第019話
結局、残りの木材も俺が薪に変えた。その方が早かったし。
切った薪のいくらかをイナゴキューブ(仮)の上に運ぶのも、スカイウォークを使って俺がやった。皆には、やっぱりあんぐり口を開けて呆けられてしまったけど、もう突っ込まない。疲れた、精神的に。
そろそろ陽も落ちようという頃、ようやく薪に火が入れられた。
火打石と大鋸屑で点けた火を上の方の薪にも点けに行くと、西の丘に沈もうとする夕日がやけに大きく見えた。明日は晴れかな。
生木なのでなかなか火は点かなかったけど、一度燃え始めると白い煙を伴って勢いを増していった。
これからは交代で番をしながら、一晩この火を燃やし続けることになる。その熱で中の卵を焼き殺そうというわけだ。
◇
明け方には薪も無くなり、処理は無事完了した。
イナゴキューブ(仮)はまだ高温を発しており、周囲には陽炎が立ち昇っている。流石に生き残った卵はもうないだろう。気配察知で探ってみても何も感じないし、これでひと安心かな。
ここから北にはまだいくらかイナゴが残っているだろうけど、蝗害になるほどではないはず。自然のバランスの範疇だと思う。
持参した食料で簡単な朝食を取った後、帰路に就いた。
イナゴキューブ(仮)はそのまま放置だ。ビンセントさん曰く、
「何もない平原に突如現れる謎の巨大な箱。これから村が発展すれば観光の目玉のひとつになりますよ」
とのことだった。流石商人、何でも商売のタネだな。
折角なので、イナゴキューブ(仮)の側面のひとつに『これより南十リー(約三十キロ)ダンテス村』と彫り込んでおいた。道しるべにしては大きすぎたかな?
さて、帰りの馬車の中である。
「もう隠していることはないな?」
再度の尋問タイムだ。うやむやになったと思ってたんだけど、そんなに甘くはなかったようだ。
「……ある……けど、村に帰ってから話すよ」
「今は話せないのか?」
「話せるけど、ちょっと見てもらいたいものがあるから」
「そうか、分かった。では村に着いたら話してもらう」
「うん、じゃあ、先に戻って準備してくる。あ、ビンセントさん、余ってる袋があったら貸して? ちょっと大き目の奴」
ビンセントさんからごみ袋大の目の粗い頭陀袋を借りた俺は、そのまま馬車を飛び降りて走り出す。目的地は村の西の大岩、俺の宝物置き場だ。
◇
いっぱいになった袋を担いで村に向かっていると、丁度帰ってくる馬車の気配を見つけた。一人で戻ると面倒な事があるかもと思い、合流して帰ることにした。
その後は問題なく村に帰り着き、俺と父ちゃん、母ちゃんはそのまま村長の家に向かう事になった。
◇
「実は……時々村を抜け出して森に行ってた」
そう告白したとたん、息を飲む音とザワリとした空気が辺りを包んだ。その場に居た村長一家とビンセントさんも、驚きに言葉が無いようだ。
「この、バカタレが!」
その空気を破ったのは父ちゃんの怒声と拳骨の音だった。いてぇ! これ絶対タンコブ出来た!
「そっただ危ねぇこと、父ちゃん許したことねぇど!」
「だけど、誰からも『森に行くな』とか『村の外に出るな』とか言われたことないよ!」
頭を両手でさすりながら反論する。そう、当たり前すぎて、今まで誰からも注意をされたことがないのだ。
「ぐ……そ、そりゃ……」
父ちゃんは言葉に詰まってしまった様だ。
「しかし、黙って隠れて行っていたということは、それが良くない事だとは分かっていたのだろう?」
ぐ、村長から的確な指摘が入った。流石だ。
「……うん。でも行きたかったんだ」
後悔も反省もする気はない。将来の為に必要だと思ったから行動した、それだけだ。
「……そうか。それで、見せたい物があると言っていたが、それか?」
とりあえず話を進めようということなのか、村長が俺の横に置いてある袋を顎で指す。
あ、今は村長の家にある広い板の間に、皆で座り込んで話をしている。二十畳くらいの、剣道場みたいな広間だ。いつもは主だったものを集めての話し合いなどをするのに使っている。当然、皆靴は脱いでいる。
「うん、森での戦利品だよ」
そういって袋の口を開け、中の物を床にぶちまける。中身は今まで集めた魔石だ。
「な!? これは全部魔石か!?」
「うん、森で狩った魔物から集めた魔石だよ。多分二千個くらいあると思う」
またも、その場の皆が絶句している。昨日からもう何度目なのやら。いや、その原因である俺に何か言う権利は無いか。
「こんなに大量の……ビンセント、すまんが、頼む」
「は、はい、私もこれほど大量の魔石を見るのは初めてです。……す、すごい、これは一スー(約三センチ)はある! これだけで大金貨一枚は固いですよ! ……っ、これは!? 一スー半近くある! ドルトンでも数年に一個出るかどうかですよ、これは!! オークションに出せば大金貨十枚でもおかしくない!!」
「な、それ程か!? 全部で一体いくらになりそうだ!?」
「し、少々お待ちください、何分、数が多うございますので……」
おや、思った以上に評価が高いようだ。
ビンセントさんの指先が震えてる。高価すぎて緊張している様だ。一昨日から色々ありすぎて、精神的な負荷も高そうだ。概ね俺のせいなんだけどね。申し訳ない。
「……そうですね、詳しくはギルドで査定しなければ分からないと思いますが、私の見立てでは大金貨百枚は下らないと思われます」
「な、それほどか!?」
「はい、魔石は常に不足していますから通常なら値下がりはありませんが、流石にこの量が流通すると一時的に値下がりが起きるかもしれません。その分を考慮しての大金貨百枚です」
おおう、マジか!? すげぇ! 思った以上の高評価だ。
大金貨一枚が百万円くらいの価値として、一億円以上か!
大森林の魔物ってかなり儲かるんだな。冒険者なんて職業も成り立つ訳だ。
「魔石の大きさがどれも半スー(約一・五センチ)を軽く超えたものばかりですし、一スーを超える魔石も百個以上ありました。ご存知の通り需要と供給の関係で、大きさが半スーを超えると価格が割高になりますので」
ああ、それでそんなに高評価だったのか。俺的には、どの魔物も大した苦労なく狩れてたから、魔石の大きさも『お、こいつは結構大きいの持ってたな』くらいの感想しかなかった。やっぱ無知なのはダメだな。もっと世間の事を知らないと。
「そうか……ビート、この魔石をどうしたい?」
「奴隷の稼ぎの九割は主人で一割が自分なんでしょ? だから九割は村長のだよ?」
魔石をどうするかは村長次第だ。村の発展の為に使ってくれるとは思うけどね。
「ああ、ちょっと解り辛かったか。お前の稼ぎの一割をどうしたいかってことだ」
おっと、ここでその質問が来ますか。しかし、その答えはもう決まっている。それこそ、生まれた直後から決めてある。『三つ子の魂百まで』というけど、俺の場合は『新生児の魂七つまで』だ。
あれ? 全然大したことねぇな?
「僕は、僕を買い取りたい。奴隷じゃ無くなって、冒険者になりたい」
「……なるほどな」
「ビート、おめぇ……」
ついに公言してしまった。けど、この流れなら仕方ない。
そういえば、父ちゃんと母ちゃんにも言ったことはなかったな。ふたりとも驚いた顔をしてる。どう対応すればいいか、お互いの顔を見たり俺の顔を見たり、村長の顔を見たりを繰り返している。
村長は少しの間難しい顔をして考え込んでいたけど、やがてゆっくりと顔を上げてこう言った。
「よし、ビート、表へ出ろ。オレと勝負だ」
なんでそうなる?
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