第292話

 当然ながら、貴族役が戻るなら護衛の騎士役も戻らなければならない。けど、ここでも能力の差が出ている。

 二組の貴族役は身体強化を使えない平民ばかりだから、戻るスピードは常識の範囲内だ。どんなに急いでも百メートルを十二〜三秒程度が限度だろう。女子もいるから十四〜五秒くらいの速さかな?

 一方の一組の貴族役、コリン君は身体強化が使える上に魔力操作も優れているから、百メートルを十一秒台で走ることができる。

 先に得点したこともあり、二組の面々が自陣に戻る頃には、既に追加得点を目指してスタートを切っている。またしてもお供はジェイコブ君だ。


「また来たぞ! 前へ出て止めるんだ!」


 二組の防御役ディフェンダーの三人が、障害物の柱よりも前へ出る。ちゃんとラインを上げてきたな。同じ戦法は通じないということか。流石学業の二組、対応が早い。

 加えて、今回は攻撃役オフェンスの騎士役たちも戻ってきている。二組の陣地には十分な防御態勢が整っている。


 コリン君とジェイコブ君は、またしても右サイドを駆け上がって行く。フィールドの端は動きが制限されるけど、相手も動きが制限される。

 そうして選択肢が少なくなった分、状況判断と身体能力に優れた者のほうが有利に動くことができる。

 この場面でも、二組は人数の多さを有利に活かすことができずにいる。元からいる護衛役の三人しか対応に向かえていない。


「ジェイ、先に来てる方を抑えて!」

「はい!」


 迫ってくる三人の護衛役のうちの、一番前にいる男子とジェイコブ君が接触、掴み合いになる。

 いや、掴み合いと見せかけてジェイコブ君が上手く体を入れ替え、もうひとりの護衛役とコリン君の間に割り込む。これでコリン君は一人を相手にするだけでいい。


「行かせない!」


 護衛役の男子がコリン君に手を伸ばす。タッチするだけでアウトになるんだから、指先だろうが服の端だろうが、とにかく触れさえすればいい。

 しかし、その手は空を切る。接触する寸前でコリン君が真後ろに跳んだからだ。


「なっ!?」


 手を伸ばしたまま蹈鞴たたらを踏む男子の後ろに回り込んで、コリン君がディフェンスラインを突破する。

 淀みなく鮮やかなコリン君とジェイコブ君の動きに、あっけにとられた他の二組の面々は動くこともできない。


「一組、得点!」


 コリン君の手が壁に触れると同時に、アームストロング教官の声が上がる。出場していない一組の面々からも、この最終戦を観ている他のクラスの面々からも大きな声が上がる。スポーツ観戦みたいだ。いや、紛れもないスポーツ観戦だな。

 碌な娯楽の無いこの世界だから、こういった分かりやすいスポーツ観戦は受けるかもしれない。プロスポーツリーグを立ち上げて興行するのもありかもな。まずはサッカーかバスケかな? ラグビーもありだな。


「あれがソウ子爵家の……動きが其方そなたそっくりだな、フェイスよ」

「はっ、彼は固有魔法の使い手ということもあり、私の指導を他より長く受けておりますので、その影響かと」

「ふぅむ、三年生の女子といい一年生たちといい、其方に感化される者が些か多すぎるな。悪い影響ではないのが救いか」

「恐縮です」


 いや、先生なんだから、生徒に影響を与えるのは当然じゃない?

 そもそも、俺を教師に押し込んだのはあんただろう、王様。影響を与えた責任を取らせるってことなら、それはあんたが負うべきじゃないの? 他人事みたいに言ってるんじゃないよ!


 まぁ、コリン君は色々と俺に似てるからな。小柄だし気配察知を使えるし固有魔法の使い手だし。戦闘技術を教えこんだし魔法の手ほどきもした。俺の影響を受けて似たようなスタイルになるのは当然だ。


 そのコリン君が素早く自陣へ駆け戻り、試合は開始直後と似た状況へと戻った。仕切り直しだ。

 はたして、このまま一組が翻弄して勝利するのか、それとも二組が逆転の一手を打つのか。

 まだまだ勝負は分からない。



「そこまで、試合終了! 勝者……」


 接戦だった。時間いっぱいまで、お互いに一歩も譲らなかった。身体能力を活かした一組、それにチームワークと戦術で立ち向かった二組。どちらもいい試合をした。

 しかし、これは試合だ。必ず勝敗が決せられる。そして、この試合の勝者は……。


「勝者、一年二組!」


 アームストロング教官から二組へ勝利宣言が与えられた。その瞬間、観戦していた生徒たちから大きな歓声が上がる。見ごたえのあるいい試合だったからな。


 あの後、試合は膠着状態になり、お互いに点の取れない状況が数分続いた。二組が防御を厚くしたからだ。お互いに柱前付近で足止めされることになった。

 そして試合終了直前、二組が動いた。

 防御役を再び三人に戻し、残りを全て攻撃に回したのだ。人数差を活かして一組の防御役を封殺し、一気に大量四得点を稼いだ。

 一組も点を取ったけど、戻ってきたコリン君を待っていたのは自陣深くで待ち構える二組の騎士役たちだった。防御役の騎士たちまで攻め込んできていた。総攻撃、いや総防御だ。

 護衛騎士に得点後の仕切り直しはない。得点後も騎士役はフィールドに残り続ける。それ故の状況だ。

 六人対十五人。さすがのコリン君でも、この包囲陣を突破することはできなかった。

 やはり圧倒的な戦力差の前では、奇策も個人の武勇も大きな意味を成さない。戦争は数。ドズ◯中将はどこまでも正しい。


 おそらく、これは二組がゲーム中に立てた戦術だ。二点先制されたときに策を練ったのだろう。

 防御を固めて追加点を取らせない。制限時間ギリギリに攻めて四点を取る。相手に一点追加で取られても四対三で勝てるからな。あとは、敵陣に騎士役で壁を作り、相手貴族役の動きを封じる。そして時間まで守り切る。

 護衛騎士のルールを活かした良い戦法だ。さすがは頭脳の二組。将来が楽しみだ。



 そして表彰式と閉会式。

 王様から賞状とお褒めの言葉をもらった一年二組の代表は、可哀想なくらいガチガチになってた。恐れ多いとか思ってそうだ。

 大丈夫、その王様の実態は、ただの横暴武闘派ヤクザだから。あれ? あんまり大丈夫じゃないな? まぁ、耐えろ。


 こうして、記念すべき第一回王立学園体育祭は盛況のうちに幕を閉じた。大きな事故もなくてなによりだ。


 自分で蒔いた種とはいえ、ここしばらくはとんでもなく忙しかったなぁ。

 明日からは夏季休暇だし、体育祭の後片付けが終わったらちょっとのんびりしたいな。うん、のんびりしよう。のんびりせねば!

 よし、そうと決まれば、のんびりするための計画を立てるぞ! 夏休みの計画だ! 一日の半分が自由時間の時間割を作るのだ!


 とか思ってたのに、帰り際の王様に、


「小僧、ちょいと話がある。今日の日の入り頃、城に来い」


 とか囁かれた。もしかしてお小言か? 俺、何かしたっけ?

 それともまた新しいお仕事か?


 夏休み……のんびり、したかったなぁ。

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