第148話
「よしっ、やっとできたぜ!」
モニター平面を見ながらチクチクと針仕事をしていたサマンサが、手に持った布を拡げて見せた。これは三角形の……旗か? 長さ一メートルくらいの白い三角形の布に、俺の紋章である六角百合紋が黒く縫いとられている。上手いもんだ。なんのための物かは分からないけど。
「サマンサ、これは?」
「ほら、船はマストのてっぺんに、所属を知らせる旗を揚げるだろ? その旗を縫ってたんだよ」
なるほど、それは気付かなかった。海賊船はそんな旗揚げてなかったからな。頭蓋骨にブッ違いの骨マークも付けてなかった。
「あれか。そういえば付けてなかったね。気付かなかったよ、ありがとうサマンサ」
「どういたしまして。いやぁ、参ったぜ。布が擦れると『火蜂』がバンバン出るからな。痛いのなんのって」
「『火蜂』?」
「うん? ほら、空気が乾いてるとよく『バチッ』ってなるじゃん? ピカッって光って虫に刺されたみたいな痛みが走るから『火蜂』ってアタイらのほうでは言うんだけど、そっちじゃ言わねぇの? ほら」
サマンサがリビングのテーブルに置かれた金属製の花瓶に右手の人差し指を近づけると、確かにパチッと紫色の火花が散った。
「あ~、静電気ね」
開拓村は森の近くでいつも湿気があったし、ドルトンへ出てからもずっと水辺で湿気が多かったから、静電気自体を久しぶりに見た気がする。というか、転生してから初めてかも。
「王都やサンパレスでも火蜂と呼んでましたわ」
「うちは見たことないなぁ。海の近くやと出にくいんやろか?」
「……ドルトンではたまにある」
「開拓村では見たことないわね! アタシは王都で初めて見たし、火蜂って言葉も初めて聞いたわ!」
「まあ。ビート様、静電気とはどういうものなんですか?」
ふむ、久しぶりの勉強会だな。ここしばらくやってなかったし、丁度いいだろう。簡単に原子の模型を平面魔法で作って、その構造と性質を簡単に説明する。
「物が擦れたり光が当たったり、電子はいろんな理由で原子から飛び出して行っちゃうんだけど、この飛び出した電子の溜まったものが静電気、つまり火蜂の正体なんだ。少しならチクッとするくらいだけど、たくさんの静電気を浴びると身体が麻痺したり火傷したりする事もあるんだよ。最悪、死んじゃう事もある。嵐の時によく鳴ってる雷も静電気だと言えば、その威力が分かりやすいかな?」
「昔、沖の船に雷が落ちて焼けてたわ。あれも静電気なんや」
「へぇ~、これが雷ねぇ」
サマンサが右手の人差し指と親指の間にパチッっと火花を散らせる。……えっ?
「ちょ、ちょっとサマンサ、今のどうやったの?」
「えっ? いや、そんな変わったことはしてねぇぜ? アタイ、火蜂を出すのは得意なんだ。ほら」
そう言って、また指先に紫の火花を散らせる。……紫の?
「ああ、そういうことか! それだよ、それがサマンサの属性魔法だよ!」
「えっ?」
電気、雷属性か。
雷というと黄色のイメージがあるけど、実際の雷なんかは淡い紫に光ることが多い。俺の気配察知で見えるサマンサの魔力も紫だ。
分かってみれば、簡単なことだったな。試しにもう一度静電気を出してもらうと、確かに魔力が指先で電気に変化してた。間違いなさそうだ。
「それって、昔からできたの?」
「いや、昔はなんとなくできたりできなかったりだったな。意識してできるようになったのはこの数か月だよ」
なんだ、初めから属性魔法が使えてたんじゃないか。
いや、知識が追い付いてなかったから使いこなせてなかったのか。もしかしたら、そういう人は結構居るのかもしれない。実は属性魔法が使えてるんだけど、訓練と知識、そして自分の属性を知らないから、思い通り使えてないって人。
例えば、手がいつも湿ってるとか、近くにいると気温が上がった感じがするとか……前世では結構居たな。あいつら魔法使いだったのか。道理で浮世離れしてると思った。現代日本は、魔法使いには暮らし難そうだ。
「属性が分かったなら、あとは鍛えるだけだね。雷を狙ったところに飛ばすのは難しいだろうから、まずは武器に纏わせるところから始めるといいと思うよ」
「分かった。これでアタイもいっぱしの魔法使いだな!」
サマンサがとても嬉しそうな顔で笑う。ずっと悩んでたみたいだからな。
雷はとても予測しづらい自然現象だ。何処に落ちるか分からない。その際に通過する経路も、かなりランダム性が高い。ハッキリ言って、制御はかなり難しい。
しかし、武器を帯電させることくらいなら可能なはずだ。発生源が自分の手で、武器はその手に接しているんだから。幸いなことに、サマンサの武器は槍だ。リーチが長く、攻撃範囲が広い。雷属性との相性は非常にいい。
帯電した槍を、相手の武器でも身体でも、接触させることができれば勝ったも同然だ。相手は感電して武器を取り落とすか、麻痺して動けなくなるかのどちらかしかない。なんて凶悪な。
ちなみに、俺の平面魔法でも雷の再現は難しい。なんとなくそれっぽいものは作れるんだけど、非常に手間がかかる上にあまり綺麗じゃない。制御も難しいし、雷の性質も再現できない。本物の属性魔法使いが羨ましい。それ以外は大抵の事ができるからいいんだけど。
ともかく、これでまたひとつ手札が増えた。今回の襲撃には間に合わないだろうけど、今後の冒険では役に立つはず。幸先がいい。
「むむむ? さっきのも魔法なのね? ということは……ハァッ!」
ジャスミン姉ちゃんがサマンサに触発されたのか、なにやら気合いを入れている。
「違うわね、こう? んん~……ハァッ! あっ、今、ちょっと動いた気がする! もう一回!」
えっ? マジで? 気配察知でジャスミン姉ちゃんを見ると、確かに魔力が動いてる。マジか。まだ魔力操作を教え始めて五日しか経ってないのに、ちょっと早過ぎない?
いや、あの村長の娘で開拓村出身だ。そのくらいの才能があっても不思議じゃない。それに、今周囲に居るのは魔法使いばかりだ。当たり前に魔法がある環境だから、触発されて才能が目覚めても不思議じゃない。
とか考えてるうちに、どんどんジャスミン姉ちゃんの魔力操作が滑らかになっていく。なんて才能だ、やっぱりあの村長の娘だな。ジャスミン姉ちゃんも
「おお~っ、凄い! これが魔力なのね! なんか体に力が
「っ!? ワイズマン様!?」
「大丈夫、魔力切れで気を失っただけだよ。ベッドに運んでおくね」
気を失ったジャスミン姉ちゃんを平面に乗せてベッドまで運ぶ。まったく、まだそんなに魔力量が多くないのに、調子に乗って使いまくるからだ。こうやって後先考えずに行動しちゃうところは、昔から変わっちゃいない。先が思いやられるなぁ。
◇
その日の夜、こっそり帝城に潜入調査したら、なんか色々分かった。思ってたよりジャーキンは不穏だった。
まず、最優先で調べた海エルフたちの居場所だけど、港にあるジャーキンの軍用造船所、そこの奥まった一角に捕らえられているようだ。魔道具に魔力を注ぐための動力源として働かされているらしい。
現在開発中の飛行戦艦とやらは運用にかなりの魔力が必要で、魔物から得られる魔石だけでは安定供給が難しいから、魔法使いからの魔力供給について研究が進められているみたいだ。
この研究は未だ途上で、魔力を貯蔵するための実験が繰り返されている段階らしい。その実験のために海エルフが利用されているみたいだ。魔法使いでない海エルフは、言うことをきかせるための人質にされている。調べてみたところ、全部で三十二人いることが分かった。
ってか、なんで自国の魔法使いを使わないんだろう? ジャーキンにも魔法使いはいるだろうに……あっ、貴族だからか。
無償で働かせれば王家が借りを作ってしまうし、有償なら莫大な謝礼が必要になる。その点、海エルフならどっちの心配もない。
いつか観た刑事ドラマで『金と女|(または男)を追えば、事件の九割は解決する』みたいなことを言ってたけど、ジャーキンでの海エルフ拉致監禁事件は金銭が原因の可能性が高いな。いつの時代どこの世界でも、お金絡みの事件は無くならないってことか。
ともあれ、海エルフたちの居場所と人数は分かった。作戦決行時には最優先で救出しよう。
もうひとつ分かったのが、現在のジャーキン皇帝の動向だ。
この戦争が始まって以来、聞こえてくるのは皇太子関係の話ばかりで、皇帝は一体何をしているんだろうと思っていた。戦争なんていう国の重要政策を皇太子に一任して、トップは何をしているのかと。
結論からいうと、何もしていなかった。というか、軟禁されていた。
現皇帝は、皇太子クロイスが国政に関わるようになってから徐々に実権を奪われ、ここ数年は公務もほとんどなく、帝城から離れた山中の離宮に隔離されているらしい。対外的には病気療養ということになっている。
自分の兄ふたりを手に掛けたであろうクロイスだから、てっきり不要になった皇帝も秘密裏に
まぁ、こっちの救助は不要だろう。状況が悪化しても、今更処分する理由はない。ひょっとしたら、実はもう処分していて隠蔽しているだけかもしれないけど、どっちにしても救助に向かう必要はない。
ジャーキンが開発中の各種兵器も、おおよそのところが分かった。
飛行戦艦や飛竜隊、長距離砲の他、潜水艦、魔導ミサイル、ナパーム弾などを開発しているようだ。飛竜隊が戦闘機の代わりで、飛行戦艦は爆撃機兼航空母艦というところか。潜水艦はミサイル艦かな? どんだけ近代兵器が好きなんだよ。皇太子はミリオタか?
飛竜隊と長距離砲以外はまだ開発中らしいから、今のうちに潰しておいた方がいいだろう。戦争が終わった後、研究情報を王国が手に入れたら使いたくなってしまうかもしれない。あの王様ならそんなことはないとは思うけど、その下の役人や軍人全てがそうとは限らないからな。その場合は、王国がジャーキンに取って代わるだけだ。いつまでも戦争が無くならない。
俺みたいな半人前が判断するのは傲慢で僭越かもしれないけど、この力はまだこの世界には早過ぎる。秘密裏に処分したほうがいい。作戦のついでに潰しておこう。
そして、やっぱり左将軍はヤバい。
情報部を統括してるらしいけど、それ以上の事が何も分からなかった。名前も、出身も、過去の経歴も、何もかもサッパリだ。自分が将軍になった時に、文書も人も、全てを破棄させたらしい。徹底してる。
やっぱこいつが最要注意人物だな。ヤバい臭いしかしない。
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