第085話

 そうと決まれば善(?)は急げだ。依頼の魔石集めをサクッと終わらせて、先ずはノラン、その後ジャーキンに向かわなくては。


 大森林での狩りは順調に進んでいる。もう既に、魔物三匹までなら四人の連携で対処できるようになっている。

 三人の前衛がそれぞれ魔物を引き付け、後衛のキッカが弓と魔法で一匹ずつ仕留める。数が減ったら手の空いた前衛が他のサポートに回り、集中して一匹ずつ倒して行く。

 世間ではそれをフクロにすると言う。むごい。

 前衛どころか戦闘経験すらなかったデイジーだけど、発現した先読みのおかげで『避ける盾』としても動けるようになっている。それもかなり高性能な盾だ。

 まだ単独で大森林に潜れるほどではないけど、それも遠くないうちに可能になるかもしれない。


 サマンサは戦闘には参加させていない。まだ身体強化が滑らかではないし、魔力量も多くないからだ。前線に立たせるには不安がある。

 今は荷物番をしつつ、武器を構えて身体強化を発動し続けるという訓練をしてもらっている。


「くっ、構えてるだけなのにすげぇ疲れるぜ……みんなはこれで戦ってんのかよ、ッパネェな」

「辛いのは余計な力が入ってるからだよ。慣れると身体が軽いし、ちょっとくらい体調が悪いのも治るんだよ?」


 そう、最近発見したのだけど、身体強化には若干の治癒能力があるようなのだ。軽い捻挫くらいなら、身体強化をキープしていれば半日くらいで全快する。

 おそらく代謝や自己修復も強化されていると言う事なのだろう。治癒魔法の無いこの世界ではありがたい。


 実はこの世界、治癒魔法は無いんだけど、治癒ポーションはあったりする。

 と言っても、大した効果は無い。せいぜい少しばかり怪我の治りが早くなるだけだ。塗り薬ではなく飲み薬なので、代謝を活発にする成分が入っているのかもしれない。

 原材料は香辛料ではなくシダ植物だけど。


 大蜘蛛の最後の一匹が、クリステラの細剣に頭を貫かれて倒れる。

 今日はこれで六匹倒した事になるけど、誰も怪我はしていない。

 この魔物、大蜘蛛とは言ってもせいぜい中型犬くらいで、動きもそれ程速くない。基本的に木の上で待ち伏せし、獲物が来たら飛び降りて麻痺毒のある牙で噛み付くという、毒蛇スタイルの奇襲狩りをする魔物だ。数匹の集団で居る事が多い。

 麻痺させたら木の上に引き上げ、寄ってたかって食べるのだとか。麻痺毒って事は、生きたまま喰われるのか。想像したくねぇな。

 しかし、俺の気配察知の前では奇襲など通じはしない。潜んでいることがバレバレだ。

 潜んでいる枝ごと切り落とし、地面に落ちた奴らを各個撃破するだけだ。はっきり言ってカモ以外の何ものでもない。いや、クモだけど。

 強さの割に魔石は大き目で、二センチ近い大きさの物も珍しくない。やはり食物連鎖の上位に居る魔物は、持っている魔石も大きくなるのだろうか?

 冬場なのに冬眠もせず活動してるし、大森林の魔物には謎が多い。

 しかし今回の依頼&訓練にはうってつけだ。これで先日からの魔石の数は十四個になった。


 大蜘蛛が居るという事は、その餌となる魔物も近くにいるはず。

 気配察知で探すと、やはりちょっと離れたところに三十近い数の魔物がいた。気配の質からすると猪人オークのようだ。

 何処にでも居るな、こいつら。しかも結構大きな集落作ってるし。

 このあたりの猪人の魔石はギリギリ一・五センチに届くかどうかという大きさだ。一センチにも満たないハズレもある。今回の依頼の為に狩るには、あまり効率が良い獲物とは言えない。

 しかし、見つけてしまったからには狩らざるを得ない。なにしろ猪人だから。


 猪人は大食漢なので、普段はいくつかのグループに分かれて広範囲に食料を探し回っている。そうしないと集落周辺の食料を直ぐに喰い尽してしまい、群れごと飢えてしまうからだ。

 ただしこの時期、冬場だけは事情が違う。

 この辺りの冬は雨季にあたり、雨が多く降る。いくら南方と言えども冬の雨はそれなりに冷たく、打たれると体温を奪われて活動が低下してしまう。

 多くの魔物もそれは同じ様で、冬はあまり巣の外を出歩かなくなる。猪人もしかり。

 冬場の猪人は集落に引き籠り、ほとんど外に出なくなる。収穫の多い秋に喰い貯めをして脂肪を貯め込み、春になるまでじっと身を潜めるのだ。熊の巣籠りと同じだな。

 そして春になると、辺りの物を喰い尽す勢いで活動を再開する。冬の間に極限まで高まった飢餓感を満たすために。

 集落の周りをあらかた食べ尽した後は、より多くの餌を求めて人里を襲い始める。多分、強い魔物が居る森の奥より人里の方が安全だからだろう。半端に知恵が回るから厄介なんだよな。


 例年であればこの規模の集落は作られていなかっただろう。中級以上の冒険者たちが間引いていたはずだから。

 しかし、今年は戦争で冒険者たちが戦場へ向かってしまったため、駆除に手が回っていないのだ。こんなところにも戦争の影響が出ているとは。

 ここは俺たちがやるしかない。じゃないと、春になったら街が襲われてしまうからな。これも冒険者の務めだ、面倒だけど仕方がない。

 唯一の救いは猪人の肉が美味しいって事か。

 肩ロースをトンテキ(イノテキ?)にすると美味いんだよな。バラ肉の塩漬けも、炙ってスープに入れると美味い。出汁と油と塩味で、まるで塩ラーメンのような味がする。ラーメン喰いてぇなぁ。


「この先に結構大きな猪人の集落があるみたい。数が多いから僕ひとりでやるよ。何匹か逃げるかもしれないけど、向かってくる奴だけ相手すればいいから」


 俺は今日、まだ戦闘をしていない。木の上の蜘蛛を落としただけだ。少しは身体を動かしたいので、ここは俺ひとりでやらせてもらおう。


 そういう訳で、皆には集落の近くの森の中で待機してもらう。多少は逃げられてもいいのだ、猪人も森の生態系なのだから。人里近くに来なければそれでいい。

 ウーちゃんにも『待て』をして、皆の側に留めておく。乱戦になったら怪我するかもしれないからな。


 集落には粗末な小屋がいくつか建っている。どれもびっしりと猪人が入っているようだ。身を寄せ合って暖を取っているのかもしれない。外を歩いている猪人は居ない。

 足音を消し、魔力を押さえて俺は集落へと潜入する。先ずは一番大きな気配、ボスがいるであろう小屋へ向かう。最初に頭を潰してしまおうというわけだ。


 小屋の周囲には、猪人特有のえた匂いがたち込めている。こんなに臭かったら、直ぐに捕食者に居場所が知られるだろうに。少しは清潔にしなさいと言いたい。

 小屋に近づくと、複数のいびきが中から聞こえて来る。どうやら寝ているみたいだな。カメラを送り込んで確認すると、中には五匹の猪人が毛皮の上で横になって寝ていた。隙だらけだ。

 このまま平面製の槍を送り込んで暗殺してもいいのだけど、それでは俺の訓練にならない。せいぜい派手に抵抗してもらわないとな。


 そう思いつつ、小屋の入り口に掛けられている毛皮の幕を開けようと手を掛けた時だった。


「えっ?」


 不意に浮遊感、身体が浮き上がるような感覚が生じる。けど、それは浮遊ではなかった。


 落ちていた。


 足元の地面が俺の靴の爪先から離れて行く。地面ごと陥没しているのだ。いや、それは俺の足元だけではなかった。猪人の集落の小屋周辺けど、丸ごと陥没しているのだ。


「おおっ? なんだこれ!?」


 慌てて足の下に平面製のキューブ(六面体)を作り落下から逃れたけど、既に三メートル程落ちてしまっていた。

 目線よりかなり上に、丸く曲線を描く地面と曇り空の境界線が見える。どうやら円形に陥没したようだ。直径五十メートル程だろうか。


 下を見ると、五メートル程下に潰れた小屋の屋根、そしてそこから這い出て来る猪人たちが見える。

 流石は腐っても大森林の魔物、十メートル近くを落下しても大きな怪我はしていないようだ。なんて頑丈な。


 とりあえず上に上がって、何が起きたのか確かめないとな。

 スカイウォークで階段を作って上がって行く。下の方から猪人たちの鳴き声が聞こえるけど無視する。君たちの相手は後でしてあげるから。


 ズズズズ……


 何やら地響きのような音が聞こえる。

 もしかして地震か? と思って辺りを見回すと、上方の地面と空の境界が動いていた。何事!?

 丸く円を描くように見えていた空が、みるみる小さくなっていく。それに連れて光が入らなくなり、どんどん周囲が暗くなっていく。どうやら穴の縁が閉じられようとしているみたいだ。

 いやいや、やばいじゃん!? 閉じ込められてしまう!?

 俺は慌てて丸い空の中心に向かう。こんな穴に猪人と一緒に閉じ込められるなんて、冗談じゃない!


 しかし無情にも、俺が辿り着いた時には穴の大きさは既に数センチしかなく、通り抜ける事は不可能だった。その数センチの穴も数秒で閉じてしまい、辺りは暗闇に包まれてしまった。


 ありゃりゃ、閉じ込められちゃった? さて、どうしたものか?

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