第149話
「それじゃ作戦の最終確認ね。帝城へ突入するのは僕とウーちゃん、クリステラとジャスミン姉ちゃんの三人と一匹。残りの皆は海エルフの皆さんの救出と護衛をお願い」
「うーん、しゃあないか。皇太子を一発シバきたかったけど、身内の救助が先やもんな。うちがおった方が話も早そうやし。ワイズマン様、うちの分もアホのボンボン、シバき倒してきてください」
「任せて! 顔の形が変わるくらい殴っておいてあげるわ!」
恐ろしい程の速さで魔力操作を会得したジャスミン姉ちゃんだけど、今回の襲撃では俺の保護下に入ってもらう。まだ長く身体強化を維持できないんだからしょうがない。俺と一緒なら平面魔法で守ってあげられる。一緒に皇太子のところへ殴り込んでもらう。
とはいえ、海エルフ救出組が危険というわけでもない。初めのうちは皆で一緒に行動して、敵兵の排除や破壊工作をしてから帝城へ向かう予定だからだ。危険をできる限り排除してからの別行動を予定している。安全第一。
「船に全員乗せたら、そのまま東へ全速で逃げてね。海エルフの皆さんが居れば、操船は問題ないはずだから。僕らはひと暴れしたら飛んで逃げるから、あとで合流しよう」
「はい、分かりました」
「承知や!」
「了解みゃ!」
「任せてくれ!」
「……頑張る!」
海エルフ救出組に最後の確認をとる。
いよいよ行動開始だ。時刻は宵の口。西の空には薄紫の残照が霞み、東の空にはまばらに星が煌めいている。隠密行動には若干早い時間帯だけど、だからこそ意表を突ける。逃げる頃には真っ暗になってるだろうから丁度いい。
「それじゃ、始めるよ!」
「「「はい!」」」
「分かったわ!」
「わふっ!」
開始の合図と共に、港入口の海中から船が浮上する。いつぞやの潜水艦もどきの技術を応用して、船を沈めて移動していたのだ。空ばかりを警戒していたジャーキン軍の隙を突いてやった。
サマンサが作ってくれた旗はまだ揚げてない。今所属がバレると問題になるからな。揚げるのは国境を越えてからだ。
「な、なんだ!? 海の中から船が!」
「て、敵襲ーっ!」
港の兵士共が警戒の声を上げる。テイルロードの港は軍港でもあるから当然軍人が詰めているし、軍艦もある。先ずはその両方を無力化しないと。
「皆、僕の真後ろに! 気をしっかり持ってね!」
ウーちゃんを背中に回しつつ、殺気と魔力を練り上げる。皆が後ろへ退避したのを見計らって、前方の港へと全力で放つ!
「はあっ!」
魔力フラッシュバン全力開放だ!
実はこの技、全力で放つのは今回が初めてだったりする。威力の調整のために検証したかったんだけど、今までなかなか機会がなかった。今回はいい機会だから、ジャーキン軍人の皆さんにご協力いただくことにした。未承諾だけど。
港のあちこちで灯っていた街灯のような明かりが、『パンッ』という音を立てて次々に割れていく。どうやら魔導ランプだったようだ。俺の魔力で過負荷がかかって焼き切れたっぽい。港に泊まっている軍船に積まれた風の魔道具も同様だ。外装の箱が砕けて部品の一部がはじけ飛び、薄く煙を噴いている。
「みんな問題ありませんわ!」
「こ、今回は大丈夫だったぜ!」
俺の魔力制御も上がってるみたいだ。今回は後ろに漏れ出さなかったらしい。サマンサも漏れてない。ウーちゃんはいつも通り可愛い。
一方、港にいた兵士共はといえば、無事なのは港から離れた場所にいる者だけで、船の近くに居た者はほぼ全員が気絶している。極少数は気を失わずに起きているけど、へたり込んで動けなくなっている。港から離れた場所にいる者も、軽くパニックになっているようだ。気配が右往左往している。
ショック死している者はいない。
ふむ、ドルトンを襲ったゴブリン共の時とほぼ同じ結果かな。ショック死してないのはゴブリンよりも鈍いからか、それとも鍛えてるからか。
まぁ、無闇矢鱈に人死にを出したいわけじゃない。死なないならそれでもいい。むしろ遠慮なく使えるというものだ。
何の抵抗もなく港へと侵入した俺たちの船は、滑らかに桟橋へと接舷する。アーニャと俺が飛び降りて
皆の格好はいつもの冒険者ルックだ。荷物は船に置いてあるから、持っているのは武器防具と水の入った水筒だけ。こんなところに長居するつもりはさらさらないからな。
ジャスミン姉ちゃんも、大きく胸元の開いた生成りシャツに革のジャケット、革のパンツにブーツという出で立ちだ。腰には大きな両手剣を佩いている。
ビフロントで再会した時と同じ格好だけど、あの時は逃亡生活で薄汚れてた。今は装備も自身も手入れしてるから、見違えるように凛々しくなっている。ヅカの男役みたいだ。
なるほど、学園で『お姉様』と呼ばれているというのも納得だ。中身が期待を裏切ってるけど。
「それじゃあ、捕まってる人たちのところへ行くよ! こっち、付いてきて!」
皆が頷くのを確認して走り出す。ジャスミン姉ちゃんに合わせて普通のスピードだ。ウーちゃんとの散歩よりも遅いけど仕方がない。
おっと、脱出した後に軍船で追ってこられると面倒だ。平面魔法で、軍船の船底を抉るように大穴を空けておく。竜骨も抉れてるから、この軍船はもう二度と使い物にならないだろう。こんな暴力国家の軍備は無いほうがいい。
船員が何人か中で気絶してるけど、水が入ってくれば気が付くだろう。その後脱出できるかどうかは、俺の知ったことじゃない。海兵なら船と運命を共にするのは本望だろう、ということにしておく。
事前の下調べで、海エルフたちが囚われている場所は把握済みだ。港湾施設の外れにあるその場所へ向かってひた走る。
「ルカ、キッカ、あの大きい倉庫ね。あと、その向こうの煙突がある建物も」
「はい、分かりました」
「承知や!」
途中、ルカとキッカにいくつかの建物を指して指示しておく。その建物が何かというと、潜水艦やら飛行戦艦やらの研究施設だったりする。退却するときに、ルカの火魔法で燃やしておいてもらおうというわけだ。キッカには風魔法でそれを煽ってもらう。
けど、それは退却するときに、だ。今火を点けたら、燃え広がって逃走経路を塞がれるかもしれない。不測の事態は起こらないほうがいい。
海エルフたちが捕えられているのは、一見ごく普通の、木の柱とレンガを組み合わせた倉庫だ。
しかし実はこれ、建物全体が一個の魔道具だったりする。その効果は魔力の錬成阻害。魔封じの首輪と同じ効果だ。気配察知が無ければ、さらには以前魔封じの首輪を見たことがなければ気付かなかった。いちいちひとりひとりに首輪をするのが大変だから、それなら建物全部を魔封じの魔道具にして皆放り込んでしまえということだろう。合理的だ。
しかし、それも既に用を成していない。さっきの俺の魔力フラッシュバンで、魔道具としての回路が焼き切れたみたいだ。
ふむ。これは、俺には普通の魔封じの首輪が通用しないってことかな? 思いがけず、なかなか良いデータが取れた。
「ていっ!」
右手に装着した平面製ドリルで、壁を大きく破壊する。やはりドリルはいい。夢とロマンが、二重螺旋を描いてどこまでも突き進んでいく。
これはきっと、人類のDNAにドリルが刻み込まれているためだ。人類の、いや、全ての生き物の未来は、ドリルの突き進む先にあるのだろう。
今度、クリステラの髪もドリル(縦ロール)にしてあげよう。きっと似合う。
結構な厚さのレンガの壁を壊すと、その向こうはすぐに鉄格子だった。ひと気のないところを選んで壊したんだけど、どうやらここは使われてない牢屋の一室だったみたいだ。
平面で鉄格子を切り裂いて通路へ出ると、左右にずらりと牢屋が並んでいる。
派手に破壊音が響き渡ったにも関わらず看守がやってこないのは、きっと気絶しているからだろう。反対に、牢屋の中からはザワザワという囚人たちのどよめきが聞こえてくる。気絶してないのか? いや、寝てたのを起こしてしまったのか。目覚ましにも使えるな、魔力フラッシュバン。うむ、やはり実験と検証は大切だ。
「海エルフのみんな、助けに来たで! うちはセンナ村のキッカや! 港にうちらの船がある、それに乗って逃げるで!!」
キッカが声を掛けると、牢屋の中から歓声が上がる。平面を操作して鉄格子を切ると、海エルフたちは『おおきに!』『助かったわ!』等と口々にお礼を言いながら港へと向かって走り出す。中には『まいど!』と言っている人もいたけど、あれは口癖なんだろうか? 儲かりまっか?
「すまない、我々も助けてはもらえないだろうか?」
牢屋の中には、保護対象の海エルフたちだけでなく、見た目普通の人達も囚われていた。その中のひとりが俺たちに声を掛けてきた。こんな特殊施設に囚われているくらいだから、きっと魔法使いだろう。何か犯罪を犯したか皇家の機嫌を損ねたかして投獄されたんだな、きっと。
ふむ。脱獄させればジャーキンは混乱するかもな。敵の敵は味方って言うし、暴れてくれたら俺たちの逃走の助けにもなる。情けは人の為ならず。
「いいよ。逃げるなら海エルフと一緒に行ってもいいし、伝手があるなら街へ逃げてもいいし」
「助かる! この礼はいずれ必ず!」
全ての牢屋の鉄格子を切って、囚人全員を解放する。お礼に関しては期待しないでおこう。もののついでだしな。
「じゃあ、僕たちは帝城へ向かうよ。キッカ、皆、あとはよろしく」
「はいな。ほな海で待ってるで」
「気をつけてな、坊ちゃん!」
「魚釣って待ってるみゃ!」
「あらあら、御武運をお祈り致します」
「……いってらっしゃい」
うん、いってきます。
海エルフたちのことは同族のキッカと皆に任せ、俺とクリステラ、ジャスミン姉ちゃんとウーちゃんは帝城へと向かう。
ここからが正念場、復讐劇のクライマックスだ。ど派手に決めるぜ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます