第185話
「アカン、当たる直前で軌道が変わってまう! 鬱陶しいやっちゃで!」
「あらあら。それなら、これはどうかしら!」
キッカの弓は、飛竜に当たる直前で目標から逸れてしまい、思うようにダメージを与えられないようだ。飛竜がその巨体を宙に浮かべるために常に纏っている、加速度制御魔法である風魔法のせいだろう。そのせいで、飛んでいく矢のベクトルが歪められてしまっているのだ。
それに対し、ルカの
爆裂魔法は、化学反応魔法である火魔法を更に発展させたものだ。爆発も化学反応だからな。燃焼より更に勢いが強い化学反応が爆発だ。だからこれも火魔法になる。
「キッカさん、ダメージより状況作りですわ! 飛竜の行動を阻害してくださいまし!」
「っ! せやな、ほんならこれでどうや!」
クリステラが指示を出すと、すぐにキッカは戦い方を切り替えた。今度は飛竜の周りにつむじ風を発生させたようだ。
突然の乱気流に、飛行を制御できなくなった飛竜が地に落ちる。風魔法は補助に使ってるだけで、基本的には羽ばたきで飛んでるからな。気流が乱れたら飛んでいられない。いい判断だ。
「……好機」
「やっと出番が来たぜ!」
「タコ殴りだみゃ!」
落ちた飛竜の元へ一番に駆け付けたのはデイジーだった。『先読み魔法』で見えていたんだろう。近接戦闘では無類の強さを誇る先読み魔法も、空を飛ぶ相手には為すすべがないからな。こういう連携は大事だ。
前衛娘たちが、寄って
うちの娘たちの戦闘力は、前衛職ではアーニャが頭一つ抜けている。加速度制御の風魔法と身体強化による超高速の移動にネコ族のしなやかな動きが合わさると、その動きはもはや異次元のそれだ。半端な魔法や武術ではとても対抗できない。そのうちマジで『それは残像だ』とかやりかねない。
それを追うのがデイジーだ。先読み魔法による回避と防御は、何かアクシデントでもないかぎり崩すのが難しい。今はアーニャの超高速の動きに身体が付いていかないみたいだけど、そのうち立場が逆転することもあるんじゃなかろうか。
三番手は今までクリステラだったんだけど、最近急激に追い上げてきたのがサマンサだ。槍に電撃を纏わせた攻撃は一切の防御を許さない。今も飛竜が感電させられてる。アーニャはスピードで、デイジーは先読みで躱せるんだけど、クリステラの天秤魔法はそもそも戦闘向きじゃないから、ちょっと相性が良くないんだよな。
キッカとルカは遠距離攻撃に特化してるから、あまり近接戦闘は得意じゃない。一応、相手に接近されたときを想定した訓練はしてるけど、それよりは得意な遠距離戦を伸ばしたほうがいいかと思って、ほどほどにしている。完全に後衛職だ。
この世界には回復魔法がないから、より安全かつスピーディな戦闘が求められる。怪我をする前に倒してしまえということだな。そういう点からも、確実に先手を取れる遠距離攻撃特化のふたりの重要度は高い。
いいところがないように見えるクリステラだけど、その本質は前衛でも後衛でもなく、指揮職にある。『天秤魔法』で相手の弱点や特性を把握し、効果的な手段での攻撃や防御を指示するのが役割だ。また、暗闇でも死角でも、周囲を数値化して把握できるから不意を突かれるということがほとんどない。アーニャをエースアタッカーとするなら、クリステラは監督ってところかな?
うちの娘たちはバランスのいいパーティになってる。
なんてことをツラツラ考えてたら、いつの間にか戦闘は終わっていた。誰もケガはしていないみたいだ。うん、上出来。
「よーし、それじゃ次を始める前に解体しちゃおうか。血抜きは早い方がいいからね」
「承知致しましたわ!」
「あ、やっぱまだやるんや?」
「ん? うん、もちろんやるよ? これも訓練だし。なんで?」
「いや、でっかい鳥かごに入れてるから、持って帰るつもりなんかなぁと」
俺たちを襲ってきた飛竜は全部で三匹。一匹はさっきの女性陣の訓練に使って、残りの二匹は俺の平面魔法で作ったでっかい鳥かごに捕獲してある。さっきまで暴れてたけど、今は諦めたのか、止まり木に大人しく掴まっている。
二匹のうち一匹は子供たちの訓練に使う予定だ。飛竜との戦闘訓練なんて、なかなか機会がないからな。体験できることは何でもしておいた方がいい。モノより思い出だ。
まだ子供たちは身体強化が使えるようになったばっかりで、魔法を発動させられるのは火魔法のキララだけだ。そのキララも火の玉を飛ばすことしかできないから、風魔法をまとった飛竜には分が悪い。俺がちょっとサポートしてやらないとな。
確かにキッカの言う通り、飛竜を飼うことは検討した。その背中に乗って空を飛ぶのは、自分の魔法で飛ぶのとはまた違った魅力がある。
けど、こいつらもう成獣だからなぁ。ここからちゃんと躾を出来る自信がない。叱ったらそのまま飛んで逃げてしまいそうだ。イヌの仲間ならなんとかできる自信があるんだけどなぁ。
やっぱり飼うのは無しだな。美味しく食べるのが一番だ!
◇
子供たちには、まだ飛竜は早かったらしい。俺が防御用の平面を張り付けていたから大けがはしていないけど、何度も攻撃を食らって吹き飛んでいた。特に盾剣士スタイルのバジルがよく転がってた。まだ身体が小さいから仕方ないか。受け止めるんじゃなくて受け流す防御を教えた方がいいな。
いい動きをしていたのはキララとサラサだ。
キララは火魔法を当てるのではなく、顔の周りへ放つことで、飛竜の行動を阻害していた。あれは鬱陶しいだろう。そのおかげでバジルが助かったシーンも何度かあった。効果的に魔法を使えているみたいでなによりだ。
サラサは、唯一飛竜にダメージを与えていた。短剣を上手く鱗の隙間に突き込んでは抜くという、ピンポイント攻撃のヒットアンドアウェイが上手く決まっていた。ただ、身体が小さいだけに威力が低く、致命傷を与えるまでには至っていなかった。これは仕方がない。成長を待つ以外にない。大きくなれよ。
リリーとピーちゃんは……まだまだ子供だし、仕方ないか。これからに期待しよう。時間は沢山あるから大丈夫。
最後は俺が飛竜を平面で押さえつけて、子供たちにとどめを刺させた。ちょっとずるい気もするけど、強敵を自分たちの手で倒したという結果が大事だ。苦手意識を持ってしまうと、次に対戦したときに実力が発揮できなくなるかもしれないからな。自信を持ってもらわないと。
三匹目は、皆が二匹目を解体している間に、俺がサクッと〆ておいた。
鳥かごの中に入ってスカイウォークで駆け上がると、飛竜は俺を喰い殺そうと止まり木から飛び立った。のこぎりの刃のようにギザギザの歯が並んだ凶悪な
彼我の交錯する刹那、飛竜の鼻先に左手をポンと突いて身体を持ち上げ、鋭い牙の並ぶ顎を躱す。左のつま先を掠めて、素早く閉じられた飛竜の顎がガチンと音を立てる。アレを食らったら歯形にかじり取られそうだ。
目の前には無防備な飛竜の延髄が見えている。チャンスタイムだ。平面でコーティングされた強固で鋭利な鉈の刃が、ほとんど抵抗なく飛竜の延髄を切断する。
薄皮一枚で繋がった飛竜の首が明後日の方向を向く。気のせいか、俺を驚愕の目で見ている気がする。美味しく食べてあげるから成仏してね。
「おっと」
地面に墜落する寸前で、飛竜の尻尾を掴んで逆さ吊りにする。結構重い。そのまま地面すれすれに平面で固定すると、斬られた首から勢いよく血が流れだしてくる。このまま血抜きだ。ちゃんと血抜きしないと、焼いたときに大量のアクが出るからな。
「……凄い、一瞬で……僕たちは、あんなに、苦戦したのに」
「ピーッ、パパすごーい!」
「圧巻」
「おほほほ! ビート様なら、あの程度は朝飯前ですわ!」
「今のは参考にしたらダメだみゃ。アタシらとは別の世界の戦闘だみゃ」
どうやらバジルやピーちゃんたちは俺の戦いを見ていたようだ。まぁ、アーニャの言う通り、さっきの戦いは参考にはならないだろう。全ては固有魔法である平面魔法あってこそだからな。
別世界というのもあながち間違ってない。アーニャは妙なところで核心を突いてくる。動物的な直観というやつだろうか? 気を付けないと。
「早いだけちゃうで。あの飛竜は首以外に傷無いから、売るんも高う売れるはずや」
「全身を剥製にするのもいいかもしれないわね。貴族が喜んで買いそう。うふふ」
「依頼の品に傷があったら難癖付けられることもあるからな。冒険者は素材の状態にも気を配らなきゃなんねぇんだよ。今回は依頼じゃねぇから、気にする必要はねぇけどな」
「はぁ~、凄いですね。アタシたちは倒すのに精一杯で、そこまで考えられなかったですよ」
「(こくこく)」
「普段の狩りならそこまで考えるべきだろうけど、飛竜を相手にするのは皆初めてだったんだし、今回は気にしないでいいと思うよ。僕は父ちゃんと一回戦ってるからね」
素材の状態を気にするあまり、ケガをしてしまったら本末転倒だ。冒険者の戦いは第一にケガをしないこと。勝てない相手なら戦わないことも有効な選択肢だ。安全第一ですよ。
◇
三匹のうち一匹分はすぐに食べることにした。獲れたてが一番美味しいからな。
残りはその間に平面製冷凍庫で冷凍して、一部は母ちゃんへのお土産にする予定だ。赤ちゃんのためにも栄養を摂ってもらわないと。
内臓は基本的に廃棄だけど、レバーとハツ、ハラミだけはいただいた。新鮮じゃないと食えないからな。狩った者の特権だ。生で食べたのはウーちゃんとピーちゃんだけだったけど、鮮度が良いから焼いても美味かった。やはり飛竜はいろいろな意味で美味しい獲物だ。
「さて、それじゃ腹ごしらえも済んだことだし、そろそろ
「「「はい!」」」
さあ、いよいよ冒険の始まりだ!
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