第098話

 甚だ遺憾である。いや、不本意という方が近いかもしれない。

 ともかく、こんな事態は想定していなかった。『なんでこうなった?』と言うべきかもしれないけど、ここは敢えてこう言おう。


 『ちゃうねん』。



「三番テーブル、オーダー待ちですっ!」

「お待たせしましたーっ、限定カスタードプリンとハーブティーのセットおふたつです! ごゆっくりどうぞーっ!」

「いらっしゃいませー! 二名様ですか? 只今テーブル席が満席ですので、カウンター席ならご用意できますがどうなされますか?」


 店の中を女性従業員が慌ただしく行き交っている。全員十代後半の若い女性ばかりだ。

 彼女たちは新たに雇った、というか、実は買い入れた奴隷だったりする。

 購入先はクリステラを買ったのと同じ奴隷商だ。見た目が怪しいちょび髭さんの所。

 全部で十名購入したけど、奴隷の在庫が増える冬場とあって比較的安価に買い入れる事ができた。

 女性ばかりな事に他意はない。前回と同じように、成人男性は戦争に持って行かれて購入できなかっただけだ。マジでマジで。



 改装開始から三十日で宿の再出発にこぎつけた。建築施工技術の未発達なこの世界ではかなりのハイスピード工事だけど、これは金にモノを言わせて人員を大量投入した結果だ。技術が無くても荷運びくらいはできるからな。

 急遽従業員寮も建てる事になったけど、それも人員と資材の大量投入であっという間だった。


 宿の一階、ロビーの奥は食堂だったのだけど、今回の改装でそこを宿泊客以外でも利用できるレストランへと変更した。

 経営努力のひとつに料理の質の向上を挙げたはいいけど、それを知ってもらう為にはより多くの人に食べてもらわなければ、という事でそうしたのだ。

 メニューの目玉は鶏肉と卵、それに牛乳を使用した料理だ。プリンにミルクセーキ、クレープと言ったスイーツ系が多い。

 バニラが無いので香りは弱く、砂糖も森芋を原料とする黒砂糖なので少し雑味があるけど、その分素朴で優しい味わいになっている。

 この世界では畜産はあまり普及していないので安定的な数量の確保が難しかったけど、これも農場を丸ごとふたつ買い取って解決した。自社農場だ。

 出費が嵩んだけど、中長期的には悪くない選択だと思っている。衛生管理も徹底させたので、そのうちマヨネーズや生卵も食べられるようになるかもしれない。


 このメニューだとターゲットは女性層のように思われるかもしれないけど、カロリーの高いカスタード系は運動量の多い冒険者等の肉体労働者にも受け入れられるはず、という目算もあった。

 実際、開店から七日経った現在、店内は男性冒険者たちでごった返している。しかし……。


「おお、今日は『みにすかめいど』の日か。ついてるな!」

「『にーそ』とスカートの間に見える生足がたまんねぇよな!」

「昨日の『じょきゅうさん』も、襟足から見えるうなじが色っぽくてよかったけどな」

「「お前、マニアックだな」」


 こんな会話があちこちから聞こえてくる。そう、こいつらの目的は料理ではなく、従業員のコスチュームなのだ。



「うーん、従業員の衣装も統一した方がいいな。お客との違いも分かり易いし」


 宿の改装計画で食堂をレストランに変更する事を決めた際、従業員に制服を支給する事も決めた。

 日本のホテルやレストランなら当たり前の事だけど、この世界では一部の高級ホテル以外は制服など採用していない。他との差異を出すには有効な手段だ。

 男性従業員の制服は直ぐに決まった。黒のパンツに白の長袖スタンドカラーシャツ、黒のベストだ。男はおまけだ、凝った衣装はいらん。


 難航したのは女性従業員の制服だった。なるべく独自性を出したかった俺は、現代日本の知識を持ち込む事にした。多種多様なファッションから候補を絞り、試作品をルカたちに着てもらったのだけど、その際に思わぬ問題が発覚した。


「……なんというか、あだっぽいですわね」

「あらあら、うふふ」


 和服を着たルカを見たクリステラの感想だ。俺もそう思う。エロい。

 ルカに着てもらったのは『カフェの女給さん』ファッションだ。臙脂に白い矢柄のシンプルな小袖の上に白いフリル付きエプロンを付けてもらったんだけど……正直言って似合わない。胸が大きすぎるのだ。

 合わせの部分が胸周りだけ広がり、のど元から谷間が見えそうになっている。それを白いエプロンが隠しているのだけど、これが逆にエロティックな雰囲気を醸し出している。女給さんというより遊女、あるいは夜鷹か。

 ダイナマイトは隠してもやはりダイナマイトという事だな。触るな危険。


「なんか動きづれぇな。けど、こういうのも悪くねぇ」


 同じ姉妹でも、サマンサの方は非常に良く似合っていた。

 こちらは下半身が紺の袴になっており、大正浪漫を感じさせる組み合わせになっている。元々チッパ……細身だし、髪色も黒に近い茶色なので和服が良く似合う。たすきで袖をまとめた姿は凛々しく見えるし、まさに理想の女給さんだ。

 本人もまんざらではないらしく、足元や背中を確認しながらクルクル回っている。ちょっと可愛い。あ、足元はブーツがいいかな、ハイカラに。


「こっちは太ももがスース―するみゃ。でも動きやすいみゃ」


 アーニャにはミニスカメイドさんの衣装を着てもらった。色はシンプルに黒。

 ……うむ、予想以上にいい! リアルネコ耳メイドさんだ! 動くたびに揺れるフリルにフヨフヨと動くリアルしっぽ付き! 良くないわけがない!!

 さらに言えば、アーニャには本当にメイドの経験がある、まさに本物のネコ耳メイドだ。完璧すぎる!


「うーん、まぁ、ルカはんは何着てもヤバいやろうから置いとくとして、どっちもアリはアリやな」

「……可愛い」


 キッカとデイジーはどちらも気に入ったようだ。ルカの和服は無いみたいだけど。

 しかし、これは困ったな。どっちを選ぶべきか。


「うーん、いっそ両方作っちゃうか。どうせ洗ったら着替えが必要になるんだし」

「そうですわね。それならもう何種類か用意して、日替わりで着替えるというのもアリかもしれませんわね」


 俺の両方採用案にクリステラが更なる改善案を出してくる。

 ふむ、アリだな。ノーマルなファミレス風やギャルソン風も悪くない。


「よし、それで行ってみよう。サマンサ、デザインを渡すから、試作品の製作をよろしく!ルカはその手伝いね。必要な布とか買ってきてあげて。キッカは今ある試作品を持って、作ってくれる服職人を探して。ひとつの工房につき一種類ね。大きさは三種類くらいで各三着ずつ。お金に糸目は付けないから、大急ぎでって言っておいて。アーニャとデイジーも荷物持ちに付いて行ってあげて。僕はデザインを上げたら奴隷商に行くから。専属従業員を雇わなきゃいけないからね。クリステラも着いて来てね」


「「「はい!」」」


 なんとなくその場の雰囲気で決めてしまったけど、それが『コスプレレストラン』だという事に気付いたのは奴隷を購入した後だった。『やっちまった』とは思ったけど、もう後には引けなかった。

 ……仕方なかった。そう、仕方なかったのだ。



 そんなわけで、レストランは大盛況である。連日の満員御礼だ。

 滑り出しはこれ以上ないくらい好調なんだけど、それが料理の力ではないというのが悔しい。ルカや厨房の従業員には頑張ってもらったのに。


 そんな感じで『不本意ながら大成功』という、矛盾をはらんだ門出になったレストランだった。



「申し訳ありません、お陰様で本日は全室埋まっておりまして、ご予約は十六日先となります」

「なんですって!? キャンセルは無いの!? いえ、泊まれなくてもいいわ、お風呂だけ使わせて頂戴!」

「申し訳ありません、当店の大浴場は快適にご利用いただくため、宿泊のお客様のみご利用可とさせて頂いております。ご了承ください」

「きぃーっ、何よ! いいわ、予約するわ、すればいいんでしょ! 一番早い日から十日間、料金も前払いよ! 文句ある!?」

「ご予約ありがとうございます。ではお名前とご利用人数をお伺いしても……」


 フロントでは男性従業員がちょっとお金持ちっぽいオバ……奥様の応対をしていた。

 あの手のやり取りを見るのも、今日既に三回目だ。ちなみに、いつぞや俺に帳簿を持ってきてくれたあの男性従業員である。


 宿の方も好調で、初日以降満室かそれに近い稼働を維持している。


 ……不本意ながら。



 従魔と泊まれる数少ない宿だったこの店だけど、それ以外はこれといって特徴のない、至って平凡な宿だった。他との差別化には、料理やコスプレ等の副次的ではない、宿としての魅力が必要だった。

 そこで考えたのがお風呂だ。ぶっちゃけ、大浴場建設である。

 この街に入浴施設は少ない。数件の高級ホテルと領主の館、大商人の邸宅にあるくらいだ。

 なので、一般人は入浴という事は知っていても、その習慣がない。だとすれば、比較的安価で入浴できる宿なら需要があるのではないかと考えたのだ。もし需要が無くても、他の宿との差別化にはなる。


 最初はドルトンの屋敷と同じように温泉が出ないかと試してみたのだけれど、どれだけ掘っても水が出るだけで温泉は出てこなかった。新しい井戸が増えただけだった。

 しかし、この新しい井戸は水量が多かった。それこそ大浴場に利用できるほどに。やっぱ大河に近いからかな?

 水があるなら沸かしてお湯にすればいい。

 大急ぎでボイラー(でっかい達磨ストーブみたいな形だ)を鍛冶屋に発注し、井戸に跳ね釣瓶を設置し、夜中にこっそり大岩を庭に運んで湯船と洗い場に加工し、燃料にする薪を業者に発注し、浴場の周囲を竹製の衝立で囲んで目隠しし、完成したボイラーと湯船を樋で連結し、試運転して問題点を洗い出し……と色々やって、露天大浴場が完成したのはオープン五日前、プレオープンの前日だった。マジでギリギリだった。


 プレオープンには冒険者ギルドの職員数名と支配人、商業ギルドの支配人(以前会ったことのあるハッサンさん)と職員数名を招待した。当然ミーシャさんもいる。今回のゴタゴタで疲れた心を癒してもらおうというわけだ。ついでに宣伝してくれたらありがたい。

 そんな極普通の打算アリアリでの招待だったのだけど、これが思いもよらない結果になってしまった。


「まぁーっ、なにこの石鹸とか言うの! お肌ツヤツヤよ!」

「それよりもこのシャンプーとかいう汁よ! 見て、髪も頭もサッパリピカピカよ!」


 大浴場には俺謹製の石鹸とシャンプーを設置していたのだけれど、これが女性陣に大うけしたのだ。

 石鹸の材料はヤシ油に紙の木の実の汁、少量のアルコールと黒蜜で、シャンプーはこれに酸っぱい果物の汁を溶かし込んである。この街なら誰でも手に入れられる材料ばかりだ。

 作り方も加熱しながら混ぜるだけなので難しくない。ただし、滑らかさを出すための撹拌や不純物の抽出には平面魔法を使っているので、同じクオリティの品は俺にしか作れない。

 この石鹸とシャンプーが女性陣に気に入られ、売って欲しいと周りを取り囲まれて詰め寄られる一幕もあった。商業ギルド、冒険者ギルド関係なく。怖かった。

 それ程大量に作ったわけではなかったので、石鹸を少しだけ切り分けてお土産にすることで勘弁してもらった。美を追求する女性の心は世界を超えて共通だったようだ。

 男性陣は『いい湯だった』で終わりだった。張り合いが無い。


 そして後日、ツヤツヤの肌と髪で職場に出勤した女性陣は、参加しなかった同僚や来客に追及され、事の次第を仔細漏らさず打ち明けさせられたらしい。

 結果、オープン前だというのにうちの宿は予約で埋まる事となった。予約客のほとんどが女性だった。


 おかしい、従魔と泊まれる美味しい料理と大浴場がウリの宿になるはずだったのに。

 こうして想定とは大きく異なりながらも、宿の方も順調すぎる滑り出しをみせたのだった。


 そして、あまりの消費の多さに追加の石鹸とシャンプーを作る羽目になった俺の口からは、抑えきれなかった愚痴がこぼれ落ちることになる。


「……ちゃうねん」


 甚だ不本意である。

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