第036話

 伯爵邸から冒険者ギルド前まで送って貰った俺たちは、冒険者ギルドでアンナさんたち、商業ギルドでビンセントさんを呼び出してもらい、盗賊討伐の報酬を分配することにした。場所は冒険者ギルドの待合コーナーだ。

 今日は初日に絡んできた三バカは居ない。真面目に依頼をこなしてるのかね?


 ギルドから支払われた報酬は大金貨二枚だったけど、分配しやすいように金貨二十枚に崩してもらった。

 しかし、いざ分配という段になってビンセントさんは、


「あの件では私は何もしておりませんから」


 と言って固辞してきた。アンナさんたちは、


「貰えるものなら貰っとくよ。あたしらはそんな贅沢言ってられるほど恵まれてる訳じゃないからね」


 と言いつつも、四人合わせて金貨六枚しか受け取らなかった。


「やった仕事の対価って事なら、これでも貰い過ぎさ。戦ってないのに討伐ポイントも貰ったしね」


 とうそぶいていたけど、そこには何か矜持があったのだろう。半端な金額だから、分配で揉めなきゃいいんだけど。残りは俺と村長で山分けにした。


 その後、村長が指名依頼をギルドに発注し、それを俺が受けてその日は解散になった。

 アンナさんたちはもう一日休暇を取り、ビンセントさんはダンテス焼きバーベキューを焼く屋台の準備に、村長は村へ持って帰る物資の調達へ向かうそうだ。

 村長の買い物は明日いっぱい掛かりそうとの事だったので、村への出発は明後日という事になった。

 かなりの量になりそうだな。馬車二台分くらいは軽くありそうだ。大量に輸送できる方法を作って・・・おかないとな。



 宿に戻ると、丁度クリステラが起きて来たところだった。時刻は昼を少し回ったところだ。

 今朝は朝食を食べる時間が無かったから軽く何かを腹に入れておこうと思って、帰りに屋台で色々買って来た。

 『軽く』というのは、この国では基本的に一日二食、朝と夕方しか食べない習慣だからだ。今がっつり食べてしまうと、宿で用意してくれる夕食が入らなくなる。


 買ってきたのは何かの肉の串焼き数本とクッペ(コッペパンサイズのフランスパン)のようなパン、ヒョウタンみたいな入れ物に入った果実水だ。

 全部ふたり前ある。『主人を差し置いて奴隷が食事をとるわけにはいきませんわ!』とか言って、クリステラも朝食を食べなかったからだ。妙に律儀なんだよな。


「わたくし、食器を使わずに食事をするなんて初めてですわ!」


 等と目をキラキラさせているのを見ると、どっちが子供だか分からなくなる。いや、俺の中身はオッサンだけどもさ。


「色々決まった事とかやる事とかがあるから、食べながら話すよ。テーブルに座って」

「はい、ビート様」


 そう言って部屋に備え付けの丸テーブルに向かい合って座る。

 この国では奴隷と主人が一緒のテーブルで同時に食事をとる事は通常無いらしいけど、そういうのは面倒なだけなので、俺たちは一緒に同じ物を食べるという事にしている。昨日の夕食のときにそう決めた。


「まず、明後日に南の開拓村へ旅立つ事になったんだ。村長と子供たちの護衛ね。指名依頼って形にしてもらったから、護送のポイントが付くよ」


 串焼きを食べながら話す。ちょっと硬いけど豚肉っぽい。猪人オークの肉かもしれない。味付けは塩のみだけど、肉から出る脂の甘さと合わさって深い味わいになっている。


「まあ、初めての依頼ですわね! ダンテス様の開拓村ということは、ビート様の生まれ育った所ですわね! 楽しみですわ!」

「うん、いい所だよ。お芋も美味しいし」


 クリステラも小さく口を開けて串焼きをハムハム食べている。なんだか小動物っぽい。栗鼠とかウサギみたいな。


「でもちょっと遠いから、変わった手段で移動するからね。なるべく速くっていう依頼なんだ」

「なんでしょう? 馬車じゃありませんの?」


 小首を傾げる仕草がますます小動物っぽい。

 俺は一本目を食べ終わり、果実水で口の中を洗い流す。何の実かは分からないけど、シトラスっぽい柑橘系の爽やかな香りと酸味がする。甘さはかなり控えめで、料理の邪魔をしなくて丁度いい。


「それなんだけど、これから僕がいう事は他言無用ね」

「んぐっ、わ、わかりましたわ」


 少し魔力を放出させて、疑似的に威圧感を演出してみる。村長くらい経験を積まないと、本物の威圧感なんて出せない。早く大人になりたいな。

 目論見通り、クリステラが一時食べるのを止めてこちらに集中してきたのを見計らって、話を続ける。


「まずはひとつ目。僕、魔法使いなんだ」


 そう言ってテーブルの上に球を浮かべる。村でも見せた、中に弱い光源が入った偽水晶玉だ。意外に出番多いな、これ。いや、手ごろなのがこれしかないってだけなんだけど。


「え……え?」


 クリステラが偽水晶玉を見て固まってる。


「多分、固有魔法になると思うけど、僕は平面魔法って呼んでる。物を作り出して動かす魔法だよ。これで乗り物を作って移動する予定なんだ」


 偽水晶玉を八の字に動かして見せる。本当は作り出して動かすだけじゃないけど、細かい事を言っても分かってもらえるとは思えないから説明しない。


「え……えぇえ~~っ!?」


 フリーズから復帰したクリステラが、椅子を蹴倒して立ち上がる。かなり驚いたようだ。


「へ、平民でも稀に魔法使いが生まれると聞いた事はありますが、実際にお会いしたのは初めてですわ。しかも、それが子供でわたくしのご主人様だなんて……」

「うん、みたいだね。でも、僕は国にも貴族にも囲われるのは嫌なんだ。冒険出来なくなっちゃうかもしれないしね。だからこの事は秘密ね」

「わ、わかりましたわ。この事はこの胸に秘して鍵を掛けておきますわ」


 そう言って右手を胸に当てた。……うん、今はジャケットを着てないから、大きさが良く分かる。あと少し小さければ……いや、何も言うまい。


 クリステラが椅子に座りなおしたのを見て、パンに手を伸ばす。村で食べてたのより外側は硬いけど、中は若干柔らかめだ。齧ると、硬い外側だけが皮を剥くように取れていく。まるで揚げパンみたいだ。

 味はちゃんと塩が効いてる分、村の物より美味しい。やはり海運の要衝だけあって、塩の確保が容易なんだろう。羨ましい限りだ。


「じゃあふたつ目。実は僕、元奴隷なんだ」

「え?……えぇえぇ~~~っ!?」


 クリステラが再び椅子を蹴倒して立ち上がる。立ったり座ったり、忙しい事だ。


「あ、有り得ませんわ! わたくしのように、魔法が使える者が奴隷に落ちる事はあっても、奴隷が魔法を使えるようになるなんて聞いた事が有りませんわ!」

「なんで? 目の前に僕は居るよ?」

「なんでって……そ、それが常識だからですわ!」

「常識って、クリステラの、王都での常識だよね? 開拓村じゃその常識は通用しなかったってだけじゃない?」

「そ、それは……うぅ……」


ポスンッと、崩れるように椅子へと座り項垂れるクリステラへ話を続ける。


「僕たちは冒険者だからさ、魔境やダンジョンにもいずれ潜ると思うんだよね。っていうか、潜りたいと思ってるんだ。でもそこは僕たちの世界じゃなくて魔物の世界だからさ、僕たちの常識は通用しないと思うんだ。常識が邪魔をして、危機に陥ることだってあるかもしれない。だから、冒険者はあるがままを受け止めて、状況に応じた判断をすることが必要なんじゃないかと思うんだけど、どうかな?」


 なにやら説教臭くなってしまったが、丁度いい機会なので言ってみた。


 前世でもあった話だ。CGデザイナーの仕事は、結果的に想定した以上のものが出来上がればOKで、その為の手段は(違法でなければ)何をしたって構わない。紙だろうがデジタルだろうが写真取り込みだろうが。

 なのに、自分は3Dデザイナーだから全部3Dで作らなきゃいけないとか、逆に2Dで全部作らなければいけないと思い込んでいる人の多い事多い事。組み合わせれば楽に早く作れるというのに。

 チーフになって部下が出来たとき、最初の仕事はその思い込みの破壊だった。複数のツールでフォルダを共有し、作業結果が相互に反映し合うように構成して、実際に目の前でデータを作って見せた。もう随分前の事のような気がするな。


 短い回想から帰ってくると、クリステラがキラキラした目でこちらを見つめていた。


「素晴らしい、素晴らしいですわ、ビート様っ! わたくし、感服致しましたわっ! その深い洞察と思慮! 重みのあるお言葉! 先程は元奴隷なんて有り得ないと言いましたけど、やはりビート様は奴隷ではありませんわ! いえ、奴隷で終わる方では御座いません! その若さでその聡明さ! いずれはこの国を背負って立つ大人物になると、わたくし、たった今確信致しましたわ! ああ、わたくしはやはり幸運ですわ! 一生御傍に置いて下さいませ、ビート様!」

「え? あ、う、うん?」

「ああ、なんて素敵なのかしら! ……元奴隷と元侯爵令嬢……旅の仲間からいつしかふたりは……そして……」


 ああ、いかん、何か変なスイッチが入っちゃったようだ。どんな妄想してるのか知らないけど、目をキラキラさせたまま虚空を見つめてブツブツ言い始めた。

 夢見る乙女って言葉があるけど、いくら美少女でも妄想にふけってる様子はちょっと不気味だ。早々に戻ってきて貰おう。


「クリステラ? おーい、戻ってきてー」

「そしてふたりは……正室となったわたくしは……」

「おーい、もしもーし?」

「広大な所領……可愛い子供たちと……はっ、し、失礼しましたわ、私としたことが」


 クリステラが顔を真っ赤にして俯き、謝罪してくる。なにやら看過できない独り言が聞こえた気がしたけど、ここは敢えてスルーしておこう。つつくと蛇が出てきそうだ。それもとびきりでっかいのが。

 気持ちは嬉しいけど、まだ早い、早過ぎる。俺はまだ七歳だ。


「それで、明日は一日予定がないから、近場の森でクリステラの魔法の訓練をしようと思うんだけど、どうかな?」

「わたくしの魔法……ですか? でも、私の天秤魔法は……」


 先程までの舞い上がりっぷりが嘘のように、クリステラが沈んでしまった。察するに、今まで碌な評価を貰った事がなかったんだろう。

 しかし、俺の思ってる通りなら、その天秤魔法は化ける。大化けのQ太郎だ。


「大丈夫、僕に任せて。きっとその天秤魔法は、クリステラを一流冒険者にしてくれるから」


 俺は笑顔でウィンクし、サムズアップしてみせる。こういうのは勢いと雰囲気が重要だ。なんとなく『大丈夫そう』と思わせるのだ。

 前世でのチーフ体験がこんなところで活きるとは。人生に無駄はないんだな。一回終わってるけど。


「……はい、よろしくお願いしますわ、ビート様」


 少々弱々しいものの、クリステラに笑顔が戻った。よしよし、じゃあ明日は気合い入れて指導しますかね。某軍曹ばりに!


 ハート○ンじゃなくてケ○○かもだけど。

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