてくる。
これぞ忍法〇ズ落とし! 某剣劇格闘ゲームの忍者が使う技だ。実際に使うとまさに必殺技、必ず殺す技って感じ。ベオウルフだから死ななかっただけだ。投げ技って怖いな。
しばらくそのまま犬神家な感じで止まっていたベオウルフの体が、ゆっくり傾いて床へと仰向けに倒れ込む。
その目は白目を剥いていて口からは泡を噴き、手足はピクピクと痙攣している。死んではいないけど、しばらく起き上がってはこれないだろう。
「おっと」
頭に向かって飛んできた投げナイフを、軽くスウェーして避ける。
またか、あんたも好きねぇ。とか思ってたら、そのまま左将軍の気配が全力で遠ざかっていく。あれ?
……あの野郎、逃げやがった! 普通、皇太子を置いて逃げるか!? ここは踏み留まって増援を待つ場面だろうに!
いや、増援を呼ぶために姿を消したのか? もし大砲系の武器を持ちだされたりしたら、俺はともかく、ジャスミン姉ちゃんとクリステラ、ウーちゃんはまずい。
早めに対処したほうが良さそうだ。戻って来る前に決着させるとしよう。
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