第193話

 子爵と話を詰めた俺たちは、一旦ドルトンへと帰ることにした。そろそろ代官として着任しないと問題になりそうだしな。

 臨月の母ちゃんの様子が心配だから、直ぐに戻ってくるつもりではいるけど。

 父ちゃん? あの人は放っておいても大丈夫。強くてイケメンだから。ケッ!


「じゃ、申し訳ないけどルカとデイジーは母ちゃんのお手伝いをお願いするね。一段落したら迎えにくるから」

「……若の指名。頑張る」

「はい、お任せください。わたしたちのときに活かせるように、しっかり勉強させてもらいます」


 馬車に乗り込んだ俺たちを下から見上げて返答するふたり。デイジーもルカも鼻息が荒い。やる気があるようでなによりだ。

 ルカが『わたしたち』と言う瞬間にひと際強い視線を送ってきたけど、まぁ、そういう意味なんだろう。想いが重い。

 俺、子供だから、まだ背負わせないで。まだ子供は背負いたくない。


「だば、気ぃ付けてけぇるんだぞ。ピーちゃん、また遊びに来るだよ?」

「んだんだ。甘ぇ水菓子くだものさ用意して待っとるだで」

「ピーッ、じいじ、ばあば、またねー!」


 ピーちゃんがパタパタと両手ならぬ両翼を振る。父ちゃんと母ちゃんは妙にピーちゃんがお気に入りだ。初孫っぽい感情を持ってるらしい。

 ピーちゃんにとっては俺がパパらしいから、ふたりは祖父祖母のつもりなのかもしれない。いや、俺はパパじゃないんだけどね?

 ピーちゃんの本当のパパは多分、もうこの世には居ない。二重の意味で、本当のママに美味しくいただかれてしまったはずだ。ファンタジーの自然界は厳しいなぁ。

 皆に見送られて、フワリと浮かんだ馬車が一路西へと飛び立つ。

 馬もいないし、車輪も使われない馬車。もはや馬車の定義が崩壊しているような気がするけど、まぁ、ファンタジーだし別にいいか。線路を走らなくても銀河鉄道って言うくらいだし。



「というわけで、ドルトンと新ワイズマン子爵領を結ぶ街道整備に着手します! 予算は子爵とドルトンで折半、人手はドルトンから出す予定だよ。詳細はこれから配る資料を見てね。国の許可が下り次第着手して、三年以内の完成を目指すから。企画書と上申書は、数日中に王都まで提出しに行ってくるよ」


 ドルトンへ帰還し、代官就任の挨拶のためにやってきた冒険者ギルドの会議室。

 そこに主だった幹部を集めて代官着任の挨拶をするついでに、早速代官としての初仕事である開発計画その一を発表した。

 秘書ポジションのクリステラとキッカが、簡易な計画書と資料を皆に配る。


 ドルトンの行政は特殊で、領主が冒険者ギルドの支配人を兼ねている。つまり代官になった俺は、同時にドルトン冒険者ギルドの支配人にもなったわけだ。

 このシステムは組織運営にも関係していて、領内の行政業務は冒険者ギルドの職員が行っている。そもそも冒険者ギルドが国の機関のひとつであるということを考えると、市役所がハロワを兼業しているようなものと言えるかもしれない。


 そんな冒険者ギルドの幹部連中を前に俺がぶち上げたのは、ズバリ、公共工事だ。

 現代日本だとその利権関係でマスコミや野党のエサになりやすかった公共工事だけど、この国ではそんなことは問題にもならない。

 なにしろ、兎に角インフラが整っていないから。利権のための無駄な工事ではなく、生活と流通のために必要な工事なのだ。

 物流と人材の円滑な流れのためには、道路や海路などの交通整備が欠かせない。ヒトとモノが動かないと経済が回らない。


 現在、ドルトンとダンテスの町の間には、道とも呼べないような馬車一台分の幅しかない砂利道があるだけだ。買い出しに出るダンテスの町の住人と、交易商人であるビンセントさんくらいしか使っていない。

 これを拡充して正規の交易路として整備すれば、ダンテスの町とドルトンの街の活性化になる。そしてそれは税収の増大につながり、俺も子爵もウハウハということになるのだ。いや、俺は代官だから税収が上がっても直接関係はないんだけど、街に活気が出れば副次的に収入が増える予定だから、無意味ではない。


 それに、これは現在ドルトンが置かれている状況の改善にもなる。

 ジャーキンとの戦争が終わってから、各戦線に赴いていた冒険者たちがドルトンに帰還してきている。それは戦前に戻っただけだからいいんだけど、問題はそれ以上の人員がドルトンに流入してきていることだ。


 戦争が終われば、常備軍以外の軍隊は解体される。金が掛かるだけで使い道がないからな。

 一部の有能な人材は貴族や国の軍に引き立てられることもあるけど、多くは職を失って社会へと散っていく。

 元兵士の何割かは故郷に戻ってかつての暮らしを再開するんだけど、中には立身出世を夢見て故郷から飛び出してきた無鉄砲な奴らもいるわけで、そういった連中は故郷に帰ることもできず、かといって真っ当な仕事にも就けず、一縷の望みを抱いて冒険者になったり、短絡的な思考から盗賊になったりする。

 盗賊になった連中は、騎士団の目が光ってる中央や大都市近郊ではすぐに捕らえられてしまうし、あまり辺境だと自分たちが魔物に襲われてしまうから、中央から離れた地方都市近くに拠点を置く。このドルトン近郊もその候補だろう。

 盗賊の討伐には懸賞金が掛けられることも多い。また、盗賊が集めたお宝は討伐した者の物になる。大規模な盗賊団を討伐できれば、数年を遊んで暮らせるくらいの収入になることもある。

 そんな一攫千金の夢を求めて、冒険者たちもまた、辺境近くの街へと集まってくる。


 そんな理由わけで今、ドルトンには急激な人口増加が起こっている。宿が足りないどころではなく、外壁の外まで野営テントが張られているような状況だ。放っておくとスラム化しそうで怖い。早めに手を打たないと。


「この状況の一因は男爵殿にもあるのですよ? いや、男爵殿には何の過失もないのですが」

「男爵殿……って、僕?」


 お誕生日席の俺の左隣に座る、副支配人のイメルダさんがボソリとこぼす。いつもと口調が若干違う気がするけど、TPOを考慮してのことかな?


 俺のせいだけど過失はないっていうのは、何かしらの影響を俺が与えてるってことかな?


「そう。大戦の英雄である旋風ダンテス殿の秘蔵っ子で、平民から男爵にまで若干八歳で成り上がった冒険者。子供にできるのなら自分でも、と考える連中は少なくありません。そういった連中が男爵にあやかろうと押し寄せてきているのです。さらには石鹸やシャンプーを作り出し、商業ギルドにも隠然たる影響力を持つ『次代の商業ギルド重役候補』、どんな難題も鮮やかに解決してみせる『国王陛下の隠し玉』という噂話も影響しています。ご存知ですか? 宿が足りないのは冒険者が増えたからだけではなく、男爵殿との知遇を得ようと商人が大挙して押しかけているためでもあるのですよ?」


 あらー。高級宿までほぼ満室っていうのは、そういう理由だったのか。考えてみれば、貧乏な冒険者が高級宿に泊まれるわけないもんな。


 ひとつ訂正させてもらうと、平民からじゃなくて奴隷からなんだけどね。

 出来れば『国王陛下の隠し玉』っていうのも否定させてもらいたいんだけど、王国貴族がそれをするわけにはいかないよな、やっぱり。

 まぁ、原因が分かったところで、現状の打開にはならない。問題解決のためには何か方策を打たないと。というわけで、やっぱり俺の提案した公共工事だ。


 工事には多くの人手が必要になる。

 街道は石畳にするつもりだから、石材を加工する石工、運搬の人足、実際に工事する作業員、炊き出しの料理人などなど、兎に角多くの人手が必要になる。この辺りは辺境だから、魔物や盗賊から作業員を守る護衛も必要になる。

 これらに必要な人員の多くを冒険者に求めようというわけだ。


 今ドルトンに集まっている連中の中には、冒険者としての経験がほとんどない者も多いだろう。

 未熟だから普通の依頼がこなせなくて行き詰まり、犯罪に手を染めるなんていうのはよくある話で、放っておけばそうなる連中が大量に出てくるのは時間の問題だ。

 そうなると治安が悪化して街が廃れてしまうから、統治者としては何らかの手を打たなくてはならない。

 経験の浅い見習い冒険者でも、単純な肉体労働なら対応できるはずだ。料理が出来るなら飯場担当でもいい。体力がなくても出来る仕事はある。街道敷設工事はそんな連中の受け皿になる。

 ベテラン冒険者には工事の警備をしてもらう。商隊じゃないから盗賊に襲われることは無いだろうけど、魔獣の襲撃はあり得るからな。それなりの腕を持ったベテランの出番だ。

 石材加工だけは職人に任せるしかないけど、それ以外のほとんどは冒険者に任せられるはずだ。これでとりあえず急場を凌げる。


「しかし、これだけの規模の工事となると、とても三年で終わるとは思えませんが……基礎工事だけでも十年、いや二十年はかかるのでは?」


 頭がバーコードな小太りのオジサンが片手を上げ、オズオズと発言する。このオジサンは初めて見るな。割と上座近くに座ってるから、結構な重役なのかもしれない。後でイメルダさんに聞いておこう。


「大丈夫、既に綿密な現地調査を行ってるし、基礎工事は僕がするから。計画では、最初に基礎工事と周辺の整地をして街道自体はすぐに開通、ドルトンから徐々に石畳で舗装していくことになってるんだよね。開通させるだけなら、三か月くらいでできるんじゃないかな?」

「三か月!? まさかそんなに早く……」

「信じられない? まぁ、そりゃそうだよね。じゃ、ちょっとだけ前倒しで実演してみせようか」

「い、いえ、そういうわけでは!」

「いいからいいから。実際にその目で見た方が納得できるだろうしね。じゃ、皆で南門に移動しようか」


 この計画の実効性に疑念を持つのは当然だ。常識的に考えて、あまりにも期間が短すぎる。けど、俺の平面魔法はそんな常識など軽く一蹴してしまう。論より証拠、実証するために幹部全員で街の南門へと移動する。

 うーん。こうして見ると、南門は結構狭いな。幅六メートルくらいしかない。小さな馬車がギリギリすれ違えるかどうかという狭さだ。道路敷設と並行して拡張したほうがいいかも。これも企画書に盛り込んでおこう。

 それはさておき実演だ。南門から更に一キロほど東へ移動する。南門近くは、街から溢れた冒険者のテントが密集してて工事なんかできない状況だったからな。


「それじゃ、軽く半リー(一・五キロ)ほど基礎工事してみるね」


 早速平面魔法を発動して、幅十三メートル、深さ一メートル、距離一・五キロほどの土を掘り返す。掘った土は一端脇に避けておき、平面魔法製のふるいに掛けて粗い石と土とに分離する。

 掘って出来た溝を、振動する平面と重力フィールドで突き固める。そこへふるいに掛けた土を半量盛り上げ、更に突き固める。

 舞い上がる砂塵は、粘性のあるメタパーティクルに吸着させ、突き固めた地面へと落下させる。今は夏場で乾期で乾燥してるから、結構な量が舞ってしまうんだよなぁ。

 突き固めた土の上に分離しておいた石を盛り、その上に残りの半量の土を盛って、更に突き固める。こうした隙間のある石の層を作ることで水捌けが良くなり、降雨時の路面状態悪化が抑えられるのだ。


 そして出来上がったのは、幅約十二メートル、長さ一・五キロの平らで真っ直ぐな土の道だ。南には大森林、北には暗闇の森という魔境をのぞみ、その中間やや北寄りあたりをほぼ東西に貫いている。

 この幅にした理由は、この国の一般的な馬車の幅が二メートル弱だからだ。片側二車線、往復四車線として、余裕を持たせて馬車道が計十メートル。歩行者専用道が二メートルとして、合わせて十二メートルだ。

 道の左右には深さ、幅共に五十センチほどの排水溝があり、降雨時にも安心の設計になっている。ゆくゆくは路面も溝も石材で覆う予定だけど、今はまだその石材がないから土がむき出しだ。仕方がない。


「こ、こんなに短時間でこれ程の……」


 ミスターバーコードが驚きの表情でつぶやいている。

 今回の工事にかかった時間は約三十分。一時間で約三キロ、一日の実働が六時間なら約十八キロ進められる計算になる。実際には休憩所や水場の整備なんかもあるだろうから、一日に十五キロくらいが限度かな。

 ドルトンからダンテスの町までの直線距離は約三百五十キロ。今ある道は森を避けたり水場に寄ったりしてるから、総延長は約三百八十キロくらいだ。新しく整備する街道も水場を繋ぐ計画だから、総延長は約三百七十キロになる予定だ。

 ざっくり計算でひと月ちょっとあれば終わってしまう。まぁ、工事が進むに連れてドルトンからの移動時間が伸びていくから、それを考慮しても約二か月。不測の事態で遅れる事を考慮して、大雑把に三か月というわけだ。


 実のところ、基礎から舗装までの全てを俺が受け持てば、もっと工期は短縮できる。石材はジョンに作ってもらって、基礎工事から舗装まで平面魔法で行うと、あっという間に開通までもっていける。多分、一年かからないだろう。

 それをしないのは、街の活性化を狙ってのことだ。

 ひとりが利益を独占してしまうと、市場にそれが還元され難くなってしまう。ひとりが使う額なんてたかが知れてるから、景気には何も影響を与えないのだ。

 それでは為政者としても商売人としても失格だ。

 これを公共工事にすると、多数の人が業務に従事し、収入を得ることができる。それは市場に潤いを与え、経済を活性化する。

 活況の街には多くの商人が集まるようになり、さらに経済が活性化される。すると税収があがり、為政者には多くの利益がもたらされるようになり、それは中長期的に継続する。

 結果として為政者の懐には、工事を独占するよりも多くの利益が入ってくる、という寸法だ。ひとり勝ちは本当の勝ちではないのだ。

 俺は代官だから、税収が上がれば評価が上がって収入も増える。


 それに加えて、今回は代官権限でちょっとばかり利権に噛ませてもらおうかと思っている。

 なに、大したことじゃない。王都に中堅商会を構えるトネリコさんと組んで、炊き出しの食材や工事道具の販売を独占する会社を立ち上げようというだけの話だ。

 新たに商会を構えると、商業ギルドへの登録やら既存の商会への面通しや利権調整やらで、かなり面倒なことになる。

 その点、既に商業ギルドの会員でドルトンでも取引をしているトネリコさんであれば、その辺の面倒事のほとんどをクリアできる。あとは俺が名目上の役員な子会社を共同で立ち上げ、需要を独占するだけだ。

 公共工事限定の会社だから、既存の商会と食い合うこともない。まだトネリコさんには話してないけど、多分大丈夫だろう。ダメなら今ドルトンに集まっている商人から見繕えばいいだけだ。

 その会社で実際に働くのは商会の従業員だけで、俺は役員報酬をもらうのみの予定だ。

 いやあ、不労収入って素晴らしいね! 天下りする官僚の気持ちがよく分かる。ニンゲン、働いたら負けだね!

 さぁ、それじゃ、素晴らしい未来のために頑張って働きますか!

 ……あれ?

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