第295話

 翌日の早朝、いつもの平面魔法製Me321ギガントに荷物と馬車を積み込み、居残りの使用人たちに見送られながら屋敷の庭を後にする。

 進路は北西。まずはブリンクストンの街を目指し、そこから海岸線沿いに西へ進路を変え、ビフロントの街へと向かう。

 そしてビフロントの街を拠点に、その北にあるワッキー地方のゴブリン牧場を探す予定になっている。

 なぜワッキー地方の村や街を拠点にしないのかと言えば、ゴブリン牧場の牧場主に無用な警戒心を持たれないようにという配慮だ。王国の冒険者がウロウロしているとなれば、証拠隠滅で牧場の移動や廃棄をされるかもしれないからな。ギリギリまで隠れて行動しようというわけだ。


 ゴブリン牧場の牧場主……現時点での情報ではワッキー地方の領主カタリーナ=ミロ=イスカ女子爵ではないかと目されている。


「へぇ、女当主なんや?」

「うん。ジャーキンでも珍しいけど、女性の爵位持ちみたい」


 王国と違って、ジャーキンでは女性でも家を継げるらしい。その辺は各貴族家の裁量に任されているそうだ。基本的には男系長子相続らしいんだけど、例外はどこにでもあるってことだな。

 カタリーナの場合は単純な話で、前当主にカタリーナしか子供が生まれなかった、それだけだそうだ。


 王国でも、一応女性が爵位を得ることは出来る。冒険者だ。冒険者として実績を積み重ねれば、女性でも爵位を得られる可能性がある。

 けど今までの王国の歴史では、女性冒険者に爵位が与えられた記録はない。それまでに引退あるいは死亡してしまうのだろう。


「女性なのに、女性にあんなことをさせるなんて……信じられませんわ」


 クリステラの眉間に深い皺がよる。目隠しをしているから目は見えない。

 多分、エンデでのゴブリン集落殲滅の時のことを思い出しているんだろう。アレはトラウマになってもおかしくない場面だったからな。

 けど、抱きつかれている今回の生贄タロが苦しそうだから、腕に力を入れるのはやめてあげて。その高所恐怖症は早く治そうね?


「女性だから、かもしれないなぁ」

「どういうことだい、坊っちゃん?」


 サマンサが俺の独り言を拾って質問してくる。聞こえちゃったか。


「うーん。領主のカタリーナだけどさ、爵位を継いだ後に他家から婿を貰ってるんだけど、子供は生まれてないんだよね。でも、入婿の妾には子供が生まれてるんだよ」

「それって、つまり……」


 夫婦仲が悪いのじゃなければ、おそらくは不妊症。カタリーナは妊娠しづらい体質なんだろう。

 もしかしたら、最初はゴブリンの排卵薬が目当てのゴブリン牧場だったのかもしれない。排卵薬は高価で、子爵家程度の財力では手が出ないだろうからな。『買えないなら自分で調達しよう』なんて考えてもおかしくはない。ジャーキンには調達を依頼できる冒険者ギルドはなかったわけだし。

 けど、その排卵薬すら効果がなかったとしたら……落胆はかなり大きかったことだろう。

 カタリーナはもう四十歳手前。子供を生むには難しい年齢だ。

 落胆はすぐに絶望へ、そして怨恨へと変わったであろうことは想像に難くない。『アタシはこんなに頑張ってるのに何故子供ができないの? 世間の女どもはどうしてあんなに幸せそうなの? アタシだけがこんなに苦しんでいるのはおかしい! 世の中の女どもも苦しめばいいのよ!』と言ったところか。


「あらあら、それは……少し分かる気がしますね」

「そうね! アタシたちもまだ子供ができてないものね!」

「そうだみゃ! アタシたちネコ族は発情期ならほぼ命中するはずなのに、この春は全然その気配がなかったみゃ! 何かおかしいみゃ!」

「……赤ちゃん欲しい」


 おっと、こっちへ飛び火しそうな雰囲気だ。これは不味いかも。

 確かに、ジョンの村のネコ耳たちの何人かは妊娠していたな。順調に行けば、来年の春には新しい命が生まれるだろう。子ネコの誕生、実に楽しみだ。

 それはそれとしてデイジー、君が母親になるのはまだ早い。せめて十五歳になってからにしよう。

 いや、そんな子供に手を出した俺が言えた義理じゃないんだけどさ。でも、俺自身もまだ子供だから許して? 駄目?


 うちの女性陣が妊娠しない件については、なんとなく理由が分かる。

 おそらく魔力だ。


 魔力というのは、大気中や食物から体内に取り込まれ、自身の支配下におかれた魔素のことだ。

 この魔力にはいくつかの特性があって、そのうちのひとつに『体調の維持』がある。魔力を体内に巡らせておくと、健康状態が維持されて病気になりづらくなるというものだ。

 この体調の維持には、外部から侵入してきた異物の排除も含まれる。ウィルスや病原菌、毒なんかだな。そういったものに対する抗体的な役割も、魔力は代行している。

 そして、これには性交時の精子も排除対象に含まれていると思われる。明らかに異物だもんな。

 なので、彼女たちの魔力は俺の精子を攻撃し、排除してしまっているのだと推測される。

 あるいは逆に、俺の精子に含まれる魔力が彼女たちの卵子を攻撃してしまっているという可能性もあり得る。

 そりゃ妊娠なんてできないよな。


 辺境での妊娠率が低いのもそのためではないかと思われる。

 辺境は大気や土中に含まれる魔素が多いから、女性の体内にある魔力も多くなるだろうからな。

 けど、全く妊娠しないわけではない。実際、辺境ど真ん中で暮らしているネコたちは妊娠しているし、開拓村に住む母ちゃんも俺やキャロットちゃんを産んでるわけだし。

 その辺の理由についてはよくわからない。


 まぁ、仮説ならある。それは『魔力の親和度』だ。

 魔力は、一定量以上は体内に留まらない。鍛えれば貯蓄量は少しずつ増えていくんだけど、その時点での限界量以上は取り込めず、余剰分は体外へと放出されてしまう。

 俺やコリン君の気配察知は、その放出された魔力を感知しているのだと思われる。

 この放出された魔力は再び魔素へと還元されるわけだけど、例外的に魔素へと還元しないケースがあると思われる。思われるというのは、検証ができていないからだ。だからまだ仮説なわけで。

 その例外的なケースというのが『放出後すぐに他者へ取り込まれた場合』だ。魔素に還元される前に呼吸で取り込まれちゃった場合だな。

 この場合、他人の魔力を体内に取り込み、自己の魔力へと変換することになるわけで、それはつまり、他人の一部を自分の一部に変えてしまうということになる。

 ここでまた仮説になるんだけど、この時に『他人の魔力に対する親和性』が発生しているんじゃないかと思う。特定の魔力への攻撃性を抑える作用だな。同一化と言ってもいいかもしれない。

 これが妊娠のしやすさに繋がっているんじゃないかと思われる。つまり、親和度が高い者同士であれば互いの精子や卵子を異物と見なすことなく、正常な受精着床が成されるのではないか、ということだ。

 どうだろう? 自分では、かなり真実に近いんじゃないかと考えている。大きな矛盾は無いと思えるし。


 じゃあ、親和度を高めるにはどうすればいいかって言うと、常に一緒にいるしかないと思う。お互いの魔力を交換しあえばいいわけだからな。実に簡単だ。

 実際、うちの父ちゃんと母ちゃんは仲がとてもいいから、四六時中いつも一緒だった。それがキャロットちゃん誕生に繋がったんだと思う。


 けど、これは彼女たちには伝えない。

 だって、これを伝えたら『それじゃ、もっと性交の回数を増やせばいいのね! 昼も夜も、ずっとみんなでシてればいいのよ!』という結論に至るのが目に見えている。

 いや、確かにそれはそれで正しいんだけど、でもそれは駄目だ! これ以上は本当に俺が死んでしまう! 腎虚待ったなし! 大人になる前に逝去してしまう!

 なので、


「まぁ、そのうち出来るんじゃない? 子供は天からの授かりものって言うしさ、今はその時じゃないってだけだよ。焦らずにのんびりいこう!」


などと、つつみくらましてみる。

 これは逃げじゃない、防御だ! 自分の命は自分で守らねばならないのだ! 命大事に!


 そんな会話をしつつも、ここまでは天気も良く、旅路は順調だ。

 夏の海が陽の光を照り返して輝いている。はるか南には緩い弧を描く水平線が見える。いい景色だ。

 前方に薄っすらと陸地が見えてきた。アレはブリンクストンの街かな?

 そろそろ西へ進路を変え……って、進む先に大きな入道雲が湧いてるな。

 どうやら今回の冒険も荒れることになりそうだ。やれやれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る