第076話

「クーデター?」

「そうだ、王国第二騎士団団長である第二王子『ブランドン』による王権奪取だ」


 ロレンスが語ったのは、ジャーキンとノランのみならず、王国の血族まで巻き込んだ剣呑な計画だった。


 事の発端はジャーキン神聖帝国の、当時は第三皇子だった『クロイス』皇太子の誕生だったという。今から十七年前だ。

 この皇太子、生まれた時は普通だったんだけど、五歳になった頃から突如その頭角を現したそうだ。

 読み書き計算は言わずもがな、経済や技術開発にも才能を発揮し、若輩ながら帝国の発展に大きく寄与したそうだ。しかも、なんと全属性の魔法を扱う事ができるのだという。

 まさかのマジチート! これはそいつが転生者で間違いないな。

 刀や銃もこの皇太子の発案で開発され、軍事力の強化に貢献したそうだ。

 今回この戦線に持ち込まれた銃は総生産数の半分程度。つまり、まだ二千丁程がジャーキンにあるって事か。よく作ったな。


 そして帝位継承権上位の兄ふたりが事故と病気で相次ぎ死亡、クロイスが継承権一位の皇太子となったそうだ。なんか、疑惑とか嫌疑とか、そんなレベルじゃない濃さで真っ黒だ。


 皇太子は帝国を発展させるだけでは満足せず、いまから五年前、既に実権を握っていた軍部を動かし、ある作戦を実行する事にしたそうだ。それが今回の王国侵攻計画。

 旧来の宿敵である王国を潰し、さらにはエンデやノラン、エルフの国まで平らげて大陸全土を帝国の版図としようという計画らしい。

 ってか、ノランもかよ。同盟結んでるんじゃなかったのか? 国家に真の友人は居ないとは言うけど……この皇太子はちと露骨すぎるな。


 王国侵攻計画は、まずノランと同盟を結び、次に王国内の貴族を調略することから始めたようだ。その貴族のひとりがノランとエンデに接する領地を持つ『ミノス子爵』だった。

 国境の領地というと重要そうだけど、実際は荒れた土地が広がる貧しい僻地だそうだ。王国からの援助でなんとかやりくりしている貧乏貴族らしい。リュート海沿岸にあるせいでノランによる略奪被害も多く、領地の開発もままならなかったのだとか。


 不満と心労の溜まっていた子爵は、この計画を左程抵抗もなく受け入れたそうだ。王都近郊の豊かな領土を得られるという誘惑に勝てなかったのだろう。

 そして、この子爵家から計画の全権を委ねられたのが子爵令嬢『アンジェリータ』だった。貧乏な辺境暮らしにほとほと愛想が尽きていたアンジェリータは、この計画に非常に積極的だったそうだ。

 彼女の役目は第二王子ブランドンの篭絡。色仕掛けでブランドンを誑かし、来るべき時にクーデターを起こさせる。その企みを抱いて、いまから三年前に王都の学園へと編入してきたのだ。


 ここまで聞いて、この件に俺も無関係じゃない事に気が付いた。そう、クリステラだ。

 編入してきたアンジェリータがブランドンを篭絡するのに、一番の障害になるのは婚約者であるクリステラだったはずだ。

 だから天秤魔法を否定する風潮を作り、悪評を裏でばらまき、クリステラを悪役令嬢に仕立て上げて追い出した。ブランドンを寝取り、婚約者の座を奪い取る為に。つまり、クリステラはアンジェリータに嵌められたのだ。

 そのおかげで俺の仲間になったという点では感謝すべきなのかもしれないけど、出会った時の憔悴したクリステラを思い出すと到底許す気にはならない。あの時のクリステラの儚さは、全身を洗われた直後の濡れそぼったロングコートチワワのようだった。しばらく情緒不安定だったし。アンジェリータとかいう売女は俺の敵だ。許さん。


 計画通りにブランドンは誑かされ、アンジェリータから心に毒を注がれ続ける。『王にふさわしいのは貴方』『王国は貴方の物』『生まれた順番ではなく実力で王位は継承されるべき』。

 簡単に誑かされて婚約を破棄するような暗愚だ。この甘い毒はさぞかし良く効いた事だろう。

 王国騎士団の団長になり兵権を得たとはいえ、それでもクーデターを起こすにはまだ兵力に不安がある。しかし、それはジャーキンが協力するという事で納得したらしい。

 外国の軍隊を国内に入れるという事がどういう事か、そんな事も理解できない程の暗愚だとは、最早救い様が無いな。救う気なんて最初から無いけど。こいつも敵だし。


 そして計画は最終段階に移る。

 強力な魔道具を装備したジャーキン軍が国境を越えて攻めあがる。蹴散らされた王国軍は増援を王都から呼び、その結果王都近郊の守備は甘くなる。

 後方では盗賊等を使って騒乱を起こし、さらに王都の兵を薄くする。

 そこを突いてクーデターを起こし、素早く王都と王城を制圧する。あとは奪取した王権でもって戦争を終わらせ、ジャーキン軍の協力で各地の貴族を黙らせるという計画だそうだ。

 そして最終的にはブランドンも排除して、この王国はジャーキン帝国の領土になるという事か。


 穴はいくつもあるけど、それなりによく練られた作戦だな。どこかで頓挫したとしても、ジャーキンに大きな損失が出にくいというのがまたいやらしい。

 もし失敗しても、強力な魔道具は生産し続けているし、その数が揃えば実力で蹂躙する事も可能だろう。今回の計画は『上手くいけば儲けもの、駄目でも次があるし』位のものなのかもしれない。


 しかしまぁ、なんというか、俺が村を出る時から今までにあったでき事のほとんどが繋がったな。

 イナゴの襲来、ボーダーセッツ近郊の盗賊、ドルトンの魔物襲撃、センナ村の虐殺、そして海賊。大きな出来事で無関係なのって、猪人の集落とジョーさんくらいか?まぁ、関係あろうが無かろうが、全部粉砕してきてるわけだけど。


 ……あれ? なんかヤバくない? 俺、ジャーキンの計画のかなりの部分潰してる気がする。

 別に誰が王様になろうと王国が無くなろうと構わないんだけど、もしジャーキンが実権握ったら報復されるんじゃね? しかも、その累は村の皆や村長にも及ぶかも……ヤバいじゃん!


「村長、これはかなりヤバいんじゃない? 下手すると村が無くなっちゃうよ?」

「村どころか、国ごと無くなるかもしれんと言う話なんだがな。流石にこれは洒落にならん」


 村長も腕を組んで思案している。既に王都からの援軍は出発している。いつクーデターが起こってもおかしくない状況だ。


「それで、クーデターの実行はいつなのだ。決まっているのだろう?」


 村長の問いかけにロレンスはニヤリと笑みを浮かべる。


「どうして俺が素直に計画を話したと思っている?」

「むっ、まさかっ!?」

「既にクーデターは起こっている。実行は二日前だ」


 っ! なんてこった! 俺が暢気に観光してた時には、もうクーデターは発生してたのか!

 あっ、あの時出城に着いてた船! もしかしてあれがそうだったのか!? 畜生、目の前でクーデターが起こっていたとは!


 だとすると、今頃王都は大変な事になってるかもしれない! クリステラたちもヤバい、急いで帰らないと!


「村長、僕、急いで戻らないと! 残してきた皆が!」

「待てビート!」


 そのまま出て行こうとした俺の腕を村長が掴む。病み上がりとは思えない程の強さだ。


「もう今日は遅い。お前も働き詰めで疲れているはずだ。今日は休んで、明日の朝早く出た方がいい。でないと、王都に着いてもろくに動けなくなるぞ」

「でも!」

「心配するな。お前が思っているよりあの娘は強い。大丈夫だ、信頼してやれ」


 うぐぅ、村長にそう言われると反論できない。出がけのクリステラの顔が気にはなるけど、焦っても物事が好転しないのも確かだ。


「わかった。今日はもう宿に帰って寝る事にするよ。村長はどうするの?」

「ふふん、計画を知った以上、こちらも動かねばならん。蹂躙される未来など御免だからな。今夜は徹夜だ」


 村長の目には熱い光が、口元には獰猛な肉食獣の笑みが宿る。


「明日の夜明け前に急襲を仕掛ける。司令官も魔道具もこちらにあるのだ。向こうは何もできんだろう。奴らを蹴散らし、軍を南へ進める。そして王都を目指している本体の横っ腹を喰い破る」


 マジで肉食獣だった。ニヤリと笑った口元の犬歯が牙に見える。


「無駄な事だ。既にクーデターは成功しているだろう。すぐに停戦命令が出る。そうなれば何もできずに軍は解散だ」


 ロレンスがあざけるような顔で指摘する。捕虜の分際で偉そうに。仔狗をけしかけてやろうか? 鼻の下を伸ばしたところをテクスチャにして保存するぞ?


 俺と村長は顔を見合わせ、頷き合う。


「確かにそうかもしれん。だけど、それも直ぐに撤回される事になる。こちらには切り札があるからな。クーデターは失敗に終わる」

「切り札だと?」


 訝し気なロレンスが俺と村長を交互に見やる。まさか半日ほどで俺が王都へ戻れるとは思ってないのだろう。


「じゃあ、僕は寝て英気を養う事にするよ。じゃあね!」

「ああ、後は任せろ。それと、後は任せた」


 なかなか面白い言い回しだけど、言いたい事は良く分かった。流石は村長。こういうのをウィットに富むっていうのかな? 今の俺ではまねできない。

 村長と俺はニヤリと笑みを交わして別れた。明日は忙しくなりそうだ。


 ソファで寝ていたアーニャを忘れた事に気が付いたのは、宿屋に着いてからだった。

 ……ごめん。

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