第144話

 冒険者からはいい情報が得られなかった。何人かはちょっと言葉を濁してたから、何かを知っているのは間違いない。カマをかけたり脅したりお金をちらつかせたりしたけど、『オレたちの信用問題になる』『神に誓って犯罪に巻き込んだりはしていない』と言われてしまうとそれ以上追及できなかった。


「あらあら、商人もダメでした。下男なら口が軽いかと思ったんですが、逆に何も知りませんでしたね。この街の人たちは徹底してます」

「けど、ジャーキンと交易してるのは間違いねぇぜ。ほら、この布の模様はジャーキンでも西の方の民族が使ってるもんだ。かなり手広くやってるみたいだな」


 商人に当たっていたルカとサマンサも空振りだったみたいだ。

 サマンサが拡げてみせてくれた布は、いくつもの花と葉の模様が緑とオレンジの二色で編みこまれた、かなり手の込んだ布だった。確かに王国じゃあまり見ないパターンだ。

 けど、そうなると候補地の範囲が広がっただけで、本来の目標からは遠ざかってるんだよなぁ。サマンサは珍しい布が手に入って嬉しそうだけど。


「あっ、おったおった。行先が分かったで! 国境越えたすぐ先、ビフロントや!」

 冒険者ギルドの打ち合わせスペースで港捜索班の三人を待っていたら、その三人がドアを開けてこちらへ駆け寄って来た。しかも情報を手に入れてきたようだ。さすが海の女、こういう時は頼りになる。


「ほんとに!? 僕らは空振りだったのに、凄いねキッカ!」

「いやぁ、手柄はうちやのうてアーニャはんや。さすが魚博士やな」

「うみゃ。サマラの旬にはまだ早かったみゃ」


 おう? サマラって魚の名前か? それの旬がどうして情報に繋がった?

 話を聞くと、こういうことのようだ。


 港へ行った三人は、船員より口が軽いだろうという理由から、まず船の人足たちに話を聞いたそうだ。ルカたちと同じ発想だな。仲間内での意志の疎通はできているっぽい。

 すると、何人かは赤毛で背の高い女冒険者を覚えていたそうだ。十五日くらい前に、ジャーキンへ行く船に乗せてもらえないかと港の船員に聞きまわっていたらしい。しかし全て断られていたという。

 ところが翌日には居なくなってたから『きっと誰かが根負けして乗せてやったんだろう』と人足たちは思っていたそうだ。

 直ぐに情報が手に入って喜んだキッカたちだったけど、肝心の『誰が何処へ乗せて行ったか』は、いくら聞きまわっても全く情報が出てこなかった。船員にも話を聞いたそうだけど、密航の手伝いをしましたなんて話すはずがない。情報は何も聞きだせなかったそうだ。

 船関係ではこれ以上情報は集まらないと判断した三人は、今度は漁業関係者に話を聞くことにしたそうだ。しかし、漁業関係者は船員以上に口が堅かったという。

 なんでも越境しての漁は密漁と密入国の二重の罪になるそうで、バレたら即奴隷落ちになるらしい。今は戦争の最中だし、奴隷になったら即最前線送りだ。生きて帰れる保証はない。

 さらに言えば、船乗りの奴隷なら船に乗せられる可能性が高い。この世界の海には魔獣がいるから、その分危険も多い。戦闘で海に放り出されたら、いくら泳ぎが達者でも生きて帰れる可能性は限りなく低い。

 そんな理由だから、おいそれと越境しましたとは言えないのだそうだ。たとえ日常的にそうしていたとしても。

 そんなわけで、港に戻って来た漁師たちからも有力な情報は得られなかったそうだ。

 途方に暮れて港を歩いていたそんなとき、荷揚げされた魚を見てアーニャが疑問の声を上げたそうだ。


『みゃ? なんでサマラがあるんだみゃ?』

『ん? サマラってあの青っぽい銀色の魚? そら、漁で獲って来たんやろ?』

『サマラは初夏の魚だみゃ。この辺りではもうひと月くらいしないと獲れないはずだみゃ』

『っ! その魚、今獲れるとしたら何処や!?』

『サマラは暖流に乗って西からやって来るみゃ。いまならジャーキンの西側あたりみゃ』

『ちゅうことは、あの魚はそこから獲って来たっちゅうことやな!』

『……越境の動かぬ証拠』


 漁師たちはとぼけようとしたらしいけど、舌戦で関西オカンに敵うはずがない。

 ついには越境を認め、その口止め料として、漁師のひとりが赤毛の女冒険者をジャーキンへ運んだことを白状したそうだ。なるほど、魚が決め手か。アーニャの魚好きが食事以外で役に立つとは。


「干物でも塩漬けでもないサマラは初めてみゃ! 生のサマラは塩焼きでもムニエルでもイケるらしいみゃ! 今日はムニエルがいいみゃ!」


 そういってアーニャが差し出したのは、サワラに似た一メートルくらいの青魚だった。

 お前、実はそれを食いたかっただけだろ? まぁ、結果的には助かったからいいけど。



 ビフロントの街は、南北に流れる川の河口付近にある港街であると同時に城塞都市でもある。王国との国境であるエルツ河の砦が突破された場合は、この街が次の防衛線というわけだ。

 上空から街を確認したところ、この街は港を中心とした半円状に高さ五メートルほどの城壁で囲まれ、その内側にはさらに堅固な壁に守られた城塞が存在している。一般の民家や商店は、その二枚の城壁に挟まれるように建っている。

 ほとんどが二階建て以上の集合住宅で、それも結構な密度だ。人がすれ違うのが精一杯って路地もあちこちに見られる。火事になったら洒落にならんな。石造りだから大丈夫なのか?

 ジャスミン姉ちゃんは漁師に頼んで、夜のうちにこの近くの海岸へ上陸したそうだ。この街へ立ち寄った可能性は高い。まだこの街に居るなら気配察知で見つけられるだろうけど、ちょっと人口密度が高すぎて分かり辛い。内部に侵入するしかなさそうだ。


 船をちょっと内陸に入った山に隠し、夜陰に紛れて街へと入ることにした。海岸は地形が単調で、船を隠せる場所が無かった。

 服装は、ジャーキンでは一般的な平民の服だ。サマンサが布を買った店では服も売っていたので、そこで購入した。もし兵士などに見つかった場合も、この格好ならとぼけられる。

 ルカとサマンサの聞き込みも無駄にならなかったな。結局、無駄足だったのは俺だけか……ちょっと落ち込む。

 今回潜入するのは俺だけだ。夜中に忍び込んで探すとなれば、聞き込みという手段は使えない。この世界では、夜になるとほとんどの人が寝てしまうから。例外的に起きているのは見回りの兵士くらいだ。とはいえ、さすがに見回りの兵士に聞き込みはできない。不審者として捕縛されてしまう。

 ということで、気配でジャスミン姉ちゃんを判別できる俺だけが潜入することになった。

 クリステラたちは『何かあったら大変ですわ!』とか言ってたけど、俺の隠密能力は大森林の魔物相手に鍛えた特級品だ。そうそう『何か』が起こることはない。

 もし何かが起こっても、平面魔法は軽く万能だ。対処のしようはいくらでもある。


 城壁をスカイウォークで悠々と乗り越え、そのまま夜の街の上空をゆっくり歩いて回る。気配察知の範囲は、大体半径百メートルくらいに絞り込んでいる。このくらいにまで絞り込まないと、人口密度が高すぎて処理がきつい。

 街の北側から城壁沿いに外周を回っていく。城壁沿いにはあまり立派な建物はない。どうやら半スラム状態のようだ。奴隷に落ちる一歩手前の連中が住んでいると思われる。建物は古くて路地は汚れた感じだけど、人口密度は高い。

 うわっ、子供が四人寝てるすぐ隣で、御夫婦と思われる男女が励んでおられる! 他にすることないのかよ! ……無いか。夜は長いのに辺りは真っ暗だもんな。できる事が無い。そりゃあ人口密度も上がるはずだわ。

 敵対する国の人間が身を隠すならこういう場所だと思ったんだけど……いないなぁ。意外に街中で宿をとってるとか、もう街から出たとかかな? 最初から街に入ってないというのは……ないな。多分、食料が持たない。


 城壁沿いにぐるりと半スラムを南へ移動した終点は、川の河口だった。ここから川沿いに北へ向かうと港がある。港までの川沿いは倉庫街だ。城壁の近く以外で身を隠せるとしたら、この倉庫街しかない。

 この倉庫街も、意外に人の気配が多い。多分、船員や売り飛ばされる前の奴隷たちだろう。倉庫の一角にすし詰めになっている。居住環境は悪そうだ。

 ゆっくりと気配を探りながら北上すると、港辺りまできたところで、なにやら騒ぎが起こっているのに遭遇した。


「いたぞ、こっちだ!」

「例の城主襲撃の犯人だ! 回り込め、逃がすなよ!」

「殺しても構わん、何としても捕まえろ!」


 兵士数名が港から倉庫街へ、ひとりの女性を追い込んでいた。上から見るとよく分かるけど、兵士たちは上手く女性を誘導し、袋小路へと追い込んでいるようだ。地元の地理をよく把握していると見える。

 それとは気づかず、女性はどんどんその袋小路へと向かっている。

 ってか、ジャスミン姉ちゃんだ。背が伸びて肉付きが良くなってるけど、この気配は間違いない。

 城主襲撃って、何やってんだよ! 村長の仇討ちなら帝都の皇太子を襲撃しなさい。こんな前線間近の木っ端城主を襲っても意味ないでしょうに。相変わらずその場の勢いだけで行動してるな。まぁ、らしいと言えばらしいんだけど。


「っ! 行き止まり!? まずったわ! もうヤルしかないわね!」


 ジャスミン姉ちゃんがとうとう袋小路に追い込まれた。兵士たちとはまだ少し距離があるけど、時間の問題だ。ジャスミン姉ちゃんは腰の長剣を抜いて兵士たちを待ち構える。やれやれ、世話の焼ける娘だ。

 スカイウォークで空中をトントンと歩いて下り、最後の三メートルほどは一気に飛び降り、ジャスミン姉ちゃんの目の前へと着地する。


「わっ!? 上から!? 奇襲!?」

「うわっ、ちょっ、僕だよジャスミン姉ちゃん!」


 突然飛び降りて来た俺に驚いたのか、ジャスミン姉ちゃんは両手で握った長剣を俺に向かって斬りつけてくる。それを二度三度と躱しながら、ジャスミン姉ちゃんに話しかける。


「えっ? あれ、ビート? なんでここに?」

「話は後で。今は逃げるよ。僕に捕まって」


 俺はジャスミン姉ちゃんの腰を抱くと、周囲を平面で囲って一気に空へと浮かび上がる。ってか、抱き着いたら腰の辺りとか、ジャスミン姉ちゃん、大きくなったな!


「うわわっ!? 何! 飛んでる!? 魔法!? ビート、あんた魔法使いだったの!?」

「だから、話は後で。とりあえず街を出るから、しっかり捕まっててね」


 俺たちが上空二十メートルくらいにまで上がったところで、袋小路に兵士たちがなだれ込んでくるのが見えた。追い詰めたはずなのに何処にもいなくてキョロキョロしている。うむ、犯人は忽然と消えた方がミステリアスだ。なかなか良い演出になった。

 では無事目標も確保したことだし、ひとまず皆のところへ帰ろう。平面を操作して山の方へと向かう。


「すごーい! 飛んでる、飛んでるわ! あはははっ!」


 ジャスミン姉ちゃんは、さっきまでの危機を忘れたかのようにはしゃいでる。

 少しは緊張感を持ちなさい! 飛んでるのはアナタの頭ですよ、この鉄砲玉娘!

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