第046話

≪なんだこれは……一体何が起きている?≫


 俺の耳に、茫然とするイメルダさんの呟き声が聞こえる。

 実際のイメルダさんは二十メートル以上離れた城壁の上だ。普通なら大声を出さなければ聞こえる距離ではない。

 ではどうして聞こえるかと言えば、当然のように俺の平面魔法の力だ。ちょっとした小細工で、離れた場所の音を拾えるようにしたのだ。


 カメラ作成で遠くの画像を見る事は出来るようになったけど、音声は聞くことが出来なかった。

 それもそのはずで、俺の平面魔法の元になったと思われる3DCGツールには、音声に関する機能が全く付いていなかったからだ。もうすぐ実装されるって話はあったけど、俺が生きていたときにはまだだったし、他のツールにも付いていないのが普通だった。某ダンスソフトくらいじゃないかな、付いてたの。

 とはいえ、音が拾えないのではカメラ機能も魅力半減な気がしたので、どうにかこうにか四苦八苦して、何とか使えるようにしたのだ。

 苦労した割に原理は簡単なもので、遠く離れた場所に作った平面と耳元の平面を拘束コンストレイントさせただけだったりする。


 俺の作った平面は、重力以外の物理的な力の影響を受ける。風とか衝突とか、振動とか。

 声、つまり音は空気の振動だから、平面に影響を与えるのだ。

 拘束された平面は、対象になったオブジェクトの変化に追従する。この場合は、片方の平面の動き(振動)の影響を受けてもう片方が同じように動いたというわけだ。


 こうして離れた場所の音声も聞くことが出来るようになった俺の平面魔法は、ますます諜報員御用達な感じになってしまった。俺自身の戦闘スタイルも暗殺者アサシンスタイルだし、一体俺は何処へ行こうとしているのか……。


 そんな事を考えながらも、俺は淡々と魔物を狩って行く。


 走ってゴブリン三匹の集団に近づき、接触まであと数歩と言うところで急加速する。

 棍棒で殴ろうとしていたゴブリンたちは慌てふためいてるけど、そんなことはお構いなしだ。

 真ん中のゴブリンの眉間に剣鉈を突き込み、間髪入れず引き抜いて右のゴブリンの首を斬り飛ばす。崩れ落ちていく二匹の間に走り込み、左のゴブリンの後ろに回り込む。両足首を斬りつけて身動きを取れないようにしたら、次の集団を探してまた走り出す。

 足を斬られたゴブリンはまだ生きているけど、ウーちゃんかクリステラがとどめを刺すから問題ない。少しは活躍させてあげないとね。

 相手が四匹だろうが五匹だろうが大差ない。接敵から無力化までほんの数秒だ。遠目からだと、すれ違った瞬間にバタバタと魔物が倒れていくように見えてるかもしれない。イメルダさんの呟きも、さもありなんと言うところだ。


≪ビート様、もう少し手を抜いて下さいまし。全部ウーちゃんが仕留めてしまうので、わたくしのする事がありませんわ≫

≪あー、ごめんごめん。じゃあ、もうちょっとだけ残すよ≫


 クリステラの方に飛ばした平面から抗議が返ってきた。ちょっとウーちゃんが頑張りすぎてるみたいだ。

 意外と言ったら失礼かもしれないが、予想以上にウーちゃんは優秀だった。まだ子供なのに。

 あ、俺もか。


 東門に近づくに連れて魔物の数が増えてきた。北門では相変わらず火と油での防衛を行っているみたいで、街に近付けない魔物たちが壁に沿ってどんどん東門へと流れてきているようだ。散発的に弓による攻撃も飛んでいるけど、ほとんど当たっていない。本当に撃退する気があるのかと問いたい。


 とは言え、俺に何か不都合があるかと言えば、そんなことは全く無い。体力も魔力もまだまだ余裕だし、感覚的には全力の半分くらいで流してるような状態だ。このペースなら一日中でも戦えるだろう。お腹が空いたら帰るけど。


「フゴォーッ!」

「うわっ!?」


 などと余裕をかましてたら、ゴブリンの中に混じってた猪型の魔物の突進を避けるのが遅れてしまった。前に居たゴブリンを弾き飛ばして突っ込んでくるとは思わなかった。まぁ、仲間って訳じゃないだろうしな。

 間一髪躱す事は出来たけど、そのせいで少々体勢が崩れてしまった。

 狙ったわけではないだろうけど、そこへ一匹のゴブリンが俺の左から槍を突き込んで来た。長い木の枝を削っただけの粗末な槍だけど、その先端は緑に変色している。おそらく毒が塗られているのだろう。どんな毒かは知らないけど、食らったら拙い事になるのは間違いない。

 ゴブリンは、こんな風に悪知恵の働くところが可愛くない。いや、元々可愛さの欠片もない醜悪な小さいおっさんだけどさ。

 俺は崩れた体勢に逆らわず、そのまま後ろに倒れていく。

 毒の槍の先端が、目標を失って俺の胸の前を通り過ぎる。

 その槍の柄を左手で掴み、倒れる体重の勢いを乗せて引っ張ると、ゴブリンはたたらを踏んで俺に突っ込んでくる。俺は柔道技の横分よこわかれのように、身体をねじって巻き込みながらゴブリンを投げ飛ばす。その勢いでうつ伏せになった俺は、素早く身体を起こしてダッシュする。クラウチングスタートだ。


「ブギィイーッ!」


 直後、俺が寸前まで居た場所を、戻ってきた猪の魔物が通り過ぎて行った。何匹かゴブリンを跳ね飛ばしながら。手当たり次第だな、アイツ。

 止まらずにしばらく走った俺は、ゴブリン共との距離が開いたのを確認してから身体に付いた埃を払う。


 ちょっとだけヤバかった。平面でコーティングしてあるとはいえ、隙間が無いわけじゃない。その隙間から毒を流し込まれたら、流石に無事では済まないだろう。

 ゲームやアニメじゃないから、ピンチに助けが来るようなご都合展開も期待できない。ちょっとの油断がそのまま命取りになりかねない。いや、なる。反省しないとな。

 まだ先は長いし、安全確実に仕留めていかなければ。いのちだいじに。

 とか言いつつ、魔物の命は刈り取って行くわけだけど。なんというエゴイズム。



 三十分戦ったら下がって少し休む。時折大きく下がって、竹筒の水筒で水分を補給する。それをひたすら繰り返した。

 太陽は既に中天を大きく過ぎている。あと三時間もしたら陽が沈むだろう。

 体力も魔力もまだまだ大丈夫だけど、流石に精神的には疲れて来た。ウーちゃんなんて、少し前から後方で昼寝中だ。まぁ、俺やクリステラのように身体強化が出来るわけじゃないし、まだ子供だもんな。休憩しなきゃ体力が保たないだろう。

 ともかく、このペースだと全部片付けるのに夜中までかかってしまう。本当なら全滅させたいところだけど、追い返す事も考えた方がいいかもしれない。

 もちろん俺の平面魔法を全力で使えば瞬殺なんだけど、魔法の事を他人に知られたくない。面倒だけど地道に狩るしかない。


 東門付近の魔物は既に狩りつくしており、今の戦場は北門と東門の中間位だ。

 もう軽く四百匹くらいは狩っている。残りはゴブリンが五百匹くらいだ。他の魔物はゴブリンに追い立てられて来ただけだから、ゴブリンの数が減った事で散り散りに逃げ出している。

 しかし、ゴブリンだけは相変わらずの勢いで攻めてくる。既に半数近くが狩られているというのに、何故そこまで必死になっているのか。

 とか考えてたら、気配察知でその理由がわかった。


≪クリステラ、群れの奥に強いのが一匹いる。多分あれがボスだ。倒しに行ってくるから、しばらく雑魚が抑えられなくなる。ウーちゃんと一緒に街へ避難してて≫


≪分かりましたわ! ご武運を!≫


 クリステラに一言伝えてから、ゴブリンの間を全力で駆け抜ける。倒せる奴は倒して行くけど、ボスまでのルート上に居ない奴は無視だ。

 ボスが居なくなれば、統率が取れなくなって群れはバラバラになるだろう。小集団であればゴブリン程度は敵にならない。普通の冒険者パーティーでも簡単に狩れる。今無理に倒す必要は無い。


 それでも五十匹ほどを倒し、ようやくボスのところまで辿り着いた。だって群れの中心近くにいるんだもんよ。

 周りはゴブリンだらけだけど、俺とボスを中心にして広場のような空間が出来ている。俺に近寄ったら斬られるから、ゴブリンが逃げて行った結果だ。遠巻きになにやらギャーギャー騒いでいるけど、ゴブリンの言葉は分からないからうるさいだけだ。


 ボスは周囲のゴブリンに比べて二回り程身体が大きかった。人間の成人男性くらいある。野生を感じさせる太い手足と胴回りからすると、体重は百キロを下るまい。肌の色も周囲のゴブリン共よりやや濃いめの緑だ。ひょっとしてホブゴブリンという奴か?


 どういう仕組みなのかは分からないけど、魔物の中には環境に合わせて一代で身体が大きく変化するモノがいる。

 肌や毛の色が変わる等は序の口で、角が生えたり鱗で覆われたりも当たり前。中には手足の数が増えたり羽が生えたりするモノまでいるらしい。

 そして、全体的にスペックが上がるという変化……いや、進化を遂げるモノもいる。それが上位種族だ。ゴブリンであればホブゴブリンがそれにあたる。大森林にもいるらしいけど、俺はまだ会った事がない。今回が初対面だ。


 そいつは、粗末ではあるものの、革鎧と大剣を装備していた。冒険者から奪ったのだろうか? 大剣はともかく、革鎧はパッツンパッツンで、全くサイズが合っていない。売れない芸人っぽい。


「ギイィィギャアァァッ!!」


 仲間を斬り捨てながら目の前に立った俺に対して、はっきりと肌で感じられる怒りを雄叫びと共にぶつけてくる。

 俺からしてみれば、自分から襲って来ておいて何を今更という感じなので、特に動じる事も無い。


 そして、わざわざ向こうから仕掛けて来るのを待つ意味も無い。一気に間合いを詰め、大剣を振り上げようとしていた両腕を斬り落とす。


「グギャ『スパッ』ァ……」


 痛みに悲鳴を上げるホブゴブリンの首を、これもあっさりと斬り飛ばす。


 上位種族と言っても、せいぜい猪人と同じくらいの力しかない。さんざん大森林の猪人を狩ってきた俺にしてみれば、普段狩ってる獲物より弱いくらいだ。ぶっちゃけ、雑魚ゴブリンと大差ない。

 何が起こったか理解できていない表情のまま落ちていく首と一瞬目が合ったけど、特に何の感情も浮かばなかった。

 食えるなら感謝のひとつもするんだけど。ゴブリンの肉は残念ながら、硬くて臭くて筋が多いというどうしようもないシロモノだ。森の掃除屋マッディスライムですら食べるのを嫌がる。そのくらい価値がない。


 ボスが倒れた途端、ゴブリン共は我先にと逃げ出した。

 まだよくわかってない奴らは俺に向かって来ようとするけど、逃げ出す奴らとぶつかって揉み合いになっている。大混乱だ。もうひと押しすれば完全に崩れるだろう。

 俺は魔力を素早く練り上げ、高密度に纏めていく。十分な密度と純度に纏め上げたところで、


「ハァッ!」


 少々の殺意を混ぜて一気に魔力を放出する! 『いてまうど、ワレ!』って感じだ。

 魔力を見る事が出来る者がいたなら、俺を中心にしてドーム状に広がる魔力が見えたことだろう。

 殺傷力は無いけど、強烈な脅しにはなるはずだ。これで混乱を助長させて、群れの撤退を後押しさせるのだ。そのつもりだったんだけど……?


≪ひ、ひぃいぃっ!?≫


 耳元の平面からイメルダさんの悲鳴が聞こえた後、周りが静寂に包まれた。

 ゴブリン共は混乱するどころか、動きを止めて身じろぎひとつしない。一体何事?

 とか思ってたら、バタバタとゴブリン共が倒れ始めた。見ると、泡を吹いて白目を剥き痙攣している。気絶したようだ。

 俺を中心に半径二百メートル程、残りのゴブリンの約八割が同じような状態だ。俺に近かった何匹かはショック死までしている。


 どうやら、俺の殺意交じりの魔力は脅し以上の効果を出してしまったようだ。さながら魔力の閃光発音筒フラッシュ・バンと言うところだろうか。ちょっと効果範囲が広いけども。


≪ビート様……やりすぎですわ……≫


 珍しく、クリステラが呆れたように言った。うん、確かにちょっとやりすぎたかもしれない。


 ……てへっ!

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