第十ニ章:ゴブリン牧場編

第293話

「例の薬の話なんだがよ」


 いつもの青薔薇の間に入り、扉を締めた途端に王様が話し始めた。相変わらずせっかちだな。

 例の薬っていうのは、コリン君のアイテムボックスから出てきた『ゴブリンの妄薬』のことだな。催淫作用と意識の混濁を起こさせる御禁制の品。


 結局、体育祭の後片付けは学園長に丸投げしてしまった。まぁ、開催中には何の仕事もしてなかったんだから、片付けくらいしてくれてもバチは当たらないだろう。仮にも、というとアレだけど、学園のトップなんだし。

 ああ、でも、実際に作業するのは現場の先生たちか。後日、お詫びとお礼の菓子折りを配るとしよう。


 今日の密談の参加者は俺と王様だけだ。レオンさんは実務が忙しいんだろう。国政のトップだもんな。

 本当のトップである王様がここに居る分、内務尚書であるレオンさんには負担が掛かっているかもしれない。俺の責任じゃないけど、なんだか申し訳ない。


「ぶっちゃけると、ソウ子爵家はシロだ。アレの出処でどころどころか、中身を知ってた奴もいねぇ」


 そんな俺の心情にはお構い無しで、王様が話を続ける。


「どうもアレは盗賊……まぁ、ジャーキンの工作員なんだがよ、そのアジトを制圧したときに押収したもんのひとつだったらしい。いろいろと押収したせいで全数を把握できてなかったみてぇでな、砦の倉庫に保管してたアレが偶然、あの坊主の魔法に取り込まれたってことみてぇだ。子爵の関係者でアレについて知ってたのは、押収品を運んだ兵士ひとりだけだったぜ。もちろん、中身については何も知らなかったけどな」


 ふむ、なるほど。つまり事件性はナシか。


「ということは、アレの件はもうこれで終わりってことでいいよね? 僕としては、生徒が犯罪に巻き込まれてないならそれでいいし」


 もう盗賊のアジトは壊滅しているみたいだし、盗賊も処分されているだろう。

 盗賊があの薬を何処から入手したのか、何のために持っていたのかっていう疑問はあるけど、それは為政者が解決すべき問題だ。部外者の俺が口を出す話じゃない。


「……そうも言ってられなくてよ。生き残りの盗賊から話を聞いたらしいんだが……アレの製造はジャーキンの貴族がやってるらしい。牧場があるそうだ」

「牧場って、ゴブリンの?」

「だな。ソウ子爵領から北の山の中、ワッキー地方にあるそうだ」


 ソウ子爵はジャーキンから割譲されたビフロントの街周辺を治めている。

 軍事的衝突のあった国との国境の街だから、武力的な評価の高いソウ子爵が加増移封されたという経緯がある。

 そんな混乱必死の土地を多少治安が悪い程度で治められているんだから、現当主には政治的な能力もあるんだろう。


 しかし、その領地の北と西はジャーキンの領土だ。他国の土地なんだよなぁ。


「ふーん。けど、ジャーキンの国内でやってるなら王国うちは手を出せないよね?」

「まぁな。一応、抗議文をジャーキンには送ったけどよ、『調査の上で然るべき処置をしたいと思います』って返事が返ってきやがった」


 ああ、よくお役所や企業が『何もする気がない』ときに返してくる文言だな。関係者に適当な聞き取りだけをして『該当する事実はありませんでした』って返ってくるパターンだ。

 もっとも、王国では御禁制の品でもジャーキンではそうじゃないかもしれないんだよな。国が違えば法律も変わる。海外では合法でも、日本じゃ大麻は違法薬物だ。つまりそういうことだ。

 俺はジャーキンで妄薬が合法なのかどうかは知らないけど。普通、他国の法律なんて知らないよな。俺が無知なわけじゃない。


「だったら、もうどうしようもないよね? 取り締まりを強化して、国内に蔓延しないようにするくらいしか打つ手がないんじゃない?」

「そうなんだけどよ、やられっぱなしってのはムカつくじゃねぇか」


 感情論って、子供かよ。

 まぁ、国っていうのは大きなヤクザみたいなものだから、舐められたら終わりって面があるのは確かだ。面子が大事。

 だから『やられたらやり返す、倍返しだ!』っていうのは分かる。分かるんだけど、大人気ないって思っちゃう俺の気持ちも分かってほしい。


「あの薬な、王国うちの商会との取引が決まってたらしい。中堅よりちょっと下くらいのところだ。いくつかの貴族家とも繋がってる。販路はそこだったんだろうな」

「ふーん。でも、未遂なら取り締まれないよね? 精々商会までかな?」

「ああ、その商会はもう潰した。関係者全員斬首だ。関係してた貴族にも釘を刺しておいたから、しばらくは大人しくしてんだろ。問題は、牧場がある限り、また同じような事が起きるってぇことだ」


 まぁ、それはそうだろうなぁ。

 法律で禁じられるってことは、それが有害ってことと同時に需要があるってことだもんな。

 現代日本でも、どれだけ覚醒剤が取り締まられても中毒者は居なくならなかった。それは、それを求める者がいるからだ。

 幸いにも(?)、妄薬を自分で使うことはまずないから、常習の中毒者が出ることは少ない。供給さえ断ってしまえば、被害者の増加は抑えられる。牧場を潰す意義はある。


「ってわけでよ、お前ぇ、ちょっと行って潰してきてくれねぇか?」

「いやいや、何『ちょっとそこまでお使いに』みたいなノリで言ってくれちゃってんの!? それ、バレたら国際問題だよね!? 僕、首刎ねられちゃう案件だよね!?」

「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ。だからお前ぇだけに話してんだろうが。この部屋で話してる意味を考えやがれ」


 やられた!

 そうだ、そもそもこの部屋はそういう後ろ暗い話をするための部屋だった! 国の、表に出せない裏の政策を話し合うための部屋だった!


「暗部が使えりゃよかったんだけどよ、ワッキー地方っていうのがそこそこの田舎でな、そこらじゅうに魔物が居るんだよ。暗部は街中に特化した連中だから、人相手は得意なんだが魔物相手じゃちょっとな。調査もままならねぇ。魔物相手だからっつっても騎士団は送れねぇしよ。そうなると冒険者しかいねぇんだが、普通の冒険者じゃ秘密裏に事を運ぶのは無理だ。普通の冒険者には、な」


 それで俺か。一応、理由は分かった。

 魔物相手のエキスパートで隠密性が高いってなると、かなり高ランクの冒険者ということになる。

 現在の最高ランク冒険者は、村長こと、ダンテス=ワイズマン伯爵だけど、村長は現在領地の改革で忙しい。とても何かの依頼を受けている余裕はない。そもそも隠密行動は苦手なタイプだしな。障害は全部正面から打ち砕くスタイルだ。実に漢らしい。


 次点が俺なんだけど、俺も領地運営や教師、学校経営、商会運営、石鹸やシャンプーの製造と、とても忙しい。もう、とんでもなく忙しい。依頼を受けている余裕なんてない。

 けど、幸いにもと言うか残念ながらと言うべきか、周囲には優秀な人材が多く集まっている。おかげで、余裕を作ろうと思えば作れてしまう。

 計画と大まかな方針さえ決めておけば、あとはクリステラやイメルダさんたちが細部を詰めて実務を進めてくれる。万事そんな感じだ。じゃないと、とても領地を離れて王都で教師なんかできなかった。


 更に明日からは夏の休暇期間で、教師の仕事がなくなる。つまり、余裕ができる。ちょっとした依頼なら受けられるくらいの余裕が。

 さてはこの王様、それを見越して今この話を振ってきたな? 相変わらず人使いの荒い王様だ。


「……盗賊からの聞き取りでな、その牧場の噂ってぇのも聞いたんだよ。ワッキー地方ってのは田舎なだけあって貧しい上に税の取り立てが厳しいらしくてな。毎年のように子供が身売りされるらしい。そのうちの女の売られた先が……ってわけだ。まだ年端もいかねぇ子供が、だぜ? それに腹が立つのは、そんなにおかしいかよ?」

「……行くよ。全部ぶっ潰してくる」


 テーブルの上で組まれた王様の手は、強く握られたせいで鬱血し、赤黒くなっていた。

 膝の上で握り込まれた俺の手も同じだった。

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