第294話
この極秘依頼は、極秘であるにも係わらず、冒険者ギルドを通した正式な依頼として処理されることになった。冒険者ビートへの指名依頼だ。
何故こんな不思議な事が起きたのかと言うと、理由はふたつある。
ひとつは情勢がそれを可能にしたからで、もうひとつは保険だ。
先のジャーキンとの戦争で勝利した王国は、勝者としていくつかの権利を獲得した。主なところは『迷惑料と被害の補填としての賠償金』『戦争に利用可能な技術の開示と移譲』『国軍兵力の削減』『戦犯の引き渡し』そして『ジャーキン国内での冒険者ギルドの展開』だ。
どれも戦勝国としては妥当な要求だけど、冒険者ギルドの設置だけが異彩を放っている。
冒険者ギルドは冒険者の支援が主な業務なわけだけど、地方のお役所としての業務も兼務している、歴とした王国の行政機関だ。
つまり、これを他国の国内に置くということは、その国の情報が王国にダダ漏れになるということだ。
冒険者は依頼であちこちに出かけ、その報告は必然的に冒険者ギルドへ集まってくる。討伐依頼なら魔物の分布や地理、護衛依頼なら物流や治安、調達依頼なら各種商工業や資源分布の情報なんかだな。
そして、それらは全て王国へと送られる。国内情勢が丸裸だ。
表向きの理由は『二度と戦争に走ることが無いよう、国が過剰な兵力を持つことを制限しなければならないが、その際に悪化の懸念がある治安維持の一端を、冒険者ギルド設置によって民間へ委託する』ということになってるけど、真の理由はジャーキンの行動を逐一把握するためだったというわけだ。
もちろん、ジャーキン側もそれは承知しているだろう。分からないはずがない。しかし、敗戦国としては拒否することができるはずもなく、泣く泣く苦渋の決断をしたんだろう。
戦争に負けるということは、戦勝国の奴隷になることに等しく、奴隷はご主人さまに逆らうことができないのだから。
なので、冒険者がジャーキン国内で活動することには何も問題がない。俺がジャーキンに行くことにもだ。これが理由のひとつ、情勢の変化の部分だ。
王国の冒険者はジャーキンまで活動範囲が広がったというわけだな。色々と手続きが必要らしいから、自由な行き来はまだできないけど。
そして、もうひとつの理由である保険。
これは、もし何か問題が起きても、正式な依頼であれば冒険者ギルド、つまり国の支援が受けられるということを指している。
今回は『ジャーキン国内のゴブリンの集落を可能な限り殲滅するという依頼を
ゴブリンの討伐は依頼の定番だ。目撃された群れの規模によって難易度は変わるけど、依頼としては何もおかしなことはない。依頼主が他国であることを除けば、だけど。
俺が指名された理由は『ゴブリンの総数が不明で捜索範囲が広く、緊急性も高いため難易度が高い。よって高ランク冒険者への指名依頼とした』ということになっている。なかなかに『もっともらしい』理由だ。
実際、何処に
であれば、現状、王国での高位ランク冒険者である俺に依頼が来るのは当然で、正統で正式な依頼だ。
これだけ正統性が担保されていれば、討伐時に
そういう意味での保険だ。
「ということで、早速明日からジャーキンへ向かいます! 早ければ早いほどいいからね」
秘密会議を終えて王都の屋敷で一泊、翌朝早くにドルトンへ移動し、屋敷のリビングに皆を集めてここまでの経緯を説明した。
メンバーはうちの女性陣とバジルら子どもたち、そしてウーちゃんピーちゃんタロジロのペットたちだ。まぁ、ペットたちに話が理解出来るとは思わないけど。ジョンならなんとか?
「許せませんわ! その外道どもには地獄を見せてやりませんと!」
「そうね! 全員まとめてアタシの剣のサビにしてあげるわ!」
「ほんなら早速買い出しや! ルカはん、サマンサはん、付き合うてや!」
「おう! 明日と言わず、今日中にでも出発できるように急ごうぜ!」
「あらあら、そんなに急いでも悪党は逃げ……るわね、急ぎましょう。うふふふ」
「アタシは冒険者ギルドへ行ってタマラ姉さんに後のことを頼んでくるみゃ!」
「……メイドさんたちに話してくる」
ルカから黒いオーラが立ち昇っているように見える。魔力じゃない。アレはそんなかわいいものじゃない。
皆が俺の決定で一斉に動き出す。特に指示も出していないのに、分担がしっかりできている。やっぱり皆、優秀だな。
女性陣がそれぞれ動き出した中で、子どもたちだけは戸惑って動けずにいる。オロオロと手を彷徨わせているキララがフラダンスを踊っているみたいで可愛い。
まぁ、急な話だったからな。まだ経験の少ない子どもたちが咄嗟に動けなくても無理はない。
けど、だからこそ今回は子どもたちも連れて行く予定だ。そのことを伝える。
「えっと、いいの、ですか? あまりお役に、立てるとは……」
「そうです。まだ私たちは皆さんほど強くないですよ?」
「(こくこく)」
「
子どもたちが不安そうな申し訳無さそうな顔をする。いや、サラサだけはいつもと変わらない。いつものジト目だ。いいキャラだなぁ。
「これはいい機会だと思うんだ。冒険者をしていると、いずれ、どうしようもないくらいの悪意や目を背けたくなるような陰惨な現場に遭遇することがあると思うんだよ。その時、心構えができていなかったら、怒りや恐怖で我を見失ってしまうかもしれない。それは冒険者としては致命的なスキになる。けど、経験と覚悟があればそれに耐えられる。心構えが出来る。これはその経験のひとつになると思うんだ」
ゴブリンの大規模集落というのは、かなり悲惨な状況になっていることが多い。エンデ遠征で学んだ。
囚えられて苗床にされていた女性は、多くの場合で救うことができない。不衛生な環境での無理な妊娠と出産で身体はボロボロ、妄薬で精神は崩壊しているからだ。
救い出して身体は治療できても、精神まで治すことは容易ではない。
薬の影響で正気を失っているから日常生活はまともに送れないし、禁断症状でもがき苦しみ、拘束しないと自傷行為を繰り返してしまうこともある。薬物中毒は本当に悲惨だ。
薬が抜けて正気を取り戻しても、苗床にされていた辛い記憶を思い出し、殆どが数年以内に自殺を選ぶ。無事に社会復帰できるのは、早期に救出された極々一部だけだ。
そして、そんな悲惨な状況を作り出して悪びれもしない外道の存在。人の皮を被った悪鬼共。利己的な欲に塗れた悪意の塊。
そういった普段の生活では接する機会の少ない状況にも、経験があれば冷静な対処が可能になる。悲しいかな、慣れてしまう。
そんな状況に慣れる機会は無いほうがいいんだけど、残念ながら、冒険者を続けているとしばしば出遭う機会があるのも事実だ。
今回は、ほぼ確実にそういう場面に遭遇するだろう。今も被害に遭っている人には申し訳ないけど、子どもたちには得難い経験になる。
もしかしたら、あまりの惨状に子どもたちのトラウマになってしまうかもしれない。これを機に冒険者を辞めてしまうかもしれない。
けど、それならそれでいい。耐えられない痛みなら逃げていい。道はひとつだけじゃないんだから。
「どうする? 嫌なら行かなくてもいいよ。今経験しなくても、冒険者を続けていればいずれ機会はあるだろうしね」
子どもたちに説明し、意思を確認する。
バジルの顔には葛藤が浮かんでいる。やっぱりワンコは感情が分かりやすいな。一方でサラサの顔には変化がない。いや、ちょっと眉毛の角度が下がってる……か? 気のせい?
「……行き、ます。僕は、もっと強く、なりたい、ですから」
「こ、怖いけど、行くですよ! きっと、逃げたら後悔するですよ!」
「参加」
「(コクコク)」
暫し悩んだ後で、バジルが参加を表明した。それに続いてキララ、サラサ、リリーも参加の意を示した。まだ現実の厳しさに想像が追いついてないだけかもしれないけど、今の自分たちなりに覚悟を決めたようだ。
子どもたちは着実に成長している。ここでさらに経験を積んで、一回り大きくなってほしい。
そうなんだよな、ドルトン周辺は比較的安全に冒険者活動ができるようになったから、そういう悲惨な現場には遭遇し辛いんだよな。多様な経験は積み辛い環境だ。
他ならぬ俺のせいなんだけど。はい、私がやりました。
俺がドルトンの領主になってから、時間を見つけては徹底して行ったことが、近郊の魔境からのゴブリンの駆逐だった。
食肉として活用できる
エンデでの惨状も経験していたし、俺が治める領内で繁殖されると非常に不愉快なので、徹底的に処分させてもらった。今は大森林の奥地にホブゴブリンの群れが多少残っているくらいだ。
ついでに、見つけた盗賊のアジトも潰して回った。まぁ、盗賊は雑草と同じで、抜いても抜いてもすぐに次が生えてきてしまうから、完全な駆逐は不可能なんだけど。
そんなわけで、ドルトン近郊では悲惨な現場には遭遇し辛くなっている。それは社会的にはいいことなんだけど、冒険者が経験を積むには
「分かった。それじゃ武器防具の手入れと少し長めの旅支度をしておいて」
「「「はい!(コクコク)」」」
「ピーッ! ピーちゃんもパパと一緒に行くーっ! ママも一緒ーっ! ピーッ!」
よし、これであとは準備が整うのを待つだけだな。それまで英気を養うか。
ほーら、ウーちゃんタロジロー、モフモフー。うむ、これで俺はあと十年は戦える!
いや、出来るだけ早く終わらせるけど。新学期が始まっちゃうし。
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